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2011年8月13日 (土)

好美のぼる『あっ!生命線が切れている』 ('84、立風レモンコミックス)

 怪奇・手相コミック。
 その名を聞いて、諸君は戦慄を禁じえないだろう。私も恐ろしい。アバウト過ぎる想像力で、適当に描かれたストーリーが。登場人物達が。
 教訓めいて語られるのに、まったく何の参考にもならない物語の結末が。

 この作品、別段採り上げる理由など何もないのであるが、さりとて積極的に記事にしない理由も見つからない。不思議だ。
 などと呑気に首を捻っている間に、うちの書棚には好美のぼるの手相シリーズが全巻揃ってしまった。
 これは、いったいどうしたことだろう。一種の呪いではないだろうか。
 
 仕方がないので、お話を始めることにするが、その前に注釈をひとつ。
 ヘンリー・ダーガーの絵物語でもいいし、クリストフ・シャブデ『ひとりぼっち』の燈台守でもいいのだが、空想によって世界を作り出そうという奇特な人達の紡ぎ出す物語は、なにより、その作者の存在を浮き彫りにするものだ。
 「こんな変なことを考えるのは、どういう人か?」と、読者は疑念に捉われてしまい、つい正体を詮索してみたくなる。
 その伝でいくと、好美先生は、変わったじじい。

 じじいの関係妄想が瞬発力を持って炸裂し、しょぼしょぼの花火が打ちあがる。
 われわれは河原の土手に座って、イカ焼きでも喰いながらボケーーーッとそれを眺めている阿呆だ。幾らなんでも、もっと楽しい夏の過ごし方だってあるだろうに。

 ・・・プールに行く、とか・・・。


【あ~ら~す~じ~】

 手相。
 それは、宇宙。

 人の生き死にはおろか、人類の運命を左右することだってある神秘の世界。
 手相を変えることは、未来を変えることだし、持って生まれたD.N.A.の基礎配列を変更することだって可能だ。
 手相を崇めよ・・・!
 手相に、恐怖せよ・・・!


 ・・・という、仰々しいイントロダクションとはまったく無縁に、女子学生ふたり組が登場する。
 下校途中の草むらに、寝転ぶふたり。亜矢と美知留。
 早くも、こんな奴らいない感バリバリだが、ふたりの会話がまた、とんでもない。
 
 「美知留!見て見て、ホラ、てんとう虫が手のひらを這っているの!」
 「エエッ!」
 間抜けな笑顔で振り向く美知留。ショートボブ。
 対する亜矢は、(好美先生の考える)典型的な美少女キャラだ。
 「ウフフ・・・
 こそばゆくって、なんだか、とっても変な感じ!」

 「もう!亜矢ったら、デリカシストなんだから!」
 「アハハハハ!」


 いや、それはデリカシー(気配り)とは一切関係ない。
 (それよか、ここで手のひらが登場するのは、ヒッチコック的なマクガフィンか?)

 こんな間抜けなふたりであるからして、見るからに怪しい全身トーガで覆面まで被った女占い師に呼び止められても、格段躊躇することなく、道端の占い小屋に上がり込んでしまうのだった。アーメン。
 「本日は特別。たまたま暇なものですから、無料で見てあげますよ!」
 「まぁ、嬉しい!」
 「やったネ!!」

 少しは怪しめ。

 「おふたりとも愛情線も、頭脳線も素晴らしいわ。だから、こんなに可愛いらしいのねー。
 あー・・・でも、生命線が、ちょっとねぇー・・・・」

 「エッ・・・?!なんですか?」

 「うぅん、なんでもないの。
 今日はこれでおしまい。また今度、次はふたり別々にいらっしゃい・・・」

 「エーーーッ?!」

 罠だろ。それ、めちゃめちゃ罠だってば。

 後日、と言いたいが、気になって勉強も手につかないお調子者の美知留、その日のうちにフラフラ自宅を抜け出し、占い小屋の辺りまで来てみれば。
 こっそり、小屋の入り口を潜る亜矢の姿が。

 (あーーーーーーっ!!
  アイツ、さっきの今だってのに、本当ずうずうしい!)

