メビウス『エデナの世界』 ('83-'01、TO出版)
まさか、これが出るとは思わなかった。
長年、海外コミックの棚をうろうろしてきた人間としましては、嬉しいような、拍子抜けしたような。正直、トホホでごじゃる。
待たされるにしても、長過ぎた。
でも、フランス語圏のものは本当何が書いてあるやらさっぱりなので、日本語で読めるのはやっぱり嬉しいなぁー。
お若いきみ、老婆心からひとつ云っておくが、B.D.がドバドバ出版される当世なんてのは、鎌倉時代が二度来ないのと同じくらい、またとないぜ。
オレなど高校のとき講談社版「アンカル」の一巻を買って、続きが読めたのは二十五年後だったのだ。
ご利益があるのは保証するから、ひとつ買ってくれ。メビウス先生の長編マンガってのはそもそも存在自体が珍しいのだ。
\4,800、ウーーーン、確かに高いけどな!
杉浦先生の「忍術白銀城」は(古書だが)、店頭価格\189,000だ!それに比べりゃ、安い!安い!
いまさらメビウスの絵があーだ、こーだ云っても進歩がないと思うので、今回は誰も紹介したがらない、その怪しすぎるストーリーについて記事にしようと思う。
好きなやつだけ、ついて来い!
「メビウスはやっぱ絵でしょー?」とか、腑抜けたこと抜かしているそこのお前!
先に断言しとく!
お前は全面的に正しいぞ!!当たり前だ!!
だが、オレは当たり前のことは一切やらない主義である。
【あらすじ】
プロローグ。宇宙の彼方の小惑星基地に、旅の宇宙船アトリス号が立ち寄る。
乗員は二名、唐変木のフランス人アタンとステルだ。
彼らは基地を仕切っている旧知の仲間トロロペンから、福島第一原子力発電所で使用されているものと同じ、宇宙船の核燃料棒を分けて貰うつもりで立ち寄ったのだ。
しかし、基地は裳抜けのカラで、猫の子一匹居やしない。
乗員達は全員どこかへ出払ってしまったようだ。
「ムキーーーッ!!もう、頭にきたゾ!!」
二名が切れ気味になっていると、突然前振りもなく小惑星が動き出した!
「エーーーッ、コレ、エンジン附いてたの?!」
基地はまっしぐらに周回軌道に乗っていた巨大惑星目掛けて落ちていく!助けて、トロロペン!
「待て!エンジンがあるってことは操縦できるってことじゃん!!」
冷静沈着なアタンが脳波コントロール装置で逆噴射をかけると、小惑星は大気との摩擦に燃えつきることもなく、なんとか地上に不時着した。
ここの大気は幸い、地球人にも呼吸可能のようだ。
見渡す限り、平坦な砂漠が続く、山も谷もない異様な風景。
「うわー、ツルツルだー!」
変なところに感心するステル。
「うーーーむ、これはツルピカはげ丸惑星である。石原藤夫先生が描くところの“レイリー星”に良く似ておる。」
「あれは、惑星自体が銀河規模の巨大なレーダー回路の一部だったって話でしょ?メビウス先生にそんなハードな科学知識はないと思うなぁー。」
「しかし、意表を突くのがメビウスだからな。・・・よし、今夜はここで野宿するぞ!」
その夜。
二名がのんきに星など眺めて一杯やっていると、地平線の彼方で怪しい幾何学模様の青い光が輝いた。
「あれは・・・なんだろう?」
翌日、ふたりは自分たちの宇宙船に乗せていたシトロエンのおんぼろ車を使って、未知の光源の探索に出発した。
エッ?・・・なんでそんな旧弊なもの載せてるのかって?
