岬マヤ『恐怖!ゾンビのいけにえ』 ('87、リップウ書房レモンコミックス)
強制ゾンビ特集第二弾。不自然なマンガであることを怖れてはならない。この作品に登場するゾンビは私達の知るゾンビとは少し異なっているのだが、そこから逆照射される恐るべき真相は、われわれの見識がいかに偏狭で、独り勝手で、悪辣な誤解に満ち満ちているかを明らかにしてくれる。
なにしろ、岬マヤの定義によれば、ゾンビとは、
「強突張りで」「ブサイクな」
「人肉愛好家」
なのである!
ヴードゥーも、惑星イオスの爆発も関係ない!
この態度こそナイスだ。もっともらしい研究家など全員死んでしまえ。われわれは今こそ身を隠すだけのみすぼらしい知識の衣裳などかなぐり捨てて、新しい認識の地平線へと出発すべき時ではないのか。
貸本マンガに登場するような土俗的な魔物と、適当にモダンな西洋ホラーの上っ面だけ真似た強引極まるハイブリッド。
まるで誰も望まないのに、産まれてしまった赤子のようだ。
「この銀河とは」
先鋭的思想家エドモンド・ハミルトンは著作の中で述べている。
「生命という毒に汚染された、呪われた銀河である。」
【あらすじ】
1.
中学生の登山パーティーの遭難。
まずわれわれが知るべきことは、5名の集団が純粋に中学生の男女により構成されており、彼らが所属するワンダーフォーゲル部は俗に「ワンゲル」と略されている事実である。
ワンゲルも糞もない中学に育った人間からすれば、これは異様極まりない用語だ。そうか、そうきたか。
ワンゲル。
ワンゲル。
何度繰り返しても馴染まないのが不思議だ。
(まぁ、ウンベルなどとふざけた筆名を使う者から指摘される筋合いはないのであるが。)
さてワンゲル部、5名のメンバーの構成比は、男2に対し女3。しかも、男のうち一名は食いしん坊のデブキャラ。これは、おいしい。
残るリーダー神島は徹底したイケメンとして設定されており、イケメンの常として地理に疎かった。突然の豪雨と落雷に見舞われた一同は道に迷い、下山ルートを大幅に外れてF県鬼神岳の懐奥深く入り込んでしまう。
「みんなを迷わせるなんて、リーダー失格よ!」
無策に対する叱責を受ける神島。女ならともかく、デブにまで。
グッと悔しさを噛み殺して耐えていると、森の樹上よりボタボタと落下してくる黒い塊り。
「キャアァーッ!!ヒルよ!!」
ヒルだった。いや、複数いるから、ヒルズだ。
巨大な赤黒い腹をうねらせ、女性陣の中でも特に濃い容貌のサチコの首筋に齧りつく。
「アッ!!イ、イタイ!!とってー!!」
首筋より体内に潜り込み、疣のような腫瘍が次々と膨らむ。首から、顔面から、サチコはぽってりした肉瘤を生やし、ニキビ面の不細工にさらに拍車がかかる。もう、JCとか抜かしてる奴に優先的に高画質で視聴して欲しいレベル。
サチコは涎を噴きこぼし激痛を訴え、ご丁寧に発熱まで。緊急事態だ。どうすりゃいいんだ。
助けを求めて、かすかに山間に垣間見えた灯りへと、近づく一行。
あれは山小屋か。
雨は都合よく上がり、今度は霧が出てきた。一寸先も見えない。
「おぉーーーい、助けてくださぁーーい!!」
おっちょこちょいのデブが慌てて駆け出し、予想通り崖から落ちた。
「・・・あ・・・あわわ・・・」
残念、寸でのところで草に齧りつき、空中にぶら下がっている。
イケメン神島は、持ち前の素早い計算能力で、デブを救けておのれの株価を吊り上げる道を選択。かくてデブは何があっても決して逆らえない立場に。
見渡せば崖の向こうには深い峡谷が横たわり、この世とあの世とを遮断している。
深い霧でよく見えないが、向こう岸には確かにちらりと人家らしきものが覗いており、灯火が微かに漏れてくる。
なんとか無事に辿り着く道はないかと探すと、見るからにやばい吊り橋がいっぽん。
たもとに「落ちます。」とペンキで大書きされている。
「なによ、これ?
“この橋、渡るべからず”ってこと・・・?!
とんち?!
