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2011年4月

2011年4月29日 (金)

聖日出夫『一発野郎No.4魔獣の牙』 ('68、東京トップ社)

 繁華街。駅裏の高架下に新聞スタンド。
 MIBと紛う黒いスーツ姿の男は、代金を払うのも忘れて紙面に見入る。売り子のおやじに咎められると、千円札を出しお釣りも貰わず歩き出す。呆れる売り子。
 尋ね人広告におのれの顔が掲載されているのだ。
 「R.P.・・・」
 「R.P.・・・」
 そんな文字は読者に読むことはできないが、作者は気にしていない。
 「ロヂャーポール博士・・・」

 「ロヂャーポール博士だ・・・!!」

 そんな人物はこの先も出て来ない。登場するのは何とも気の抜けたポーム博士という名の科学者である。
 どうやら、この時点では登場人物の名前をはっきり決めていなかったらしい。

 銀座。ビルの大時計の見えるところで待ち合わせ。
 相手はイリヤ・クリヤキンと岡っ引きをハイブリッドにしたような若者、タツ。黒いスーツの男を「兄ィ」と呼ぶ。つまり、典型的な子分だ。
 前方にマッシュした髪が盛り上がり、後頭部が禿げている。(P.7参照)
 青いジャケットに白いズボンで、ストライプのシャツ。アメリカの大学生みたいな感じ。(禿げてはいるのだが。)
 32分遅刻してドタドタとやって来たタツが、弁解する。

 「いやー、兄ィ、こいつがいけないんでさァー!!」

 笑いながら右手に嵌めている腕時計をバシバシ叩く。お茶目というより、気違いだ。
 兄ィがノーリアクションで車に向かうのも、子分の頭脳の構造を憐れんでいるからだろう。

 都心から田舎へ向かう、男ふたりのドライブ。
 新聞の尋ね人広告に応じ、会いに行くところらしい。
 かっこいい国産車。トヨタクラウン。道すがら、タツが親切に読者へ向けて黒服の男の素性を説明してくれる。

 「今でこそ兄ィは、シナリオライターとかってのんびりした職業で身を立ててますけど、その昔はれっきとした殺し屋ですもんね・・・!」

 元殺し屋のシナリオライター。
 素晴らしい。見かけたらぜひ飲み屋で一緒に飲んでみたい。いずれの職業もカタギではない組み合わせが非常に興味深い。

 「しかし、こりゃ警(サツ)のわなかも知れませんぜ」
 「バカ、警(サツ)が新聞広告なんか出すもんか」
 「そういや、指名手配ってありましたね」

 完璧にバカ同士の会話。
 ちなみに「警」と書いて「サツ」と読ませることは出来ないので、漢字に弱い中高生諸君は注意するように。 

 「それじゃ、昔の知人とかに心当たりがあるんですかい?」
 「ポーム博士」
 即答か。

 「新しいものを創り出すことが生きがいの、発明気違いの科学者だ。数年前、俺の住んでいたところの屋根裏部屋に寝起きしていたんだ・・・」
 黙って聞いているタツ。
 兄ィは運転しながら続ける。
 「二三の発明品を商社に売ったあと、行方をくらましてしまった・・・」
 「といいますと、いまはやりのじょうはつ、というやつで?」

 「わからない」

 「その発明品というのは・・・」
 「核ミサイルの制御装置。それに・・・ニキビ取りの妙薬」
 「ニキビ・・・ですか?!」
 「とにかく毛色の変わった人だった」

 確かに一筋縄ではいかない相手のようだ。タツは唇を噛み締め、問いを発した。
 「なぜ、その人が兄ィを・・・」
 「わからない。しかし、ひとつ気になることがある」
 「といいますと・・・」
 「俺たちはさっきから尾けられているようだ。バックミラーを見ろ」

 高速道路を全開で驀進してくる黒いセドリック。

 「はァ、もう3キロも尾けられっぱなしですもんね」
 意外と有能な回答をするタツ。
 「下道に降りて決着をつける。シートベルトを締めろ」
 「そんなのまだ、運転席にも設置されてないですよ。道路運送車輌法で設置が義務付けられたのは1969年ですぜ」
 「じゃ、俺たち、確実に死ぬな。行くぞ」

 アクセルを踏み込み、下りのランプウェイへ進入する白いクラウン。いつの間に宵闇が忍び寄り、ヘッドライトが点灯されている。 

 

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2011年4月28日 (木)

大内清子『悪魔のおとし子』 ('84、ひばり書房)【後編】

(承前) 

