« 2011年7月 | トップページ | 2011年9月 »

2011年8月

2011年8月30日 (火)

Jason『ISLE OF 100,000 GRAVES』 ('11,FANTAGRAPHICS Books)

(※以下の文章には明白な記述の誤りや事実の歪曲、誇張、捏造が含まれる。が、意外と本当のことも書いてあったりするので、読者諸君は注意深く読み進められたい。全編読み通して何か解った気になったなら、それは読み間違いだ。直ちに振り出しへ戻ること。)
 
 ジェイソンの世界へようこそ。

 彼の存在を知らんのかね?・・・俺も知らねぇー。誰だ、そりゃ。
 あぁ、なんてことだ。
 こんなことで、世界が救えるのか?ドラゴンボールは全部揃うのか。

 だが、心配するな。記事はなんとかする。

 あー、いいかね。ジェイソンはノルウェイ生まれ、現在は南フランスに在住の漫画家さんで、既に五冊のグラフィックノベルの著者である。
 アイズナー賞を二回獲っているので、たぶん実力派として業界評価の高い人だ。
 ノルウェイといえば、先週夏の恒例行事として『遊星からの物体X』を観直したばかりの俺としては、犬を射殺しようと氷原にヘリを飛ばすノルウェイ隊のことを考えてしまうのであるが、たぶん関係ない。いや、まったく無関係だろうな。子供でも解る。

 いい加減、変な字数稼ぎは辞めて、真剣にジェイソンの著作について書こうと思うが、その筆頭に挙げられるのが代表作『モントペリアの人狼』である。
 これは凄い本ですよ。持ってないから知らないけど。特に人狼の描写が凄いね。人なんだか、狼なんだかまったく見分けがつかないわけですよ。それを見て、「一体どっちなんだろ?」と苦悩するモントペリアの村人たち。そして、訪れる衝撃の結末には、誰もが息が五秒ぐらい止まりますよ。あぁ、恐ろしい。

 次に、『左岸でサガンのギャングたち』ね。
 「悲しみよ、こんにちは!」でお馴染み、左岸派の女流作家(ヌードあり)フランソワーズ・サガンが、実はギャングの親玉だった!という奇想天外ストーリー。
 地下のアジトで葉巻を咥えて指令を下すサガンの手下は、全員左官!まさに塗りすぎ!表面にトノコを塗りすぎの爆笑大会!そりゃ、少女もちょっぴり大人になるね。セシルカットが流行る訳だよ。作家にしちゃあ割と美人だったと評判のサガンだけど、金には汚なかった。
 そういう暗黒面が語られていきます。

 そして、『最後のマスケット銃士』。御存知先込め銃、南北戦争で大活躍の人気アイテムの秘密を一挙公開!
 読者の皆さんは、みんな、南軍派でしょ?エイブラハム・リンカーンなんかブチ殺せと思って、映画・小説読んできた世代だよね?
 そういう気持に応えるべく、ジェイソン先生が熱筆を奮ったのが、この戦争劇画大作なんですよ。間抜けなマスケット銃を構えた南軍兵士が吹き鳴らされるラッパに合わせて突撃し、砲弾の直撃をくらって五体バラバラに吹き飛ばされる!その瞬間を800ページに渡って延々リピート!
 途中で作者も飽きたのか、青空に漂う雲の描写が50ページくらい入ったりしますが、あとはひたすら続くハードコア描写!
 表紙が破れた南軍の旗(本物)で装丁してあるのも驚異だが、最後まで読み通せた人が皆無というぐらい、執拗なワンシーンの反復は、あなたの心に深い傷を負わせるだろう。まさに、現代人の必読書だ。

 続く問題作、『わたしはアドルフ・ヒットラーを殺した!』は、ジェイソンの歴史三部作の悼尾を飾る巨編である。これは著者自らの綿密な取材(現地突撃ルポ)と入念なリサーチ(区立図書館にて調査を敢行)により暴き出した、歴史の背後にかなり深く(50メートル程度)埋もれた真実に迫る渾身のノンフィクションである。って、明白にマンガなのだが。字がうまく書けないもんでこうなりましたー。
 主人公はジェイソン自身。もちろん、ホッケーマスクを被って登場。
 幼少よりナチに興味を持ち、那智の滝に打たれて修行した少年が、南米奥地に潜伏する第二次世界大戦のA級戦犯と知り合い、知り合ったばかりか媾わい、立派に妊娠を果たすが、実はこの子がヒットラーのクローンだったという。
 正直なにがしたいのか、さっぱり解らぬ戦犯は、第四帝国樹立のため、南極大陸へUFOに乗って旅立つが、地球の自転速度を越えるスピードを出してしまったので、時間の壁を一方的に突破し、1945年陥落寸前のベルリンへ到着。ついてきたクローンは、ヒットラーご本尊と対面。
 激しい争いとなるが、所持していた斬鉄剣の破片がレーザーを跳ね返し、総統は死亡。だが、待て。彼が死ねば、クローンは生まれてこないのではないのか?
 ドラえもんレベルの初歩のタイムパラドックスが読者を襲う、戦慄の恐怖小説。巻末には「読者への挑戦状」なる一文が添えられ、「ススキが原で待つ」と書かれている。あなたは、この謎が解けるだろうか?
 周到に仕掛けられた現代人のためのパズルスリラー。

 以上の小難しい仕事を終えたジェイソンは、たまには息抜きしてみたくなったのだろう、無条件に楽しい一冊をリリースする。
 『これ、どうすんの?』がそれである。
 書評を引用すると
「ノルウェイ人のくせにフランス漫画界の巨匠
ジェイソンは、暗黒犯罪マンガで一世を風靡したくせに、ここにきてさらに色数を増やすか減らすかして、血の赤や空の青さを削減。地平30度に傾いた陰鬱かつデビッド・グッディスでも書きそうなくだらない物語を、平明に展開せしめているのは、びっくりだ。ジェイソンの持つ、身長高く、痩せこけた動物頭のキャラクターは非常に雄弁に描写されており、ロマンチックな幻想主義の支配する空間において、洗練された馴染み深い心理的原型のように見做され、尊敬を集めている。」-BOOKLIST
 どうだ。
 以上の文章を読んだ諸君の感想こそ、まさに「どうすんの、これ・・・?」であろう。
 私も、同じだ。

 さて、ようやく出たばかりの最新刊、『十万棺桶島』に辿り着いた。
 これは、シンプルで親しみ易い造形のキャラがひどい世界にもぐり込むという、いつものジェイソン節が炸裂する内容となっている。あ、原作は別の人ですが。
 ジェイソンのトレードマークである、白目を剥いた動物キャラで描かれる、にせ宝島実は処刑執行人の訓練施設での非常に特殊な冒険のお話だ。

 家出した父親を捜すブサイク少女グゥエニーは、隙あらば自分を殺そうとお菓子のローラーを振りかざして襲ってくる母親の元を飛び出して、拾った謎の地図を頼りに宝島を目指す。
 同行するのは、シルバー船長に似た造形の黒犬。職業=海賊。あと、陸(おか)に秘密を隠し持つ心配性の片目の水夫。その他。
 上陸してみると、島にいるのは処刑執行人とその見習いたちで、宝の地図を餌におびき寄せた人間を次々と一方的な審問にかけ拷問し、無惨に縊り殺しては処刑の腕を磨く実験台に使っていたのであった。あぁ、ひどい。
 処刑人見習いの少年と仲良くなったグゥエニーは、捕らわれた海賊たちを解放し、恐怖の処刑学校は火に包まれる。流砂に呑まれて死亡する片目の水夫。
 そんな中、少女は遂に父親の秘密を探り当てる。
 行方不明になっていた父は、宝島に行ったと見せかけ、実は実家の近所に住んでいたのだ。

 「おまえのママ、気違いだからなぁ・・・。」
 尋ね当てたグゥエニーに、しみじみ述懐する父親。
 「ね、ね。あたしも、一緒に住んでいい?」
 無表情に尋ねる娘なのだった。

 なんだ、この話。


 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月28日 (日)

岡村靖幸『エチケット(パープル盤・ピンク盤)』 ('11、V3Record)

 いろいろあったが、全て忘れて80年代からずっと繋がる岡村ちゃんの新作。

 素直に二枚組にすりゃ良さそうなものだが、ファンは文句を言わないのであった。だいたい、新作が出るだけでたいしたもんだ。
 投獄されないアーチストなんて、全員大物じゃないよ。そんな大それた軽口も叩きたくなる。
 ジェイムス・ブラウンだって、公衆便所でマシンガンを乱射し逮捕されてるじゃないか。

 ・・・それとも一切口をつぐむのか、あんたは?
 あいつは、どうだい?ほら、あいつは?


