山本直樹「この町にはあまり行くところがない」 ('97、ビッグコミックスピリッツ掲載)
山本直樹はかなりうまいのだが、その理由が的確に説明されたことがないようだ。そこで、親切な私が諸君に教えてやろう。
山本直樹は、見せ方がうまいのだ。
紙芝居的なつなぎかたを決してしない。
実際見たことはないだろうが、紙芝居はわかるね?自転車のおっちゃんがやって来て、近所のガキを集め、水あめを売りつけたのちに始まる。アレだ。
こちら側に観ている子供たちが陣取って、語り手のおっちゃんがいる。自転車の荷台にセットされたフレームの中で絵が順番に入れ替わっていって、物語を進めるのは、おっちゃんの説明。
説明者は、画面の外にいる。これは神の視点だ。
神は物語の進行に対し、絶対的な権力を持っている。登場人物を生かすも殺すも神しだい。
でも、神はだいたい甘チャンだから、たいていの者を救ってしまう。
これに異議を唱えた人は、改革者と呼ばれ成功した。手塚治虫とか、そういう人だ。
さて、山本直樹の最大の特徴は、説明ゴマが常に主観によって構成されているところにある。
そうでない説明は、映画のテロップ的に、素っ気ない。
画面の外にいる神が語りかけてくる要素は、極力排除される。これはつくりものっぽくないということで、つまりはリアリティーが保証されているということ。
説明ゴマとナレーションの的確な連携により、観客席にいる筈の子供たちは、主人公の視点になって物語の空間を体験することができる。
執拗に繰り返されるセックス描写。
石井隆に代表される劇画との最大の違いは、主観の領域に滑り込ませることができるかどうか。
いくら緻密にぬるぬるのおまんこを描写しても、所詮は紙に描かれたオブジェに過ぎない。
これを主観、イマージュのレベルで伝えること。
いささか類型に陥りがちにはなるが、この方法論を確立しただけでも、山本は相当偉かった。
物語を見てみよう。
架空の田舎町。まず、女子高生と大学生の情交の描写がある。いささかマンネリ気味、変態行為の一歩手前。
この女子高生が主人公のさえない高校生を誘惑してくる。(なにしろ、彼女は彼より2cmばかり背が高い。このへんの設定は実にリアルでうまい。)
一年前にラブレターを送って、明確にふられた相手が、なぜ。
(読者には、冒頭のセックスシーンが開示されているので、これが何かたくらみのある行為だとすぐわかる。)
ふたりはデートの約束をし、駅前の本屋で会うが、「この町にはあまり行くところがない」。
本屋でスカトロ雑誌を立ち読みしている彼女のダッフルコートの下は、下半身、ハダカだ。
「さわってみて・・・」で、まんこを撫でてみる。
場所を変えて、道路を歩きながら、彼女のコートのポケットに手を入れて、まんこいじり。
(ポケットの底が破いてあるのは、『亡き王子のためのハバーナ』にも出てくる、国際的な定番だ。)
階段の多い、斜面に建てられた海沿いの住宅地。
いじりっこするふたりの背後に、尾けてくる男の姿をさりげなく1コマだけ挿入。
これは実は神の視点なのだが、映画的にさりげなく入れているので、読者が説明に辟易することはない。
押し付けがましさは、嫌われますよってに。
作者の意図は、主人公の視点から、読者にも彼女のまんこをいじらせることだ。ついでに、こっそりその指を鼻に近づけて、くんくん匂いを嗅ぐことだ。
そして、列車に乗って、また、さわりっこ。
微妙に空いている田舎の電車でなければ成立しないリアリティー。車掌や他の乗客の目を盗んで、いろいろするふたり。
最終的に、個室のトイレに移動して、舐めたり、吸ったり、出したりするのだが、はめてはいない。尿をかけたりはするのだが。
これもまた何か不自然な性行為の匂いを濃厚に感じさせ、起こっている出来事の不自然さを補強する演出をしている。
で、着いたところは海岸。
そこには、本当の彼氏の大学生が待っていて、これが実は手の込んだ痴話ゲンカの一環だとわかる。
泥沼化したふたりの醜い言い争いは、俯瞰のロングショットで、大声で怒鳴りあう台詞もわざと小さい写植で張り込まれている。
これは、起こっている事件にたまたま捲き込まれただけで、実のところ、当事者でもなんでもない主人公の視点。距離感の表現だ。
この距離は、読者の持つ距離感とも等しい。ゆえに感情移入できるのだ。
誰と誰が別れようが、くっつこうが、当事者でもあるまいに、知ったことか。
痴話ゲンカ自体の大好きな女性全般とは隔絶した、優れて男の子的な感性がこの場面では有効に働いている。
最終的に、ふたりは別れることとなり、大学生は東京に去るのだが、それで残された女子高生と主人公の距離が接近するわけではない。
微妙な距離を保ったまま、女の子は帰宅し、男の子は立ち去る。味のある幕切れ。
要はひとことでうまく説明できない。微妙な感じ。
主観とはそういうものだし、あなたも今それを体験しただろう。
山本直樹は、そう言っている。
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