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2011年5月

2011年5月31日 (火)

諸星大二郎『西遊妖猿伝・西域篇③』 ('11、講談社)

 その崩れかかった廃屋寸前の店は、路地の突き当たりにあった。
 分不相応な扁額が掲げられいる。

  「運 減 堂 書 店」

 軒のガラス戸を叩きながら、怒鳴っている青年がいる。

 「ちょっとー!マスター、開けてくださいよー!」

 古本好きの好青年、スズキくんだ。
 この上なく真剣な表情で、ノックを繰り返している。

 「最新刊出たらしいじゃないですかー!
 なんでボクに読ませてくれないんですかー!」

 店の奥からは、くぐもった不機嫌な声が響いた。

 「・・・うるせー!!!
 お前には、絶対読ませてやらねーーー!!」


 「そ、そんな殺生な!」

 ガラッ、と引き戸が開いた。
 顔を突き出した、お馴染み古本屋のおやじ、泣いている。

 「だいたい、なんだお前は・・・!?
 俺が1984年からコツコツ単行本を買って読んできた『西遊妖猿伝』を、あっという間に読破しちまいやがって!
 そういう不届きな奴は、続きが読みたくて、読みたくて、読みたくて飢え死にしちまえばいいんだ!」

 「そんなバカな!
 いいじゃないですか、たかがマンガですよ!
 正気になってくださいよ!」

 「うるさい。
 沙悟浄が出て来るまで、何年かかったと思ってるんだ?
 それも貴様、諸星先生の仕掛けた伏線を読み取りやがって、『あいつが絶対そうだと思ってました!』だと?
 ふざけんな!」

 「悔しかったんですね。
 古本屋のおやじとはいえ、人の子だったってことですか・・・」

 「なんだと思ってんだ、このヤロー!」

 手にした錫杖で、いきなり打ちかかってきた。
 「この如意棒で成敗してくれる!」

 「うわッ!!」

 からくも、スズキくん、持っていた鉄扇の柄でかろうじて受けて、ひらり身を翻し五尺ほど離れた位置に着地した。
 そこをすかさず、おやじの鋭い突きが走る。
 今度はかわし切れないと見たスズキくんは、臍下丹田に力を籠め、裂帛の気合いで叫んだ。

 「忍法・肉鎧(にくよろい)!!」

 血液が凝固し、たちまち青銅の硬さを帯びた下腹部に、叩き込まれた錫杖の先端がいとも簡単に砕け跳ぶ。

 「あーーーっ、あーーーっ」
 バカみたいに、おやじが叫んだ。
 「それ、完全に風太郎先生のパク・・・!!」

 蛇の如く伸びたスズキくんの二の腕が、おやじの首にスルスルと捲き付き、次の言葉を封じた。

 「シッ。
 オマージュといってください。オマージュと!」


 「み・・・水の、オマージュ・・・」
 断末魔のおやじは下らぬ戯言をほざいた。
 荒い息を吐きながら、

 「貴様などに・・・密書はやらぬ・・・」

 近所の人たちがドヤドヤ集まってきた。
 「おい、バカがいるぞ!バカが」

 からくも鋼鉄の腕から身を振りほどいたおやじ、腰の二本太刀を引き抜いた。
 ギラリと眩しい白刃が妖しい光芒を描く。
 「わしの尾張柳生で修行した二刀流、破れるもんなら破ってみんしゃい!」

 迎え撃つスズキくん、涼しい顔で、

 「どういうキャラなのか、さっぱりわかりません」

 そう言いながら、こちらも腰の得物を引き抜く。
 切っ先を水平に構え、すぅーっと流れるように引き動かした。

 「水月の構え・・・」

 バチッ、と大きなウィンクをする。

 「でヤンスよ!」
 
 瞬間、二羽の鳥が飛び立ったかのようであった。
 地を離れ、空中に浮かび上がった両名の身体は縺れるように絡み合い、次にはもう分かれて、それぞれに着地した。
 ゴロリ、地べたに転がり落ちたものがある。

 「・・・!!」

 突然の血腥い決闘に息を呑んだ群衆が見たのは、切っ先を握り締めた人間の片腕だった。
 断面から鮮血がしぶいている。

 「・・・片腕はくれてやった、でガスよ・・・」

 傷を押さえながら、スズキくんが言った。
 その食いしばった口許に、おやじの生首を咥えている。
 
 「ダイナミック精神に乗っ取り、見事戦いには勝利したでヤンスが・・・」
 さすがに蝋のように顔色が蒼ざめていた。
 「どうやら、拙者の生命も残り少ない。
 この上は、早く、一刻も早く、妖猿伝の三巻を・・・」

 胴体だけとなり、倒れ伏しているおやじの懐中をまさぐる。
 取り出したのは、一冊のソフトカバー。

 「これ、これ。

 ・・・ん?
 ・・・アレレ・・・?」

 「カッ、カッ、カッカッ、カッ・・・!!!」

 おやじの生首が、カッと目を剥き出して哄笑した。
 
 「痴れ者めが!その本をよく見るがいい!
 カバーこそ、『西遊妖猿伝・西域篇第三巻』だが、中味は小島功の『性遊記』なり!!」

 「うわーーーッ!!

 つ、つまんねーーー!!」

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2011年5月30日 (月)

古城武司『死神少女』 ('81、リップウ書房レモンコミックス)

 意外と面白い『死神少女』。
 人がいっぱい死ぬぞ、『死神少女』。


 絵柄は泥臭いが、狙いは野心的。異国を舞台にしたエスニックホラーだ。本物の魔女が出演するから、サタニックホラーでもあります。

【あらすじ】

 舞台はドイツ。ニーゲンドルフ地方。架空。
 聳え立つクラシックな古城。
 現在では全寮制の寄宿学校として利用されているが、百年ごとに城内より魔女が誕生し、事故や叛乱、発狂による大量殺戮、陰謀・毒殺・暗殺が横行、原因不明の伝染病が大流行して城下に数多くの死者が出るなど、かなりバッドな伝説を持ち合わせている。
 要は、本格的に呪われた場所なのであった。

 「・・・そして、今年が伝説の百年目にあたっているのでアーーール!!」

 稲光りと共に、片眼鏡(モノクル)の恐ろしい顔の校長が断言すると、開校百年祭のパレードの幕が切って落とされる。
 ラジカセに合わせ、ゴーゴーを踊り狂う
若者達。

 さてさて、よせばいいのに、はるばる日本からこんな辺鄙な田舎村にわざわざ留学にやっていらっしゃった間抜けな日本人少女ユウコ・コバヤシさんは、案の定地元民のいじめに遭遇。
 百年祭の夜デートを口実におびき出され、お化けの仮装でさんざん嚇し捲くられる。
 電子音楽の申し子クラフトワークを生んだテクノロジーの先進大国ドイツにしては、やることが岐阜か長野の過疎村レベルだが、意地悪に国境はない、という作者の素晴らしく一貫した信念が窺えるだろう。

 恐怖で森へと逃げ出し、急遽立ち籠めてきた深い霧に捲かれ彷徨うユウコは、いつの間にやら城の遺棄された一角、誰も入らない廃墟のエリアに迷い込む。

 人呼んで、“死神の砦”。
 不吉にも程がある。
 センスを感じさせるネーミングだ。


 崩れ落ちた城壁。分厚く積もる埃り。
 松明も懐中電灯も持たないユウコがなぜそんな暗黒の空間をスイスイ進んでいけるのか。これはもう神秘の現象としか申し上げようがない。
 カエルの顔の騎士像に驚いたり、フロント部分がギリシャ彫刻になっているオリジナルデザインの鋼鉄の処女に戦慄したりして、からくも危険な通路を辿っていくと、そこには地下室の入り口が・・・。
 毎度こういう場面で地下室に入っていく奴って、一体何を考えているのか。

 お風呂があるから、水を入れました。
 苗があるから、植えました。
 ナイフがあるので、刺しました。
 そんな感じか?


