松本大洋『Sunny(サニー)①』 ('11、小学館)
孤児園を舞台にした物語だ。たぶん、時代は今よりちょっと前。
「いまどき、それをやるのか?」というくらい、アナクロなテーマである。
『ピンキーちゃん』でも『てんとう虫の歌』でも、いや、実は『タイガーマスク』でもなんでもいいのだが、かつて児童養護施設というのは、連続マンガの主人公の出自を語る上で非常に有効なフックとして機能していた。
酷い話だが、親がいる子より設定が面倒臭くなかったのだ。
孤児だから、孤独だろう。不幸だろう。いじめや差別。ぐれて非行に走る。愛を知らずに育ったから盗み・人殺しだって平気。挙句の果てに、野垂れ死ぬ。
そんな馬鹿な。
思うに、そういうステロタイプの、不幸な孤児マンガにとどめを刺したのは、大友の『AKIRA』辺りじゃなかったか、と私は推測する。金田と鉄雄に孤児院出身である必要性はまるでなかった。ただ、説明の都合上そうなっただけのことだ。
主人公が孤児であることにまったく意味付けがないのだ。この視点は画期的だった。(褒め言葉ではない。)
非常に薄っぺらい、表面的な人間理解。おそるべき空白。
単なる設定の道具としての孤児は、それ以降も頻出するのだけれど、特別われわれの印象に残ることはなかった。
いうまでもなく、印象に残らないマンガなどたいしたマンガではないのだ。
松本大洋は、その辺りの経緯を不満に思っていた節がある。
イラストレーターとしての値打ちはともかく、マンガ家としての大洋の真価は、読者を“のっける”能力の高さにある。
例えば、『ZERO』の不安定で不快な絵柄を思い出してみたまえ。
「大丈夫か、このマンガ?」というくらい、あやうい描線が頻出するなか、最後のタイトルマッチ戦にかかるころには、それも気にならなくなり、まったく嘘のような盛り上がり。
これは、ちゃんとしたマンガの作劇術だ。奇を衒ったかにみえて、実は驚くほど正攻法。
だから、安心して読める。
一見、「掲載誌『ガロ』か?」というマイナーなタームを扱いながら、ちゃんとメジャー向けのエンターティメントに仕立てて見せる。『花男』『鉄コン筋クリート』は、そういうアクロバティックな立ち位置のマンガだった。
例えば林立するモアイ。UFO。
ありえない造形に変化させられた街並。
とうに引退年齢を過ぎた世界チャンピオン。
飛翔する児童。
「ゴースト・ハンターズ」とメビウスのハイブリッドである殺し屋。
(つまりは、精神世界。これらは精神世界の具象化である点が重要だ。因果律は恣意的に捻じ曲げられ、再度組み立て直される。)
どう考えてもバランスの悪い、展開に齟齬を来たしかねない素材をギュウギュウに詰め込んで、それでもちゃんと筋の追えるマンガに仕立ててしまう能力。なにより、これがキャラクターの変化や成長をちゃんと把握できる、古典的なニュアンスを持つマンガになっている点が驚異的であった。
だから、『ピンポン』が混迷するモチーフを整理して、非常にシャープな描線でリアリスティックに描かれたのは、作家の深化として当然の成り行きだった。速度と視線の角度を綿密に計算し、最大限に誇張し、しかもそれが非現実へと逃げていかないこと。内面をガジェットによって単純化するのではなく、複雑な曲面の構成で描き切ること。
必要なリアリズムとは何か。
『GO,GO,モンスター』が“子供”というモチーフをリアリスティックに扱った作品なら、『ナンバーファイブ』は、メビウスや石森章太郎に代表されるようなSFタームの再構築である。
私が途中で読むのを辞めた『竹光侍』を経て(決して内容がレベルダウンしている訳ではないので、この作品の扱いには微妙なものがある)、新作『サニー』はどうやら“家族”というテーマが全面に出た物語になるようだ。
舞台は、関西方面。地方。
孤児園・星の子学園に、新しい転入生が入って来るところから始まる。
物語に慎重に配置された非現実的な要素。いつも寝てばかりいる老人の園長。(誰もが好きにならずにいられない)知恵遅れで丸坊主の巨漢。アフロの小学生兄弟。双子の女の子。
それから、庭に停められた廃車・サニー。
あぁ、大洋だ。いつもの松本大洋だ。
最大の違和感は、描線がもはやカリカリしたペンではなく、ソフトなパステル系の画材に置き換えられていることだろう。
昔から読んできた人間からすると、そのへんが辛い。
近年は『ナンバーファイブ』『竹光』といまひとつの作品が続いているので、ひとつ、ドドンと盛り上がるようお願いします。
(②へつづく)
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