 「避難所」と看板に手書きで貼られた喫茶店は、かなり混雑している。

 怪奇探偵スズキくんは、奢りだと聞いて注文した追加のレモンスカッシュをごくごく飲み干しながら、手の中の一枚の紙片を弄りまわしていた。

 「うーーーん・・・お高いですよ、コレは。相当お高いです・・・」
 
 宙を仰ぎ、溜息を吐く。そこへ、

 「都内に生活する大学生の一日当たりの生活費は、平均1,037円!」

 古本屋のおやじは、席に滑り込むなり云った。
 走り去ろうとするウェイトレスを強引に捉まえてエッグマフィンをオーダーしてきたのだ。

 「おまえは、なにを悩んでいる?サイババ死去の報道か?なぜ、国葬?そういう謎かけか?」

 「違いますよ。
 そろそろ、我が国固有の習慣であるところの某連休に突入するじゃないですか。」

 「あぁ、ゴールデンウィーク。」

 「ちっとも、ゴールデンじゃない!ボクたち、派遣労働者は日給制なんですよ。休めば休むほどお金が貰えなくなるんですよ!アラ、不思議!」

 「お前、派遣だったのか。」
 
 「最近始めたんです。怪奇だけじゃ喰えないもので。」

 「わしゃフリーだもんね。」
 おやじは胸を張った。
 「喰えなきゃ、喰えないほど体重が減る!アラ、不思議!」

 「ちっとも不思議じゃない。・・・それにしても、よく解らないな。あんた、どうやって喰ってってるんだ?本業の古本屋が繁盛してるようにはとても見えないし・・・」

 「そんな話はいい。
 それよか、今回の大内清子の記事を書いていて、重要なことに気づいたんだ。」

 「なんですか?」

 「俺に“妹萌え”という感情はまったくない。理解できない。そんな奴がこんな記事を書く資格があるんだろうか?」 

 呆れたスズキくんが叫んだ。

 「あんた、本物のバカですか・・・?

 しっかりしてください!
 今更何を言い出すんですか?!
 そんな変態の初歩の初歩を理解しなくて、この先“姉萌え”“兄萌え”“弟萌え”“母萌え”“おやじ萌え”・・・と続く近親相姦の家族ゲームを攻略できると思ってるんですか?

 妹、ですよ!い・も・う・と!!
 幼いんですよ!
 はなっから性交できないんですよ!永遠の異性交遊禁止ゾーンの住人なんですよ!
 だからこそ、逆に萌えるんじゃないですか!! 
 ブオォーーーッと!!!」


 「おぉ!ブオォーーーッと、か!!」

 「そりゃもう、バーニングですよ!バーニング・プロ!!さらにメランコリック・ジェラシーですよ!!」

 「バ、バーニング・・・!!
   しかも、ジェラシーまで・・・!!」


 「しまいにゃスパークリング・・・!!!
 
どうです、わかりましたね!!」

 おやじは泡を吹いて床に倒れ、失神していた。


【あらすじの続き】

 その夜、ふと目覚めて窓から表を眺めると、頭を包帯でぐるぐる巻きにした奈々尾純子の生き霊が隣の家に入っていくところだった。

 「あ・・・そういえば、隣は死んだアヤちゃんの家だった・・・!」

 舌を出しお茶目な顔を見せる良。茶目っ気にも程がある。

 寝たふりしながら、それを窺う妹・神(しん)は、純子との宿命的な対決を不可避のものと感じ、悟空の物真似(オラより凄ェやつ・・・ワクワクすんなァー!!)などと呟いていたが、そのうち飽きて寝てしまった。
 
 翌日。晴天。

(つづく)

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2011年4月25日 (月)

モンティ・パイソン『ライフ・オブ・ブライアン』 ('79、ハンドメイド・フィルムス)

 「ん・・・?!なんだ、お前は?
 
 いまどき、モンティ・パイソンのフィルムなんか観て何か解るつもりかい?」

 「例えばキューブリックの『ロリータ』でピーター・セラーズがダンスしている場面を思い出して欲しい。あれは凄く可笑しくてさすがだと思うのだが、同時に売れっ子TV作家クィア・クゥイルティーというキャラクターを表現している演技でもある訳だ。」

 「ふふん、それで?」
 
 「コメディアンと俳優は違う。脚本と演じている本人との距離関係が、モンティ・パイソンの場合、映画的なんじゃないかといつも思う。」

 「ケッ、偉そうに。
 小学生の女の子のパンツでも盗ってろ!」


 「あぁ、そうそう、テリー・ギリアムのオープニングアニメは冴えまくり。彼はここから『タイムバンディッツ』までがピークだと思うね。
  俺は『未来世紀ブラジル』が大嫌いなんだ。
 あと、『ブレードランナー』が好きな奴は、全員敵だね。」

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2011年4月20日 (水)

クリス・ボイス『キャッチ・ワールド』 ('75、ハヤカワSF文庫)

 クリス・ポイスの!『キャッチ・ワールド』!