 で、地下室があるから入ると、床から天井から無数の巨大な繭が転がされている、どう見てもやば過ぎるスペースがある。
 やばさ専用の展示空間。
 これはもう、アートの領域。

 「こ・・・これは・・・人間のミイラ!!」
 

 繭を覗き込み、驚愕するユウコ。
 その通り、繭の中に封じ込められ骨と皮になっているのは、老若男女、ベテランと若手、ロリータからエヴァ・ガードナーまであらゆる年齢、社会階級の多種多彩な顔ぶれなのであった。
 そこへ、遂に魔女がマイクを持って登場。

 ひッ、ひッ、ひッ、ひッひ・・・どうじゃな、今夜の夜ヒット?
 予想を上回る豪華ゲスト陣じゃろ・・・?」


 芳村真理であった。
 のけぞる井上純。
 恐怖の余りに失神してしまうユウコ。おしっこ、ジョーッ。
 そもそもドイツで夜ヒットが放映されているのか、海外レポート担当なら服部まこの職分ではないのか、など根源的な疑問を投げかけつつ、すべては闇に呑まれ暗転していった・・・。

 翌朝。
 衣服ボロボロ、目はうつろで、典型的なレイプ被害者の格好で発見されたユウコ。
 生涯処女を堅持される予定の先生方(修道尼のコス着用)は、

 「まァ、日本人の癖に、白人サマの太くて長くてかつソフトなおちんこを挿入して頂けるなんて、クソ羨ましい」

 などと露骨な人種差別発言を述べながら、適当に手当てを施す。
 (バンソウコウを貼る程度。)
 が、ユウコの胎内に注入されたのが、農村青年の濃厚な精子などではなく、人類とは少し違ったタイプのD.N.A.だったことには誰も気づかないのであった。
 やがて口角に醜い吹き出物、全身には無数の発疹、高熱を発して、授業中倒れるユウコ。
 すわ伝染病感染か、と校医の余計な判断が働いて、三百年前発狂した国王を閉じ込めたという伝説がある、異常に高い尖塔の小部屋に厳重に隔離処置されてしまう。
 鉄格子の嵌る小窓から顔を覗かせ、おのれの不運を嘆くユウコ。
 しかし、無情にも彼女の病状はさらに悪化し、遂には容姿に異変が出始める。
 
 全身むくんで、小錦状態。
 髪の毛はどんどん抜け落ち、ざんばら髪に。
 皮膚はなぜか緑色がかり、犬歯が伸びて牙の如く。
 太く、短くなった手足には鉤づめが。
 そして、なにより周囲の者が思わず鼻を抓むほど、


  「く・・・くさい!!」

 異臭にバタバタと逃げ出す看護連中。
 かくて、人間大のイモムシ生物に立派にメタモルフォーゼしたユウコ、夜な夜な塔を抜け出しては、近隣の村々で人間狩りに精を出すようになる。

 留学を決意した当時はこんな過酷なミッションが下るとは想像だにしなかったが、やってみると意外と楽しい。
 農作業実習も、人間狩りも、あたしを成長させる立派な授業だ。
 続発する行方不明事件に警戒を強める地元青年団だったが、幽閉されている日本人少女が犯人だとは中々思い到らない。
 そうこうするうち、犠牲者は続発。いじめっ子のクララ(三つ編みお下げ)やら、そばかすミレイやら、オール日本人キャストで贈る『レ・ミゼラブル』の如き不自然さを醸しだす、不細工少女たちが次々犠牲になっていく。
 逆切れしたいじめっ子のリーダー、マーガレットたちがこっそり後を尾けると、怪物は喉笛を噛み切った遺体をどこかへ運んでいくようだ。
 やがて、立ち籠める深い霧。現れる“死神の砦”。
 (やっぱり。)
 
 イモムシ怪獣は本当になにかの幼虫であるらしく、盛んに遺体を繭に包むと地下室に安置していくのだった。
 天井からぶら下がる、一際目立つ繭を偶然持っていたナイフで開梱してみると、ベロンと飛び出すクララの遺体!
 

 「ぎゃぁぁぁーーーッ!!」

 「フフフ・・・」
 背後で不気味な笑みを浮かべるイモムシ人間ユウコ。
 「ここまで秘密を見てしまったら、あなたたち、全員生かして返す訳にはいかないわ・・・」

 「た、助けてェーーーっ!!」

 ユウコが襲いかかるより早く。

 倒れてきたカエルの顔の騎士像の下敷きになり、その手が握った斧が後頭部に深く喰い込んで絶命する者。
 飛びのいたところで足が縺れ、ギロチン台にはまり込んで首を飛ばされる者。
 追い詰められ、隠れたところがオリジナルデザインの鋼鉄の処女内部で、全身串刺しにされ夥しい流血と共に息絶える者。 

 「あら・・・」
 頭を掻くイモムシ少女。
 「みなさん、勝手にくたばっておしまいになったわ・・・」
 
 恐るべし、死神少女・・・!
 その魔力はなんか役に立ってるのか、死神少女!


【解説】

 洋画にインスパイアされたらしき、救いのない話が延々続く。
 最後まで読んでも特に教訓めいた展開はないので、読後なんとも云えない虚しさが残る。
 伝説の魔女の誕生とか、オカルトブームの残り滓のような作品。
 それなりにしっかり構成されているので、飽きずに読めるだろうが、読んで為するところは一切ない。
 その点は素晴らしいような気がする。


 死神少女が追っ手の刑事を糸を吐き、絞首刑にする場面。
 あと、死神少女が最終的に繭になり、やがて誕生してきた魔女が全裸の美少女だった、といった展開は非常に結構であるが、しかし。

 この魔女、なにがしたかったのか、さっぱり意図不明。
 どうやら、蛾を増やしたいらしいのだが、それでどうなる。
 飼育委員か?

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2011年5月29日 (日)

ドン・シーゲル『刑事マディガン』 ('68、ユニヴァーサル)

 頑固な人達の時代が終わろうとする前に。

 背広を着た西部劇。
  誰かが『ダーティーハリー』をそう例えていたが、実は少し違う。

 刑事マディガンは昇進なんかに目も呉れず勝手に現場で生きてきた男だ。美人の若い妻はいるが、子供はない。
 殺人犯の逮捕に向かったマディガンと相棒は、犯人に逆襲され拳銃を奪われてしまう。
 拳銃は、刑事(デカ)の生命(いのち)。
 
和洋問わず、それは変わらない。
 かくて三日の猶予の間に、自らの魂を見つけ出す使命を、神(=警視総監)ヘンリー・フォンダから仰せつかった中年男ふたりが、地道な聞き込みを続けて遂に犯人を追い詰めるまでのドラマが、この映画だ。
 (今気づいたが、こうした基本構造は、『ブルースブラザース』にも受け継がれている。)

 無類の女好きで、逮捕の為なら暴力も辞さないマディガンのキャラクターは、ホラあれだ、『フレンチ・コネクション』のポパイ刑事の原型だと思っていい。
 あっちはやたら若い娘好きのロリコンだったが、マディガンは美人の妻がいて、浮気相手の彼女が、クラブの女歌手ってのも奮っている。
 まさに、おやじの理想型。憧れの的。
 妻はいつも表を飛び回っているマディガンには常日頃から多分に性的欲求不満を感じていて、朝飯にジュースとトーストを食う夫に、ストレートに愚痴を言う。

 「それで、週末は?あたしはどうすればいいのかしら」
 「映画でも観に行けよ」
 「ひとりで・・・?
 TVの方がまだマシだわ!」

 なるほど、これは感じが出ている。
 私自身、映画の記事を散々書いておいてなんだが、映画館には誰かと一緒でなければ行かない消極派なので、よくわかるのだな。これが。
 派手にデフォルメすることなく、それでもしっかり主張だけは持った人間像の呈示。
 瑣末な事例を拡大解釈して恐縮だが、映画において記憶されるべき人物が現れるのは、こうしたリアリティの集積の結果としてではないのか。
 そういうのが随所にあるんで、さして面白い話でもないのに最後まで観れるんですよ。
 たまにあるかっこいい場面(巻頭の屋根からの追撃シーンとか)なんて、「おーっ、かっこいい!」って呟いたりしてね。かっこよさ、倍増し。
 
 ちっとも比較するつもりはなかったが、この映画の直前に私は、『第9地区』のDVDを観ていて、ビジュアルはそれなりには楽しめたが、いまひとつ乗れない感想を持った。
 あの内容はバージョンアップした『原子人間』だと考えればいいのだが、どうもこちらの思った通りにすべてが進みすぎる。キャラクターに感情移入するよりも先にカットが切り替わってしまう。
 だいたい、主役のあの情けないおっさんに、観客が同情しなけりゃこの手の映画は駄目じゃないですか?
 だが、妻は美人、義理の父親は世界第二位の巨大軍需産業のボス。出世の晴れ舞台で、エイリアンの毒液を浴びて下痢とうんこが止まらなくなり、ホームレス以下の人体実験モルモットに転落する男、ってまったくの因果即応って感じじゃない?
 俺は、あいつには1ミリも同情する余地はないと思う。
 ではなぜ、あんな共感できない奴が主役になったのかと言えば、脚本家が頭でひねっただけの、適当なでっち上げ、単なるストーリー上の都合じゃないですか。
 「こういうキャラ設定の奴が悲惨な境遇に落ちるのが面白い」って。

 わかってねぇなぁー。
 浅いんだよ、若僧が。


 せっかくP.O.V.を多用し、ドキュメントタッチで映画を盛り上げようというときに、いわゆる劇映画式の画面構成が配慮なく挿入されるのにも辟易した。(具体的には冒頭エイリアン居住区への軍隊の突入と、小屋の中で小細工するエイリアン同士の会話が繋げてある辺り。川口浩探検隊か、お前ら。)
 『グエムル』の時にも思ったのだが、映画の編集技術は無駄に進化してしまってはいないか?
 出来ることが増えた。
 使える機材もこんなにある。
 見せ場見せ場の連続で観客を異空間へ拉致することは構わないとして、砂利石ひとつも持ち帰れないのであれば、遊園地のアトラクションと変わらないだろう。
 そして、言うまでもないが、映画を一本観るということは、無駄な砂利をちょっとお家へ持ち帰りになる、という行為だ。
 基本はテイクアウトなんですよ。それが出来なきゃ、嘘なんですよ。
 みんな、もっと文句垂れた方がいいですよ。行政とか。
 
 対して、とことん地味な『マディガン』は建物が爆発もしないし、派手なカーチェイスもない。
 銃撃戦もあるんだが、双方ひたすら撃ち合ってるだけ。
 マカロニ以前の西部劇みたい。
 でも、ヘンリー・フォンダが人妻と浮気したりとかね、おやじの濃い煮汁みたいな見せ場が連続してあるわけですよ。
 本物のマカロニスターのイーストウッドを起用して撮った、かの『ダーティーハリー』と比較すれば、こちらは明らかにオールドスクールな西部劇なんですが
 
締めるべきところは、締めてる。腹はまだ出てない。
 そんな感じだと思います。
 だいたい、ドン・シーゲルで警察群像アクションですよ?

