« 古城武司『死神少女』 ('81、リップウ書房レモンコミックス) | トップページ | ショーン・タン『アライバル』 ('06、河出書房新社) »

2011年5月31日 (火)

諸星大二郎『西遊妖猿伝・西域篇③』 ('11、講談社)

 その崩れかかった廃屋寸前の店は、路地の突き当たりにあった。
 分不相応な扁額が掲げられいる。

  「運 減 堂 書 店」

 軒のガラス戸を叩きながら、怒鳴っている青年がいる。

 「ちょっとー!マスター、開けてくださいよー!」

 古本好きの好青年、スズキくんだ。
 この上なく真剣な表情で、ノックを繰り返している。

 「最新刊出たらしいじゃないですかー!
 なんでボクに読ませてくれないんですかー!」

 店の奥からは、くぐもった不機嫌な声が響いた。

 「・・・うるせー!!!
 お前には、絶対読ませてやらねーーー!!」


 「そ、そんな殺生な!」

 ガラッ、と引き戸が開いた。
 顔を突き出した、お馴染み古本屋のおやじ、泣いている。

 「だいたい、なんだお前は・・・!?
 俺が1984年からコツコツ単行本を買って読んできた『西遊妖猿伝』を、あっという間に読破しちまいやがって!
 そういう不届きな奴は、続きが読みたくて、読みたくて、読みたくて飢え死にしちまえばいいんだ!」

 「そんなバカな!
 いいじゃないですか、たかがマンガですよ!
 正気になってくださいよ!」

 「うるさい。
 沙悟浄が出て来るまで、何年かかったと思ってるんだ?
 それも貴様、諸星先生の仕掛けた伏線を読み取りやがって、『あいつが絶対そうだと思ってました!』だと?
 ふざけんな!」

 「悔しかったんですね。
 古本屋のおやじとはいえ、人の子だったってことですか・・・」

 「なんだと思ってんだ、このヤロー!」

 手にした錫杖で、いきなり打ちかかってきた。
 「この如意棒で成敗してくれる!」

 「うわッ!!」

 からくも、スズキくん、持っていた鉄扇の柄でかろうじて受けて、ひらり身を翻し五尺ほど離れた位置に着地した。
 そこをすかさず、おやじの鋭い突きが走る。
 今度はかわし切れないと見たスズキくんは、臍下丹田に力を籠め、裂帛の気合いで叫んだ。

 「忍法・肉鎧(にくよろい)!!」

 血液が凝固し、たちまち青銅の硬さを帯びた下腹部に、叩き込まれた錫杖の先端がいとも簡単に砕け跳ぶ。

 「あーーーっ、あーーーっ」
 バカみたいに、おやじが叫んだ。
 「それ、完全に風太郎先生のパク・・・!!」

 蛇の如く伸びたスズキくんの二の腕が、おやじの首にスルスルと捲き付き、次の言葉を封じた。

 「シッ。
 オマージュといってください。オマージュと!」


 「み・・・水の、オマージュ・・・」
 断末魔のおやじは下らぬ戯言をほざいた。
 荒い息を吐きながら、

 「貴様などに・・・密書はやらぬ・・・」

 近所の人たちがドヤドヤ集まってきた。
 「おい、バカがいるぞ!バカが」

 からくも鋼鉄の腕から身を振りほどいたおやじ、腰の二本太刀を引き抜いた。
 ギラリと眩しい白刃が妖しい光芒を描く。
 「わしの尾張柳生で修行した二刀流、破れるもんなら破ってみんしゃい!」

 迎え撃つスズキくん、涼しい顔で、

 「どういうキャラなのか、さっぱりわかりません」

 そう言いながら、こちらも腰の得物を引き抜く。
 切っ先を水平に構え、すぅーっと流れるように引き動かした。

 「水月の構え・・・」

 バチッ、と大きなウィンクをする。

 「でヤンスよ!」
 
 瞬間、二羽の鳥が飛び立ったかのようであった。
 地を離れ、空中に浮かび上がった両名の身体は縺れるように絡み合い、次にはもう分かれて、それぞれに着地した。
 ゴロリ、地べたに転がり落ちたものがある。

 「・・・!!」

 突然の血腥い決闘に息を呑んだ群衆が見たのは、切っ先を握り締めた人間の片腕だった。
 断面から鮮血がしぶいている。

 「・・・片腕はくれてやった、でガスよ・・・」

 傷を押さえながら、スズキくんが言った。
 その食いしばった口許に、おやじの生首を咥えている。
 
 「ダイナミック精神に乗っ取り、見事戦いには勝利したでヤンスが・・・」
 さすがに蝋のように顔色が蒼ざめていた。
 「どうやら、拙者の生命も残り少ない。
 この上は、早く、一刻も早く、妖猿伝の三巻を・・・」

 胴体だけとなり、倒れ伏しているおやじの懐中をまさぐる。
 取り出したのは、一冊のソフトカバー。

 「これ、これ。

 ・・・ん?
 ・・・アレレ・・・?」

 「カッ、カッ、カッカッ、カッ・・・!!!」

 おやじの生首が、カッと目を剥き出して哄笑した。
 
 「痴れ者めが!その本をよく見るがいい!
 カバーこそ、『西遊妖猿伝・西域篇第三巻』だが、中味は小島功の『性遊記』なり!!」

 「うわーーーッ!!

 つ、つまんねーーー!!」

|

« 古城武司『死神少女』 ('81、リップウ書房レモンコミックス) | トップページ | ショーン・タン『アライバル』 ('06、河出書房新社) »

マンガ!マンガ!!マンガ!!!2」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 諸星大二郎『西遊妖猿伝・西域篇③』 ('11、講談社):

« 古城武司『死神少女』 ('81、リップウ書房レモンコミックス) | トップページ | ショーン・タン『アライバル』 ('06、河出書房新社) »