 完璧だ。素晴らしい。
 どこがいいのかと云えば、この小説、まともな場面がひとつもない。そこが私の高評価のポイントだ。
 キングみたいな、日常性をリアルに描いて恐怖を醸しだすような作家はくそくらえ。
 (ついでに言っとくが、キングを手本にするような作家は全員碌なものではない。)
 もっとも『キャッチ・ワールド』は恒星間航行をテーマにした宇宙小説の構造を持っているので、われわれの見慣れた日常のガジェット類は殆ど登場して来ない。
 この見慣れなさ。異様さ。不自然。
 これぞ、SFといういじけた、みみっちいジャンル特有の産物だ。


 序盤は地球上で展開する、ちょっとした暗闘劇。
 しかし、よりにもよってこれが近未来の日本が舞台だ。
 法華経集団に支配される超宗教国家。
なんだそりゃ。
 僧侶もいれば、神主もいる。鳥居も切腹もあるぞ。「色眼鏡のラプソディー」どころの騒ぎではない。真面目な人が読んだら、国辱ものの描写が連発する。日本に住んでる日本人には到底理解不能。
 でも、めちゃめちゃ面白い。
 
 物語の基本構造はごくごくシンプルで、『宇宙戦艦ヤマト』みたいなもんだ。
 2055年、地球外からの絨毯爆撃により世界各地の主要都市は壊滅、人類は存亡の危機に陥る。一部精鋭のカミカゼアタックにより、辛うじて敵を撃破したものの、相手はなんらかの信号をアルタイル星系へ向け送信し、息絶えた。
 数年後に増援が来るのは必至、生き残った者たちは全力を挙げて報復宇宙艦隊を建造して先手を打つ作戦に出た。

 さて、間に合うか・・・?

 ・・・という、波乱万丈スペースオペラ風のあらすじは実はどうでもよく、この小説の真価はあまりに酷い人間性(ヒューマニティ)の取り扱い方にある。

 先にネタを割ってしまうが、六隻の報復宇宙戦艦はそれぞれ、<機械知性>と呼ばれる高度にプログラムされた人工知能を搭載しており、彼らこそが報復の真の立役者である。
 人間搭乗員はそれに付随する予備機能に過ぎない。
 しかも、乗組員を決めるにあたって、精神障害を誘発するとある因子が重要なファクターとなっているので、人間搭乗員は全員、キチガイ予備軍揃い。外在的に操作された薬物投与や条件付けがなければ、みんな白痴だっただろう。
 艦長からして、アルタイル討伐の念に憑かれた完璧な偏執狂で、遠征の最高責任者・地球執政官の演説を開始直後パチリと切ってしまうあたり、もう最高。とても他人とは思えない。

 そんな品位最低の連中だからして、宇宙船の操縦や進路決定の権限など与えられている筈もなく、ならば機械側が完璧かといえば、SFの常として人工知能ほど発狂しやすい存在はないのだからして、初っ端なの宇宙艦隊大集合の場面から、いきなり味方にレーザーを乱射などの珍騒動が頻発し、貴重な宇宙艦がどんどん失われていく。

 そして生き残った連中の間では権力闘争、騙しあいが続き、人命はどんどん粗末にされ、英雄的行動と史上最大の愚行との境目が完全になくなってしまう。
 もはや地球に生還できる望みなどゼロに等しいことがようやく全員に認識された頃、敵の先発隊と遭遇、完璧とされていた<機械知性>がバカ揃いだったことが実証され、無謀な人間力を発揮できた二隻がからくも生き延びる。
 やがて明らかになる、恐るべき遠征計画の真相。
 人間乗組員は全員肉体を切除。神経系だけを保存し、<機械知性>の一部として吸収・統合されてしまう。
 早い話、人間を誰一人生かして帰すつもりなどなかったのだ、最初から。地獄へまっしぐらの片道行。

 そしてこの小説の偉いところは、その程度の安易な結論で終わる筈もなく、宇宙空間での悪魔祓い儀式、『2001年宇宙の旅』よりも『2010年』に近い異星生命体との遭遇、黒魔術による時空操作と変身へと、意表を突いて矢継ぎ早に次々と展開していく。
 