 去り行く頑固な人達の背中を拝むに最適かと。
 地元のチンピラ、既にロン毛なわけですし。

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2011年5月25日 (水)

杉作J太郎『杉作J太郎が考えたこと』('11、青林工藝舎)

 (普通にブログを書くのも意外と面白いので、続ける。)

 俺の乗っていた電車が誰かを跳ね飛ばし、肉の断片に変えて停止した。大量の血糊がしぶいた。
 そこは新宿近くの駅のホームだった。
 即座に警察に通報が行き、現場検証が始まり、身元確認の為の情報収集が開始され、一方では手際の良い駅職員たちが運行再開に向けて不断の努力を続けていた。
 車窓には人が群れ、撮影の為携帯を取り出す不届き者もいた。時間の無駄をなにより嫌う人種はさっさと路線図を確かめ、乗り換えのために席を立って歩き出した。タクシーを拾うことを思いついた連中もいて、暫くはタクシー乗り場は行列になった。
 
 電車の中には立っている姿もあって、微妙に混んでいる。
 空席はまったくなくなり、荷物をかかえた主婦や爆睡しているサラリーマンやなんかがじっと復旧を待っている。

 「世の中、ケチくさくなったな」
 隣の席に座ったおやじが話しかけてきた。
 「フン、そんなに慌てふためくことないじゃないか」

 「そうですね」
 俺は広げていた本を置き、適当に相槌を打った。

 「一部の人間が確実に慌てる。それに便乗して動き出す奴が出る。そいつらがさらに混乱を煽り、人が人を呼び、ますます電車は遅れるってわけだ」
 おやじはソフトタッチのスラックスを履いていた。一部ではジャージとも云う。
 「そんなに急いで片付けなきゃならない用事が、どれほどあるんだろうか。
 例えば、わしより前に、あんたの隣に座ってた女、携帯で慌てて誰かを呼び出していた。繋がると急いで席を立ってどこかへ行ってしまったが、この程度の事態で車持ちの男でも呼び出したんじゃないだろうな?
 呼ばれて、ホイホイ来る男も男だが。世の中、そういうたぐいが増えていまいか?」

 「どうですかね。
 本当に火急の用件でもあったのかも知れませんよ」

 おやじは両手をパーッと拡げて見せた。
 「アレ、あんた、なんの本、読んでるの?」

 「杉作J太郎の最新エッセイ本です。ご存知ですか、『ガロ』出身のマンガ家で、確か昔『トゥナイト2』にも出てました。『タモリ倶楽部』なんか常連でしたね」

 「ふーん、タレントか。ファンなの?」
 
 「いえ、J太郎の単行本は初めて買いました」

 「じゃ、なんで買ったの?」

 「細かい話で恐縮ですが、この本の活字、今どき珍しくオールニ段組なんですよ。私は最初に買ったハードカバーがニ段組だったもんで、そういうのを見かけるとつい買ってしまうんです」

 「ふーん。変わった人やなぁー・・・」

 会話が途切れた。
 運転再開は8時30分ごろを予定、と車輌アナウンスが流れている。

 「最近、また多いねー。飛び込み」

 ドア口に立った女が、連れの男に話している。
 「今週月曜日の朝イチ、あったじゃない。あれはまいったよなぁー。そういや昨日もどっかであって、また今日も。
 やっぱ、五月病なのかな?」

 「すっげぇー金、取られるらしいよ。電車一回停まっただけで。もー、えらい損害でしょ」
 男は女の関心を惹きたいのか、えらく力んでいる。
 「一億とか。ありえねー金額」

 「ふーん・・・」
 
 隣のおやじが何の気なく呟いた。

 「おれに、くれねぇかな、その額・・・一部還元でもいいや」

 しばらくして、電車が動きます、とアナウンスが流れ、車掌が乗客に詫びを入れた。
 誰もがピタリと黙ると、おとなしく待った。
 
 その時を。

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2011年5月23日 (月)

「受」の新世界

 (小ネタをもう少し、続ける。)

 私の手元に、先日入手した某マンガ専門店の買取チラシがある。
 「女性向け同人誌買取情報」というものだ。
 怪奇古書マンガを仕入れに行くとき、同人誌が並ぶコーナーを通過することがあっても、その内容には特に関心を持たずにいた。
 一般書店のBL本関連を素っ飛ばすのと同様だ。
 そこに集う人々も。

 似通った内容。似通った絵柄。
 男性向けのロリコンコミックもそうだが、そこにあるのは効率のよい装置を指向するマンガである。
 余剰が紛れ込む隙のない洗練。精査。
 死角なく尖った描線は、的確に造形の快楽へと、すなわち記号へと読者を導く。
 無駄がないというのは、進化の余地もないということだ。
 ゆえにそれは奇形なのだ。
 記号を共有できる人々は、さらなる洗練を目指し、日夜研鑽を積む。誰もがバベルの塔のエンジニア。狭い世界に鬼が棲む。

 90年代、大塚英志が編集者として太田出版と組んでいた頃、同人誌をブロウアップしてダウンタウンの耽美マンガが出ていたのは記憶にあった。
 ダウンタウン。耽美。
 なんだか食べ合わせの悪い食材を無理に盛ったような。クリームパフェに味噌を落としたような。
 それから、業界の定番、『キャプテン翼』で、『聖闘士星矢』。ジャンプ系。
 (それらがどのように実用に供されていたかは、卯月妙子『実録企画モノ』に正直な記述があるので参照されたい。)
 あるいは対象がジャニーズであれ韓流ブームと移っても、すべては敷かれた路線の延長上。そんな風に捉えていた。

 だが、諸君。
 私は少し、偏狭に過ぎたのかも知れない。
 かの世界がとんでもないことになっている、という認識はあっても、事態を少々甘く見過ぎていたようだ。
 リストの先頭にある名前は、意表を突いていた。

   高価買取ジャンル。たけし軍団。

 え。軍団。
 なぜ、軍団がここに。
 夜のたけし城をせめぎ合うとでも云うのか。
 あるいは、秘密の熱湯コマーシャルか。

   ジャンル。キン肉マン。ウォーズマン受。

 ・・・嫌な予感がする。

   ラーメンマン受。

 ここで私の意識は銀河の彼方に吹き飛ばされ、幾千億の塵となって新たな惑星を誕生させるべく果てしない胎動を始めた。
 こいつは予想しなかった。
 なぜだか、旺盛で貪婪な人々に負けたような気がした。
 
 私は慌てて、その先を考えてみた。
 世界をあの連中の好き勝手にさせてはならぬ。

    板尾創路。

 うーーーん、これは実際パンフに書いてあるな。
 それなら、これはどうだ。

   板尾の嫁、受。
 
 
 ・・・普通だ。

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2011年5月22日 (日)

「ホーキング博士、天国の存在を否定」

(以下普通のブログ記事である。殆ど開始以来、初めてではないか?) 

 あたしは、ぬるい読者を大量に巻き込んでベストセラーとなるような話題の新刊は、すべてたいした内容ではない、と堅く信じて込んでいるので、ホーキング博士の著書も読んでいないのだけど。
(例=『窓ぎわのトットちゃん』『アイコ16歳』『トットチャンネル』)

 ホーキング博士が天国の存在を自著で否定し、欧米で波紋を呼んでいるとの報道には興味を持った。
 博士はおそらくお得意の見てきたかのような宇宙論を開陳し、懇切丁寧に時間と空間の構造を解説したうえで、「この宇宙には天国も地獄も存在しない、あるのは借金地獄だけだ!」と読者に親切に教えてくれるのだろう(予測)。

 それより、真に衝撃的なのは、欧米ではかなり多数の人間が本気で天国は存在する、と信じている、という事実だ。
 いい歳こいた大人が。えッ、うそ。
 近所のバカの子でも、サンタクロースはうちのパパと知ってる、この時代に?
 もしかして、なにかの間違いでは?
 もしやわれわれを創造した神が本当に存在する、とか?
 そいつはすごい。見せてみろ。
 
 断っておくが、私はこの件に関して「あったらいいな派」である。
 幽霊も、心霊現象も、みんなそう。
 でなけりゃ、こんな妙なブログつくるもんか。「東京ラーメン食べ歩き」とかやりますよ。嘘だけど。
 以下、事務連絡。

 ・ダン・カーティス『家』の記事、解説部分を修正しました。

 ・大内清子『悪魔のおとし子』、あらすじを加筆する気はありますが、当分されないでしょう。
 この本は、読み返すと頭痛い。本当に狂っている。

 

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ダン・カーティス『家』 ('76、U.A.)