とんちだというの?!」
万事に高飛車な、学級委員タイプのメガネ女が噛み付く。
バカでお調子者のデブがそれを受けて、アームストロング船長並みの偉大な一歩を踏み出した。
「では、まんなかを渡るでやんすー!」
踏み抜いた。
再び、軽々と生命の危険に晒されるデブ。まさに命の軽業師。
「あわわ・・・わわ・・・」
それを助け、顔面全体が腫れ上がってえらい状態になっているサチコを宥めすかしつつ、一行全員が渡り終えると、吊り橋は待ちかねたように崩落。暗黒の断崖奥深くへと没し去ってしまった。
諸行無常。
今更悔やんでも遅いので、霧の中、リュックを背負って歩き出し、灯りの見えた方角を目指して前進することしばし。
地面に無数の盛り土がしてある場所に出た。
「なんだ、こりゃ?」
「これって・・・アレに似てる。
いがらしみきおの短編“ガンジョリ”に出てきた・・・」
「なんのマニアなんだ、お前は?」
以上の意味深な前振りをまったく聞いていなかった病人サチコ、狂ったように盛られた怪しい土を喰い始める。
「うわッ!!
や、やめろサチコ!!絶対やばいって!!」
四人がかりで引き剥がそうとするが、取り憑かれたかのようなサチコは、土を掬っては飲み込む動作を止めようとしない。
これは、絶対へんだ。
「モグ、モグ・・・な、なによ!・・・モグ、おいしいわよ、この土!」
「イヤーーー!!やめて!!」
「お前、ゼッテーどっかおかしいって!!」
「マジ、やばいし、アタマ超おかしいって感じ!!」
「スーパーMMC!!」
サチコは口の周りを、泥とも汚物ともつかぬもので汚しながら一心不乱に食べ続けている。
プーーーンと漂う異様な匂い。
そういえば、心なし銀バエのような影が闇夜に飛び交っている。サチコの闖入に安眠を破られたらしい。
「これって・・・」
「・・・うん・・・」
「マジ、あれじゃないの?」
「あぁ・・・アレ・・・まさか・・・」
会話の異様なトーン、その恐るべき内容に、普段から気の短いデブが唐突に切れた。
「・・・う、うアァァァーーーッ!!!」
なお口をもごつかせ、抗うサチコを担ぎ上げると、爆走を開始した。
「おんしは・・・」
切れたデブは何故か方言だった。汗が微塵に滴り落ちる。
「おんしは、必ずわしが助ける・・・!!」
「待てーーー!」
息も絶え絶え、全員が後を追ったがとても追いつかない。
早い。
こいつ、早すぎる。
バカの一念、恐るべし。
十秒フラットの全速ダッシュで夜の森を駆け抜けたデブは、見るからに怪しい山小屋の扉を無造作に叩いた。
「トントン!!開けておくんなましーー!!
ドクター、急患ですよーーー!!」
ギィ、と戸が開いた。
2.
腐臭の漂う、仄暗い部屋。
ひと気がない。
脂の焦げる匂いは、吊るされたランプから来るのだろうが、それ以外に絶対なにかある。
異臭は鼻を抓む勢いだ。
「・・・なんだ・・・これ?」
間抜けな疑問符が口を突いて出る。
招かれざる客第1号として、さっさと闖入を果たしたデブが部屋の中央に立っている。
お陰で、後から息も絶え絶えに追いついた神島たちからは、残念だがデブの不審がっている対象を捉えることが出来ない。これはリーダーとして実に恥ずべき事態だ。
ゆえに、唐突だが、幅広いにも程があるデブの背中に、神島の履いた卸したて登山ブーツの真新しい切っ先が強力にめり込んだとしても、さして奇異な展開とは言えまい。
「ぐべべッ・・・!!」
サチコを抱いてよろけるデブ。
その巨大過ぎるジェリコの壁の隙間から、神島たちは恐るべきものを見た。
大皿に盛られた、赤黒い肉のかたまり。
超ジャンボ盛り。
レアだ。
レアすぎるくらい、レアだ。
それが強力な異臭を放って、彼らの眼前に誘惑するかのように据えられているのであった。
「なによ、この肉・・・」
「ヒーーーッ・・・すごい匂いね」
「腐ってる。
こりゃ、腐りきって蛆が湧いてるぞ、ゲン!!」
そのとき、よろめいて後ずさっていたデブの腕の中で、気味の悪い声がした。
「なによ・・・あんたたち、このおいしそうなお肉が見えないの・・・?」
身を乗り出し悪魔の食卓に齧りついたサチコ、腕まくりで無数に蛆虫が白い腹を見せて蠢く、大盛りの腐肉を一心不乱にパクパク食べ始めた。
当然、手づかみで。
「うわわわッ・・・!!」
「キャーーー!!」
もはや周囲の狂騒は無視して、食の快楽を無心に探求し続けるサチコ。地獄の魯山人状態。
ぐちゅ、ぐちゅと特別製の薬味を噛み潰しながら、
「この、うじ虫がまた、格別にジューシー!!堪えられないわ!!」
「げーーー!!」
「げぼーーー!!」
残る一同が耐え切れず、ゲーゲーもどしていると、奥の引き戸の陰から、やけに顔色の悪い老人が出てきた。
「・・・誰じゃな、うちの晩御飯に勝手に舌鼓を打っておるのは・・・?」
サチコ、悪びれず、
「アラ!ごめんなさい!
