『北京原人の逆襲』 ('77、ショウブラザース)
無限に広がる大宇宙。
深甚たる広漠は、あまたの星達を飲み込んで果てしなく続いている。
この書き出しもひさびさなのだが、さすがは悠久の大宇宙、さして特別な変化などないのであった。
だが、しかし今------。
『目覚めよ、D!目覚めよ、D!
遂に時は来た・・・!!』
唐突に大音量で鳴り響く船内ラジオに、宇宙服姿の上からパジャマですっかり寝入っていたDは、ベッドから転がり落ちた。
「・・・ぬぁー?!」
『こちら、ヒューストン。江口寿史ぶりだな!!』
「植木等ぶりです。
・・・って、なんですかきみは?!」
寝不足らしいDは、ガリガリとヘルメットの頭を引っ掻いている。
『音信不通になって半年、その間に震災、メルトダウン、また震災と世間は様々な危機に見舞われているのだが、貴様は相も変わらず、ぐうたら朝寝か。ちっとも変わっとらんな!
少しは前非を悔いて反省したらどうだ?』
「Dより、ヒューストンへ。
おまえだけには言われたくないぞ!!
・・・で?
こんな朝早く、たたき起こして、いったい何の用だ?今日は日曜だから、かみさんと火星のSEIYUに行かなくちゃならないんだが・・・」
『緊急任務。
北京原人の空輸を頼みたい』
「はぁ------?!」
『ヒューストンより、Dへ。
いいか?
最近、記事がやたらと長くなってなかなか完成しなくてイラついてんだよ、コッチは!
まして、正統派のレビューじゃなくて、お前の出てくる軽いショートコントだろ?
読者の皆さんも何パーセントかの奇特な方々以外、あぁー、またいつもの楽屋落ちか、手抜きか、ってんでS・O・P・P・O、そっぽを向くんだよ!
だから、貴様もここは男らしく立場をわきまえて、常識的な反応を返すだけじゃなくって、“ラーメンの出前一丁、承りましたァー!”的な気軽さで、原人の空輸を引き受けては呉れまいか・・・?』
「・・・めちゃめちゃ手前勝手な理屈ですな。
オレは、きみに“神聖身勝手ちゃん”の称号を贈るぞ!!」
(ナレーション)
かくしてDの乗る宇宙船は、宇宙の南シナ海を北上し、宇宙の仏領インドシナを左手に見ながら海峡を越えて、アバディーン行き交う宇宙の香港へやって来た。
空港で、Dを出迎えたのは、肌もあらわな動物の毛皮を身に纏った金髪美女だった。
「ハーイ、あたし、アウェイです!」
「アムウェイ?」
「殺すぞ、てめえ」
急に柄が悪くなった。
「そうでなくとも、こちとら、このバカバカしい衣装で常時出ずっぱり、街灯にしがみつくやら香港のメインストリートを全力ダッシュするわ、女優生命を、いやいや、人間としての尊厳すら危ぶまれるような大熱演を繰り広げてるってのにさ!
出来た映画は、アレだもの!」
「今回の登場人物は、全員、やたら不満が溜まってるようだな。
あー、それで、アウェーさん、本拠地はどこです?」
「香港スタジアム。タクシーでご案内しますわ」
かくして、香港名物1円タクシーに今にもズレ落ちそうな毛皮ビキニの美女と同伴して乗り込んだDは、わざとらしくヒューストンから宇宙FAXで届いた作戦指示書を取り出し、読み始めた。
【D作戦指示書】
作成・ヒューストン最高司令部 代表コード●●●×◆□□□●
※「北京原人の逆襲」※
《悪名高い1976年版『キングコング』の、悪いところをさらにマッシュアップ!磨きをかけた!万事に鷹揚な、香港映画界が贈る、驚異のバッタ物超大作!》
・巻頭、インドの山奥で暴れる北京原人。着ぐるみ。インドにいるのに、北京とはこれいかに?