 自分は棚上げで、友人を泥棒猫呼ばわり。
 テントの中では、懸案事項だった筈の生命線はそっちのけで、恋愛相談が始まっていた。
 ここで、重要な事実が判明する。
 亜矢も美知留も、クラスの同じ男の子が好きだったのだ。
 って、蓋を開けてみれば、完全な泥沼状態。完膚なきまでのぬかるみの荒野。なのに、お互い、これまでまったく勘付いていなかったという。
 お前ら、アホか。
 占い師は、非情な声で宣告する。

 亜矢には、
 「四日後、お前の好きな男の手形を持って来なさい。」
 
さらに、
 「プラス、お前の写真と手形もね!」

 
 そのあと、こっそり訪れた美知留には、
 「三日後、お前の好きな男の写真を持ってきなさい。」
 
さらに、
 「プラス、お前の写真と手形もね!」


 なんだかページの明らかな無駄遣いとしか思えない贅沢な指令を二度出した占い師、おのれの策略が着々と実を結ぶことに酔いしれ、誰も居なくなったテントで水晶玉を前にほくそ笑む。
 「フェッフェッフェッ・・・待っておれ・・・
 もうすぐじゃ・・・もうすぐじゃぞぇ、秀夫・・・」

 

 ---誰? 

 さて、微妙に日時のバッティングを避けた占い師の巧妙な指示を、勤続二十年のサラリーマンの如く、忠実に実行するふたり。
 写真はともかく、手形はさすがに難しいだろうと思われたが、
 「お相撲さんじゃあるまいに
 軽く受け入れる、意外と懐のでかすぎる男。同級生・野見祐二。名前がノミなのに。

 この直前、実は、彼は電話で警告を受けていた。
 『ダ~レに~も~、手形と写真を渡してはならぬ~』
 だが、意味が解らないので無視した。
 電話の主は、唯一この事実を知る占い師の婆ァで間違いないのであるが、なにゆえ回収を命じた彼女が正反対の親切すぎる警戒メッセージを発令しなくてはならなかったのか。
 のちほど、作戦成功の際に「生意気な男の子の反撥心をうまく利用してやったうんぬん」の発言があるので、これが高度過ぎる深読みによる心理操作戦術の一環だと解るのであるが、もっと単純に、警戒した野見くんが写真と手形の譲渡に渋り出すとは想像しなかったのだろうか。
 占いを本気で信奉する者の心は謎だ。 

 ということで、無事に写真と手形が揃った四日後。深夜。
 謎の占い師は、一路墓地へと向かった。
 
 ここで言う墓地とは、現代に蔓延るライト感覚の納骨堂的なものではなく、かつての土葬の習俗を偲ばせる、ゴリゴリ、ハードなグラインドコア精神に満ちたもの。
 余談だが、筆者の自動車で地方へ行った際の最大の楽しみは、イカす墓を発見すること。同乗者に嫌がられております。
 
でも、山奥の、鄙びた、エッこんなところに人間が居るのか?的な路傍の寒村に、これまた苔むしたいい感じの墓があるんですよ。
 蹴ったら絶対呪われる。
先祖代々ここに葬られてきた的な、異様な重圧感とファズトーンとで訪れる者を威嚇する。よい墓は、日本の優れた伝統。ビヴ・ラ・墓。墓フォーエバー。

 などど、たわけた発言をかましているうち、占い師は、真夜中の墓地に到着。
 
 「♪喪主、喪主、カメよ~、カメさんよ~」

 絶好調に鼻歌のひとつも出る。やけに不吉だが。
 目指す墓を探し当てると、用意したアシックスのスポーツバックから写真と手形を3組取り出し、気合いで墓石に貼り付ける婆ァ。
 そのまま、しゃがんで祈り出す。
 
 「呪っておやり~~~。
 呪ってやるんだ。呪いをこめるんだ。秀夫~~~」


 堅く組み合わせた皺だらけの指先に鮮血を滲ませながら、墓石と会話する占い師。
 ここでの墓石は、単なる石灰岩の切り出しではなく、古い少年漫画に登場する悪のコンピューター的な存在に転化している。
 プリミティヴすぎる操作法は、あたかも音声インターフェース。いまで云う「どこでもドア」か。

 「・・・よーーーし、充分呪いはこもったかい、秀夫?」
 
 勝手にチャージ完了を宣言する婆ァ。
 「それじゃ、こよりを取り出して、っと・・・」
 再び、アシックスから紙製のこよりを沢山取り出し、三枚の手形の上に重ねていく。どうやら、手相をなぞっているようだ。