このマンガがシトロエンの販促パンフに掲載されたものだからです。
大人の事情なんて、解ってみれば全て他愛もないものである。
諸君もパパやママに突っ込んでみればいいよ。どうせ、まともに答えられる理由じゃないんだから。
でも、バカにするなよ。大人も一生懸命やってるんだぜ。
さて、なにもない砂漠を延々進むこと数時間、地平線に怪しい三角形の突起が見えてきた。やばい。これは、ひょっとして。
「ピラミッドだ!!」
出た!ピラミッド!!遠藤賢司の店ワルツがかつて提供していたオリジナルメニューがピラミッドカレーであることを、一体何人の読者が知っているのだろうか?
「よし、探検してみよう!」
そうだよな、ピラミッドだったら当然、探検だよなー。その結果、蠍に噛まれたり王家の墓の呪いに倒れたりするのである。
「あっ!!宇宙人だ!!」
そうだよな、当然、宇宙人・・・・・・エ?!
しかし、落ち着いてよく考えてみると、地球を離れて旅していれば、宇宙人に出くわすなんて当たり前ではないか。いや、逆にこちらが宇宙人の立場か。
「こんにちはー!」
二人組のうち、気さくなバカ役担当のステルがいたって気軽に声を掛けると、相手はやや驚いたようだが、同じように挨拶を返してきた。宇宙にいる人、みな兄弟。一日一膳。喰え。
『・・・どうもー!』
先方は(宇宙人だけに)宇宙服に身を包んだ、人類よりはちょっと大柄な種族だった。なに、身長3メートル程度だ。
「あの、現地の方ですか?ボクら、なんかわからないうちに、ここに不時着してしまいまして・・・。」
相手は少し、含み笑いしたようだ。
『アァ・・・きみたちも被害に遭われた方ですね。現在、抗議活動中ですが、まだ応答がありません。こちらへどうぞ。』
案内されるまま、先に進むとピラミッド周辺に無数の宇宙船が不時着している。
船首から幾つも横断幕が渡され、無数のピケが張られている。強化チタン合金の船体には真っ赤なペンキで抗議文が大書きされていた。
「宇宙交通妨害、断固反対!」
「責任者は直ちに謝罪、賠償請求に応じよ!」
「われわれには、自由にUFOを飛ばす権利がある!」
「はァ・・・ご盛況で・・・。」
遵法闘争がどうも苦手なステルが困ってコメントを述べると、相手の宇宙人はハハハと快活に笑った。
表情はフルフェイスのヘルメットに遮られ見ることができない。
『われわれは、宇宙船のエンジン故障やら謎の救難信号やらによって強制的にこの地に狩り集められたのです。あのピラミッド・・・』
間近に見上げると、青い燐光を放つ半透明の物体で出来ているようだ。
『あの内部から呼びかけられているようで、なんか気になって、私など故郷を離れもう七百万年もここにいるのですが・・・・・・。』
「七百万年!それ、政権交代どころか、新しい生物の進化始まっちゃってるじゃん!」
ステルが無礼千万な突っ込みをすると、さしもの宇宙人も少し傷ついたようだったが、
「ハァ・・・。確かにおっしゃる通り・・・。
母星に残してきた嫁や息子が今頃どうしているやら、非常に気掛かりではあるのですが・・・。』
「死んでるよ!ソレ、100%死んでますって!」
そう云って、ふと事の真相に気づいたステル、
「そうか、このピラミッドから出ている不思議なピラミッドパワーによって、周囲にいる連中は異常な健康と長命を保っているのだな!