・そんな野暮は置いといて、巨大な亀裂が走り、引き裂かれる大地。火を噴く山、吹っ飛ぶ岩石。轟音、また轟音。
めちゃチャチな模型セットの村が全壊するのを、せわしないカット割りで。
特撮は、世界に冠たる日本人チームが担当しているので、この映画、往年のまったりした七十年代大特撮を堪能できます。
・村人の反撃、よりによって竹槍に投石器。時代考証、不明。
・北京原人、カットによっては酔って暴れる顔の白いおっさんに見える。ナイス。
・そんな原人を生け捕りにしようとたくらむ、香港の悪徳不動産屋が登場。
黒に銀ラメ入りの完全無欠のテキ屋スタイル。薄い茶色のサングラス、首からご丁寧に成田不動尊の御守りをブラ下げている。
「うーん、あの有名な探険家に仕事を頼んでみてはどうだ?」
「それはいい。奴は今、失恋して落ち込んでいる」
・カット変わると、ウィスキーグラス。
ビリヤード台に突っ伏して顔面を埋めている若き探険家、ダニー・リー。
なるほど、100%この上なく落ち込んでおります。
「おいおい、どうしたってんだよ、ヒーロー?」
「実は、ヒック、弟に、彼女、盗られました・・・ウェップ!」
・くだらない回想。
両手にいっぱいの花束をかかえ、彼女のマンションに入ってくるダニー。
すると思いっきり、ベッドでガブリ寄りで交接しているダニー弟と、彼女。
慌ててシーツを胸元にたくし上げて、大騒ぎ。
「うわっ!あっ、アニキ!」
「お前ら・・・エッ?エッ?なに・・・?」
「キャーッ!!ごめんなさい!!ごめんなさい!!」
床の絨毯に全開で花束を叩きつけるダニー。
実弟とはこれで名実共にマラ兄弟、底知れぬ失意を抱いて魔境へ旅立つ決心をするダニーであった。
・探検隊が到着すると、いきなり地元TVのインタビュー。
「果たして、世紀の謎・北京原人は発見されるでしょうか?」
「あぁー、されると思うよ」
軽いノリで前人未到のジャングルへと繰り出す探検隊。
現地人ポーターは、エキストラの人数が足りなかったのか、演出上の深遠なる意図からか、顔を靴墨で黒塗りにした、シャネルズ状態の中国のお友達の皆さんが演じておられます。
・探検隊の前途を阻む密林の脅威!
まずは軽ぁく、象の大群のスタンピード!
実景フィルムをスクリーンに投射して、その前で役者の皆さんが逃げ惑う。リア・プロジェクション(って云うんだっけ?)。
竹で組んだ村のセットを破壊しまくる象さんたち。かわいい。
・ライフルという概念のないアジアの探検隊。武器は全員、拳銃のみだ!
そして、攻撃法といえば、ただ、ひたすら乱射!乱射!乱射!
象の群れめがけ、ノンストップで撃ちまくる!
弾切れとか、装填とかいう概念はここにはない!
・象に踏まれたラッキーな男、象が足をどけると巨大な血の足型がついている!
そして、腹を(ポスターカラーの)鮮明すぎる赤に染めて、あっさり絶命!悲壮感ゼロメートル地帯!サイコー!
・追い詰められても、常に冷静沈着なふられ男のダニー・リー。拳銃三発で、あっさり象を一頭仕止める!
こんなちょろい象は初めて見た!
・間髪入れず、続いて、人喰い虎の襲撃!
しかも慌てて逃げる途中には、底無し沼が!コントか!でも、あっさり、三人もってかれる!
虎に足を食いちぎられ、真っ赤すぎる血糊の切断面をカメラに見せつけるおっさん!
ここは、本当に片足のない人をキャスティングしてます。
・次は断崖絶壁だ!ニ三人落下して死亡は当たり前!
大秘境に、尊い犠牲はつきものだ!
・しかし、こうも人命軽視の探検行じゃ敵わない、探検隊はダニーひとりを残して、全員撤収!
朝、目覚めてテントに誰もいなくなっているのに気づき、苦い笑いを浮かべるダニー。
(観ているわれわれも、苦笑い。)
・その頃、逃げた例の不動産屋のおやじは、地元のリゾートホテルでバカンスをエンジョイ中。
可愛い黒い肌のガールフレンドを横抱きにして、地元TVのインタビューに得意満面、答えていた。
「北京原人?