 そして、最終局面。
 未知の惑星に全裸で出現したブッシュマン
が驚異の動植物群をかき分けて、単身敵の本拠を叩きに行くノリノリの描写には、思わず頁を捲る手が止まらないこと請け合い。
 
 ベイリーなんて、悪意において甘いですよ。
 
 さぁ、読んで。読んで。

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2011年4月16日 (土)

大内清子『悪魔のおとし子』 ('84、ひばり書房)【前編】

 その喫茶店は、看板の上にテープで一枚の紙が貼られていた。

  「避難所」

 店内は混雑している。 

 「・・・ボク、こういう“博士と助手”パターンって大好きなんですよ。
 システムの勉強してたときも、そういう参考書ばかり読んでましたし。」

 怪奇探偵スズキくんは、コーヒーカップを取り上げて言う。

 「すると、わしが博士か。グシ、シシ、シ。」

 古本屋のおやじは薄気味悪い笑い方をした。
 「実は憧れていたんじゃ、博士。
まったくいい響きだよなぁー、おいコラ、これからは日常生活でもわしを博士と呼べ。」

 「オバQみたいですね。」

 スズキくんはラムレーズンクッキーに手を伸ばした。
 「そういや、あと、葉加瀬太郎っていましたね。なんですっけ、職業ヴァイオリニスト?」

 「あいつは、ハカセ界の面汚しじゃ。なぜ、白衣に虫眼鏡を持たんのだ。ペッペッ」
 唾を吐いた。
 ドン・ジョンソンみたいな店員がギロリと睨んだ。

 慌てて首を竦めたおやじは、誤魔化すためか、カフェオレに角砂糖をドバドバ放り込んだ。
 さらに険しい顔つきになる店員。

 「・・・ま、ま、兎も角」
 おやじは慌てて話題を変える。
 「今回は難物じゃぞ。読むと確実に気がふれる。絶対正気の人間では考えつかない、不自然極まるストーリー。」

 「なんか、毎回そんなのばっかりですが・・・。」

 「しかも、画力まで心底腐っておる。本気で地獄だ。プレ少女マンガのアヴァンギャルドな構図。妙に執拗に髪の毛だけ細かく描いてある、不安定過ぎる人体デッサン。
 常人の理解を軽く凌駕する大石清子先生の傑作『悪魔のおとし子』、別名『幽霊クラスメート』。
 この本はタイトルが違うだけで同じ内容だからな!間違えて二冊買っちまえ!!」

 「嫌ですよ。この本、ボク読みましたが、つまらなかったですよ。蔵書にいらないです。」

 「そんなことだから、お前はいつまでたっても公園暮らしから抜け出せないんだ。
 
どれ、この作品の読みどころ、博士こと吾輩が解説してやろうかい。グシ、シシ、シ。」


【あらすじ】

  (俺の妹がそんなに可愛い訳がない・・・。)

 物語は、主人公・日高良のそんな独白から始まる。
 試験前。眠れないまま、深夜二時。
 ふと、気づくと枕元に妹・神(しん)がパジャマで立っている。空中を見つめ、あらぬ様子の妹に、「おい、どうした?」と声をかけると、

 「フフゥーーーッフゥー。かみ殺してやる!!」

 襲ってきた。
 このとき、妹の頭上にはオオカミのような犬のような、微妙な動物霊の顎から上がオーバーラップして描き込まれている。(憑依したということか?)
 慌てて応戦する良。どったん、ばったん。

 騒ぎを聞きつけた両親が子供部屋に駆けつけると、寝巻きの幼女を押さえ込んでいる中学生のおませさんがそこにいたのだった。
 「おまえも年頃なんだなぁー。わかるゾ、お前の気持。ヒヒヒヒ」
 父親は妙な理解を示すが、母は冷たかった。
 良はこっぴどく叱られ、当分妹に近づくな、と無茶な警告処分を受けるのであった。

 翌日。
 「お兄ちゃんがへんなことするから寝坊しちゃった」妹は、小学校に行こうと迎えに来た隣のあつしにまであらぬ痴漢行為をチクるもので、良は小学生からも「この変態!」とマジギレでどつかれる。
 お陰で試験結果はさんざん、追試は確定。
 そこへすかさず先生が、「まぁ、試験のことはそのくらいにして・・・」と聖職にあるまじき暴言を吐きながら、転校生の紹介を始める。 
 (※この物語の登場人物の言動は、万事に渡ってねじくれている。)

