井上一雄『バット君』 ('47、漫画少年連載)
よいマンガだと思う。
なんとも自由でのびのびしているのがよい。
劇画の手法が導入されてからの野球マンガは、主人公を襲う貧困も特訓もぐんとリアルで、だからこそ掴み取る勝利にも一層の価値があるとされたが、
ちょっと待て。
何か根本的に考え違いをしていないか。
所詮、たかが野球ではないか。
スポーツの凄さ、勝負事の厳しさを描くのなら、同様に野球の楽しさ、素晴らしさを広く世間に知らしめていかねば、表現として片手落ちではないだろうか。
まさか野球が楽しいだなんて。
球技全般が大嫌いで、スポーツ中継を憎んですらいる私がそんな感想を持つとは、実にいい加減で申し訳ないのだが、本当だから仕方ない。
それを可能にしているのが、井上一雄のくせのない上品な絵柄である。
泥臭さのまるでない、戦前に東京の出版社から出た児童マンガに特有のあの絵。のら犬黒吉のクリエイターであるスイホー・タガワや、大城のぼる、『少年南海記』の頃の杉浦茂やなんかに共通する、品のいいあたたかい描線。
出てくる人物は基本的に善人ばかり。盗みを働いた少年はすぐに改心するし、それを見守るおまわりさんの視線がこれまた優しい。嘘みたい。
暮らしは貧しいが、少年が貰った石鹸で、家族は仲良く洗濯なんかする。父親なんか、腕まくりで物干し竿にいっぱいの洗濯物を干している。母さんは、たらいで洗濯板だ。背景にはいっぱいの青空。
ニッポンはこれでよかったのでないのか。
いったい、どこで間違えてしまったのか。
そういうわけで、子供がのびのび野球に打ち込むこのマンガは、現代では、ちょっとした衝撃作となりえているのである。
ちなみに、この作品、わが国最初の野球マンガとして有名で、かのテラさん、寺田ヒロオ氏が原点として惜しみないリスペクトを捧げている。(私が今回読んだのも、テラさんによるリプリント版である。)
バットくんは、ホームラン数を見事当てて、川上選手にサイン入り赤バットをもらう。
プロ球団とファンとの健全な関係に、目を疑うばかりだ。
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