 J.B.は服役後、すぐに四枚組編集盤『スター★タイム』が出たが、困ったことに日本のメジャーなレコード会社は極端に度量が狭い(蚤の額くらいの面積)もので、岡村ちゃんの過去音源は中古屋以外では品薄状態が続いている。
 これは、教育上たいへんよろしくない。
 従って過去の作品に遡って、リメイク作品集を出すことは社会的に必要とされる急務だったってわけだ。だったってわけさ。

 まず、パープル盤。
 イントロから高速化した「チャームポイント」(のエンディング部分)が演奏され、溜めて「どぉなっちゃってんだよ」に続く。
 なんだか、ゴドリー&クレイム『ヒストリーミックスVol.1』を思い出させる構成だが、まぁ、気にすんな。
 続く「岡村と卓球」。
 いまいちだが、まぁいいじゃないか。あれは、卓球が凡人で優等生なのが悪いのだ。天才でないことを謗られるなら、われわれ全部が罪人だろう。
 心配は要らない。
 岡村節は、名曲「あの娘、僕がロングシュート決めたらどんな顔するだろう」あたりで、全開になるから。
 一回もってかれると、以降チャクラは開きっ放し。
 これが、岡村ちゃんの音楽におけるセオリーだ。掘れ、掘れ。Jポップの墓を掘れ。

 ピンク盤には、ライブテイクも入っていて、これがツアーを前提とした復活劇の予告編集であることを印象づける。
 が、そんなのは些細なことだ。
 ここで演奏されるのは、物凄く王道の「カルアミルク」であって、それ以外ではない。
 よりファンクネスの増した「カモン」からこの曲への着地の仕方は、感慨深い。フリーキーに吹きまくるサックスの後の空白。
 いろいろ、考えさせられる瞬間だ。
 牢屋とか。
 殺した女とか。
 芸能界の黒い交際
とか。
 
 企画段階では本当は全編ライブ盤になる筈だったらしい(出して欲しい)とか、今回の二枚はどうも立ち位置的に微妙な「ベスト選曲+リメイク&ライブ」で、純然たる新作が待たれるところだとか、ちょっとした残尿感はあるのだが、次でしょ。次ありますから。

 いつわらざる本音で言わせてもらえば、
 次の逮捕までには、完全新作が出て欲しい。
 よろしくお願いします。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月27日 (土)

アーチ・ホール・Jr『サディスト』 ('63、TRASH MOUNTAIN VIDEO)

 一種のフリークス物である。

 主演のアーチ・ホール・Jrの顔面の持つ破壊力は、途中で洗い物が出来てしまうくらい弛緩した展開の遅さを補って余りある。
 それと、ヴィルモス・ジグモントの撮影はやはり見事だ。
 誰でも知ってるちゃんとした映画のように錯覚させてしまう。気合いの入ったショットが連発する。
 やれば出来るもんですなぁー。

【あらすじ】

 
 物語は諸般の事情により、アメリカの奥地に建つ、車の修理工場周辺に限定。
 出てくる役者は、主に5人。
 すぐ殺されて死体役も兼任することになる警官がふたり。あと、シナリオ上引っ張りとして出て来る野球のアナウンサー。声だけの出演。
 (映画のコストを測る上で、出演者の合計数をカウントできるかどうか、というのは有効な指針である。)
 とはいえ、日本人は限定好きなんだそうだから、別段問題ないデショ。

 暑い夏の日。
 シンシナティ・レッズの試合を観に行く途中の、学校の先生3名を乗せた車が、山奥でエンコし、修理工場へ入ってくる。
 広い敷地には廃車が転がり、閑散として人気がない。
 こりゃなんか出そうだ、と思っていると案の定、殺人鬼カップルが登場。スラッシャー映画ではないから、白昼堂々、コーラをガブ飲みし、えへらえへら笑いながら出てくる。
 えらい不細工と、白痴っぽい口のきけない女。
 この時点で勝負あった。
 こんな奴が出てきたら、映画を最後まで観てしまう。

 アーチ・ホール・Jrの絵に描いたような不細工っぷりは、国籍人種を飛び越えて万人に伝わる普遍性を獲得している。これは、天賦の才能だ。既にリーチ。
 ゴリラのように突き出た額に、濃いゲジゲジ眉毛。ギロギロ光る薄気味悪い目つき、醜い瘤のようなデカッ鼻。
 こいつが脱色した金髪をテカテカに固め、ジージャンで拳銃構えながら出てくる。
 ぬめぬめした声の気色悪さも絶品で、アーチ・ホール・Jrはこのとき19歳だそうだが、やはり人間若さの絶頂期には何がしかの青春の輝きを放つものだ、と感心する。

 その、悪いダリル・ホールのようなサル男に寄り添う、黒髪のお世辞にも美女とは呼べないエキストラ顔の女。
 みなさんも御存知のとおり、世の女性は、単体でAV主演が可能な女と、企画物にセットで出演せざるを得ない残念な女とにニ分割される訳だが、ここに登場するのは、そんな幸薄顔の、印象に残らない系統の女。世間に恨みを持つのは当然だろう。
 いつもガムを噛み、発作的なクスクス笑いを頻発し、ナイフで人を威嚇する。
 小声で男にはなにやら囁くが、観客に理解可能なセリフは一言も話さない。
 これは演出のジェームス・ランディスの的確な人物造形力によっている。当を得た演出というものだろう。

 彼らの正体は、あっちで7人、こっちで3人、ヒッチハイクしてはドライバーを殺し、もてなしてくれた親切な農場主一家を惨殺し、無軌道に殺しに殺しを重ねてアメリカ横断殺人旅行を続ける爽やかな若者達であった。
 (この映画、実在の殺人鬼、スタークェイザー事件を下敷きにした一本である。) 
 まずは、一番潰しの利かないタイプであるメガネの中年男をあっさりブチ殺して、問答無用の凶悪パワーを軽~く見せつけると、残った実直そうな青年と美人女教師に死のデスゲームを持ちかけるのだった------。

【解説】

 既にあらすじで鑑賞ポイントは述べてしまったので、特に付け加えるべきことはない。
 強いて言えば、パトロール中に通りかかって殺されるバカな白バイ警官が、
 
 「おっ、弾倉が落ちてる。」

 と、地面に転がっていた空のマガジンを見つけ、さして深く考えずポケットに突っ込む場面が、銃社会アメリカに対する無意識の批判になってることくらいか。
 アメリカ人って、野蛮だよなー。
 それにしても、このシンプルな内容で93分はいささか長い。
 もう少し、テキパキ話を進めてくれていたら、欽ドン賞でも貰えたかも知れないのに、惜しいことをした。

 あと、そうだ。報告。
 不細工は出ましたけど、サディストは出てきませんでした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月23日 (火)

『2010年』 ('84、ワーナー)

 ピーター・ハイアムズ。『カプリコン・1』を撮った男。
 
 そう聞くと、なんとなく由緒正しそうに見えるかも知れないが、ちょっと待て。
 この人は、『アウトランド』や『タイム・コップ』の監督である。シュワルツネッガーがハルマゲドンと肉弾戦を演じる『エンド・オブ・デイズ』だってある。
 要するに、そんなにアクの強くないB級監督なのだ。バカ映画を多数手掛けているが、たいして叩かれていない。割とそつなく仕事をこなしているからだ。問題はすべて先送り。ドラッカーから批判を浴びそうなタイプの企業人。で、誰なんだドラッカーって?
 

 『2010年』は、大したことがなにも起きない普通の映画である。
 

 だいたい、ロイ・シャイダーとジョン・リスゴーの乗った宇宙船だぜ。それが陰謀も銃撃戦もなければ、鮫が襲撃をかけて来たりもしない。一体何の為のロイ起用だったのか。私にはまったく理解できない。
 確かに木星が第二の太陽になったりはしたが、だからどうした。
 そんなアイディアで本気で盛り上がれるのは、『さよならジュピター』製作委員会くらいのものだろう。

 前作がどうだったか、思い出してみよう。
 
 70mmのシネマスコープで映し出される宇宙空間に、心底気味の悪い現代音楽のいびつなコーラスが鳴り響く。そして、命綱を切られた宇宙飛行士や、巨大な黒い板切れや、不気味な老人やら胎児やら、悪趣味なものをさんざん見せられる。
 『2001年宇宙の旅』は確かに一種の観光映画だったかも知れないが、それは観光地のPRに努めるというよりは、宇宙空間のおっかなさをやたらアピールする種類のものだった。
 一種の恐怖映画、暴力映画といっていい。

 頭の悪い中坊にも、宇宙の厳しさを叩き込む。
 映画による根性焼き。

 純真極まる新入生諸君が、半泣きの状態で、
 「宇宙って、なんだか知らねぇけど、超おっかねーよ!マジこぇーよ!」
 と、涙目になってくれれば、まぁ、企画の当初の意図は達成したとみていいだろう。アーサー・C・クラークだって喜んでくれる筈だ。スリランカの墓石の下で。
 これはいわば、キューブリック先輩から諸君への鉄拳制裁なのだ。
 クラッシックとかガンガンに流して、高級感を漂わせている派手なアメ車。ヨーロッパ仕様。
 『2001年宇宙の旅』の正体は、それだ。
 乗ったら、絶対無事には済まない。二度とカタギに戻れない。