 「よし、出来た。
 これで、三人の手相は自由に変えることが出来るんだ、秀夫!」


 意味なく、落雷が彼方で閃いた。やがて轟音が聞える。

 「まず、三人の感情線※1を捻じ曲げてやる。」
 うらみの籠もった片目で、恐ろしいことを断言する婆ァ。
 「それから、影響線※2を狂わせて、狂わせて、狂いつくさせてくれるわ!!」
 
※1. 喜怒哀楽、快・不快などをつかさどる手相。
  ※2. 心の動き、ストレスの多寡を支配する相。って、1.の言い換えではないのか? 


  再び、墓石に向かい、こよりを両手でくねらせながら絶叫。

 「呪えーーーッ!!
 呪うんだァーーーッ!!!
 秀夫・・・!!
 秀夫・・・!!
 呪え!呪え!!ノロエーーーッ!!!」



 瞬間、強烈な手の痒みに自宅のベッドから跳ね起きる亜矢。
 先ほどまで天使の寝顔で熟睡していたというのに、突如つのだじろう的な三白眼の凶相にすっかり、変わっている。

 「キィーーーーーーッ!!
 美知留のやつが憎いーーー!!
 あいつは、あたしから野見さんを盗ろうとしているんだーーーッ!!!」


 突如、妄想に駆られ激怒の発作を起こす亜矢。
 部屋の戸を開け、階段を駆け下りると、深夜の町へ寝巻き姿のまま、飛び出して行ってしまう。
 「確かここにあったはず!!!」
 路上で、クルリと鳶を切った彼女は、あろうことかゴミ箱を漁り出す。
 やがて掴み上げたのは、丸々と肥えた大きな野ネズミの屍骸。

 尻尾を抓みあげて、
 「アッ、ハッ、ハッ、ハッ!!!
 美知留にプレゼントしてやる・・・!!

 
 クックックッ、美知留はネズミが大キライなのだ!!
 よろこぶ顔が、早く見たいものだ・・・!!!」


 無茶である。発言も行動も瞬時にメーター越えだ。

 「アギィーーーヤーーーンンンッッッ!!!」
 喜び勇んで再び夜道を走り出そうとした仏恥義理状態の亜矢だったが、背後で聞えた魂消るような断末魔の叫びに、ハッと立ちすくんだ。
 「???」

 振り向くと、街燈の下に仁王立ちになった黒いシルエット。
 突如鳴り出すエンリオ・モリコーネ。 
 こちらも同様パジャマ姿のまま現れた美知留、佐藤まさあき的な凶悪すぎるスナイパー顔をニヒル(虚無的)に歪め、 

 「待てい、亜矢・・・!!
 狭いニッポン、そんなに急いでどこへ行く・・・?」


 応え難い問いかけに、キッと見返した亜矢、

 「おうッ・・・!!こりゃ、美知留じゃないか!!
 ちょうどよかった。
 お前に、ぜひ受け取って欲しいものがある。」


 「・・・ちょうどよかった、だと・・・?!」

 
忌々しげに唇を噛みしめる。ギリギリ、歯噛みする音が聞こえる。

 「これでも、ちょうどよかったって云うのかい?!」

 燈火の下に一歩踏み出した美知留の口元には、無惨に噛み殺された亜矢の愛猫ミーコの血塗れの死体が。

 「お前の可愛がってる猫を喰い殺してやったよ!!」

 
叫ぶと同時に死んだ猫をブンと投げつける罰当たりな美知留。
 しかし、ひるまぬ亜矢、野ネズミの屍骸をすかさずビューッと投げ、

 「そいつは、アリガトサン!!!
 