【あらすじ】

 ひと夏、900ドルの格安物件。深い考えのないオリバー・リード一家は人里離れた森の中に佇む、古びた屋敷を借り受けることにする。
 家族の面々は、12歳の気弱な坊やに、カレン・ブラック、ベティ・ディヴィス!
 
この家には微妙な魔力がゆるく働いており、まず賃貸契約の交渉中に、庭のあずまやで遊んでいた子供が、屋根が壊れて滑り落ち、膝を擦り剥いて怪我をする。赤チンを探しに台所へ向かうママ。・・・エッ?
 
それを見てほくそ笑む大家の兄。車椅子のじいさん。

 大家のババアは、不気味なことを云う。
 「あなたたち、気に入ったわ。この家を貸してもいいけど、ひとつ頼みがある。私達の母親の面倒を見てやって欲しいの」
 94歳にもなる、老兄妹の母親は、居室に籠もって誰とも会わないのだという。
 「三度の食事をドアの外に置いてくれるだけでいいのよ。ほんと、手がかからなくて助かるわ・・・」

 半信半疑で入居してくる一家。
 豪勢なことに、この屋敷は巨大なプール付きなので、せっせと荒れ果てた底面を掃除し、ポンプで注水しようとするオリバー・リード。
 いくら紐を引いてもモーターが始動しない。

 「もう、貸してよ、パパ!」
 子供が引くと、動いた。
 なんとなく、微妙に子供が憎くなる父親。

 かくて、ようやく開設に漕ぎ付けたプールで、坊やと遊びまくるパパだったが、ふざけて水遊びするうち、だんだん憎しみが嵩じてきて、本気で子供を水に浸けて殺そうとする。
 慌てて止めに入る母親役のカレン・ブラック。
 「あなた・・・なに、やってるのよ!!」
 切れた子供に、水中眼鏡で思い切りはたかれ、鼻血ダラダラになった父親は茫然自失で、
 「いや・・・その・・・、大変だ、あれが来たんだ」
 「アレって?」
 「黒メガネの死神運転手だ!」

 オリバー・リードの幼少期の記憶。
 親族の葬儀。牧師の長々とした挨拶に、陰鬱に居並ぶ人影。
 式も終わり肩を抱えられ、車へ向かう少年の前に手を差し伸べる黒服の運転手。長身で痩せこけ、黒メガネで薄気味の悪い笑いを常に浮かべている。
 
 「・・・私はそいつがとっても怖かった。なんか、死そのものって感じで・・・」

 「なに、訳わからないこと、云ってんのよ!!」

 また、頬をはたかれた。(当然である。)
 鼻血を垂らし、前田吟のような渋い表情を浮かべる父親。
 その日はともかくそのまま寝て、翌朝子供に心底詫びを入れて許してもらった。
 
 なんかしら自分が信じられなくなり、軽い鬱状態に陥った父親は、眠れない夜更け、ダブルベッドを抜け出してプールで泳いでいると、気づいた妻が登場。
 彼女、そのまま全裸で高飛び込みし、抱き合うふたり。これはカレン・ブラック史上初の水中ファック登場かと思いきや、「それって本当にニーズあるの?」という監督の常識的判断により、ファックは中止。
 (註・カレン・ブラックは『エアポート'75』で客室乗務員の分際でジェット機を操縦するという暴挙に出たことで有名な女優。顔のパーツが顔面の中央に極端に寄っている、鬼瓦的顔面破壊力の持ち主。)
 気まぐれなカレンは芝生の広い庭へ逃亡するも、それでは股間の暴れん棒将軍が収まらぬマニアックな旦那が追跡し、遂にカレン・ブラック史上初の青姦シーンが実現かと思われたが、あらぬところに幻覚を見て悲鳴を上げ、またしても逃走。
 旦那、しょんぼり。つられて、もしょんぼり。

 94歳の老婆の世話は、カレン・ブラックがひとりで担当しており、最上階の居室には誰も近づけない。
 そんな狂った生活の影響のせいか、だんだん骨董品が好きになり、着る服も髪型もゴシックがかってくるカレン。明らかに最初とは別人。
 しまいに電灯を嫌い、蝋燭の明かりで食事するようになるので、家族は非常に迷惑している。
 そこへ、夫の叔母ベティ・ディヴィスがひと夏のバケーションを満喫するため、アロハで登場。
 すっかり暗い性格となったカレン・ブラックとモダンなバァさんとは、当然の如くいがみ合うが、ある晩心臓発作を起こしてベティさん危篤状態。
 夫は慌てて医者に電話しようとするが、いつまでも話し中。怪しんで他の番号にダイヤルしてみたが、「交換手の番号さえ話し中なんだ!」
 妻が掛けると、普通に通じた。
 落胆し自己嫌悪に陥った夫が、部屋から呆然と外を眺めていると、古式ゆかしいフォード車が到着する。
 往診に訪れた医者が車から降りると、その姿はあの黒メガネの死神運転手に変わっていた! 
 愛する叔母の下へ駆けつけ、必死に名前を呼び、さすっていると、部屋のドアがバンと開いて、台車に載せた棺桶を押して、死神運転手が乱入してきた!
 恐怖に絶叫する二名。

 カット、切り替わると死亡している叔母。
 なすすべなく、床に倒れ伏す夫。
 すべては幻覚だったのか。
 小柄な老人の医者は、聴診器を耳から外すと、「ご臨終です・・・」と言った。

【解説】

 他、死神運転手の登場パターンとしては、運転していると助手席に座って高笑いしている、などがあるが、こいつがなにかのメタファーなのか、それとも本当に実在しているのか、最後まで観てもさっぱり解らなかった。
 「まぁ、死神みたいなもんだろう」と観客に勝手に勘違いして貰えるのではないかという、製作者サイドの人柄の良さが偲ばれる。
 
 それは、恐怖の源泉である筈の、この「家」の存在についても同様だ。
 余りに説明が不足しているため、本気で怖がることなど不可能だ。精神的に不安定な人々が勝手に死期を早めているような印象しか残らない。
 これって。あれに似てる。
 そう、キューブリックの『シャイニング』だ。

 たぶんに誤解を含めて云えば、『シャイニング』とは、理性的で底意地の悪い天才監督が「ホラーってこんなもの」と恐怖の本質を抉り出してみせてくれた解剖学調書のような映画だった。
 幻聴。幻視。
 幽霊の出現。心霊との対話。
 未来視。憑依。テレパシー。
 呪われた館。大量殺戮。
 血の洪水。
 そこでは、あらゆるオカルト現象が説明されている。
 恐怖の本質とは、単なる気のせい。
 純粋に、頭の中だけで起こっているもの。
 説明がつかない現象など本当はどこにも存在しないのだ、という冷徹すぎる認識。

 ジャック・ニコルソンが既にこの世の人ではないウェイターに家族を誅殺するよう教唆される有名な場面も、ニヤニヤ笑う死神運転手も、本質は同じ。病んだ主人公の妄想が創り出した存在である。
 キングの困った悪趣味小説を映画化するにあたり、キューブリックはいろんなピースを仕込んでいたに違いなく、例の双子がダイアン・アーバスのポートレイトにインスパイアされたものだったり、この映画の死亡した家族が骨董品のメモリアル写真立ての中に加わる趣向などはストレートに採用されている。

 最終的に、夫は狂った妻に窓から投げ出されて死亡。
 12歳の子供は、崩れ落ちてくるレンガの煙突をずっと見続けて数秒、さらにその下敷きになって圧死、という手際の悪いやり方で処理される。(ここでのカット繋ぎの絶望的なテンポ悪さには好感が持てる。)
 ラスト、切れたカレン・ブラックのインパクト過剰な顔面大芝居は素晴らしい。

 超自然現象に恐怖するオカルト映画って、冷静な第三者の立場から見れば、バカの集団パニックではないのか。

 それはちっとも愉快なものではない。
 が、確かに興味深いものだ。

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2011年5月18日 (水)

『北京原人の逆襲』 ('77、ショウブラザース)

 無限に広がる大宇宙。
 深甚たる広漠は、あまたの星達を飲み込んで果てしなく続いている。

 この書き出しもひさびさなのだが、さすがは悠久の大宇宙、さして特別な変化などないのであった。
 だが、しかし今------。


 『目覚めよ、D!目覚めよ、D!
 遂に時は来た・・・!!』


 唐突に大音量で鳴り響く船内ラジオに、宇宙服姿の上からパジャマですっかり寝入っていたDは、ベッドから転がり落ちた。

 「・・・ぬぁー?!」

 『こちら、ヒューストン。江口寿史ぶりだな!!』

 「植木等ぶりです。
 ・・・って、なんですかきみは?!」

 寝不足らしいDは、ガリガリとヘルメットの頭を引っ掻いている。

 『音信不通になって半年、その間に震災、メルトダウン、また震災と世間は様々な危機に見舞われているのだが、貴様は相も変わらず、ぐうたら朝寝か。ちっとも変わっとらんな!
 少しは前非を悔いて反省したらどうだ?』

 「Dより、ヒューストンへ。
 おまえだけには言われたくないぞ!!