 ピーター・ハイアムズの最大の失敗は、同じような造りのアメ車を転がしていれば、キューブリック先輩のように尊敬を集められるのではないか、と勘違いしたことだ。
 それじゃ、まったくダメ。
 幼稚園児もビビらない。

 企業人は、総じて本気度が薄い。これは、最近不本意な事情により企業人をやっている私が云うんだから、本当だ。だから、組織は口先だけの本気と忠誠を求める。そんなもんは、全部嘘っぱちだ。ビジネス書なんか、みんなクズだぜ。
 
 真にインパクトある映画は、気違いか本物の不良にしか撮れないものだ。
 トビー・フーパーとか。(『スペース・バンパイア』があるな・・・・・・。)
 カーペンターとか。(『ダークスター』・・・・・・は、2001年パロディーがあった・・・。)

 どうせ、職人系監督だったらルチオ・フルチでお願いしたい。

 フルチなら、ロイ・シャイダーの眉間に、宇宙の彼方からブッ飛んできた超小型モノリスが突き刺さる絵を撮るね!
 絶叫するロイの眼球アップ。その向こうから昇る太陽。蝕を起こす。鳴り響く「ツァラトウストラ」。
 ジョン・リスゴーには何か物凄い死にかた、例えば脳天を電動ドリルが貫通して死亡とか、内臓をゲロのように吐き出し死亡で、お願いしたい。

 だいたい、『2001年』の続編で、全員無事帰還とかありえないだろ。なにを考えているんだ?

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月20日 (土)

「ペットにNG」

 「犬猫のエサといえばドッグフードやキャットフードが一般的だが、たまにはちょっと豪華で美味しそうなものを食べさせたくなるのが飼い主の心情。
 しかし、意外な食べ物が犬猫にNGだったりするので、注意が必要だ。」
 (リクルート社発行、フリーマガジン『Web R25』より引用。)


 「最近、うちのタマが」
 髪をしきりに引っ張りながら、平凡な主婦ザザエさんが云った。「へんなのよねー・・・」

 「舌なめずりしながら、下の子を見てるの。
 そのときの表情ときたら、もう、うっとりって感じで、極上のカツオブシでも見つけたみたい。
 よだれも、垂れてたな。」

 「ふーむ。」
 相談相手のペット屋のおやじが答えた。

 「それで、最近、近所で亡くなった方は・・・?」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月17日 (水)

ケン・ラッセルの『白蛇伝説』 ('88、VESTRON PICTURES)

 紛うことなきバカ映画であり、ある種の傑作。

 パブリックスクールがホモを育てる伝統からして、イギリス人は絶対変態の多い国民だろうと俺はかねてより睨んでいるが、その卓見を裏付けるが如き、不可解なコメディー映画の登場だ。
 原作はブラム・ストーカー。ゴシック文学の父、『吸血鬼ドラキュラ』の原作者。
 そうすると、平井呈一訳のような重厚さを期待するかも知れないが、残念でした。大ハズレ。
 ライトな80年代ノリがベースにある、超適当な特撮ホラー。ドリフのコントにとても近い。
 有閑マダム風の蛇女が牙を剥いて襲いかかって来るのだが、頭の悪い子供でも本気でビビらすことは出来ないだろう。
 ケン・ラッセルはいつもの如く、ケンの仕事をしている。(『アルタード・ステイツ』を想起されたい。)
 つまりこれは、アシッド系の変な幻覚シーンを盛り込んだオフビートコメディーってことだ。


【あらすじ】

 舞台は英国。ど田舎の村。

 若きメガネの考古学者フリントが安宿に泊まって日夜発掘に励んでいるが、碌なものが出やしない。
 巨大な爬虫類の頭骨とか。
 ローマ帝国がイギリスを支配した時代、各地に城砦や大浴場が築かれたが、謎の骨はそんな遺構の下から出土したのだ。恐竜にしては年代が合わない。
 
 首をひねっていると、穴の上から短髪、中途半端な容貌の若い女が泥をかけてくる。
 彼が宿泊している宿は、可愛い姉妹が経営しており、あわよくば姉妹どんぶりの悲願を達成したいフリントとしては、貢ぎ物等を贈り、とりあえず美人度の低い姉の方と付き合うことに成功したのだ。その結果、見事泥まみれ。
 千里の道も一歩から。老婆は一日にして成らず。

 さて、姉より確実に数段可愛い妹の方だが、残念ながら、かつて当地の領主だった名門ダンプルトン家の跡取り息子と婚約しており、しかもこいつが英国の誇るイケメン、ヒュー・グラントだったりする。
 (なんか、自ら腐っていることをカミングアウトする奇特な女子連中には、公然たる耽美ホモ映画『モーリス』のコンビの片割れとして有名。現在パニック障害でリタイア中。)
 現状で妹には手が出せず、悔しさに臍を噛むフリントは、怒りを土にぶつけていたら、謎の生物の遺骨を掘り当ててしまった訳なのだ。バカ田大学なのだ。

 「フェッ、フェッ、フェッ!
 この地にはかつて、獰猛で近隣の村々を荒らしまわった大蛇がいたんだ。
 それを退治して一躍名を売ったのがボクの先祖、サー・ジョン・ダンプトンなんだヨネー!」
 ワインを片手にヒュー・グラントが優雅に述懐する。
 「♪ だ・YO・NE~~~」
 「♪ だ・YO・NE~~~」

 蛇退治を歌ったエレクトリック・トラッドロック(フェアポートコンヴェンション系)がガンガン流れる、自邸のパーティーの席上だ。
 左手は、婚約者の胸を揉んでいる。

 「ホーレ、ホレホレ」
 傍らに飾られた古代の大剣を指し示し、
 「この、伝説の名刀ドブスカリバーで大蛇の胴体まっぷたつ、なんだもんねー!!」

 「だから、なんだっちゅーねん。どアホが。チンカス野郎が。」

 ふたりは宴会の席で本気のどつきあいを始め、宿屋の姉妹に慌てて諌められる。
 勝負は無念の痛み分けに。
 宿に戻ったフリントは、罰として今週いっぱい、おやつを減らされた。

 そんな大変な事態が進行していた頃、村はずれにある謎の旧家、通称“神殿の家”に屋敷の女主人が数ヶ月ぶりに姿を現す。冬の間はどこかに行方を眩まし、毎年春になると戻ってくるという、どっかで聞いた様な習性を持つ、あからさまに怪しい熟年マダムだ。
 
 「おかえりなさいませ、マダム」

 忠実な執事、ゴッドフリードが声を掛ける。
 中古のアストンマーチンDB5を降りた女主人は軽く手を振り、

 「留守中、特に変わりなかった?
 あ、そう。OK。あんたにはマジ、感謝を捧げるわ。
 じゃ、ちょっと、出てくるから」

 「・・・あの、どちらへ?」

 「ハントよ。」
 

 怪訝な顔をする執事に、小さくバイナラをする貴婦人。ブランド物のスカーフを顔に捲いて消える。
 次のカット。
 姉妹の宿に忍び込む、全裸の蛇女。
 
全身、青塗りメイク。頭部には光りモノで、くねくね歩き。幸い、宿の人は皆出払っているようだ。
 壁に象嵌されたキリスト像を見つけると、いまいましげに牙を剥き、シャーシャー唸り、口から緑色の痰を吐き飛ばす。ベチョッ、と穢される十字架。
 反キリスト寄りとか、そういう不穏当なキャラらしい。結構。
 くねくね二階に上ると、映画の冒頭でフリントが掘り出した、例の爬虫類の頭骨を見つけ出してほくそ笑む。
 エイッと両腕に抱えて走り去る女。あっ、泥棒。

 戦利品を獲て、意気顕揚の蛇女。人間の姿に戻り、ルンルン気分でアストンマーチンを運転していると、降り出した集中豪雨の中に立つ、間抜けなヒッチハイカーいっぴきを発見。
 乗せてやり、まじまじと顔を見てみると、ユースホステルを探す間抜けな童貞くんであった。
 にきび面。もさくて、まったく潰しの利かないタイプ。

 (喰おう。
 これは、断固喰ってしまおう・・・!)


