諸星大二郎『西遊妖猿伝・西域篇③』 ('11、講談社)
その崩れかかった廃屋寸前の店は、路地の突き当たりにあった。
分不相応な扁額が掲げられいる。
「運 減 堂 書 店」
軒のガラス戸を叩きながら、怒鳴っている青年がいる。
「ちょっとー!マスター、開けてくださいよー!」
古本好きの好青年、スズキくんだ。
この上なく真剣な表情で、ノックを繰り返している。
「最新刊出たらしいじゃないですかー!
なんでボクに読ませてくれないんですかー!」
店の奥からは、くぐもった不機嫌な声が響いた。
「・・・うるせー!!!
お前には、絶対読ませてやらねーーー!!」
「そ、そんな殺生な!」
ガラッ、と引き戸が開いた。
顔を突き出した、お馴染み古本屋のおやじ、泣いている。
「だいたい、なんだお前は・・・!?
俺が1984年からコツコツ単行本を買って読んできた『西遊妖猿伝』を、あっという間に読破しちまいやがって!
そういう不届きな奴は、続きが読みたくて、読みたくて、読みたくて飢え死にしちまえばいいんだ!」
「そんなバカな!
いいじゃないですか、たかがマンガですよ!
正気になってくださいよ!」
「うるさい。
沙悟浄が出て来るまで、何年かかったと思ってるんだ?
それも貴様、諸星先生の仕掛けた伏線を読み取りやがって、『あいつが絶対そうだと思ってました!』だと?
ふざけんな!」
「悔しかったんですね。
古本屋のおやじとはいえ、人の子だったってことですか・・・」
「なんだと思ってんだ、このヤロー!」
手にした錫杖で、いきなり打ちかかってきた。
「この如意棒で成敗してくれる!」
「うわッ!!」
からくも、スズキくん、持っていた鉄扇の柄でかろうじて受けて、ひらり身を翻し五尺ほど離れた位置に着地した。
そこをすかさず、おやじの鋭い突きが走る。
今度はかわし切れないと見たスズキくんは、臍下丹田に力を籠め、裂帛の気合いで叫んだ。
「忍法・肉鎧(にくよろい)!!」
血液が凝固し、たちまち青銅の硬さを帯びた下腹部に、叩き込まれた錫杖の先端がいとも簡単に砕け跳ぶ。
「あーーーっ、あーーーっ」
バカみたいに、おやじが叫んだ。
「それ、完全に風太郎先生のパク・・・!!」
蛇の如く伸びたスズキくんの二の腕が、おやじの首にスルスルと捲き付き、次の言葉を封じた。
「シッ。
オマージュといってください。オマージュと!」
「み・・・水の、オマージュ・・・」
断末魔のおやじは下らぬ戯言をほざいた。
荒い息を吐きながら、
「貴様などに・・・密書はやらぬ・・・」
近所の人たちがドヤドヤ集まってきた。
「おい、バカがいるぞ!バカが」
からくも鋼鉄の腕から身を振りほどいたおやじ、腰の二本太刀を引き抜いた。
ギラリと眩しい白刃が妖しい光芒を描く。
「わしの尾張柳生で修行した二刀流、破れるもんなら破ってみんしゃい!」
迎え撃つスズキくん、涼しい顔で、
「どういうキャラなのか、さっぱりわかりません」
そう言いながら、こちらも腰の得物を引き抜く。
切っ先を水平に構え、すぅーっと流れるように引き動かした。
「水月の構え・・・」
バチッ、と大きなウィンクをする。
「でヤンスよ!」
瞬間、二羽の鳥が飛び立ったかのようであった。
地を離れ、空中に浮かび上がった両名の身体は縺れるように絡み合い、次にはもう分かれて、それぞれに着地した。
ゴロリ、地べたに転がり落ちたものがある。
「・・・!!」
突然の血腥い決闘に息を呑んだ群衆が見たのは、切っ先を握り締めた人間の片腕だった。
断面から鮮血がしぶいている。
「・・・片腕はくれてやった、でガスよ・・・」
傷を押さえながら、スズキくんが言った。
その食いしばった口許に、おやじの生首を咥えている。
「ダイナミック精神に乗っ取り、見事戦いには勝利したでヤンスが・・・」
さすがに蝋のように顔色が蒼ざめていた。
「どうやら、拙者の生命も残り少ない。
この上は、早く、一刻も早く、妖猿伝の三巻を・・・」
胴体だけとなり、倒れ伏しているおやじの懐中をまさぐる。
取り出したのは、一冊のソフトカバー。
「これ、これ。
・・・ん?
・・・アレレ・・・?」
「カッ、カッ、カッカッ、カッ・・・!!!」
おやじの生首が、カッと目を剥き出して哄笑した。
「痴れ者めが!その本をよく見るがいい!
カバーこそ、『西遊妖猿伝・西域篇第三巻』だが、中味は小島功の『性遊記』なり!!」
「うわーーーッ!!
つ、つまんねーーー!!」
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