これでもくらえ・・・!!!」

 

 びちゃっと亜矢の顔面に激突する、無念の形相おぞましい愛猫の遺体!
 同時に、美知留は、腐って内臓なんかはみ出ている轢死と思しい野ネズミの屍骸から立ち上る、芬々たる死臭を鼻腔いっぱいに吸い込んでむせ返った。

 「ぐぇぇぇぇっ!!!」
 「ゲボッ!!ゲボッ!!ゲボッッ!!!」


 無念の痛み分けか。
 両者、我慢は常人の許容範囲を超え、喘いで倒れ伏す。
 そこへ走り寄ってきたのは、これまた凶気の衝動(マッド・インパルス)にあてられ、バカ田大学出身者の如きへらへら顔で腑抜けた笑いを発作的に繰り返している、憧れの野見祐二くんであった。

 「ウェッヘッ、ヘッ、ヘッ・・・!!
 こいつは可笑しいや!!
 お嬢さんがた、真夜中にダンスパーティー披露ですかい?!」


 地上で醜くつかみ合っていた女子二名、

 「あっ!!お、お前は・・・!!」
 「この唐変木!!変態野郎!!元はといえば、
 すべてお前が悪いんだ!!!」


 たちまち混ざって、殴る。蹴る。噛み付く。ひっかく。
 
 「この、最低のキザのコンニャク野郎め!思い知らせてやる!!」
 「うるさい、ドブスども!!フン!!お前らが勝手に俺に夢中なだけじゃねぇか!!」
 「なんだと、このハゲ!!
 いい男ぶるんじゃねえゾ!!うらなりびょうたんの、ひょっとこ顔が!!」


 反則と暴虐。
 悪魔の肉弾戦。ベトナム以下。
 あらゆる乱闘の基礎知識を軽く世間に周知せしめる三名。敵も味方も、男女も、友情も初恋はカルピスの味も糞もあるものか。
 この世は果てしない闘いの荒野。
 梶原一騎の教えは、意外と事の真相を、正鵠を射抜いていたのか。

 あまりの騒ぎに、たまりかねた近所の人が通報し、駆けつけた警察官に補導されるまで、三人は噛み付き、罵り合いをやめようとはしなかった。

 ---翌日。

 狂気の発作の去った彼らは、それぞれの自宅で目を醒ます。
 激しく抵抗し掴み合っていた三人だったが、ふとした瞬間崩れ落ち、そのまま昏倒するかのような深い眠りに陥って起きて来なかったのだ。
 警察からは、厳重注意。
 必死に謝罪するそれぞれの家族に引取られ、ひとまず事なきを得たが、いつまた暴れ出すかも分からない。学校には敢えて行かせず、自宅待機と相成った。

 「ヒッ、ヒッ、ヒッ・・・
 さて今日は、運命線※3を捻じ曲げてやろうかねェ・・・」

 ※3 運命の浮き沈み。幸・不幸、成功、失敗など。しかし、これから起こる事態には全く関係がない。

 日の暮れた墓地では、謎の老婆が薄気味悪い笑い声を立てていた。
 案の定、昨夜と同じ手順を繰り返すと、三名は発狂。おのおのの自宅から行方を晦ます。
 必死に捜索する家族が、ビルの建築現場を通りかかると、

 「♪ヒャッホーーー!!
 ゴーーー、ゴーーー!!」


 高層の剥き出しの鉄骨の上で、全員ノリノリで踊っていた。
 慌てて降りてくるよう説得を試みると、逆上して巨大なネジやボルトの類いをビュンビュン投げつけてくる始末。
 「帰れッ!帰れッ!」
 「ゴジラッ!ゴジラッ!ゴジラとメカゴジラッ!!」


 「どうすりゃいいんだ・・・・・・」
 途方に暮れた父親が頭を抱えていると、彼方の墓地で何を思ったか、老婆が突然、怪しいまじないを止めた。
 途端、正気に返る娘たち。
 バランスを崩し、鉄骨にぶら下がり、

 「・・・あ~~~っ、この状況は何?!何なの?!」
 「私達、一体どうしたって云うの・・・?!」
 「た、高いッ!!目が眩むロバート・クラム!!
 助けてーーーッ!!!」


 迷惑この上ない。
 彼らは無惨にも高層階のレベルから落下し、重傷を負って病院へ運ばれる。
 意識不明の重体。全身を幾重にも包帯で包まれ、集中治療室に入れられ、面会謝絶。押しも押されぬ、重病人。明日をも知れぬ身。

 「よし。今夜こそ、影響線と生命線※4のバイパス工事だ!」
 ※4 寿命の長さ、健康状態、病気・ケガなどを司る。が、既にお気づきの通り、この物語にとって手相の豆知識などほんのお飾りに過ぎない。

 三たび、墓地で怪奇辣腕を揮う婆ァ。
 重傷で動けない筈の彼らは、(『サンゲリア』の)ゾンビの如く起き上がり、手に手に毒薬を塗りたくったメスを持ち、自らの手のひらをズタズタに切り裂き始める!
 走る激痛、切り裂かれた手から溢れ落ちる鮮血!
 廻る毒薬!成分不明!