 自宅へ連れ帰り、使用人が全員帰ったのを確認し、ニヤニヤ。
 豪壮な料理と酒を並べて小僧を歓待。トランプで主に7並べ等をプレイし、強制的に大人の会話・駆け引きを教え込む。
 ここで、くつろぎを演出する為、黒い下着姿でしどけなく床にゴロゴロ。元々設定値が低い状況を把握する能力を、どんどん喪失して胡乱なデクノボウと化す若者。
 遂に切り札。泡風呂に入れてやって、潜望鏡。
 突如、英国の片田舎に出現したトルコ風呂に目を白黒させている童貞くんの、股間のコブラに絡みつく蛇の舌。まさに、蛇・オン・蛇でノックダウン。

 「アグッ!!」
 
 感無量の一声。泡の海に沈んだ、青年というより少年は、二度と浮かび上がって来なかったのであります。

 一方、外出から戻った宿屋の妹は、壁の十字架がゲロで汚されているのに気づき、なんだこれ?と手を伸ばす。
 白魚のような指先が鮮烈グリーンのゲロに触れた瞬間。
 
 爆発する重低音。

 毒々しいピンクに塗られた空。

 城壁を模したセットに磔にされている、痩せたおやじ。両手に木のくさびを打ち込まれ、ペンキのような鮮血が垂れている。
 その眼前で、異教の蛇を崇拝する呪われたローマ兵士たちが、正常位で村の娘をレイプし続けている。間抜けに上下する、剥き出しの男の尻。
 「ブハハハ、ハハハ、ハハ、ハ!!!」
 呵呵大笑する蛇女のブルーに塗られた顔。
 くねくね踊りながら磔のおっさんに絡みつき、生血を舐め取る。
 戦慄に凍りつくおっさんの表情と、牙を剥き勝ち誇る蛇女。宣言する。

 「熱海に来てねーン!!!」

 「なんじゃ、そりゃぁぁーーーッ!?」
 幻覚の、余りの下品さと唐突さに、絶叫と共に倒れ込んだ妹は、そのまま寝込んでしまった。


【解説】

 やっぱり、ケンといえば幻覚だ。
 下品で、つくりもの感バリバリの幻覚シーン。
 これは、監督本人のアシッド体験が、相当せわしない、早回しにTVCM数本を連続同時で見せられるが如き、バッド感に満ちたものだったせいだろう。
 日常の隙間に、突如襲いかかるフラッシュバックの脅威!
 そういう有り難味の薄いものを描くことには、一応成功しているような気がする。  
 つまり、アンチ・ドラッグ・ムービーってことだろう。幻覚がなんだかとっても楽しそうに見えるのは、諸君の目の錯覚だ。錯覚だってば。

 古賀新一が「少女マーガレット」に連載した「白へび少女」の映画化『白蛇伝説』は、杉戸光史が脚本に参加している可能性がある。
 まったく根拠はないが、なんか、全体にそんな感じだ。
 ドリフに共通するズンドコ感覚が漂っているってことだ。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

デヴィッド・リンチ『ブルー・ベルベット』 ('86、ディ・ラウレンティス・エンタティメント)

【あらすじ】
 

 原作・熱血硬派くにおくん。
 アメリカの地方都市。くにおくんが、親父が倒れたというので大学から帰郷すると、故郷の町は、喘息持ちのヤクザが支配する悪の町となっていた。
 優しいおばあちゃんの忠告も聞かず、悪の蔓延るリンカーン通りへ出向いたくにおくんは、地元の不良どもと激しいバトルを繰り広げる。
 マブい彼女を救い出し、タイムアタックで車一台、完全にオシャカにしたくにおくんは、ボーナスポイントを手に入れ、次の面に行く。

【解説】

 偶然か。はたまた、必然か。
 計画しても決してうまくいかないような方向で、かろうじて折り合った微妙な産物。
 低予算のクライム・サスペンスとして企画された筈のこの映画は、最終的になんだかよくわからないものに化ける。
 物語の骨子が、ノワール物の輪郭を忠実になぞろうとする(クラブ歌手との恋愛!悪すぎる悪党!)だけに、リンチの、実にしょうもない趣味趣向は一層怪しく輝く。虫が好きとか。

 この映画のストーリー的な辻褄合わせは、すべていんちき臭く見えるように入念な工夫が施されている。
 早い話、ラストシーン。つくりもののコマドリが飛んで来る場面を見たまえ。
 あれは愛の使者。訪れた平穏な日々の象徴。オールド・ハリウッド的クリシェ。
 それが、人工の剥製だというのだ。すべては書き割りだ、と作者は丁寧にネタばらししているではないか。

 冒頭と、最後に繰り返される、きこりの町ランバートンの美しい風景。
 青空に映える、赤い薔薇。白いフェンス。
 通過する消防車に、スローで手を振る笑顔のおっさん。傍らには、置物のような犬。
 これは観光客誘致の看板そのもの。
 どこにもこんな町はない、と大声で宣言しているのも同じだ。

 続くカットで、緑の芝生に撒かれるスプリンクラー。
 撒水中に脳溢血で倒れる、主人公の父親。駆け寄り顔を舐める愛犬。実にわざとらしく、向こうから可愛いよちよち歩きで近づいてくる赤ん坊。
 すべてが、完璧に胡散臭い。
 芝生は緑。だが、その美しい表層の下では、地中でおぞましい昆虫が幾匹も絡み合い、熾烈な生存競争を繰り返している。リンチの本来得意な映像はこっち。
 虫とか、屍骸とか、切り取られた耳とか、いいよねー。
 リンチは、爽やかな笑顔で断言する。
 そこに乗れるかどうかで、この人の評価はまるで違ってしまう。 

 そして、アレ。
 アレの重要性を指摘しておきたい。
 ミステリーとして、物語上重要なトリックである筈のフランクの変装。
 おめん。

 「舐めとるんか」というぐらい、プラスチック製の、本当におめん。

 さすがに陳腐になり過ぎるので、アップは巧妙に避けているが、こんなにおめんが場面を攫った映画はないのではないか。
 『ハロウィン』のマイク・マイヤーズも、『現金に体を張れ』の強盗たちの仮装も、『オペラ座の怪人』だって、本質的にはミル・マスカラスのマスクと変わりない。生きた人が仮装している。中に人が入っているのだ。
 そんな常識が蔓延る中に、あんな粗末なつくりのおめんを白昼出してきて、「この人は生きた人間です」と堂々と言い張る強引な奴など、テキヤのおやじとデヴィッド・リンチぐらいしかいない。普通にはありえない。
 しかし結果として、見事、生気の失せた世にも不気味な人物(そりゃ、そうだ!おめんだぜ!)が出来上がり、物語の象徴性を高めるのに貢献。圧勝。

 これは、デブの刑事が着ている黄色いジャケットと同じ役割だ。飲み屋のオカママスターが使う、ライト内蔵のヴィンテージマイクも同様。
 だが、なかでも、おめんの存在は輝いている。
 あんな奴に狙われたら、絶対殺されるって思いますもの。
 不吉すぎ。

  
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月13日 (土)

好美のぼる『あっ!生命線が切れている』 ('84、立風レモンコミックス)

 怪奇・手相コミック。
 その名を聞いて、諸君は戦慄を禁じえないだろう。私も恐ろしい。アバウト過ぎる想像力で、適当に描かれたストーリーが。登場人物達が。
 教訓めいて語られるのに、まったく何の参考にもならない物語の結末が。

 この作品、別段採り上げる理由など何もないのであるが、さりとて積極的に記事にしない理由も見つからない。不思議だ。
 などと呑気に首を捻っている間に、うちの書棚には好美のぼるの手相シリーズが全巻揃ってしまった。
 これは、いったいどうしたことだろう。一種の呪いではないだろうか。
 
 仕方がないので、お話を始めることにするが、その前に注釈をひとつ。
 ヘンリー・ダーガーの絵物語でもいいし、クリストフ・シャブデ『ひとりぼっち』の燈台守でもいいのだが、空想によって世界を作り出そうという奇特な人達の紡ぎ出す物語は、なにより、その作者の存在を浮き彫りにするものだ。
 「こんな変なことを考えるのは、どういう人か?」と、読者は疑念に捉われてしまい、つい正体を詮索してみたくなる。
 その伝でいくと、好美先生は、変わったじじい。

 じじいの関係妄想が瞬発力を持って炸裂し、しょぼしょぼの花火が打ちあがる。
 われわれは河原の土手に座って、イカ焼きでも喰いながらボケーーーッとそれを眺めている阿呆だ。幾らなんでも、もっと楽しい夏の過ごし方だってあるだろうに。

 ・・・プールに行く、とか・・・。


【あ~ら~す~じ~】

 手相。
 それは、宇宙。

 人の生き死にはおろか、人類の運命を左右することだってある神秘の世界。
 手相を変えることは、未来を変えることだし、持って生まれたD.N.A.の基礎配列を変更することだって可能だ。
 手相を崇めよ・・・!
 手相に、恐怖せよ・・・!


 ・・・という、仰々しいイントロダクションとはまったく無縁に、女子学生ふたり組が登場する。
 下校途中の草むらに、寝転ぶふたり。亜矢と美知留。
 早くも、こんな奴らいない感バリバリだが、ふたりの会話がまた、とんでもない。
 
 「美知留!見て見て、ホラ、てんとう虫が手のひらを這っているの!」
 「エエッ!」
 間抜けな笑顔で振り向く美知留。ショートボブ。
 対する亜矢は、(好美先生の考える)典型的な美少女キャラだ。
 「ウフフ・・・
 こそばゆくって、なんだか、とっても変な感じ!」

 「もう!亜矢ったら、デリカシストなんだから!」
 「アハハハハ!」


 いや、それはデリカシー(気配り)とは一切関係ない。
 (それよか、ここで手のひらが登場するのは、ヒッチコック的なマクガフィンか?)