チミ、そんなものはデタラメだよ!」
・ひとり探検を再開したダニーは、あっさり原人と遭遇、生命の危険にさらされる。
そこへ救出に駆けつけたのは、異常に衣裳の面積がカットされている金髪の女ターザンだった!
(無理は承知で言うが、“アー、ア、アー”と雄叫びを上げて、蔦に掴まりジャングルを飛んで来る存在は、すべてターザンである。)
・もう、無理やりだが、北京原人は女ターザンの忠実なる僕(しもべ)だった!
両親の乗るセスナが大雨でジャングルに墜落したので、ひとり生き延びた彼女は猿と豹を友達にして今日まで生き延びてきたのだ!
・人跡未踏の地に育った女ターザンは、当然男を知らないので、男の味をたっぷり教えてあげる親切なダニー。
・豹の毛皮が敷いてあるゴージャスな洞窟で、さまざまな体位で絡み合うふたりを覗き込んで、歯噛みやっかみ、ジャングルを破壊する原人!
のち、猿の如くオナニーが止まらなくなり、困る。
・香港へ原人を運び、見世物にする酷い計画に、あっさり同意する女ターザン。
やはり、魔羅の力は絶大である。ほくそ笑むダニー。
・山を降り、地元の観光スポットへ出現する原人。たちまちパニックになるが、意外と聞き分けがよいので、評判に。
そこへてテキ屋スタイルの不動産屋が駆けつけ、何事もなかったかのようにダニーと握手。笑いあうふたりに、ビジネスに対する国民性の相違を確認した感じ。
・タンカーで香港へ運ばれる原人。でかすぎるので、甲板にそのまま座らせ、巨大なくさりで繋ぐというアバウト極まる輸送作戦。
大抵のことは目を瞑る女ターザンも、さすがにこれには厳重抗議した。
「これじゃ・・・腰が痛くなるわよ!」
腰か。
・航海中、嵐に遭遇。原人公開イベントに、香港スタジアムを押さえてある不動産屋は、台風を避けることを断固として拒否。
結果、暗礁に激突し、沈没寸前の危機となるが、コングが、もとい原人が船を押し出して救ける。
・香港間近、文明社会への同化を拒む女ターザンに、なんとか衣裳を着せようとダニー大奮闘。
しかし、持ってきた衣裳がボンデージ風味たっぷりの黒い皮のホットパンツだった為、下心がバレて、彼女に愛想を尽かされてしまう。
・香港、到着。と同時に、女ターザンが逃亡。後を追い、リムジンを飛ばす不動産屋。
ダニーは宣伝に弟のTV局へ行き、元カノと再会。
即座にズッポリはめて、見事復縁。
・その頃、女ターザンはTバック丸出しで街灯によじ登り、通りかかった警官に注意されていた・・・。
以上
「エ・・・?!これで終わり?」
宇宙飛行士Dは、ヒューストンからの指示書をもう一度ペラペラ捲ってみたが、それ以上の情報の記載は、どこにもなかった。
「このあと、原人が暴れ出し、香港の街を破壊するスペクタクルがあるのですが、そこは割りと正統派の特撮活劇なのです。さすが、円谷英二の愛弟子、って感じです」
金髪の女ターザンは婉然と笑って云った。
「香港といえば当時は英国領、どう考えても無茶な作戦を堂々と指示するイギリス軍の将軍とか、細かいところは面白いのですが、大雑把な無茶さ加減はやはり前半部に尽きますわ!」
「なにより素晴らしいのは、イギリス軍も含め、チョイ役のインド人、女ターザンまでが全員、アフレコで関東(カントン)語を喋る、ってとこだな!
それが、この映画のグルーヴに拍車をかけているよ!」
「本家キングコングとの最大の違いは、人命軽視は当たり前の、原人の凶悪さですわね。
つまり・・・」
・・・突如、上空から落ちてきた巨大な足が、何の躊躇いもなく、走行するタクシーごとDと女ターザンを押し潰し、悠然と立ち去っていった。
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