 ・・・で?
 こんな朝早く、たたき起こして、いったい何の用だ?今日は日曜だから、かみさんと火星のSEIYUに行かなくちゃならないんだが・・・」

 『緊急任務。
 北京原人の空輸を頼みたい』


 「はぁ------?!」

 『ヒューストンより、Dへ。

 いいか?
 最近、記事がやたらと長くなってなかなか完成しなくてイラついてんだよ、コッチは!

 まして、正統派のレビューじゃなくて、お前の出てくる軽いショートコントだろ?
 読者の皆さんも何パーセントかの奇特な方々以外、あぁー、またいつもの楽屋落ちか、手抜きか、ってんでS・O・P・P・O、そっぽを向くんだよ!
 だから、貴様もここは男らしく立場をわきまえて、常識的な反応を返すだけじゃなくって、“ラーメンの出前一丁、承りましたァー!”的な気軽さで、原人の空輸を引き受けては呉れまいか・・・?』

 「・・・めちゃめちゃ手前勝手な理屈ですな。
 オレは、きみに“神聖身勝手ちゃん”の称号を贈るぞ!!」

(ナレーション) 
 かくしてDの乗る宇宙船は、宇宙の南シナ海を北上し、宇宙の仏領インドシナを左手に見ながら海峡を越えて、アバディーン行き交う宇宙の香港へやって来た。

 空港で、Dを出迎えたのは、肌もあらわな動物の毛皮を身に纏った金髪美女だった。

 「ハーイ、あたし、アウェイです!」
 「アムウェイ?」

 「殺すぞ、てめえ」
 急に柄が悪くなった。
 「そうでなくとも、こちとら、このバカバカしい衣装で常時出ずっぱり、街灯にしがみつくやら香港のメインストリートを全力ダッシュするわ、女優生命を、いやいや、人間としての尊厳すら危ぶまれるような大熱演を繰り広げてるってのにさ!
 出来た映画は、アレだもの!」

 「今回の登場人物は、全員、やたら不満が溜まってるようだな。
 あー、それで、アウェーさん、本拠地はどこです?」

 「香港スタジアム。タクシーでご案内しますわ」

 かくして、香港名物1円タクシーに今にもズレ落ちそうな毛皮ビキニの美女と同伴して乗り込んだDは、わざとらしくヒューストンから宇宙FAXで届いた作戦指示書を取り出し、読み始めた。

【D作戦指示書】


   作成・ヒューストン最高司令部 代表コード●●●×◆□□□●

※「北京原人の逆襲」※
《悪名高い1976年版『キングコング』の、悪いところをさらにマッシュアップ!磨きをかけた!万事に鷹揚な、香港映画界が贈る、驚異のバッタ物超大作!》


・巻頭、インドの山奥で暴れる北京原人。着ぐるみ。インドにいるのに、北京とはこれいかに?
 
・そんな野暮は置いといて、巨大な亀裂が走り、引き裂かれる大地。火を噴く山、吹っ飛ぶ岩石。轟音、また轟音。
 めちゃチャチな模型セットの村が全壊するのを、せわしないカット割りで。
 特撮は、世界に冠たる日本人チームが担当しているので、この映画、往年のまったりした七十年代大特撮を堪能できます。

・村人の反撃、よりによって竹槍に投石器。時代考証、不明。

・北京原人、カットによっては酔って暴れる顔の白いおっさんに見える。ナイス。

・そんな原人を生け捕りにしようとたくらむ、香港の悪徳不動産屋が登場。
 黒に銀ラメ入りの完全無欠のテキ屋スタイル。薄い茶色のサングラス、首からご丁寧に成田不動尊の御守りをブラ下げている。

 「うーん、あの有名な探険家に仕事を頼んでみてはどうだ?」
 「それはいい。奴は今、失恋して落ち込んでいる」

・カット変わると、ウィスキーグラス。
 ビリヤード台に突っ伏して顔面を埋めている若き探険家、ダニー・リー。
 なるほど、100%この上なく落ち込んでおります。

 「おいおい、どうしたってんだよ、ヒーロー?」
 「実は、ヒック、弟に、彼女、盗られました・・・ウェップ!」

くだらない回想。
 両手にいっぱいの花束をかかえ、彼女のマンションに入ってくるダニー。 
 すると思いっきり、ベッドでガブリ寄りで交接しているダニー弟と、彼女。
 慌ててシーツを胸元にたくし上げて、大騒ぎ。
 
 「うわっ!あっ、アニキ!」
 「お前ら・・・エッ?エッ?なに・・・?」
 「キャーッ!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!」


 床の絨毯に全開で花束を叩きつけるダニー。
 実弟とはこれで名実共にマラ兄弟、底知れぬ失意を抱いて魔境へ旅立つ決心をするダニーであった。

・探検隊が到着すると、いきなり地元TVのインタビュー。

 「果たして、世紀の謎・北京原人は発見されるでしょうか?」
 「あぁー、されると思うよ」

 軽いノリで前人未到のジャングルへと繰り出す探検隊。
 現地人ポーターは、エキストラの人数が足りなかったのか、演出上の深遠なる意図からか、顔を靴墨で黒塗りにした、シャネルズ状態の中国のお友達の皆さんが演じておられます。

・探検隊の前途を阻む密林の脅威!
 まずは軽ぁく、象の大群のスタンピード!
 
実景フィルムをスクリーンに投射して、その前で役者の皆さんが逃げ惑う。リア・プロジェクション(って云うんだっけ?)。
 竹で組んだ村のセットを破壊しまくる象さんたち。かわいい。
 
・ライフルという概念のないアジアの探検隊。武器は全員、拳銃のみだ!
 そして、攻撃法といえば、ただ、ひたすら乱射!乱射!乱射!
 象の群れめがけ、ノンストップで撃ちまくる!
 弾切れとか、装填とかいう概念はここにはない!


・象に踏まれたラッキーな男、象が足をどけると巨大な血の足型がついている!
 
そして、腹を(ポスターカラーの)鮮明すぎる赤に染めて、あっさり絶命!悲壮感ゼロメートル地帯!サイコー!

・追い詰められても、常に冷静沈着なふられ男のダニー・リー。拳銃三発で、あっさり象を一頭仕止める!
 こんなちょろい象は初めて見た!

・間髪入れず、続いて、人喰い虎の襲撃!
 しかも慌てて逃げる途中には、底無し沼が!コントか!でも、あっさり、三人もってかれる!
 虎に足を食いちぎられ、真っ赤すぎる血糊の切断面をカメラに見せつけるおっさん!
 ここは、本当に片足のない人をキャスティングしてます。

・次は断崖絶壁だ!ニ三人落下して死亡は当たり前!
 大秘境に、尊い犠牲はつきものだ!

 
・しかし、こうも人命軽視の探検行じゃ敵わない、探検隊はダニーひとりを残して、全員撤収!
 朝、目覚めてテントに誰もいなくなっているのに気づき、苦い笑いを浮かべるダニー。
 (観ているわれわれも、苦笑い。)
  
・その頃、逃げた例の不動産屋のおやじは、地元のリゾートホテルでバカンスをエンジョイ中。
 可愛い黒い肌のガールフレンドを横抱きにして、地元TVのインタビューに得意満面、答えていた。

 「北京原人?
 チミ、そんなものはデタラメだよ!」


・ひとり探検を再開したダニーは、あっさり原人と遭遇、生命の危険にさらされる。
 そこへ救出に駆けつけたのは、異常に衣裳の面積がカットされている金髪の女ターザンだった!
 (無理は承知で言うが、“アー、ア、アー”と雄叫びを上げて、蔦に掴まりジャングルを飛んで来る存在は、すべてターザンである。)

・もう、無理やりだが、北京原人は女ターザンの忠実なる僕(しもべ)だった!
 両親の乗るセスナが大雨でジャングルに墜落したので、ひとり生き延びた彼女は猿と豹を友達にして今日まで生き延びてきたのだ!