 こんな間抜けなふたりであるからして、見るからに怪しい全身トーガで覆面まで被った女占い師に呼び止められても、格段躊躇することなく、道端の占い小屋に上がり込んでしまうのだった。アーメン。
 「本日は特別。たまたま暇なものですから、無料で見てあげますよ!」
 「まぁ、嬉しい!」
 「やったネ!!」

 少しは怪しめ。

 「おふたりとも愛情線も、頭脳線も素晴らしいわ。だから、こんなに可愛いらしいのねー。
 あー・・・でも、生命線が、ちょっとねぇー・・・・」

 「エッ・・・?!なんですか?」

 「うぅん、なんでもないの。
 今日はこれでおしまい。また今度、次はふたり別々にいらっしゃい・・・」

 「エーーーッ?!」

 罠だろ。それ、めちゃめちゃ罠だってば。

 後日、と言いたいが、気になって勉強も手につかないお調子者の美知留、その日のうちにフラフラ自宅を抜け出し、占い小屋の辺りまで来てみれば。
 こっそり、小屋の入り口を潜る亜矢の姿が。

 (あーーーーーーっ!!
  アイツ、さっきの今だってのに、本当ずうずうしい!)

 自分は棚上げで、友人を泥棒猫呼ばわり。
 テントの中では、懸案事項だった筈の生命線はそっちのけで、恋愛相談が始まっていた。
 ここで、重要な事実が判明する。
 亜矢も美知留も、クラスの同じ男の子が好きだったのだ。
 って、蓋を開けてみれば、完全な泥沼状態。完膚なきまでのぬかるみの荒野。なのに、お互い、これまでまったく勘付いていなかったという。
 お前ら、アホか。
 占い師は、非情な声で宣告する。

 亜矢には、
 「四日後、お前の好きな男の手形を持って来なさい。」
 
さらに、
 「プラス、お前の写真と手形もね!」

 
 そのあと、こっそり訪れた美知留には、
 「三日後、お前の好きな男の写真を持ってきなさい。」
 
さらに、
 「プラス、お前の写真と手形もね!」


 なんだかページの明らかな無駄遣いとしか思えない贅沢な指令を二度出した占い師、おのれの策略が着々と実を結ぶことに酔いしれ、誰も居なくなったテントで水晶玉を前にほくそ笑む。
 「フェッフェッフェッ・・・待っておれ・・・
 もうすぐじゃ・・・もうすぐじゃぞぇ、秀夫・・・」

 

 ---誰? 

 さて、微妙に日時のバッティングを避けた占い師の巧妙な指示を、勤続二十年のサラリーマンの如く、忠実に実行するふたり。
 写真はともかく、手形はさすがに難しいだろうと思われたが、
 「お相撲さんじゃあるまいに
 軽く受け入れる、意外と懐のでかすぎる男。同級生・野見祐二。名前がノミなのに。

 この直前、実は、彼は電話で警告を受けていた。
 『ダ~レに~も~、手形と写真を渡してはならぬ~』
 だが、意味が解らないので無視した。
 電話の主は、唯一この事実を知る占い師の婆ァで間違いないのであるが、なにゆえ回収を命じた彼女が正反対の親切すぎる警戒メッセージを発令しなくてはならなかったのか。
 のちほど、作戦成功の際に「生意気な男の子の反撥心をうまく利用してやったうんぬん」の発言があるので、これが高度過ぎる深読みによる心理操作戦術の一環だと解るのであるが、もっと単純に、警戒した野見くんが写真と手形の譲渡に渋り出すとは想像しなかったのだろうか。
 占いを本気で信奉する者の心は謎だ。 

 ということで、無事に写真と手形が揃った四日後。深夜。
 謎の占い師は、一路墓地へと向かった。
 
 ここで言う墓地とは、現代に蔓延るライト感覚の納骨堂的なものではなく、かつての土葬の習俗を偲ばせる、ゴリゴリ、ハードなグラインドコア精神に満ちたもの。
 余談だが、筆者の自動車で地方へ行った際の最大の楽しみは、イカす墓を発見すること。同乗者に嫌がられております。
 
でも、山奥の、鄙びた、エッこんなところに人間が居るのか?的な路傍の寒村に、これまた苔むしたいい感じの墓があるんですよ。
 蹴ったら絶対呪われる。
先祖代々ここに葬られてきた的な、異様な重圧感とファズトーンとで訪れる者を威嚇する。よい墓は、日本の優れた伝統。ビヴ・ラ・墓。墓フォーエバー。

 などど、たわけた発言をかましているうち、占い師は、真夜中の墓地に到着。
 
 「♪喪主、喪主、カメよ~、カメさんよ~」

 絶好調に鼻歌のひとつも出る。やけに不吉だが。
 目指す墓を探し当てると、用意したアシックスのスポーツバックから写真と手形を3組取り出し、気合いで墓石に貼り付ける婆ァ。
 そのまま、しゃがんで祈り出す。
 
 「呪っておやり~~~。
 呪ってやるんだ。呪いをこめるんだ。秀夫~~~」


 堅く組み合わせた皺だらけの指先に鮮血を滲ませながら、墓石と会話する占い師。
 ここでの墓石は、単なる石灰岩の切り出しではなく、古い少年漫画に登場する悪のコンピューター的な存在に転化している。
 プリミティヴすぎる操作法は、あたかも音声インターフェース。いまで云う「どこでもドア」か。

 「・・・よーーーし、充分呪いはこもったかい、秀夫?」
 
 勝手にチャージ完了を宣言する婆ァ。
 「それじゃ、こよりを取り出して、っと・・・」
 再び、アシックスから紙製のこよりを沢山取り出し、三枚の手形の上に重ねていく。どうやら、手相をなぞっているようだ。

 「よし、出来た。
 これで、三人の手相は自由に変えることが出来るんだ、秀夫!」


 意味なく、落雷が彼方で閃いた。やがて轟音が聞える。

 「まず、三人の感情線※1を捻じ曲げてやる。」
 うらみの籠もった片目で、恐ろしいことを断言する婆ァ。
 「それから、影響線※2を狂わせて、狂わせて、狂いつくさせてくれるわ!!」
 
※1. 喜怒哀楽、快・不快などをつかさどる手相。
  ※2. 心の動き、ストレスの多寡を支配する相。って、1.の言い換えではないのか? 


  再び、墓石に向かい、こよりを両手でくねらせながら絶叫。

 「呪えーーーッ!!
 呪うんだァーーーッ!!!
 秀夫・・・!!
 秀夫・・・!!
 呪え!呪え!!ノロエーーーッ!!!」



 瞬間、強烈な手の痒みに自宅のベッドから跳ね起きる亜矢。
 先ほどまで天使の寝顔で熟睡していたというのに、突如つのだじろう的な三白眼の凶相にすっかり、変わっている。

 「キィーーーーーーッ!!
 美知留のやつが憎いーーー!!
 あいつは、あたしから野見さんを盗ろうとしているんだーーーッ!!!」


 突如、妄想に駆られ激怒の発作を起こす亜矢。
 部屋の戸を開け、階段を駆け下りると、深夜の町へ寝巻き姿のまま、飛び出して行ってしまう。
 「確かここにあったはず!!!」
 路上で、クルリと鳶を切った彼女は、あろうことかゴミ箱を漁り出す。
 やがて掴み上げたのは、丸々と肥えた大きな野ネズミの屍骸。

 尻尾を抓みあげて、
 「アッ、ハッ、ハッ、ハッ!!!
 美知留にプレゼントしてやる・・・!!

 
 クックックッ、美知留はネズミが大キライなのだ!!
 よろこぶ顔が、早く見たいものだ・・・!!!」


 無茶である。発言も行動も瞬時にメーター越えだ。

 「アギィーーーヤーーーンンンッッッ!!!」
 喜び勇んで再び夜道を走り出そうとした仏恥義理状態の亜矢だったが、背後で聞えた魂消るような断末魔の叫びに、ハッと立ちすくんだ。
 「???」

 振り向くと、街燈の下に仁王立ちになった黒いシルエット。
 突如鳴り出すエンリオ・モリコーネ。 
 こちらも同様パジャマ姿のまま現れた美知留、佐藤まさあき的な凶悪すぎるスナイパー顔をニヒル(虚無的)に歪め、 

 「待てい、亜矢・・・!!
 狭いニッポン、そんなに急いでどこへ行く・・・?」


 応え難い問いかけに、キッと見返した亜矢、

 「おうッ・・・!!こりゃ、美知留じゃないか!!
 ちょうどよかった。
 お前に、ぜひ受け取って欲しいものがある。」


 「・・・ちょうどよかった、だと・・・?!」

 
忌々しげに唇を噛みしめる。ギリギリ、歯噛みする音が聞こえる。

 「これでも、ちょうどよかったって云うのかい?!」

 燈火の下に一歩踏み出した美知留の口元には、無惨に噛み殺された亜矢の愛猫ミーコの血塗れの死体が。

 「お前の可愛がってる猫を喰い殺してやったよ!!」

 
叫ぶと同時に死んだ猫をブンと投げつける罰当たりな美知留。
 しかし、ひるまぬ亜矢、野ネズミの屍骸をすかさずビューッと投げ、

 「そいつは、アリガトサン!!!
 