でも、あんまりにもおいしそうだったもので、つい・・・」
ペロリ、舌を出した。
「こ、これは・・・」
神島が胃液の苦い味をからくも忘れようと試みながら呟く。
デブが相槌を打った。
「うむ・・・。
間違いない。1970年代に一世を風靡し、瞬く間に消費され、歴史の暗闇へと消え去った筈の存在・・・。
伝説の、ドジっ子演技だ・・・!!
やはり、恐竜は生きていたんだ!!」
3.
いい加減レビューではなく小説を書いていることに遅まきながら気づいたので、ピッチを上げるが、老人の説明によれば、ここは人界離れた隠れ里で、電気も水道もガスない不便極まる環境で、それでも物好きな者達が世間の目を逃れるかのようにいじいじと暮らしているというのであった。
そんな中、誰も止められぬ勢いで腐肉をパクついていたサチコの病状が悪化、小屋の床に倒れてのたうち始めた。
「オゲッ!!オ、ゲゲッ!!ガゼボ!!」
「・・・当然よねぇ・・・」
「あんなもの、食べたから・・・」
「おお、こりゃ、ヒルに当たりなすったね!」
また奥の引き戸から、気味の悪いババァが出てきた。片目が醜く潰れている。
「もしかして、毒ヒルが体内に潜り込んでいるのかも知れないね!
オスとメスが番って子供の毒ヒルがうじゃうじゃ産まれてくるかも・・・!
なにしろ、人間の体温は毒ヒルの成育に一番適しているってシートン動物記に書いてあるくらいだからね!」
「エエーッ・・・!」
「毒ヒルはお嬢さんの肉を養分にして巨大化し、捨てておけば脳まで入り込んで身体全体が一個の毒ヒルと化してしまうわ!」
「そ、そんなバカな・・・!!」
「さ、さ、早く」
老人が鼻クソを丸めたような粒を手に持って差し出した。
「このナンチャッテ正露丸を飲ませなさい。意外と、効くかも!!」
水も使わず、飲み下すサチコ。
意外なことに、皮膚の下からにょろにょろヒルが這い出て、命が助かった。
床にのたくる気味の悪い肌色のヒルを、ブチブチ潰しまくる神島とデブ。
「おーーーし、仇きは討ったべさ!」
「それは善哉。
表はひどい雨だ。今夜は泊まっていくといい」
老人が宣言すると、ババァが相槌を打った。
「そりゃーいい。なにか、おいしいものでも拵えようかねェ?」
「それだけは勘弁してください」
サチコ以外、全員が土下座して謝った。
【解説】
とてつもなく、ボロい傑作の登場だ。
余りボロいので、家屋決壊になりかねないが、人倫の境界線を敢えて押し広げて通ろうという、岬先生の超野心的な企てには、東大学長も思わず感涙に咽ぶ夜もあるだろう。
下手すると全編を小説化することになりかねないので、以下ザックリと展開を記述するに留めるが、このあとワンゲル部の5人は人肉入りの鍋をたらふく食わされる。
(デブの抓んだ箸の先に、人間の指が挟まれている名場面は必見である。)
そして、就寝にあてがわれた臭い部屋の隅から謎の血染めのレターが発見され、イケメン神島の、山歩きが好きで好きで性がなくて、山に入って消息を絶った父親が、どうやらこの山の何処かに居ることが解る。
この山は、実は日本ゾンビの総本山であり、そして神島の亡父こそは由緒ある一族の総代を務める、死人の業界の超大物なのであった。
それを知って、村長に食われるデブ。死人側に完全に寝返ったサチコたちに八つ裂きにされるメガネ。残るイケメン神島は、ワンゲル部基準で最もイケてると推測される尻軽女に誘われ、山小屋の隅で濃厚な一発をキメる。
そんな混乱の最中に、ゾンビ一族の内紛が勃発。全てをお色気盛りの息子に託した父親は、スコップを顔面に突き立てて頓死してしまう。対抗勢力の村長グループは、日本ゾンビ界の最頂点に君臨する伝説のゾンビ、長老様を擁立し、逃走を図る神島の前に立ちはだかる。
「お前の父親は、助けられた恩義も忘れ、わしに刃向かいおった。
そんな軟弱な奴は、我らの仲間に必要ない!」
余りに凶悪な面構えの長老様に、目に見えてビビる神島。
「おお、うまそうな若者だ!
さっそく、生で食ってやるぞ・・・!!」
牙を剥き出し迫られて、キレた神島が夢中でどつくと、あっさり倒れた。
長老様が悲痛な声で叫んだ。
「コリャ・・・!!老人に何をする!!」
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