永松健夫『黄金バット・なぞの巻』 ('79、桃源社版)
ただひたすらに続いているだけの物語の不思議。
冒険物語の本質とは「ともかく終わらない」ということであって、教訓めいた言質が飛び出すとしてもその連続性を裁ち切るものではなかった。
新奇な舞台設定、奇抜な登場人物、あッと驚く必殺技や驚異の新兵器、有史以前の怪物の登場などは、あくまで「物語を面白くする」という目的に奉仕するもので、その目的たるや、ただただ、ひたすらに連鎖、逆転を繰り返しどこまでも続いていくこと。
黄金髑髏の怪人が終始狂った高笑いを響かせる、およそ荒唐無稽を絵に描いたが如き、俗悪極まるこの不自然な物語に幾許かの価値があるとしたら、それは物語の本能に極めて忠実である点に於いてでなくてはならない。
あぁ、表現がまどろっこしい。
業界の古典として広く知られるこの作品、実際読んでみると、不自然さを寄せ集めて接ぎ木したかのような、狂い果てた内容であった。
【あらすじ】
1.発掘された壷のなぞ
富士山近くのS県T村。
お百姓が地面を耕していると、畑から旧い壷が出土した。
「なんだんべ、これ?」というので、学校の偉い先生に見て貰うと、表面に絵文字の刻まれた「おおむかしのもの」という判定だった。これでは、なにもわからない。
早速、大鳥博士を団長とする遺跡発掘隊が編成され、一帯を封鎖し大掛かりな発掘作業が開始される。
「おや、地面に大きな穴があるぞ。」
現地へ到着し、発掘現場を見廻ってみると、人間ひとり入れるような大きな洞窟が口を開けていた。
いのち綱を腰に捲いて、穴に入ってみる決心をする、奇特な若手。倉田助手。
「大丈夫かよ、おい」と適当な心配を垂れつつ、手助けする心無い同僚達。
まるで現代社会の縮図。
それはかなり深い縦穴で、ようやく底に着くと、突如暗闇から三角頭巾の怪しい風体の連中がワラワラと現れ、襲い掛かってきた。
「うわっ、なにをする?!」
殴り倒され、縛られ、拉致されてしまう倉田助手。
---そして、助手の突然の失踪に安全管理、セキュリティー面で不備がなかったか、管理者大鳥博士の責任を問う不毛な議論が大学内部で捲き起こっていた頃。
いち早く発掘され、今回の発掘作業の端緒となった例の「おおむかしの」壷が、収蔵されていた帝都大学博物館から強奪される。
犯人は髑髏面の黒装束、通称黒バット。
紛うことなき大悪人である。
「・・・だ、誰だ、お前は・・・?!」
「人呼んで、悪漢黒バット!!
さ、さ、おニイさん、悪いコトしまショ!!」
黒バットの操る蝙蝠の群れに幻惑されるうち、賊をむざむざ取り逃がす無能な警備員達。
怪人は高笑いを響かせて、壷を片手に意気揚々、回廊の暗闇に走り去った。
---かくて、警備体制の根本的な問題点指摘と、今後の改善策について国会でサルの議論が繰り返されていた頃。
ここ、N県K村の、はまだの屋敷では。
「あやしい奴に、人形を盗られてしまったのです!」
なんと、既に盗まれていた。
頭を掻く、はまだ氏。ノック府知事型の完全つるっ禿げ。
満員列車に乗っていて、家宝の大事な人形を盗まれたという。正確には、盗まれたというより、髑髏づらして擦り寄って来た怪人黒バットに恫喝され、巻き上げられたという。まったく、お粗末としか云いようがない顛末。
渋く、はまだの馬鹿げた話を聞いている中年男。大木探偵。有名人。
この世界のホームズ的な存在だと都合よく理解されたい。
それを証拠に、たちまち、事件の真相を見抜いた大木探偵、
「ぼくは、ひやといにんぷに化けますから、雇ってください。
息子は、ふろうじになります。」
クリクリした目を輝かす、助手の清潔な少年探偵まさる。この話、助手が多いな。彼は探偵の実の息子。死んでも、親の責任で済む。
かくして命知らずな親子は早速、事の発端、S県T村に飛ぶ。
エ・・・なんで飛んだかって?