これでもくらえ・・・!!!」

 

 びちゃっと亜矢の顔面に激突する、無念の形相おぞましい愛猫の遺体!
 同時に、美知留は、腐って内臓なんかはみ出ている轢死と思しい野ネズミの屍骸から立ち上る、芬々たる死臭を鼻腔いっぱいに吸い込んでむせ返った。

 「ぐぇぇぇぇっ!!!」
 「ゲボッ!!ゲボッ!!ゲボッッ!!!」


 無念の痛み分けか。
 両者、我慢は常人の許容範囲を超え、喘いで倒れ伏す。
 そこへ走り寄ってきたのは、これまた凶気の衝動(マッド・インパルス)にあてられ、バカ田大学出身者の如きへらへら顔で腑抜けた笑いを発作的に繰り返している、憧れの野見祐二くんであった。

 「ウェッヘッ、ヘッ、ヘッ・・・!!
 こいつは可笑しいや!!
 お嬢さんがた、真夜中にダンスパーティー披露ですかい?!」


 地上で醜くつかみ合っていた女子二名、

 「あっ!!お、お前は・・・!!」
 「この唐変木!!変態野郎!!元はといえば、
 すべてお前が悪いんだ!!!」


 たちまち混ざって、殴る。蹴る。噛み付く。ひっかく。
 
 「この、最低のキザのコンニャク野郎め!思い知らせてやる!!」
 「うるさい、ドブスども!!フン!!お前らが勝手に俺に夢中なだけじゃねぇか!!」
 「なんだと、このハゲ!!
 いい男ぶるんじゃねえゾ!!うらなりびょうたんの、ひょっとこ顔が!!」


 反則と暴虐。
 悪魔の肉弾戦。ベトナム以下。
 あらゆる乱闘の基礎知識を軽く世間に周知せしめる三名。敵も味方も、男女も、友情も初恋はカルピスの味も糞もあるものか。
 この世は果てしない闘いの荒野。
 梶原一騎の教えは、意外と事の真相を、正鵠を射抜いていたのか。

 あまりの騒ぎに、たまりかねた近所の人が通報し、駆けつけた警察官に補導されるまで、三人は噛み付き、罵り合いをやめようとはしなかった。

 ---翌日。

 狂気の発作の去った彼らは、それぞれの自宅で目を醒ます。
 激しく抵抗し掴み合っていた三人だったが、ふとした瞬間崩れ落ち、そのまま昏倒するかのような深い眠りに陥って起きて来なかったのだ。
 警察からは、厳重注意。
 必死に謝罪するそれぞれの家族に引取られ、ひとまず事なきを得たが、いつまた暴れ出すかも分からない。学校には敢えて行かせず、自宅待機と相成った。

 「ヒッ、ヒッ、ヒッ・・・
 さて今日は、運命線※3を捻じ曲げてやろうかねェ・・・」

 ※3 運命の浮き沈み。幸・不幸、成功、失敗など。しかし、これから起こる事態には全く関係がない。

 日の暮れた墓地では、謎の老婆が薄気味悪い笑い声を立てていた。
 案の定、昨夜と同じ手順を繰り返すと、三名は発狂。おのおのの自宅から行方を晦ます。
 必死に捜索する家族が、ビルの建築現場を通りかかると、

 「♪ヒャッホーーー!!
 ゴーーー、ゴーーー!!」


 高層の剥き出しの鉄骨の上で、全員ノリノリで踊っていた。
 慌てて降りてくるよう説得を試みると、逆上して巨大なネジやボルトの類いをビュンビュン投げつけてくる始末。
 「帰れッ!帰れッ!」
 「ゴジラッ!ゴジラッ!ゴジラとメカゴジラッ!!」


 「どうすりゃいいんだ・・・・・・」
 途方に暮れた父親が頭を抱えていると、彼方の墓地で何を思ったか、老婆が突然、怪しいまじないを止めた。
 途端、正気に返る娘たち。
 バランスを崩し、鉄骨にぶら下がり、

 「・・・あ~~~っ、この状況は何?!何なの?!」
 「私達、一体どうしたって云うの・・・?!」
 「た、高いッ!!目が眩むロバート・クラム!!
 助けてーーーッ!!!」


 迷惑この上ない。
 彼らは無惨にも高層階のレベルから落下し、重傷を負って病院へ運ばれる。
 意識不明の重体。全身を幾重にも包帯で包まれ、集中治療室に入れられ、面会謝絶。押しも押されぬ、重病人。明日をも知れぬ身。

 「よし。今夜こそ、影響線と生命線※4のバイパス工事だ!」
 ※4 寿命の長さ、健康状態、病気・ケガなどを司る。が、既にお気づきの通り、この物語にとって手相の豆知識などほんのお飾りに過ぎない。

 三たび、墓地で怪奇辣腕を揮う婆ァ。
 重傷で動けない筈の彼らは、(『サンゲリア』の)ゾンビの如く起き上がり、手に手に毒薬を塗りたくったメスを持ち、自らの手のひらをズタズタに切り裂き始める!
 走る激痛、切り裂かれた手から溢れ落ちる鮮血!
 廻る毒薬!成分不明!

 「グ、ワワワァァーーーッ!!!」

 苦痛と共に人間以外の何かへ、おぞましい変貌を遂げていく彼ら。
 劇薬のせいなのか、それとも老婆の呪いか。
 なんだか、さっぱり解らないが、確かに変身しているのだから、しょうがないじゃないか。
 尖った耳、吊り上がってねじくれた口角。
 両目は血走り、すっかり悪魔の如き顔相に。


 地獄の変身を終え、すっかりロウファイな妖怪人間、デーモン一族の下っ端と化した男女三名は、光るメスを片手にそれぞれに夜の街へと飛び出していく。
 サンダーバーズ・アー・ゴー!!
 これまでの狂い切ったまどろっこしい展開は、すべて、これから捲き起こる華麗なる復讐劇の序曲に過ぎなかったのだ!


 深夜。西警察署の北島寒郎刑事宅------。

 寝床で熟睡していたゴリガンの渋い中年は、美しい和服の妻から起こされる。
 優しく揺さぶられ、
 「あなた!あなた!本庁から非常呼び出しですよ!」
 美しい妻では、起きぬわけにはいくまい。これが醜い妻なら、張り手一発かまして、不貞寝を決め込むところなのだが。美しいって、罪だよなぁー。
 
 美しい妻に見送られ、コートを着て、夜道を歩き出した刑事。大通りでタクシーを拾うつもりか。
 そこへ、

 「・・・北島さんだね?」
 電柱の影から姿を現したのは、亜矢が変化した化け物だった。
 「お前に電話したのは、実はこのあたしだ。」

 「・・・エエーーーッ?」

 「まったく。ニセ電話におびき出されるなんて、刑事失格だよ。クッ、クッ、ククッ。」
 
 「ぬぬぬ。貴様、誰だ。一体、何のようだ?」

 「まず、お前の感情線を変えてやる。
 細かい話は、それからだ!!」


 刃物をかざし飛びかかる亜矢。怪力で腕ひしぎされ、ザクリザクリと手のひらを刻まれていく、妻は美しいが本人は到って無能な刑事。
 
怪物は恐ろしい力で刑事の動きを押さえ込みながら、
 「あんた、約一ヶ月前、村田秀夫って無職の青年を逮捕しただろう・・・。」

 「ツッ・・・あぁ、あの暴行犯人かッ?!」
 刑事は激痛に耐えながら、記憶を振り絞る。

 「その青年は、恥辱に耐えかねて、裁判所の窓から飛び降りて自殺した・・・。」

 「ウン。気の弱い男だったナ。」
 素ッとぼけた顔で、「それが、なにか?」

 「お前は、事実関係をよく調べもしないで、ふたりの女子中学生とひとりの男子高校生、つまりはガキどもの証言を鵜呑みにして、青年を逮捕した。
 手柄を焦るあまり、事件の犯人をでっち上げたんだーーー!!!」


