エラリー・クイーン『エジプト十字架の秘密』 ('32、ハヤカワ・ポケットミステリー)
最近の推理小説がつまらない理由のひとつとして、「とんでもない死体が登場しない」ことが挙げられるのは、有名な話である。
人が死ぬことの矮小化。根本的な想像力の欠如。
いやしくも、マーダー・ミステリーに於いて人が死ぬのである。どうして最大限の派手な舞台立てをセッティングしてあげないのだろうか。そこに何のこだわりも感じず、無造作に死体を放り投げてくる作者には、薄ら寒い感情を禁じえない。
お前、大量殺人鬼なんだぞ。ま、単なる小説だがね。
しかし、そんな自覚もしないで、一体なにを書きなぐっているんだ?どれどれ、見せてみなさい。あぁ、こりゃ、ひどいね。最低だ。
そういう意味で、『エジプト十字架』は私の大好きな本であり続けている。
米国のとある田舎町。T字路ではりつけにされた、首のない死体。Tの字になっている。被害者の自宅の扉にも血のような赤ペンキで大書きされたTのしるし。あぁ、バカバカしい。
そこから事件は連続首狩り殺人の様相を呈し、百万長者が、かっこいい海の男が、次々と首を切り取られたはりつけ死体となって発見される。
そして、事件を彩る最高にくだらない脇役たち。
山に隠れ住む偏執狂の老人。性格の悪すぎる地方検事。暑さにやられて発狂したエジプト言語学者(御丁寧にも古代エジプト語で悪態をつく)。ヌーディスト村を主催するカルト教団の男。経歴不明の召使、実は改心した泥棒。浮気なマダム。国際指名手配の詐欺師夫婦。顔はいまいちだが、首から下はナイスボディーな富豪のひとり娘。彼女に惚れて勝手な救出劇を演じ、思い切り殴り飛ばされて海に落ちる医者。
あぁ、おもしろい。
特筆すべきはこれらが単なるミスリードで、事件の本筋とはまったく関係ないことだが、いいじゃないか。おもしろいんだから。
もしや、あんた、推理小説を良く出来たパズルだとでも思ってるんじゃないのか。だとしたら、あんたは小説ってものをちっとも解ってないよ。そういうのが好きなら、月刊パズル問題集でも買いに行きなさいよ。
最後にネタを割っておくが、実はこの事件、エジプトとも十字架とも関係がない。そういう意味でボリス・ヴィアンの『北京の秋』との関係が取り沙汰されている。
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