 「うわ〜、きれいな子だー!」

 スカート丈より遥かに長い、校則ぶっちぎり無視の、長い髪をした神秘的な美少女。奈々尾純子。おお、純子。
 話の混乱を防ぐため、先に諸君に断っておくが、こいつが幽霊クラスメートだ。よろしくね

 「席はどこがいいかなァー?」
 そんなことも決められない、ダメすぎる教師。縦縞のストライプの背広なんか着こなしてやがるからか。
 「はァーい!良くんの隣がいいと思います!」
 「では、そうするか。」

 「エエーッ!こ、ここは、アヤちゃんの席です!先生だってわかっている筈です、アヤちゃんの死を・・・」

 唐突にとんでもないことを口走る良。
 読者はここで、クラスメートのアヤちゃんが何らかの原因で死亡し、以来この席が永久欠番と化していたという、通常の学校生活においては不自然極まるべき事実を知らされることになる。なんの前触れもなしに。
 良の激しい告発に、突如涙目になるダメ教師。
 中年、メガネにズラ
という大人アイテムを見事着こなしているにも関わらず、この男、内面はガラスの十代を卒業できていないようだ。 

 「・・・判っている。」
 重苦しい声で教師は言うのだった。
 「たしかにあれは悲しい出来事だった。しかし、忘れなくてはいかん!」

 どっちなんだ。

 「あたし、良くんの隣でいいです。」
 初対面から馴れ馴れしい純子。良の隣に着席すると、目を合わせず、心の声で話しかけてくる。
 
 “フフッ・・・良くん、あたし、アヤよ・・・”

 驚愕する良。
 しかし、そんな声など聞えない他のクラスメート達から「お前!奈々尾さんに見とれんなよ!」とどやされ、事態はうやむやになるのであった。

 放課後。
 心の声で話しかけられる異常体験をしているにも関わらず、純子と一緒に帰るという、大胆不敵な選択肢を選んだ良。いったい、なにを考えているのか。
 
 「私、身体が弱くて迷惑かけるかも。だけど、よろしくね
 「いやぁ〜〜〜非常に・・・光栄っす!」

 なにも考えていなかった。
 
 メアドもゲットし、さらにムードに乗じて、彼女の家を訊き出す良。

 「私、家に帰るのに、バスで一時間以上もかかるの・・・。」
 憂鬱そうな表情を浮かべる純子。
 「なんでまた、そんな遠くから通ってるんだい?」
 「これにはその、いろいろと・・・事情があるのよ・・・。」

 狂ったマンガにはつきものであるが、最後までその事情が明確に語られることはない。
 と。そこへ、

 「あれ~~~ェ、お兄ちゃん!」
 小学校帰りの妹・神(しん)が現れた。兄に会いたくて、さっきからずっと待っていたという。
 萌え~~~。

 「あれ、このお姉ちゃんは・・・。」
 まじまじと初対面の奈々尾くんの顔を覗き込む、神。
 「お兄ちゃん!このお姉ちゃん、アヤちゃんだよ・・・!」

 「なに、お前にもそう見えるのか?!」

 「そう・・・あたしはアヤよ・・・。」

 瞬間、形相の一変した奈々尾純子。けだものじみた仕草で、空中を走るや、妹の襟首を鷲摑みにし、唸り声を上げて絞め出した。

 『この悪魔め!!
 かえせ~、私の生命をかえせ~!』


 まったく意味不明の緊急事態に慌てた良は、思わず道端に落ちていた石ころでもって、奈々尾純子の額を割った。夥しい流血。お前はブッチャーか。
 思わず蹲った少女は、しかし低い気味悪い声で喋り続ける。

 『・・・なにをするのだ~、良~、お前の妹は悪魔なのだぞ~!!!』

 「なに・・・?」

 『わからんのか、私はお・き・く・・・。』

 「へ・・・?」

 『青山主膳様に愛され、そして殺されたお菊・・・私の怨霊は、悪魔め、お前を殺さぬかぎり成仏できんのだ~~~!』

 「な、なんでこんなところに番町皿屋敷が出てくるんだ?!」

 当然の疑問を口にする良。
 面倒なので、ざっくり手早く事態を説明するが、奈々尾純子は超霊媒体質の面倒くさい女で、始終誰かの怨霊に取り憑かれ、あっちこっちフラフラ彷徨っている。
 今回憑依しているのは、数百年前に死んだお菊の怨霊と、先日不慮の事故で命を落としたクラスメートのアヤちゃんで、いずれも意外な共通点があって、こうしてつるんで化けて出ているのだそうな。