 凶悪なメスを振り下ろす怪人物。
 「うわわわッッ!!」
 襲いかかる強烈な痛みに、絶叫する刑事。

 「そのときの三人の証人、ひとりはこの私さ!!」

 「・・・そ、そんなバナナ!!」

 どさくさに旧石器時代のギャグを放つ刑事に、怪物は雪藤洋二風にクールに宣告した。

 「今しがた、お前の感情線を完全に破壊した。
 貴様はもう、泣くことも笑うこともできない。一生、仏頂面して生きていきやがれ!!!」


 「そんなーーーッ・・・。」
 
 一切の表情を喪って、能面のようになった顔で立ち尽くす刑事を尻目に、怪物は悠然と立ち去ったのである。
 掌からダラダラ血を零しながら、刑事はポツリと呟いた。

 「・・・妻になんて云おう・・・?」

 一切の感情を剥奪された彼が、情け無用の鬼刑事として勇名を轟かすようになったのは、それから暫くしてからのことである。

 同刻。
 平井検事邸------。
 
 都内でも有数の一等地に聳え立つ白亜の豪邸を、人々は“平井御殿”と呼んだ。もともと近在の地主として知られ、数々のビル・テナントを保有する平井家ではあったが、バブル期の無茶な投資とその後続いた経済不況にすっかりやられ、さしもの豪奢な屋台骨も沈没寸前とは、街の雀が囁く噂話の種となっていたのだった。
 
 当主・平井忠近は、書斎の一室で聞き慣れない物音にふと顔を上げた。
 まだまだ精力余る五十歳台、愛人のひとりやふたりも囲ってあるだろう絶倫の風貌。
 広げた裁判所記録をパタリ閉じ、

 「・・・誰だ?そこに誰か居るのか・・・?」

 その声に応えて、カーテンの背後からゆらりと姿を現した黒い影。
 美知留と同じ髪型をしている。

 「フフフフ・・・・・・ドロボーです・・・」

 「エッ・・・?ドロボー・・・さん?」

 「この下りは原典に忠実なんだが、こりゃ意図的に『カリオストロの城』のパロディーなんだろうな。なんか、やだな・・・・・・
 あーーー、いや、エーーート、ご心配なく、あなたの頭脳線※5を戴きに参上しました。」
 ※5 知的能力、観察力、判断力、推理力など。って、もういいか、この解説?

 「えっ?!」

 「お気軽に声をお掛けください。こちらから盗りに伺います!」

 怪しい影は軽々と跳躍し、平井氏に飛びついた。

 「うわッ!!貴様、なにをする?!」

 「ご心配召されるな。このように、サクッとメスであなたの頭脳線を切り取ります。」
 サクッ。


 「わわッ!!!」

 「するってェと、あなたは、たちまち、見事なバカになっておしまいになります。ってなもんで。」

 平井氏、突如、射精直後のような虚ろな表情となり、笑い出した。

 「げら、げら。げら、げら。」
 「げら、げら、げら、げら。」
 「げら、げら。げら、サラ・ミッシェル=ゲラー。」


 「お後がよろしいようで。」

 影は、丁寧に一礼すると闇へ消えた。
 後には、よだれを垂らしながら、不毛なゲラゲラ笑いを続ける平井氏が残された。
 
 「げら、げら。げら、ユリ=ゲラー。」

 その後、子供の無かった平井家の家督は人手に渡り、さしもの広壮な屋敷も取り壊しの憂き目に逢ったのだが、名検事として鳴らした当主・平井忠近氏のその後の消息は漠として知れなかった。
 只近郷の精神病院に、奇妙な退行症状を起こし痴呆患者として入院した、壮年期の患者が一名増えただけのことである・・・・・・。

 さて、時間は戻って。運命のあの夜。
 同刻。
 警察医、谷口宗一博士のマンション------。

 谷口氏は徹夜で顕微鏡を覗いていた。前日デパートで母に買って貰ったのだ。
 丸禿げ、眼鏡のじじいの割りには、いい根性をしている。
 
 「ウフッ、うふッ。
 ミトコンドリアって、怪獣みたい


 既に頭脳線の大事な部分が奪われてしまっているようだ。
 この低脳ぶりでは、先程検事に与えたような攻撃は利かない筈だが、この状況をどう捌く。好美先生?
 ひとり目の犠牲者の際に、事件の背景、重要な情報は残らず開示してしまっているので、復讐シーンの扱いはどんどん端折られ、北島刑事11ページ→平井検事7ページ→谷口博士4ページぐらい(当社比)。
 後に行くほど敵が強くなる少年ジャンプ方式なぞ、好美先生の辞書には存在しない。読者もいい加減飽きてきた。筆者なんぞは、なおさらだ。

 お前の太陽線※6を奪ってやる。」
 
※6 運命線と関係があり、運命のありかた、流れかた、金運など。胡散臭い解説もこれがラスト。お疲れさま。

 野見祐二のヘアースタイルをした怪物が、とにかく手近な物陰から飛び出して来て、残忍に宣言した。

 「な、なんだ。お前は。前振りなしか。」

 「猿芝居には飽き飽きしたぜ。
 だが、この退屈を覚えるくどい感覚。心底うんざりさせられる気の利かないテイストこそ、ジャンル・マンガの真骨頂なのだ。死ぬほど味わえ、読者諸君!!」

 闇夜に走るメス!迸る、鮮血!美女の悲鳴(S.E.)!

 「ギイイャァァァーーーッ!!」

 絶叫と共に倒れ伏す博士!
 轟く雷鳴!モンスターの雄叫び!って、雌だったどうするんだ!!

 「お前の太陽線を奪ってやった。
 お前は、もう、二度とまともに金勘定をすることは出来ない。
 これからは、せいぜい、無料で患者さん達の治療に励んでやってくれたまえ!!」


 は、は、は、は、は、と乾いた笑いを残し、立ち去っていく怪人物。 
 
 「・・・無茶しおるで、しかし。」
 倒れた床の上で、虫の息の谷口博士が愚痴った。
 「わしがちゃんと治療していれば、村田秀夫はあのとき死なすに済んだ。
 
とか、そういう因縁づけも一切なしか。カットか。
 それで、ええんか?ええのんか・・・?乳頭の色は・・・?」

 床に転がる金銭感覚を喪失した博士は、ガクリと頭を垂れた。
 背後で、顕微鏡が床に激突し、砕け散る。
 かあちゃんに怒られる。
 それが、博士が意識を失くす寸前に考えたことだった。

 ・・・墓地に雷鳴が轟いていた。

 復讐の代貸しという、代行運転よりも難易度の高い業務を成し遂げた三匹の怪物は、路地裏でお互い血塗れの争闘を繰り広げ、いまや立派に死んでいた。
 首はもげる。
 腕は折れる。
 両足は無惨にも、引っこ抜かれる。
 その姿は、醜い容貌と共に、かつて地上を支配した女子校生とは到底思えぬ酸鼻を極めた地獄絵だった。

 すべてを成し遂げた占い師、実は秀夫の母は、狂喜乱舞のきちがい踊りを続けていた。

 「うきゃきゃきゃ、うきゃきゃきゃ、きゃ、きゃ、きゃ、きゃ・・・!!!
 
 仇は討ったよ、秀夫・・・!
 よくやってくれた!
 エクセレント!
 マジすげぇよ、あんた!」

 
おもむろに万歳ポーズを掲げると、

 「ヤッターーー!!
 ヤッターーー!!
 ヤッターーー、まん!!」


 まん、のフレーズと同時に、切っ先鋭い鉄パイプをまんこに突き刺し絶命。エクスタシーと共に死す。

 「あぁ・・・・・・」
 臨終の苦しい息で、老婆は思った。
 「ときめきに死す、ってこれか・・・・・・。あぶねぇなぁー・・・・・・。」

 いつしか雷雲は彼方に去り、冷たい雨が地上を濡らし始めた。

 後日談。
 秀夫を無実の罪に陥れた暴行事件の真犯人だが、その後も元気で暮らしている。彼女は(そう、犯人は女だ)、街のスナックに勤める整形美人で、自分よりきれいな女性を見かけると妬みから暴行、つまりはボコボコにし、二度とはお天道様を拝めぬ面構えに改造してやるのが無上の歓びだという、ハイト・レポートには余り出てこない、ちょっと変わったタイプの女性なのであった。
 お店は、夜からやってるから、きみも一度行ってみるといいよ。


【解~説~】

 手相をいじって、人間改造。
 途方もなく危険なテーマを扱いながら、その思弁性・哲学性には一切言及しない。好美先生にとっては、手相をいじるのも、宇宙飛行士が月に行くのも、いずれも理解し難い超技術、魔法・妖術のたぐいだったのであろう。
 
 手相シリーズはこの後も続く。
 (が、基本的なプロットはこの時点で出揃ってしまっている。すなわち、手相をいじると人間は心身に極端な異常を来たす。)

 『運命線は血みどろの蛇』
 『頭脳線・甦ったミイラ』
 『感情線・悪魔の子守唄』・・・

 なんだ、四冊しかないじゃん、と思うかも知れないが、こんな胡散臭いネタで単行本四冊も仕上げるなんて奇跡だ。
 シリーズはすべて主人公も、舞台設定も違う。違うが、しかし、ぜんぶ一緒。
 すなわち、傑作揃いってことですね。

 きっと、またお目にかかろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月11日 (木)

大林宣彦『ねらわれた学園』 ('81、角川映画)