 「グ、ワワワァァーーーッ!!!」

 苦痛と共に人間以外の何かへ、おぞましい変貌を遂げていく彼ら。
 劇薬のせいなのか、それとも老婆の呪いか。
 なんだか、さっぱり解らないが、確かに変身しているのだから、しょうがないじゃないか。
 尖った耳、吊り上がってねじくれた口角。
 両目は血走り、すっかり悪魔の如き顔相に。


 地獄の変身を終え、すっかりロウファイな妖怪人間、デーモン一族の下っ端と化した男女三名は、光るメスを片手にそれぞれに夜の街へと飛び出していく。
 サンダーバーズ・アー・ゴー!!
 これまでの狂い切ったまどろっこしい展開は、すべて、これから捲き起こる華麗なる復讐劇の序曲に過ぎなかったのだ!


 深夜。西警察署の北島寒郎刑事宅------。

 寝床で熟睡していたゴリガンの渋い中年は、美しい和服の妻から起こされる。
 優しく揺さぶられ、
 「あなた!あなた!本庁から非常呼び出しですよ!」
 美しい妻では、起きぬわけにはいくまい。これが醜い妻なら、張り手一発かまして、不貞寝を決め込むところなのだが。美しいって、罪だよなぁー。
 
 美しい妻に見送られ、コートを着て、夜道を歩き出した刑事。大通りでタクシーを拾うつもりか。
 そこへ、

 「・・・北島さんだね?」
 電柱の影から姿を現したのは、亜矢が変化した化け物だった。
 「お前に電話したのは、実はこのあたしだ。」

 「・・・エエーーーッ?」

 「まったく。ニセ電話におびき出されるなんて、刑事失格だよ。クッ、クッ、ククッ。」
 
 「ぬぬぬ。貴様、誰だ。一体、何のようだ?」

 「まず、お前の感情線を変えてやる。
 細かい話は、それからだ!!」


 刃物をかざし飛びかかる亜矢。怪力で腕ひしぎされ、ザクリザクリと手のひらを刻まれていく、妻は美しいが本人は到って無能な刑事。
 
怪物は恐ろしい力で刑事の動きを押さえ込みながら、
 「あんた、約一ヶ月前、村田秀夫って無職の青年を逮捕しただろう・・・。」

 「ツッ・・・あぁ、あの暴行犯人かッ?!」
 刑事は激痛に耐えながら、記憶を振り絞る。

 「その青年は、恥辱に耐えかねて、裁判所の窓から飛び降りて自殺した・・・。」

 「ウン。気の弱い男だったナ。」
 素ッとぼけた顔で、「それが、なにか?」

 「お前は、事実関係をよく調べもしないで、ふたりの女子中学生とひとりの男子高校生、つまりはガキどもの証言を鵜呑みにして、青年を逮捕した。
 手柄を焦るあまり、事件の犯人をでっち上げたんだーーー!!!」


 凶悪なメスを振り下ろす怪人物。
 「うわわわッッ!!」
 襲いかかる強烈な痛みに、絶叫する刑事。

 「そのときの三人の証人、ひとりはこの私さ!!」

 「・・・そ、そんなバナナ!!」

 どさくさに旧石器時代のギャグを放つ刑事に、怪物は雪藤洋二風にクールに宣告した。

 「今しがた、お前の感情線を完全に破壊した。
 貴様はもう、泣くことも笑うこともできない。一生、仏頂面して生きていきやがれ!!!」


 「そんなーーーッ・・・。」
 
 一切の表情を喪って、能面のようになった顔で立ち尽くす刑事を尻目に、怪物は悠然と立ち去ったのである。
 掌からダラダラ血を零しながら、刑事はポツリと呟いた。

 「・・・妻になんて云おう・・・?」

 一切の感情を剥奪された彼が、情け無用の鬼刑事として勇名を轟かすようになったのは、それから暫くしてからのことである。

 同刻。
 平井検事邸------。
 
 都内でも有数の一等地に聳え立つ白亜の豪邸を、人々は“平井御殿”と呼んだ。もともと近在の地主として知られ、数々のビル・テナントを保有する平井家ではあったが、バブル期の無茶な投資とその後続いた経済不況にすっかりやられ、さしもの豪奢な屋台骨も沈没寸前とは、街の雀が囁く噂話の種となっていたのだった。
 