 最早真剣に話を聞く気が失せた良は、鼻をほじりながら尋ねた。

 「で・・?お菊、お前とアヤちゃんの接点ってなにさ?」

 『いいか、良、よく聞け。お前の妹は数千年にわたって生きながらえている古代バビロニアの悪魔なのじゃ!!』

 「エ~~~ッ?!」
 
 『われわれは、いずれもお前の妹に殺された犠牲者なのだ。』

 思わず、妹を見据える良。なんの変哲もない小学生の女の子にしか見えない。
 そう正直に答えた途端、額をバチンとはたかれた。

 「不心得ものめ!貴様と話しているだけで不愉快だ。
 わしは、もう帰る。」

 勝手に帰ってしまった。
 あとに残された奈々尾純子は、すぐに正気を取り戻すとモジモジしていたが、恥ずかしそうに背中を向けて走り去った。
 ポカン、と見とれる良。

 「・・・萌え~~~

 「お兄ちゃんのバカ!!」

 神という名を持つ悪魔の子は、思いっきり実の兄をどつくしかなかった。

  
 (後編へつづく)

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2011年4月14日 (木)

『ドック・サヴェッジ/モンスター』 ('66、ハヤカワSFシリーズ)

表題「ドック・サヴェッジが他人のガソリンくすねた疑惑の件」


1.おまいらの好きなドックについて、またスレ立てた。書け。

2.スレ立て、乙。

3.乙。今回はオレのドック愛について、心行くまで語り合いたい。『モンスター』は一番思い入れ深い作品。子供の頃読んで、マジびびった。

4.俺も。ホラーだよね。特に、導入部。

5.>3の続き。北ミシガン州の山奥。山小屋に住む根性の悪いおやじが、嵐の夜に人知を越えた力によって縊り殺される。殺害に到るまでの文章が凄くかっこいい。「その日、ブルーノ・ヘンのとった行動は、大いなる災難への第一歩であった。(宇野輝雄訳)」
 
6.>5の続き。そっから、他人から麝香ネズミの毛皮を盗んで生計の足しにしているケチな田舎者が、いかにして破滅に追い立てられていくかをズーツと追っかけるの。ここにサーカスとピンヘッドが絡んできます。

7.サーカスとピンヘッドが出る話にハズレなし!

8.同感。

9.おぉ!しかし『フリークス』以外、思いつかない・・・。

10.ピンヘッドの正体はアフリカの土人。原発よりこわいぜ!

11.Nな。それ、ないわ。

12.原発こわい。

13.ホラーの存亡が脅かされる時代に突入したな。ジェイソンよりレクター博士より、東電の社長がこわい。

14.オレ、そういう意見には否定的なんだよね。あ、ウンベルですけど。ちょっと喋らせて。現実の事件の陰惨さ、凄惨さがフィクションを霞ませてしまうっていう謬説。リア女より二次元の女を抱きたいって。これも錯誤。手前に山があると、背後の海が見えないじゃないですか。きみが暮らしてるのはそういう場所だってこと。重要なのは、海より山が偉いとか素晴らしいとかいう単なる趣味に関する議論じゃなくて、この世には海もある。だけど、山もある。って認識。

15.ゲDo!

16.うん、ゲLow!氏め。

17.>14に告ぐ。おまえ、引っ込め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。氏め。

18.>14、それスネークマンショー。「ロックにはいいものもある。でも、悪いものもある。」

19.不毛が原。このスレ、終わった。

20.オワタ。ついでに言うが、ワロタ。

21.クワタ。投手。

22.ヒナガタ。あきこ。

23.お前ら、いい加減にしろ。強引に続けるが、文句のある奴は刺すからな!ドク・サヴェッジは正義の超人。山男の不審死の解明に乗り出したドックは、行く先々で銃撃を受け、車には当てられる、飛行機は落とされる。何回死んでもおかしくない危難に見舞われながら、事件の真相に肉迫していく。

24.犯人は、社長なんだよ。

25.やっぱり!

26.だと思った!(爆)

27.・・・おまいら、絶対許せん。うpしてやる。てゆーか、刺す?刺しとく?

28.で、ドックはいつガソリンを盗んだんだ?