 どうしようもない映画が必要だ。

 つまらないもの、意味のないもの、観ていて恥ずかしくなるもの。
 優れた作品を適正に評価する為には、物差しが要る。故に、くだらないものには果たすべき重要な役割がある。この世に生まれてくるものに、意味のないものなど存在しないのだ。諸君には捨て石になって貰おう。
 だが、ここに奇妙な逆転が起こる。
 誰もが認める優れた作品とは、本当にそれほど優れた映画なのだろうか?
 ひょっとして、われわれの鑑識眼が曇って真相を看破しきれていないだけでは?
 どうしようもない失敗作であることで、逆に印象に残る映画とは、実は非常に優秀な映画ではないのか。

 10年後に、「英国王のスピーチ」について語る人はいないだろうが、大林宣彦の映画は生き残った。
 30年過ぎて、この映画を何の気の迷いか、再び観てしまった私は思った。
 あぁ、観るんじゃなかった。
 驚いたことに、この感想は30年前とまったく変化なかった。

【あらすじ】

 校庭が代々木公園になっている、非常に奇妙な学校にセクシーな赤いレオタードの美少女が転校して来る。
 色めき立つ一同。
 美少女は転校早々に生徒会長に立候補することを宣言し、見事当選を果たす。
 だが、実はそれは宇宙人の罠だった。
 惑星間旅行を実現した程の、高度な科学力を誇る宇宙人は、都内の高校を傘下に収めんと公衆トイレに改造した宇宙船を代々木公園に送り込み、塾と偽って高額な報酬を得ていたのだ。
 美少女に先導され、学校や教師、PTAに宣戦布告する生徒達(と手塚眞)。
 地味で色黒の女子高生、薬師丸は自宅では和服で通している変な女だが、一部に熱狂的なシンパがいるので、割りと調子に乗ってフカシこいていたら、映画が終わってしまった。

 さて、この映画をどう評価すればいいのか。
 そもそも大林映画にまともな映画など一本もないのであるが、その異常性が妙にうまくいっている場合と、空転しとんでもない方向へ全力疾走してしまっている場合とがある。
 『転校生』はおそらく一番うまくいっている映画で、背景を監督の実家に設定したことも功を奏し、たいして面白いことなど起こらないにも関わらず、観客を飽きさせないテンションを維持することに成功している。
 遡って、監督デビュー作『ハウス』は典型的なクズだ。
 この映画は面白いことしか起こらない。(井戸で冷やしたスイカを引き上げたら、田中邦衛の生首が上がって来てカタナに噛みついた、とか。)そして、興味深いことに、面白い出来事の連鎖で映画一本繋げてみると、実は大して面白くはなかった、という非常に残念なパラドックスを齎した。
 楽しそうな場面を連続させても、映画自体はハッピーにならない。
 人間大のゴキブリがピアノを演奏する映画版『漂流教室』も同様だ。
 これらの映画は、観ると死にたくなる、もしくは本当に死んでしまうという点において、『リング』に登場する“呪いのビデオ”より遥かに効果的と言えるだろう。

 だが、しかし。
 そのダメさ加減が、幸薄い、本当に真剣に作られた良心的で地味な映画よりも、観客のハートにどうしようもない何か(例えば、だ)を残してしまうとしたら、これはもう、才能のレベルの違いとしか申し上げようがない。
 ダメさゆえに、心に残ること。
 これは、単純にただ優れているだけの映画を撮っても成し遂げられぬ、謂わばジェリコの壁越えと捉えて頂いて結構である。

 「ねらわれた学園」では、各部活の新人勧誘合戦が、世にもこっぱずかしいダンスと共に白昼の代々木公園で繰り広げられる。正気を疑うばかりのテンション。全裸になるより恥ずかしい、ハッピーなオーラの全面展開。

 どうしようもない映画とは、手のつけようがない映画ということであり、他の監督は間違っても薬にしたくない映画ということである。
 バカは死ななきゃ治らないのだ。
 末期癌患者のように、大林宣彦の独創性は際立っており、輝いている。
 人間が創造性をフルに働かせることが、必ずしも幸福な結果を生む訳ではないことを大林は身をもって教えてくれているのである。

 
 ※本文に織り込むことが出来なかったが、さすが角川映画、校長先生役がサラリーマンSFの巨匠・眉村卓先生(!)である。ゆえに、Dくんは必見。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月 6日 (土)

うぐいす祥子「虐殺者の王」 ('09、DARUMA PLANNING)

【あらすじ】

 群馬の引きこもりが、悪魔を召喚する。
 
 時間と暇にあかせて、魔法陣を描いてせっせと研究してみたら、偶然成功してしまったのだ。
 ちなみにこれは東大に入るより難易度が高い、某ちゃんねるで言うところの神レベルの偉業だ。俺の知る限り、成功者は数える程しかいない。ヨハン・ファウスト博士、悪魔くん、ウィリアム・シャトナー、(トムとジェリーの)トム、マッジルベリイ乗務員。
 家族は悪魔のしもべにされ、昼間っから締め切った部屋でボケーーーッとTVを観たり、ネズミを頭から丸齧りしたり、暗い森で若い女を狩ったりしている。
 正体不明の連続殺人事件を捜査していた高崎署の女刑事は、犠牲者の親族である超能力幼女に導かれ、悪魔の巣窟へ乗り込むのだが------。
 
【解説】

 悪魔の目的がわからない。

 まぁ、広義にこの世に悪を齎すことなんだろうが、若い女をせっせと切り刻んで心臓を集めて喰うなんて、人間でも実現可能な異常行為だろう。
 シリアルキラーで誰か有名な人がいた気がするし。
 (実際には、殺人者の間では臓器も人気だが、睾丸や子宮など生殖器方面への執着が強いように見受けられる。人体におけるトロ的部位ということになるのだろう。)

 悪魔というのは総じていじましく、みみっちい仕事をしに、この世へ出稼ぎに来ているようである。
 古来、悪魔が何を狙ってやって来るのか、その根本理由は謎に包まれていた。
 「生意気な神の野郎をブッ倒すためだ!」
と答えると、ダイナミックプロに入社するには合格だろうが、どうも一般には正解でない感じがする。
 やはり、悪魔というからには、理想は大きく持って欲しいものだ。
 人間の測り知れないぐらいの、底知れぬ悪意を抱いてこの世に出現することを希望するものである。
 
 うぐいす祥子の「虐殺者の王」で召喚される悪魔は、翼を持つ犬。
 陳腐になることが避けられぬためか、その姿は百科事典の図版でしか確認できないが、舌なんか出して、とってもチャーミング。
 あんまり犬っぽく見えないが(獅子っぽく見える)、本物の犬に羽根を生やしても可愛らしいばかりで、迫力に欠けるのだからしょうがない。
 羽根のある犬といえば、『寄生獣』の一巻に出てくるのだが、あれは頭部が寄生獣だからなぁー。
 『オズの魔法使い』の羽根のあるサルといい、「動物」+「羽根」という組み合わせはどうも危険な匂いがするようだ。

 今週の教訓。羽根に注意。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年8月 3日 (水)

『どんなものでも君にかないやしない~岡村靖幸トリビュート』 ('02、タワーレーコード)

 一番ダメなのがクラムボンだ。このバンドの好きな奴は、全員おしりペチンペチンの刑。こんなのは駄目だろう。どこがいいんだ、こんなクズ。名曲「カルアミルク」をカバーしているのであるが、ちっとも六本木で逢いたくならない。埼玉県人でもなければ乗り換え面倒なんだよ。その手間隙をちょっとは考えろ。クラム。バカ。
 次に、イルリメ。チャームポイントを網羅していない。面白そうで、面白くない。なにが原因で最後の展開部“ビデってる”がああ盛り上がらないのだろうか。呪われてるとしか申しようがない。この人達はたぶん根本的に才能がないのだろう。
 Lyrico。岡村と同じ事をやって、岡村より歌唱力がない。和製ディーバ全般に巨大な問題点として指摘される「自分に酔ってんじゃねぇ、バカ!」問題がわれわれの脳裏に暗澹たる漆黒の翼を広げて飛び過ぎる。どんな必然性でもって猛獣のようなハートを歌うつもりなのか。どんな音楽にも理由がある。理由がない音楽など、きみのシリコンプレイヤーの記憶媒体の隙間を漂う幽霊に過ぎない。
 同じことが朝日美穂の「だいすき」にも言える。“ヘップタイヤー”はそのように発音しないし、そのように歌われるべき言葉ではない。なぜ、理解できないのだろうか。本当に不思議だ。
 くるり。サビで譜割りいじったな、くるり。何様のつもりだ、くるり。その自己主張が憎いね、くるり。だいたい、原曲が好きじゃないとカバーは成立しないんだろうか。そんなことはないだろう。だが、楽曲をあくまで楽曲と割り切って処理しようとしても、大切な何かは零れ落ちていくばかりだ。それは、実は受け手の側の問題で、原曲に何らかの思い入れのある者がこれを聴く場合である。アクシデント。道端で犀に当たったのも同じなのだ。

 これらの人達がいま息をしていないのは、幸いである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年7月 | トップページ | 2011年9月 »