杉浦茂『冒険ベンちゃん 怪艇魔王』 (’54、中村書店)
いくらあたしが長生きでも、この本の発行をリアルタイムで知っている訳ではない。
そんな奴は、亀だ。
亀さんだけだ。
鮮明に記憶しているのは、月刊スターログでこの本や『愉快な鉄工所』やなんかが纏めて復刻されたときの紹介記事だ。昭和五十何年の出来ごとである。
確か、晶文社が大城のぼる『火星探検』を、小松左京(死んだ)や松本零士(ア×ツ疑惑)の推薦文付きでリプリントしてそれなりに話題になり、昭和初期のマンガに適当な脚光が当った時期ではなかったかと思われる。
その流れで、忘れられていた大昔のマンガに復刻の曙光がちょっとだけ見えたのだ。
かくて、この『怪艇魔王』を含む杉浦先生の復刻は、その一環として五冊本だか、四冊本だかで、しかも限定だかなんだかで、賑々しくウン万円の値段がついて流通に乗ったのであった。
(・・・か、買えねーよ・・・)と、地方在住の小学生は唸った。
それまで見たことのない斬新な絵柄の表紙絵、奇天烈なタイトルに心躍らされながらも、手の届かない夢のまた夢のように思われた。
※現在あたしは、この復刻をバラで三冊所蔵している。『ピストルボーイ』『冒険ベンちゃん 怪艇魔王』『続・冒険ベンちゃん 恐怖塔!』・・・諸君、信じれば夢は叶うのだ。たとえ、それがどんなしょうもない夢でも。
なんでまた、そんな昔の記事を鮮明に覚えているのかというと、絵柄がたいそう気に入ったからである。
あたしは、とってもひねくれ者なことに、流行りの絵柄が全部キライで、劇画も手塚もアニメもトキワ荘もぜんぜん好きじゃなかった。致命的なことを暴露しておくが、日本のマンガは全部ダサいんじゃないか、と疑っていた。
だから、手塚以前の作家の絵や作品の持つモダンさに、ダイレクトに反応しても、何の不思議もないのであった。
さらに遡れば、あたしの原点は九里洋二が挿絵を描いたコナン・ドイルの『恐竜の世界』(あたしはこの本の学校内貸し出し新記録をつくり、現在に到るまで破られていない)であって、杉浦先生のモダンでユーモラスでナンセンスでとぼけたタッチとは、既に初期段階からして相性はバッチグーだったと見ていい。
※さらに備考。『恐竜の世界』は去年ようやく、傷アリ品を比較的リーズナブルなプライスで入手。大昔の児童書は人気が高いので、それなりに泣きを見る覚悟が要る。
ちなみに、『怪艇魔王』の表紙絵とは、主人公冒険ベンちゃんが猟銃片手にジャングル探検している図柄で、怪奇植物が咲き乱れる草原に槍を持った土人やら、探検帽子の金髪のお嬢さんやら、ハゲタカやら、お猿やら、ゴリラやら、キリマンジャロの山を背景に飛ぶ怪飛行機やなんかが、所狭しと描き込まれている豪華絢爛たるシロモノであって、日本の土壌特有の湿っぽさがまったくない、それでいて外国マンガの無味乾燥とも違う、我が国独特の暖かみを感じさせる、なんとも素晴らしいオリジナリティ溢れるスタイルなのだった。
そして、そう、そのタイトル。
『冒険ベンちゃん 怪艇魔王』。
海底じゃないのだ。
怪艇なのだ。
なんなんだ、それは?チクショウ、ワクワクさせてくれるぜ。
子供は、バカで正直な生き物である。
【あらすじ】
あたまにゴーグルを載せた半ズボンの少年、冒険ベンちゃんは、おじの博士に呼ばれて研究所へ駆けつける。
博士は、自宅でロケット艇を完成させていた。
ひとりで成し遂げた証拠に、スパナを持ってニコニコしている。
「わー、はかせ、すごいじゃないですか。」
「うん、おまえとテスト飛行をしようと思ってね。」
ふたりは完成したばかりのロケット艇をつかって、いきなり太平洋を乗り越える。雲を切り裂き、青空に浮かび、超高速でニューヨークへ。
(彼らの出発したあとの研究所に、あやしい黒い影が忍び寄る。)
ロケットは、高さ千二百メートルのエンパイア・ステート・ビルの外周を螺旋飛行でぐるぐる廻って、セントラルパークへ着陸。
ふたりは、からしをたっぷり利かせたホットドッグを食べ、ごきげんになるのであった。
帰宅してみると、室内が荒らされ、なにものかが立ち去った形跡がある。
あせる博士、秘密の隠し金庫を開けると、案の定、内部は裳抜けのから。
「うーーーん、しまった。新型エンジンの設計図を盗まれた!」
「え、えッ?!でも、いったい、誰が・・・?」
「怪艇魔王という悪ものじゃ。いつも、あやしい飛行艇で飛び回っている、わるい科学者なのだ!」
(つづく)
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