 当主・平井忠近は、書斎の一室で聞き慣れない物音にふと顔を上げた。
 まだまだ精力余る五十歳台、愛人のひとりやふたりも囲ってあるだろう絶倫の風貌。
 広げた裁判所記録をパタリ閉じ、

 「・・・誰だ?そこに誰か居るのか・・・?」

 その声に応えて、カーテンの背後からゆらりと姿を現した黒い影。
 美知留と同じ髪型をしている。

 「フフフフ・・・・・・ドロボーです・・・」

 「エッ・・・?ドロボー・・・さん?」

 「この下りは原典に忠実なんだが、こりゃ意図的に『カリオストロの城』のパロディーなんだろうな。なんか、やだな・・・・・・
 あーーー、いや、エーーート、ご心配なく、あなたの頭脳線※5を戴きに参上しました。」
 ※5 知的能力、観察力、判断力、推理力など。って、もういいか、この解説?

 「えっ?!」

 「お気軽に声をお掛けください。こちらから盗りに伺います!」

 怪しい影は軽々と跳躍し、平井氏に飛びついた。

 「うわッ!!貴様、なにをする?!」

 「ご心配召されるな。このように、サクッとメスであなたの頭脳線を切り取ります。」
 サクッ。


 「わわッ!!!」

 「するってェと、あなたは、たちまち、見事なバカになっておしまいになります。ってなもんで。」

 平井氏、突如、射精直後のような虚ろな表情となり、笑い出した。

 「げら、げら。げら、げら。」
 「げら、げら、げら、げら。」
 「げら、げら。げら、サラ・ミッシェル=ゲラー。」


 「お後がよろしいようで。」

 影は、丁寧に一礼すると闇へ消えた。
 後には、よだれを垂らしながら、不毛なゲラゲラ笑いを続ける平井氏が残された。
 
 「げら、げら。げら、ユリ=ゲラー。」

 その後、子供の無かった平井家の家督は人手に渡り、さしもの広壮な屋敷も取り壊しの憂き目に逢ったのだが、名検事として鳴らした当主・平井忠近氏のその後の消息は漠として知れなかった。
 只近郷の精神病院に、奇妙な退行症状を起こし痴呆患者として入院した、壮年期の患者が一名増えただけのことである・・・・・・。

 さて、時間は戻って。運命のあの夜。
 同刻。
 警察医、谷口宗一博士のマンション------。

 谷口氏は徹夜で顕微鏡を覗いていた。前日デパートで母に買って貰ったのだ。
 丸禿げ、眼鏡のじじいの割りには、いい根性をしている。
 
 「ウフッ、うふッ。
 ミトコンドリアって、怪獣みたい


 既に頭脳線の大事な部分が奪われてしまっているようだ。
 この低脳ぶりでは、先程検事に与えたような攻撃は利かない筈だが、この状況をどう捌く。好美先生?
 ひとり目の犠牲者の際に、事件の背景、重要な情報は残らず開示してしまっているので、復讐シーンの扱いはどんどん端折られ、北島刑事11ページ→平井検事7ページ→谷口博士4ページぐらい(当社比)。
 後に行くほど敵が強くなる少年ジャンプ方式なぞ、好美先生の辞書には存在しない。読者もいい加減飽きてきた。筆者なんぞは、なおさらだ。

 お前の太陽線※6を奪ってやる。」
 
※6 運命線と関係があり、運命のありかた、流れかた、金運など。胡散臭い解説もこれがラスト。お疲れさま。

 野見祐二のヘアースタイルをした怪物が、とにかく手近な物陰から飛び出して来て、残忍に宣言した。

 「な、なんだ。お前は。前振りなしか。」

 「猿芝居には飽き飽きしたぜ。
 だが、この退屈を覚えるくどい感覚。心底うんざりさせられる気の利かないテイストこそ、ジャンル・マンガの真骨頂なのだ。死ぬほど味わえ、読者諸君!!」

 闇夜に走るメス!迸る、鮮血!美女の悲鳴(S.E.)!