謂わば、“永遠の若者の町”だ!!」
相手はニヤリと笑ったようで、
『ホホウ。キャプテン・フューチャーをお読みになっている。宇宙時代になってもあれはいいですなー。
確か、金星の人里離れたジャングルの奥地に、永遠に年を取らない魔法の銘泉水が湧き出している。そいつを汲み出して麻薬として密売しようという悪党がいて・・・というお話。』
「いいよ!そんな七百万年前の話は!」
話の進まなさ加減に苛立ったステルが強引に断ち切ったところへ、遠くから名を呼ぶ声が。
「おい、ステル・・・!!ステルじゃないか!!」
「あっ・・・!!お前は、トロロペン!」
その名のとおり、小太りの中年おやじが丘を越えてやってくる。
「なんだ、やはり小惑星基地の連中もここへ呼び寄せられていたのか。
どうした、トロロペン!無事か?もっと云うと、無病息災か?」
肩で息を切るトロロペン、赤い宇宙服に染み出した汗は拭うことも出来ず、
「ハァ、ハァ。お前と一緒に来た奴が、とんでもない真似をしようとしているぞ。止めてくれ!」
「エッ・・・?!アタン?!」
いつの間に傍らを離れたのか、ピラミッドの謎のパワーに引き寄せられるように、アタンは夢遊病患者のような足取りで墜落した宇宙船の群れを横切り、不気味な燐光を放つ半透明の物体に接近しつつあった。
宇宙の端々から集められた様々な種族の者たちが、怖れをなしたように、その姿を見守っている。
「待ってろ!アタン、いま行くぞ!」
全力疾走するステルが駆けつけるのも間に合わず、ピラミッドに触れたアタン、そのままスィーッと内部に全身飲み込まれてしまった。
「アタン!!!」
続けて飛び込もうとしたステル、謎のパワーに弾き返され砂上に転がった。
「チ、チキショウ!どうなってるんだ、これは・・・?!」
と、脳内によく知っているアタンの声が響いた。
「恐れることはありません、ステル。・・・それから、皆さん、聞いてください。」
振り返ると、周囲の宇宙人たちの頭の中にもアタンの声は響いているようだ。
「こ、これは・・・テレパシーなのか・・・?!月刊ムーか、お前は?!」
「このピラミッドは太古に宇宙を支配した種族が建造した、一種の宇宙船なのです。その大いなる存在は現在も意識体となって、この宇宙を守っています。わたしは彼らに使命を受けました。
これより、皆さんを銀河の中心にある楽園惑星エデナへお連れします。」
「えーーーッ?めっちゃやばい方向に話が進んどるやん。」
ぼやくステルを置き去りにして、巨大なピラミッドは突然空中へ浮上した。
底面がパカッと開いて四角い穴が出来ると、そこから地上のありとあらゆるものを吸い込み始める。
「ウワーーーーーーーッ!!」
「グワァーーーーーーッッ!!」
人も宇宙人も宇宙船も土砂も何も区別なく、重力を無視した謎のパワーによってピラミッド内部へ取り込まれていく!
「くそーーーッ!なんでやねん!」
脈絡なく関西人と化したステルも、空中に踊りあがり青い閃光と共に吸い込まれていった。
「・・・携挙ってコレか・・・?」
地上のめぼしい全てを飲み込んだピラミッドは青く輝く光の帯となって、空中にシトロエンのロゴマークを描くと、銀河の彼方へ飛翔し始めた。
楽園は近い。
【解説】
以上でプロローグ部分は終わり。
本当はもっと先までストーリーを紹介する予定だったが、長くなるので割愛することにする。メビウスの持ってるオカルト的になんかやばい部分が諸君に伝われば幸いである。
共通する感覚は例えば、畑は違うが、ジミヘンの歌詞なんかにもあって(細かい説明はカットするが、宇宙の捉え方なんかに妙に共通項がある)、これはもう同じような物質を体内に吸引すると同じような幻覚を見る、という一種の世代的なシンクロニシティーなんではないか、とノンドラッグ・ノンアルコールの私は思うのである。
(もっとも、メビウスの場合、命が惜しくなったのか、クスリは止めました発言をのちにしている。)
ドラッグ問題の是非を問う気はないのだが、例えば今回の翻訳本の帯と解説に浦沢直樹が登場しているのだが、お前の絵にドラッグは感じられないな、浦沢。
ディランでもなんでもいいのだが、ドラッギーな作品に憧れるノン・ドラッグの人、という図式は陳腐で滑稽なことだと思う。
とりあえず、試してみてはいかがだろうか。
それとも、試してみてアレか?
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