もう、これは神の如き探偵の洞察力が、遥か県ざかいを越え事件の本質を見抜いたからだ、としか申し上げようがないではないか。
いいではないか。委細些事などは。そんなことじゃ、偉い人になれませんよ。あーた。
現地でスタッフとして雇用され、日払いの給与で、危険手当て一切なしの過酷な労働条件で働き始める大木探偵とその息子。
これが家業とはいえ、辛いものは辛い。
ダンディーな口髭がトレードマークの都会派探偵は、たちまち酒焼けした薄汚い中年男に変貌し、息子はしらみ頭で学童服も引き破けた薄ら馬鹿の小僧になりきってしまう。
凄い探偵能力というか、捻りなし。そのまんまの、ど直球である。
そして、また。
「先生、あやしい人形が出土しました!」
何体あるんだ、この人形は。
この高度に哲学的な問題に、大鳥博士が鬢の油をてからせた頭を悩ましていると。
黒メガネに鳥打帽の、不審な男が人形をまんまと盗み出し、バイクで逃走。誰だ、こいつ。
事態をなぜか予測していた、酒焼けした薄汚い中年男が、薄ら馬鹿の小僧を連れて徒歩で追跡を開始。
コツコツ歩くと、ごく近所に犯人の隠れ家があった。(表札に「隠れ家」と書いてある。)
「へい、おかしら!人形を持って参りやしたぜ」
二階の小部屋で馬鹿笑いするおかしらは、当然ながら黒バット。
人形マニアなのか。
「フフフフ・・・この壷や人形に書かれた、おおむかしの文字を解読すれば、たからの謎は全部わかるぞ!」
違った。
埋蔵金方面の好き者だったのか。
「解読は頼んだぞ、モモンガーのお熊婆さん!」
「・・・イヒヒヒ、この文字が解けるのはこの世であたしだけだからね!!」
敵の手下、その1。モモンガーお熊。
薄汚い因業婆ァ。レジでお釣りを誤魔化して持ち去ってしまうような大悪人。
モモンガーとは動物のことではなく、異教の神らしい。そいつを昼夜崇めて信奉している。危険極まる人物だ。
「くそッ、そうはさせるか!」
以上の会話を屋根に登って聞いていた、酒焼けした中年男。なにをとち狂ったか、単身で一味の真っ只中へ乱入。無論、徒手徒拳。男らしいにも程がある。
「うぎゃッ!!」
探偵、モモンガーを組み敷いて人質に。一見、見事な老人虐待。
「なにをするんだい!!
あたしゃ、ただのばばあと ちがうんだよ!!」
逆上し訳のわからないことを口走る老婆に正義のチョップ一閃、人形を掴み取ると二階の窓から飛び出す大木探偵。ジャッキーも真っ青の生命の無駄遣い。
そこへバイクを盗んだまさるが突っ込み、あわや交通大惨事かと思ったら、片手で荷台に掴まり逃亡を図る探偵。物理法則を完全無視。もう、気持ちのいいくらい。
「♪盗んだバイクで、ゴ、ゴーゴー!!」
バックに流れる青春のメロディー。ジャンボ尾崎の歌唱が冴える。
物凄い超人的な活躍を見せる大木探偵だったが、その後したことは、110番への通報のみであった。
こうした冒険物語に登場する悪役が、警官隊の包囲によりあっさりお縄になるなら苦労はしない。
パトカーが到着する頃には、アジトはとうに裳抜けのから。
どころか、悪知恵の廻る悪人ども、木造建築に放火して逃亡。まさに行きがけの駄賃という奴。
まさるの父親に対する絶大な信頼は、この日を境に、ちょっと薄らいだ。
2.パンイチでライオンに跨る髭男
舞台変わって、横浜。
いしだあゆみも、不幸顔で歌ったヨコハマ。撞木反り。それは横ハメ。
倉庫街に忍び寄る怪しい影が。
なにせ、長さ十数メートルの櫓のような梯子を担いだ集団だ。しかも全員、三角頭巾を着用。先陣切るのは、黒バットその人。
いくら無能でも警備員が気づかぬ訳が無い。
しかし気づかれたと見るや、
「ソレッ、簀巻きにして運河へ放り込んじまえ!!」
まったく是非もなく、流れる水にドブンドボン。
非情だ。
非情すぎるぜ、黒バット。
かくて一目散に倉庫へ闖入する窃盗団。なにを盗んだかってェと、これが実のところ、よくわからない。ごめん。シルエットから推し量るに、何かの建設資材みたいなもの。
黒バット氏の言葉をそっくり借りるなら、これぞ、
「ブルタンクのもと」
「なんだそりゃァ?」
ご尤も、ご尤も。汗顔の至りでありますが。しかし。
お気づきの通り、この物語は細かい設定の説明などなしに突っ走る、いわば銀蝿一家のような男らしい生き様に溢れておりますからして、筋道立った解説などはあとから台詞で適当に補完されればまだマシな方、投げっぱなしの謎なら星の数。
見事ブルタンクのもとを手中に収め、黒いトラックに乗り逃亡を図る黒バット団。市街地を抜け、厚木方面から山道へ。
追ってきた警官隊のトラックに対し、
「それーーーっ、石を落として道を塞げ!!」
おりしも隧道を抜け、峡谷にかかる橋に差し掛かったところだったから、たまらない。
無惨にも善良な警察官多数を乗せたまま、ひき潰され、奥深い谷川の底へ転落していくこの世の地獄絵図。カサンドラクロス状態。
非情だ。
非情すぎるぜ、黒バット。
大量殺戮をあっさりやってのけた一味は、富士山裾野に隠された秘密のアジトへ。
「よし、全員無事戻ったな。
人数を数えよう・・・アレ、ひとり多いな!」
無念そうに進み出る大木探偵、三角頭巾を捲り上げると、無念そうに、
「よく見破った。あっぱれだ、黒バット!!」
あっさり捕まってしまう。
この人物、とにかく観念しやすい性格のようである。
(つづく)
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