古賀新一『血みどろの蟲屋敷』 ('85、秋田ホラーコミックス)
【あらすじ】
山間部に家々の点在する俯瞰を背景に、、巻頭のナレーション。
「山奥の農村地帯には まれに古い伝統が 生きていると いわれる」
古賀先生の常連読者は、これだけで爆笑する筈だ。
まったく、先生の深みのない描写は素晴らしい。民俗学的知識がどうとか、伝説や民話の研究だのといったフィールドワーク的視点がバカバカしくなるような、センス一発、ワンアイディア。
要するに、物凄く嘘臭いのであるが、不思議と憎めない。
山奥の農村地帯の旧家。
入り嫁の由美は、世にも恐ろしい不妊女(ふにんおんな)である。
今でこそ子供を産まずに一生を終える嫁などさして珍しくないのだが、ひと昔前なら、なじられ謗られ裏山へ遺棄されるのが当然の扱いなのであった。
「子供が出来ない女の特徴は、猫背で血色が悪く、青白い顔よ!!」
作中、小姑が断言している。恐るべし、先祖伝来の風習。
かくして今日も今日とて意地の悪い姑、小姑に食事の文句で因縁つけられ、井戸の水ぶっかけられまくる哀れな嫁、由美。
たまりかねて、ずぶ濡れの姿のまま、村はずれの子授け地蔵を一心不乱に拝んでいると、ちょうど妊婦が通りかかる。
ありがたや、ハラボテ様、と駆け寄り縋りつき、なにやら呪文を唱え出す。
「ツユ ジツ ユジン センカ・・・ツユ ジツ ユジン センカ・・・」
なんてインチキ臭い呪文なんだ。
妊婦も読者もちょっと腰が引けてるところへ、追って来たメガネの小姑が登場。厳しく怒鳴りつける。
「おのれ!よくも名門、大村家の家名を汚してくれたね!
おいで!おしおきだよ!」
髪を掴んで地べたを引き摺られていく由美。ちいさくバイバイしている。
「アラ・・・」
呆然と見送る主婦。
「よっぽど深刻な悩みなんだね・・・」
・・・さて、日本SM界の常識に乗っ取って、正々堂々と勝ち抜くことを誓ったおしおきと云えば、縛り。
おしおきと云えば、まずは縛り。いいね、諸君。縛りファースト。
割烹着のまま庭の木に縛り付けられ、悲鳴をあげる由美。
「ふっふっふっ、おまえの正体を見極めてやる。」
陰湿、陰惨極まりない場面の筈なのに、古賀先生のドライな現代性はこの場面のテンションを奇妙な方向へ誘う。
「おねがい!許してぇっ!」
「ああっ!」
「なんてことよ!!」
「こんなひどいことってある?」
いきなりの疑問形。
読者の脳裏にくっきり小さなクエスチョンマークを刻みつつ、突如全天俄かに掻き曇り、彼方から遠雷石田えりの轟く気配が。
「おやおや、カミナリにおびえて、オシッコもらすかもね!」
メガネの小姑が意地悪くほくそ笑むと、邪悪な老婆は目を光らせ、
「いや。それ以上。
時もがまんの限界を越えている!」
「ああーっ!!うぅーっ!!」
遂にたまりかねて堤防決壊。和服の裾を濡らして、派手にジャージャー放尿を決める由美。
「見なさい!この女の正体を!」
地べたに滲んで拡がる尿の黒いしみ、届いた庭の草木がみるみる枯れていく!
「やっぱりね・・・。」
邪悪な笑いを浮かべた老婆が瞳をギラつかせながら得心する。
「昔から、不妊女の小便は草木をただちに枯れさせる、というからねぇ・・・。」
またしても奇想。
聞いたこともない伝承だが、本当にあるのか古賀先生?これが事実なら後継者問題にお悩みの過疎の村に思わぬ福音、あっちでジャージャー、こっちでジャージャー、愉快な嫁探し大会となる筈だが、そんな話はつと知られていない。
・・・って、この話、本当にホラーか?
かくして、立派に不妊女の称号をゲットした大村家の嫁、由美は、愛する夫の苦肉の策で、見事と養女を貰いうけることに成功。
「こんなことだろうと思って会社を早退してきたんだ!」
得意満面、放尿テストの採点中に現れた夫、秀樹は、カセットウォークマンをリスニング中の失礼千万、生意気盛りの小娘を皆に紹介する。
「優です。よろしくー」
ぺこり。
優。なんて八十年代チックな響き。
生まれついてのみなし子エリートとして孤児院にいた優は、素敵な大村家に引き取られ、リッチでスィートなカントリーライフを満喫!マンガ喫茶。それはマン喫。
そんな優にあてがわれたのは、大きな屋敷の奥まった暗い座敷。
でも表面的には、少女マンガチックな内装が施され、かわいいカーテン、ベッドも置かれて、本質的な陰鬱さを巧妙に隠すよう一流のリフォーム技術が駆使されている。
「まぁ、素敵!」
はしゃぎまわる優を残し、暗い廊下へ出た義理の両親の会話。
「あなた・・・あの部屋は・・・」
「そうだ・・・。
あの部屋を使っていた祖父、おば、そして最近では姉が異常な死を遂げている。
原因は、いまだ解っていないんだ・・・。」
「その不吉な部屋に、なぜ、あの娘を・・・?」
「・・・いまは、まだ云えない・・・。」
本編中、その理由が明確に語られることはなかった。
動揺した放尿ハレンチ妻は、養女の居室に取って返すが、なにも知らない娘はハッピーな寝顔でクーカー寝息を立ててやがるのだった。
「まゆみちゃん・・・」
安堵の余り、思わず、娘の名前を呼び間違えてしまう妻。
不意を狙ったこの古典的なボケには、読者全員、吉本新喜劇の如く大のめりにバタバタと倒れ込むしかなかった。
【解説】
以上紹介した下りは、物語の導入部に過ぎず、このあと人間の脳に寄生する誰も見たことのない昆虫が登場し、ルチオ・フルチ『地獄の門』、クローネンバーグ『シーバース』を露骨に参照にしたと思しきスプラッター場面が連綿と続くのであるが、そちらは本書を手に入れて読んでちゃぶだい。古書価格、安いから。
古賀先生は軽妙なストーリーテラーで、細かいことは気にしないタイプ。
脳を寄生された娘に、義母が恐ろしい事実を告白する。
「実話でもあるのよ・・・。
愛媛県I市で やはり 脳を寄生虫に犯された青年が 凶悪な殺人鬼になった、という話がね・・・。」
「ヒィーーーッ!!」
愛媛県在住の方は、真相をぜひ教えてください。
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