・人跡未踏の地に育った女ターザンは、当然男を知らないので、男の味をたっぷり教えてあげる親切なダニー。

・豹の毛皮が敷いてあるゴージャスな洞窟で、さまざまな体位で絡み合うふたりを覗き込んで、歯噛みやっかみ、ジャングルを破壊する原人!
 のち、猿の如くオナニーが止まらなくなり、困る。

・香港へ原人を運び、見世物にする酷い計画に、あっさり同意する女ターザン。
 やはり、魔羅の力は絶大である。ほくそ笑むダニー。

・山を降り、地元の観光スポットへ出現する原人。たちまちパニックになるが、意外と聞き分けがよいので、評判に。
 そこへてテキ屋スタイルの不動産屋が駆けつけ、何事もなかったかのようにダニーと握手。笑いあうふたりに、ビジネスに対する国民性の相違を確認した感じ。

・タンカーで香港へ運ばれる原人。でかすぎるので、甲板にそのまま座らせ、巨大なくさりで繋ぐというアバウト極まる輸送作戦。
 大抵のことは目を瞑る女ターザンも、さすがにこれには厳重抗議した。

 「これじゃ・・・腰が痛くなるわよ!」

 腰か。


・航海中、嵐に遭遇。原人公開イベントに、香港スタジアムを押さえてある不動産屋は、台風を避けることを断固として拒否。
 結果、暗礁に激突し、沈没寸前の危機となるが、コングが、もとい原人が船を押し出して救ける。 

・香港間近、文明社会への同化を拒む女ターザンに、なんとか衣裳を着せようとダニー大奮闘。
 しかし、持ってきた衣裳がボンデージ風味たっぷりの黒い皮のホットパンツだった為、下心がバレて、彼女に愛想を尽かされてしまう。

・香港、到着。と同時に、女ターザンが逃亡。後を追い、リムジンを飛ばす不動産屋。
 ダニーは宣伝に弟のTV局へ行き、元カノと再会。
 即座にズッポリはめて、見事復縁。


・その頃、女ターザンはTバック丸出しで街灯によじ登り、通りかかった警官に注意されていた・・・。

 
               以上                           


 「エ・・・?!これで終わり?」

 宇宙飛行士Dは、ヒューストンからの指示書をもう一度ペラペラ捲ってみたが、それ以上の情報の記載は、どこにもなかった。

 「このあと、原人が暴れ出し、香港の街を破壊するスペクタクルがあるのですが、そこは割りと正統派の特撮活劇なのです。さすが、円谷英二の愛弟子、って感じです」

 金髪の女ターザンは婉然と笑って云った。

 「香港といえば当時は英国領、どう考えても無茶な作戦を堂々と指示するイギリス軍の将軍とか、細かいところは面白いのですが、大雑把な無茶さ加減はやはり前半部に尽きますわ!」

 「なにより素晴らしいのは、イギリス軍も含め、チョイ役のインド人、女ターザンまでが全員、アフレコで関東(カントン)語を喋る、ってとこだな!
 それが、この映画のグルーヴに拍車をかけているよ!」

 「本家キングコングとの最大の違いは、人命軽視は当たり前の、原人の凶悪さですわね。
 つまり・・・」

 ・・・突如、上空から落ちてきた巨大な足が、何の躊躇いもなく、走行するタクシーごとDと女ターザンを押し潰し、悠然と立ち去っていった。

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2011年5月15日 (日)

古賀新一『血みどろの蟲屋敷』 ('85、秋田ホラーコミックス)

【あらすじ】

 山間部に家々の点在する俯瞰を背景に、、巻頭のナレーション。

  「山奥の農村地帯には まれに古い伝統が 生きていると いわれる」

 古賀先生の常連読者は、これだけで爆笑する筈だ。
 まったく、先生の深みのない描写は素晴らしい。民俗学的知識がどうとか、伝説や民話の研究だのといったフィールドワーク的視点がバカバカしくなるような、センス一発、ワンアイディア。
 要するに、物凄く嘘臭いのであるが、不思議と憎めない。 
 
 山奥の農村地帯の旧家。
 入り嫁の由美は、世にも恐ろしい不妊女(ふにんおんな)である。
 今でこそ子供を産まずに一生を終える嫁などさして珍しくないのだが、ひと昔前なら、なじられ謗られ裏山へ遺棄されるのが当然の扱いなのであった。
 
 「子供が出来ない女の特徴は、猫背で血色が悪く、青白い顔よ!!」

 作中、小姑が断言している。恐るべし、先祖伝来の風習。
 かくして今日も今日とて意地の悪い姑、小姑に食事の文句で因縁つけられ、井戸の水ぶっかけられまくる哀れな嫁、由美。
 たまりかねて、ずぶ濡れの姿のまま、村はずれの子授け地蔵を一心不乱に拝んでいると、ちょうど妊婦が通りかかる。
 ありがたや、ハラボテ様、と駆け寄り縋りつき、なにやら呪文を唱え出す。

 「ツユ ジツ ユジン センカ・・・ツユ ジツ ユジン センカ・・・」

 なんてインチキ臭い呪文なんだ。
 妊婦も読者もちょっと腰が引けてるところへ、追って来たメガネの小姑が登場。厳しく怒鳴りつける。

 「おのれ!よくも名門、大村家の家名を汚してくれたね!
 おいで!おしおきだよ!」

 髪を掴んで地べたを引き摺られていく由美。ちいさくバイバイしている。

 「アラ・・・」
 呆然と見送る主婦。
 「よっぽど深刻な悩みなんだね・・・」

 ・・・さて、日本SM界の常識に乗っ取って、正々堂々と勝ち抜くことを誓ったおしおきと云えば、縛り。
 おしおきと云えば、まずは縛り。いいね、諸君。縛りファースト。
 
割烹着のまま庭の木に縛り付けられ、悲鳴をあげる由美。

 「ふっふっふっ、おまえの正体を見極めてやる。」

 陰湿、陰惨極まりない場面の筈なのに、古賀先生のドライな現代性はこの場面のテンションを奇妙な方向へ誘う。

 「おねがい!許してぇっ!」
 「ああっ!」
 「なんてことよ!!」
 「こんなひどいことってある?」


 いきなりの疑問形。
 読者の脳裏にくっきり小さなクエスチョンマークを刻みつつ、突如全天俄かに掻き曇り、彼方から遠雷石田えりの轟く気配が。

 「おやおや、カミナリにおびえて、オシッコもらすかもね!」

 メガネの小姑が意地悪くほくそ笑むと、邪悪な老婆は目を光らせ、

 「いや。それ以上。
 時もがまんの限界を越えている!」


 「ああーっ!!うぅーっ!!」

 遂にたまりかねて堤防決壊。和服の裾を濡らして、派手にジャージャー放尿を決める由美。
 
 「見なさい!この女の正体を!」

 地べたに滲んで拡がる尿の黒いしみ、届いた庭の草木がみるみる枯れていく!

 「やっぱりね・・・。」
 邪悪な笑いを浮かべた老婆が瞳をギラつかせながら得心する。
 「昔から、不妊女の小便は草木をただちに枯れさせる、というからねぇ・・・。」

 またしても奇想。
 聞いたこともない伝承だが、本当にあるのか古賀先生?これが事実なら後継者問題にお悩みの過疎の村に思わぬ福音、あっちでジャージャー、こっちでジャージャー、愉快な嫁探し大会となる筈だが、そんな話はつと知られていない。
 ・・・って、この話、本当にホラーか?

 かくして、立派に不妊女の称号をゲットした大村家の嫁、由美は、愛する夫の苦肉の策で、見事と養女を貰いうけることに成功。

 「こんなことだろうと思って会社を早退してきたんだ!」

 得意満面、放尿テストの採点中に現れた夫、秀樹は、カセットウォークマンをリスニング中の失礼千万、生意気盛りの小娘を皆に紹介する。

 「優です。よろしくー」
 ぺこり。

 優。なんて八十年代チックな響き。
 生まれついてのみなし子エリートとして孤児院にいた優は、素敵な大村家に引き取られ、リッチでスィートなカントリーライフを満喫!マンガ喫茶。それはマン喫。
 そんな優にあてがわれたのは、大きな屋敷の奥まった暗い座敷。
 でも表面的には、少女マンガチックな内装が施され、かわいいカーテン、ベッドも置かれて、本質的な陰鬱さを巧妙に隠すよう一流のリフォーム技術が駆使されている。

 「まぁ、素敵!」

 はしゃぎまわる優を残し、暗い廊下へ出た義理の両親の会話。

 「あなた・・・あの部屋は・・・」

 「そうだ・・・。
 あの部屋を使っていた祖父、おば、そして最近では姉が異常な死を遂げている。
 原因は、いまだ解っていないんだ・・・。」


 「その不吉な部屋に、なぜ、あの娘を・・・?」

 「・・・いまは、まだ云えない・・・。」

 本編中、その理由が明確に語られることはなかった。
 動揺した放尿ハレンチ妻は、養女の居室に取って返すが、なにも知らない娘はハッピーな寝顔でクーカー寝息を立ててやがるのだった。

 「まゆみちゃん・・・」

 安堵の余り、思わず、娘の名前を呼び間違えてしまう妻。
 不意を狙ったこの古典的なボケには、読者全員、吉本新喜劇の如く大のめりにバタバタと倒れ込むしかなかった。


【解説】

 以上紹介した下りは、物語の導入部に過ぎず、このあと人間の脳に寄生する誰も見たことのない昆虫が登場し、ルチオ・フルチ『地獄の門』、クローネンバーグ『シーバース』を露骨に参照にしたと思しきスプラッター場面が連綿と続くのであるが、そちらは本書を手に入れて読んでちゃぶだい。古書価格、安いから。
 古賀先生は軽妙なストーリーテラーで、細かいことは気にしないタイプ。
 脳を寄生された娘に、義母が恐ろしい事実を告白する。

 「実話でもあるのよ・・・。
 愛媛県I市で やはり 脳を寄生虫に犯された青年が 凶悪な殺人鬼になった、という話がね・・・。」


 「ヒィーーーッ!!」

 愛媛県在住の方は、真相をぜひ教えてください。

  

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2011年5月11日 (水)

5/11ウンベル、虫喰い干しに興味深々

 Oni

 宇野誠一郎先生の逝去を追悼申し上げる。


 こんなふざけた表題の記事で、お恥ずかしい限りだが。
 だいたい、上記掲示のイラスト、誰だかわからないし。

 いや、しかし驚いたなぁ。
 ちょうど今朝がた、CDウォークマンを畳みながら歩いていたら、「きみは何を聴いとるのか、ホイ」と近所のバカに呼び止められたので、

 「宇野誠一郎作品集Ⅰです、ホイ」
 とバカ正直に返事をしたところ、

 「それはなにか、とクエスチョン!」
 としつこく聞くので、

 「あー、『ひょっこりひょうたん島』とかの作曲者です。あと、『ふしぎなメルモ』とか、『ねぇムーミン』とか、『ダイヤモンドダストが消えるまで』とか」

 「それ、ユーミン!」

 「あと、『一休さん』とか『ははうえさま』とか、あと『一休さん』とか」

 「一休さんばっかしじゃないか!どんだけ一休が好きなんだ」

 「(小声で)まずいですよ!だんだん、バカキャラ薄くなってますよ!」

 「しまった、ホイ」

 ・・・と愉快なひと騒動があったばかりであったのだ。(半分実話)

 語ってる傍から人が死ぬ。
 これは中学の頃、「ディックが好きです」と告白した途端に、ディックが死んだ驚愕体験とかぶるものがあるが、あの頃はネットなんかないから、情報の伝達も遅かった。
 死んだら、世界のどこでもすぐわかる。
 素敵な時代になったネ!