29.(投稿者により削除されました。)

30.(投稿者により削除されました。)

31.そうか!それは面白い。

32.感動しました。

33、浣腸しました。

34.(このスレッドにはこれ以上返信できません。)

35.嘘ばっかし。

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2011年4月11日 (月)

『Taste of Sweet Love(Masterpiece 1969-1979)』 ('97、トライクル)

 ひさびさの墓堀り。
 
このコーナーをお休みしている間に、巨大な災害が発生し、本当に世間は墓だらけになってしまったが、まぁそこは語るまい。
 この世には、「死して屍拾う者無し」が洒落にならない事態も存在するということだ。
 この文言が三号炉の隔壁にスプレー描きされていたら、マスコミはどう取り上げるだろうか。興味は尽きない。

 さて、われわれの寿命も残り少ないことだし、さっさと先に進めるが、今回取り上げるのはシリーズ初のオムニバスだ。
 赤痢。
 ヌンチャク。
 非常階段。

 こうした専門用語と、カルピス世界名作劇場とのコラボ。
 おぉ、なんとなく期待できそうではないか。

 欧米ではかつてソニック・ユース他が参加したカーペンターズのカバー集という企画があった。
 ピュアな子供だまし
と、捻りすぎて収拾がつかなくなったオルタナ・シーンとの相性は悪くないのではないか。
 世の中には、明らかに豪快かつデタラメに、楽器もしくはノイズを適当に垂れ流し続けている人たちというのが居て、「何を考えているんだ、お前は?!」と周辺社会から蔑まれ、疎まれ捲っている訳だが、この人たちの何パーセントかは既存の権威に対するアンチや悪意の表明として演っていたりはするものの、その根幹にある動機は異常な純粋さによっているのではないのか。
 ピュアすぎて、こうなりました。ということだ。
 その牧歌的精神と、往年の子供だましは奇妙にリンクするに違いない。

 そういう適当な予想のもとに、だらだら聴いてみて解ったこと。
 当然ではあるが、原曲の素晴らしいものはやはりカバーも素晴らしいのであった。
 (白痴的感想で、自分でも嫌になる。)
 
 特筆すべきは、宇野誠一朗の才能で、「アンデルセン物語」のエンディングテーマは本当に素晴らしい。ちょっと驚いたが、心洗われる名曲である。
 うちの地方では「アンデルセン」は放映されなかったようで、実質今回初めて聴いた。ちょっとバカラック入っている、洒落た童謡だ。
 他の作品にも云えるのだが、これらが子供向けの歌として成立している事実は重要で、いっさい大人に向けていないところが特別な輝きの源泉となっている。
 
 ガキはバカだし、うんこ漏らすし、すぐ泣くし、ひとりじゃ切符も買えない役立たず揃いだが、だからこそ可能性に満ち溢れた存在だ。
 現行の大人は地震と放射能で全滅してしまってよい。
 どうせ、買占めしたり、石原を都知事に選んだりするような奴らだ。そんな存在に何の価値があるものか。

 未来と希望。
 政府がやたら口にする「復興」という言葉が、既得権益の復活を意味するなら、この国の将来は絶たれたも同じだろう。

 ま、「アニメ立国」みたいなもんだ。

 
 (しまった、別の墓を掘ってしまった。)

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2011年4月10日 (日)

黒沢清『叫(さけび)』 ('06、オズとエイベックス他)

[あらすじ]

  湾岸の埋立地。葉月里緒奈がどぶに顔を浸けられて殺されている。
 取り囲む捜査員たち。警察のパトカーの赤ランプ。
 死因は溺死であるらしく、死体を起こすと口から泥水がドバーーーッ
 
 そんな汚い事件の捜査は嫌
だが、仕事だからしょうがない。役所広司が渋々現場を検証すると、被害者の爪から自分の指紋が出て来て、ビックリ。最新の指紋照合システムの前でバツの悪い苦笑いを浮かべる鑑識と刑事たち。
 まぁ、検証中にうっかりツメに触ったんでしょう、ということになり、証拠は不問に。
 そんな記憶がない役所は、「なんか、変だな?」と思いつつ、さらに現場を洗うと、今度は黄色い電線コードの束が出てきた。被害者の首筋からは黄色い塗料が検出されており、あぁ、じゃぁこれで首を絞めたんだ、という話になる。

 変なのはここからで、残業時間に書類書きをし、辛い一日の仕事を終えて帰宅した役所が自宅のマンションの壁をふと見ると、電源コードの根元から毟り取られた箇所がある。
 いよいよ、変な顔になる役所。
 夜中にこっそり殺害現場に舞い戻り、あれこれ捜しまわっていると、突如葉月里緒奈の幽霊が台車に乗って襲ってくる。
 脈絡なく、イヤーーーな感じの絶叫を迸らせて。