 「ギイイャァァァーーーッ!!」

 絶叫と共に倒れ伏す博士!
 轟く雷鳴!モンスターの雄叫び!って、雌だったどうするんだ!!

 「お前の太陽線を奪ってやった。
 お前は、もう、二度とまともに金勘定をすることは出来ない。
 これからは、せいぜい、無料で患者さん達の治療に励んでやってくれたまえ!!」


 は、は、は、は、は、と乾いた笑いを残し、立ち去っていく怪人物。 
 
 「・・・無茶しおるで、しかし。」
 倒れた床の上で、虫の息の谷口博士が愚痴った。
 「わしがちゃんと治療していれば、村田秀夫はあのとき死なすに済んだ。
 
とか、そういう因縁づけも一切なしか。カットか。
 それで、ええんか?ええのんか・・・?乳頭の色は・・・?」

 床に転がる金銭感覚を喪失した博士は、ガクリと頭を垂れた。
 背後で、顕微鏡が床に激突し、砕け散る。
 かあちゃんに怒られる。
 それが、博士が意識を失くす寸前に考えたことだった。

 ・・・墓地に雷鳴が轟いていた。

 復讐の代貸しという、代行運転よりも難易度の高い業務を成し遂げた三匹の怪物は、路地裏でお互い血塗れの争闘を繰り広げ、いまや立派に死んでいた。
 首はもげる。
 腕は折れる。
 両足は無惨にも、引っこ抜かれる。
 その姿は、醜い容貌と共に、かつて地上を支配した女子校生とは到底思えぬ酸鼻を極めた地獄絵だった。

 すべてを成し遂げた占い師、実は秀夫の母は、狂喜乱舞のきちがい踊りを続けていた。

 「うきゃきゃきゃ、うきゃきゃきゃ、きゃ、きゃ、きゃ、きゃ・・・!!!
 
 仇は討ったよ、秀夫・・・!
 よくやってくれた!
 エクセレント!
 マジすげぇよ、あんた!」

 
おもむろに万歳ポーズを掲げると、

 「ヤッターーー!!
 ヤッターーー!!
 ヤッターーー、まん!!」


 まん、のフレーズと同時に、切っ先鋭い鉄パイプをまんこに突き刺し絶命。エクスタシーと共に死す。

 「あぁ・・・・・・」
 臨終の苦しい息で、老婆は思った。
 「ときめきに死す、ってこれか・・・・・・。あぶねぇなぁー・・・・・・。」

 いつしか雷雲は彼方に去り、冷たい雨が地上を濡らし始めた。

 後日談。
 秀夫を無実の罪に陥れた暴行事件の真犯人だが、その後も元気で暮らしている。彼女は(そう、犯人は女だ)、街のスナックに勤める整形美人で、自分よりきれいな女性を見かけると妬みから暴行、つまりはボコボコにし、二度とはお天道様を拝めぬ面構えに改造してやるのが無上の歓びだという、ハイト・レポートには余り出てこない、ちょっと変わったタイプの女性なのであった。
 お店は、夜からやってるから、きみも一度行ってみるといいよ。


【解~説~】

 手相をいじって、人間改造。
 途方もなく危険なテーマを扱いながら、その思弁性・哲学性には一切言及しない。好美先生にとっては、手相をいじるのも、宇宙飛行士が月に行くのも、いずれも理解し難い超技術、魔法・妖術のたぐいだったのであろう。
 
 手相シリーズはこの後も続く。
 (が、基本的なプロットはこの時点で出揃ってしまっている。すなわち、手相をいじると人間は心身に極端な異常を来たす。)

 『運命線は血みどろの蛇』
 『頭脳線・甦ったミイラ』
 『感情線・悪魔の子守唄』・・・

 なんだ、四冊しかないじゃん、と思うかも知れないが、こんな胡散臭いネタで単行本四冊も仕上げるなんて奇跡だ。
 シリーズはすべて主人公も、舞台設定も違う。違うが、しかし、ぜんぶ一緒。
 すなわち、傑作揃いってことですね。

 きっと、またお目にかかろう。

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