 まぁ、この文章の調子からもおわかりの通り、私と宇野先生との距離は士農工商以上の隔たりがあるので、たいした追悼の弁などないのだが。
 とうぶん宇野先生のCDを電池が消耗しきるまで愛聴させていただこうと思う。
 
 さようなら。いい曲をいっぱいありがとうございました。

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2011年5月 8日 (日)

ホルヘ・グロウ『悪魔の墓場』 ('74、スペイン+イタリア、日本ヘラルド)

(場面・浴室)


 「レッツゴー・悪魔!!悪魔の墓場!!
 ウィィーッ、キッキッキッ!!」


 「やめてくださいよ、頼みますから」
 ソープ嬢ツヅ子は、客の股間に大量のローションを垂らしながら懇願した。
 それにしても、おかしな客だ。
 店に入ってくる風体も異様だった。全身泥まみれで、これじゃまるで。

 「・・・掘り出した死体みたいだって言うのか?キキ、キッ!!」

 「あッ、・・・いえ」
 
 心を読まれたような戦慄を感じ、ツヅ子は素早く指を動かし始めた。
 仕事は、仕事だ。
 早く処理が終われば、この嫌な客ともおさらばだ。一定の賃金を貰っている以上、時間給程度の仕事はこなさなくてはならない。
 休憩までは間があるし、この客の相手が済んでも煙草一本吸うことしか出来ないだろう。

 それにしても、ひどい臭い。
 腐乱した魚を三日漬けて寝かせたみたいな。
 臓腑の裏側からこみ上げるような。髪の毛の一本にまで沁み入るような。

 既にシャワーのお湯は清潔なタイル面を洗い流し、人工香料の甘ったるい匂いもぷんぷんしているというのに、まるで効果がない。

 「・・・あの映画を観たか・・・?」

 唐突に男の押し殺した声がした。
 
 「え?」

 「あの映画を観たかと訊いてるんだ!」
 
 男の上腕がツヅ子の首に捲きついた。ムッとする饐えた悪臭が強く鼻腔をうった。

 「ヒッ!!」

 「あの映画はな・・・本当にあった話なんだよ。数年前、イギリスでな。超音波の除草機が出す電波が影響して、死人が生き返る。
 そんな嘘臭い話、誰も信じないだろ?そこが政府の奴らの目の付けどころなんだよ・・・。」


 男の太い指さきが延びて、乳房を鷲摑みにされた。
 この男。
 気違いに見えて、やることはしっかりやる気だ。

  日常慣れ親しんだ男の動作に、ツヅ子が気を緩めた瞬間、男の伸びた爪が万力のような力で皮膚に喰い込んできた。
 たちまち、表面に血が滲み出すのが分かる。

 「アギィッ、アギィッ!!」

 苦痛に床を蹴った足がつるりと滑る。
 男の片掌はすかさず、刹那の悲鳴を放った唇周辺を覆い隠す。
 崩れて抱きとめられた身体は、半ば宙吊りの格好となり、されるがままの状態だ。
 乱暴な掌に擦りたくられ、乳首は痛いほど硬く尖っている。

 それを見て男は、醜い乱杭歯を剥き出しにして笑った。

 「なァ、ネエちゃん。・・・悔しいか?悔しいだろ。
 こんな場所で、なんだか判らねェ泥まみれの半気違いに暴行されて、反撃のひとつも出来ないなんてのはよう。キキッ」

 
 噛み締めた口許を汗が伝って落ちた。
 全身がカッと異様な熱を帯びて、瘧のように震えている。

 「蘇った死者は、異様な怪力になっているんだよ。
 常人はかないやしねェ。クッ、クッ。
 拳銃もまったく効かないんだから、こりゃもう、逃げ出すしかねえや・・・」


 べりっ。
 ぐちゃっ。


 濡れた嫌な音が響き、女は自分の目を疑った。 
 乳房が片方毟り取られていた。
 激痛より先に、鮮血が断面からしぶいて床のタイルに飛び散った。
 男はまったく平気な顔で肉片をおのが口に運び、喰らった。くちゃくちゃ、とよく噛み締める。

 急速に薄れる意識のなかで、ツヅ子は場面にナレーションが被るのを聞いていた。

 「・・・ロメロの『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』のカラー版リメイクとして企画されたらしい本作ですが、ジノ・デ・ロッシの残虐効果の完成度は既に一級品!
 暗くて、せこくて、さっぱり救いの見えない物語もグー!
 紛うことなき本物の手応えを実感してください。
 ヘラルドが贈る、好評・悪魔シリーズ第三弾!『悪魔の墓場』!!『悪魔の墓場』!!」


 口の周りを血だらけにした男が、ぼそっと呟いた。


 「・・・死者の眠りを妨げるな。」

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2011年5月 7日 (土)

松田健次『テレビの笑いをすべて記憶にとどめたい』 ('08、白夜書房)

 ・・・月はいまでも明るいが。

 これはちょっと感動的な本だ。
 二十年以上使っていたテレビが壊れ、私がテレビを観るのを辞めた頃に出たこの本は、ひたすらお笑い番組のトーク・コントの断片を集積し文章で再現しようと試みることで出来上がっている。
 作者は放送作家であるからして、ト書き主体の台本的な叙述が延々と、そう、まさに驚嘆すべき分量でもって延々とうねうね続くのであるが、その場面を切り取り貼り付ける選択眼は間違いなく作者自身のものだ。
 前後の脈絡を補完する地の文のパートは、一種のお笑い評、作者の主張として機能している。
 
 よしんば複雑怪奇な版権問題をクリアして、本書のとおりに構成されたVが出たとして、果たして本書の副読本的な意味合いを越えられるか。
 他人の脳内で上演される映画を観せ続けられているような、なんだか不思議な事態になりはしないか。  
 それはつまり、「誰が笑っているのか?」という行為の主体性の問題である。
 単純に面白い場面を寄せ集める(エディットする)行為と、丹念に面白さのディテールを再現しようとする行為は本質的に異なっている。
 笑っているのは総ての文脈を繋ぐ作者の側なのだ。

 お笑いは、特にテレビの笑いは実に再現が難しい。
 ひとつには賞味期限の存在、そのときは死ぬほどおかしくても後日思い返すと何に笑わされていたのか解らなくなってくる場合がある。
 番組の流れや演者の力量でもなければ、極端に言えば時事性、そのときのネタのタイムリーさだけだったりする。
 例えば、かの「千の風になって」は死ぬほどおかしいコミックソングであるが、初めて遭遇したとき誰もが不可解な違和感を覚えつつ、それを的確に表現できない曖昧な状況にあった筈だ。
 この時点であの不自然性、欺瞞、大仰さを過剰に再現することは巨大な笑いの呼び水となった。
 誰が最初にやったのか、最早それを覚えている者などいないだろうが、それは疑いなく面白かったのだ。
 米良良一の「もののけ姫」や、今なら「トイレの神様」か(NHK紅白のキャスティングディレクターは笑いの本質を実に正確に把握している)、こうしたネタは常に流動し、定点で捉えることが難しい。
 賞味期限切れは頻繁に起こるし、過剰供給となる恐れもある。(矢沢や長渕の物真似を想起されたい。あややでもいいや。あややねェ・・・。)
 
 だからこの標本箱に捕らえられた珍しい昆虫たちは、もう生きてはいない。現行のお笑いとしては機能しない筈だ。誰もが次のネタ、次のネタと観たがる。
 だから、この本はある意味、歴史の教科書に似ている。
 かつてこういう時代もあったのだ、ということだ。

 だが、脈々と続くテレビの歴史を俯瞰してみたまえ。
 全ては“こういう時代”の繰り返しではなかったのか?
 今日もテレビの前に座り続ける呑気な観客の皆さん全員に申し上げたいのだが、歴史を嘲うことはおのれ自身を嘲うことだ。
 私は、すべてを“死語”で片付ける連中が死ぬほど嫌いだ。
 なぜなら、私も「テレビの笑いをすべて記憶にとどめたい」からだ。
 テレビなど、持っていないのに。

 地上波アナログ終了まで、あと二ヶ月弱だそうだ。

 われらはもはや彷徨うまい。
 月はいまでも明るいが。

 (小笠原豊樹訳、レイ・ブラッドベリ『火星年代記』)

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2011年5月 4日 (水)

マーヴィン・ルロイ『悪い種子』 ('56、ワーナー)

(※今回の記事には例によってさまざまな小説、映画のネタばらしが含まれている。
 若年層は特に注意されたい。30以上の大人は文句を云う権利などあらかじめ奪われているのでこれまた注意。)
 


 殺人をする子供の存在を知ったのは、(凡庸だが)クィーンの『Yの悲劇』だった。
 それが小学校の図書館で、それは確実に一種のスリラーであって、不快な気持になった理由はこれが悪の遺伝子殺人物というジャンルとの初遭遇だったからだろう。度重なる近親婚により強烈に呪われた血筋。狼男とは違った意味で。非常にまずい。
  たった今迄顧みることはなかったが、映像化に向きそうなこの原作が映画になったのをそういえば観た記憶がない。
 ( ※調べてみたら'78年8chでTVドラマ化しているようだ、あの石坂浩二がドルリー・レーンで!)
 聾唖者の探偵。劣悪遺伝子の生む殺人。
 危険な要素、満載!明らかにまずい。まして兵ちゃんだし。
 
 遺伝子操作に纏わる最大のタブーは、その発想の根幹が人をナチスと同じ立場に立たせるからだろうが(人が神と等しくなる!)、しかし現実に遺伝に優劣を定め、取捨選択を行なって改良を加えようとするとする科学は長きに渡り存在している。われわれは薔薇の品種から、家畜の肉の品質向上に到るまで様々な恩恵に与っているのだ。
 いまさら、知りませんでした、では子供の言い訳にもならないだろう。
 探偵はだから、神にも等しい所業を小説の最後に行なう。事の是非はともかくとして。物語には須らく結論がなくてはならないのだ。
 重要なのはその点だ。
 
 ---と・こ・ろで。

 簡単に関連レビューを検索して気づいたのだが、推理小説業界では犯人をばらすのはいまだに最大のタブーとして君臨しているらしい。
 どのレビューを読んでも、『Y』の犯人が子供だ、などとはあからさまには書いていない。
 『エジプト十字架の秘密』の犯人は小学校の校長であるが、これは伏せておいて差し支えない。あ、今しっかり書いてしまいましたが。
 いくら私がいい加減な人間でも、すべての校長には犯罪者の素質がある、などと超適当な理論をぶちあげる気は毛頭ないから安心して。(それでも多分に校長の性向については疑わしい懸念があるのだが。)
 残念ながら、犯人ばらしが最大の眼目である小説・映画を扱う場合、その犯人に言及しない限り完全なレビューは成立しない。すべての書評家の憂うべきところだろう。
 だが、『サイコ』の犯人がノーマン・ベイツだというのをいまさら伏せてどうするというのだ。
 
 今回の記事はいろんな意味で薄氷を踏んで歩いている。

 『Yの悲劇』の出版は1932年。
 
この作品のスタイルが先行するヴァン・ダイン『グリーン家殺人事件』('28)に多くを負っているのは間違いないが、「いちばん犯人であって欲しくない人物が実は下手人」という図式もしっかり剽窃しており、否、踏襲しており、あちらは若い美人だが、こちらは殺しても飽き足らないクソガキである。 
 われわれは犯人を予想するとき、無意識に特定の人物を除外しようとする。
 この法則を発見したのは実のところ、かのチェスタートン大先生であって、ブラウン神父物の短編「見えない男」の犯人は、単なる郵便配達員(もしくはその仮装をした男)である。
 日本にいるわれわれはピンと来にくいが、厳格な階級社会であるところの黄金時代の大英帝国においては、社会の末端で働く下級労働者など犯人に値しない、という無意識の差別があるわけだ。
 かの“ノックスの十戒”で、「召使・下男、または中国人を犯人にしてはならない」と記述されているのと同じことだ。まして日本人など。

 文学の歴史は、危険の歴史。
 諸君も欧米の犯人像から見えてくる偏見と差別の世界史に興味深甚だとは思うが、話を戻す。
   
 『悪の種子』は、八歳半の可愛い女の子がどうやらクラスメートを殺したらしい、というところからスタートする。
 これは非常にまずい。
 我が子の秘密を知ってしまった母親は当然ながら戦慄する。しかし、殺された生徒から奪ったメダルという歴然たる証拠がある。
 (この解り易さは、この映画の原作が、ブロードウェイの舞台劇であり、しかもご丁寧にオリジナルキャストを使った忠実な映像化である、というところから納得されるだろう。いかにも善男善女が湧きかえる。舞台映えしそう。)
 
 まぁ、そこからの展開は、実は『オーメン』とまったく同じ。
 犠牲者のボディカウントがどんどん増えていって、秘密を知った母親は最終的にある選択を迫られる。(そういや、これも人類史的な極限のタブーですね。) 
 『鬼畜』の緒方拳は経済問題を発端に決断に踏み切ったが、ここでの母親を支えるのは社会倫理による判断。宗教的動因というよりは、この子を生かしておいては世の中的に非常にまずいことになる。ってことでしょ。

 さて、老婆心もたいがいに、ここで一気にネタを割りますが、実はこの娘の祖母が連続殺人鬼なの。つまり、少女の母親はその娘、ね。
 本人はもらわれっ子で、完全に記憶をなくしているが、いろいろ事件が重なるうち、徐々に思い出していく。暗すぎる出生の秘密。呪われた血筋を。

 悪の血は、遺伝により受け継がれる。

 この考え方が危険思想でなくてなんであろうか。
 年端もいかない少女が殺人を犯す、その行為自体よりも遥かに恐ろしい。
 「悪人の子は、生まれついての悪人だ」と云っているのだ!

 もちろん、作中でも医者や犯罪の権威が登場し、「人間の犯罪傾向を決定するのは遺伝ではなく、育った環境だ」なんて常識的な発言をのたまいますが。
 これは周到な作者の用意したエクスキューズだ。
 実際、それも嘘じゃないし。
 ま、ヘンリー・ルーカスでもなんでもいいや、その辺のシリアル・キラーの複雑な事情を解きほぐした書物はご近所のブックストア(もしくはコンビニ)で多々お求め頂けるでありましょうから勝手に探求を深めてもらって差し支えない。
 犯罪に興味を持つのは、悪いことではない。犯罪に興味を持ちすぎるのも。危険だが。
 そうして公序良俗を踏まえた上で、あらためて「悪の血脈は存在する」と考えてみてごらんなさい。
 それから社会改良論者の意見をもっと聞いてみて。

 そんじょそこらのホラーより、よっぽどこわい結論が出ると思いませんか・・・?

 もちろん、そんな考え方には何の根拠もなくて、私の感じた戦慄は一種の譫妄症患者の戯言に過ぎなくて、現実は依然混沌とした底無しの泥沼状態なのであるが、幸いにして、すべての物語には結末がある。
 もちろん、この奇妙な物語にも。
 あぁ、よかった。
 でも。

 この結末が、たちの悪い冗談そのもの。
 完全に、ギャグ。
 それも笑えないタイプの。


 悪いことは云わない、ここだけ伏せるから上映時間・二時間十九分、つきあって下さい。

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2011年5月 1日 (日)

アレクサンドル・アジャ『ヒルズ・ハヴ・アイズ』 ('06、FOX SEARCHLIGHT)

 そんなに悪い映画じゃないけど、これ、全然ホラー映画ではない。

 いや、食人ファミリー物だっていうから、てっきり『悪魔のいけにえ』ミーツ『食人族』みたいな陰惨な映画を期待してたんだが。
 「アメリカの荒野に核実験で生まれた恐怖の奇形一族がいた・・・!」ね?筋立てだけ聞くと凄そうじゃないですか。ど淫乱パフォーマンスというかど変態奥さん最後の聖戦というか。でも、これ。

 ジョン・ブアマンの『脱出』じゃん。

 『脱出』は知ってるよね?
 都会者のおっさん達が南部の山奥にハンティングに行くと、同族婚で知能も容姿もグチャグチャになった凶悪な地元民の集団に襲われる映画。
 一番のショックシーンはでぶの人の良さそうなおやじが白ブタ呼ばわりでレイプされる、という場面なんですけど。
 まぁ、アクション映画だよね。レイプも含めてね。
 
 アジャは極めて健全な人らしくて、レイプされるのは普通に金髪のズベ公。
 奇形度合いも物語の進行の邪魔にならないレベル。メリックさんの超魔術。非常に80年代っぽい。ディック・スミス。
 奥さん殺されて怒るところは、『デス・ウィッシュ』。メガネのダメ男が猟銃片手に殺人バトルに挑むところは、永井豪的な快感。
 個人的にいいな、と思ったところはちゃんと犬も最後に連れて帰ったところ。
 わんちゃん、無事でよかった。
 

 

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