 「な、なんだよう?!俺がなにをしたっていうんだよう?!」

 中学生みたいなことを言いながら、地面に蹲る役所。
 台車に乗った葉月は、鼻をふふんと鳴らして、
 
 「・・・私を忘れたのですか・・・?」

 瞬きをまったくしないで喋る。生来記憶の悪い役所は、残念だが、この女が誰なのかまったく記憶がない。

 「お・・・お前なんか、知らねェよーーーッ!!」

 ブチ切れて絶叫すると、頭上から盥の水がドバーーーッと降ってきた。
 
失神する役所。刑事にあるまじき情けなさだ。
 
 場面変わって、病院。
 コントでお馴染み中村ゆうじ扮する医師が、筋弛緩剤を大量に持ち出し、ぐれてしまった息子の殺害を謀る。
 そんな状況とは露知らず、工業高校帰りの息子は親父に金をせびりに来る。

 「なぁ、親父、頼むよぉー。オレよぉー、先輩にさー、借金があんだよー」

 「・・・幾らだ?」

 「五十万円。」

 額面に思わず固まる中村だったが、思案の末以下の間抜けな結論を出す。

 「じゃ、ちょっと待て。母さんに聞いてみるから。」

 この人、自分では何一つ判断がつかない男であるらしい。
 ちなみに医師の名前は、佐久間。『CURE』でうじきつよしが演じていたキャラと同一人物であるらしく、眼鏡に髭の同じコスプレをしている。インテリだけど、事態の解決にまったく役に立たない点も同じ。黒沢監督の脚本は、吉元新喜劇と非常に良く似たスタイルを持っているようである。

 続く深夜の工場裏での息子の殺害場面は、普通に物悲しい音楽が流れて、いつもの黒沢映画の、あの不自然さを不自然なままに撮る演出とはそぐわないが、まぁ、エイベックスから何か云われたんでしょう。
 注射器で筋弛緩剤を服の上から打ち込み、苦しむ息子の首を絞め、傍らにあった工事用バケツの中に浸けて、殺害。そして、逃走。
 事件後またしても現場に駆けつけた役所は、先の殺人との手口の共通性に愕然となる。同僚の伊原剛志にマジに心配されるくらい、目に見えた狼狽振りをしめす役所。

 「お前さ・・・一回カウンセリング受けて来いよ。」

 紙コップに入れたコーヒーを差し出す伊原は、妙に優しいのだった。
 
 さて、犯人の医師はやがて捕まるが、取調べ中もあらぬ方向を向いて「来るなッッッ!!」と絶叫したり、あからさまに怪しい。
 どうやら彼だけに見えている存在があるようで、口跡の端々から、どうやらそれがあの幽霊女らしいと分かり、いよいよ混迷の度合いを深める役所。
 あの女、いったい何者なんだろ?

 カウンセラーの、元仮面ライダーオダギリジョーのところで、過去の記憶を掘り返すうち、あの女を確かにかつて見たことがるのに気づく。
 遥か昔だ。ようやく、思い出したぞ。
 でも、「アレ・・・?どこでだっけ・・・?」
 どうやら、この人は根本的に脳の構造に問題があるという設定のようだ。

 その間に、身元不明だった葉月里緒奈の正体が判明。母親がようやく今頃捜索願いを所轄署に提出したのだという。
 若干拍子抜けしながらもさっそく訪ねる伊原と役所だったが、応対に出た母親の様子が妙だ。
 よくよく尋ねてみると、娘のかつての交際相手というのがいて、たびたび金をせびられているらしい。
 「なんで、また?」
 と至極当然な疑問を口にしかけたところへ、当の男がやって来る。

 「あ!お前は・・・!」

 刑事の勘がピンときた二名。慌てて逃げ出す男。
 田んぼを越えてくんずほぐれつ、大捕り物の末、フライシャーの『絞殺魔』でトニー・カーチスが捕まるカットそっくりに(画面外で車に当てられ転倒するところが良心的オマージュだ)駆けつけた警官によって取り押さえられる。
 捕らえて見れば、なんのことはない、こいつが葉月里緒奈を殺した犯人という訳で、一件落着。
 これでもう、幽霊も出ないだろう。ホッと胸を撫で下ろす役所。
 夜も安心。
 多い日も、安心だ。


 その夜、帰宅してひとりコンビニ弁当を食べている役所のところで、電灯が切れる。ブレーカーが原因かと思って上げてみたりするが、やはり暗いままだ。
 パチッ、パチッ、パチッ。
 何回目かのパチパチの間隔で、カメラ据え直すと、背後の部屋の角に葉月里緒奈が座っている。

 「うわッ!!」

 必要以上に過剰なリアクションで後ろに飛びずさる役所。

 「な・・・なんで、お前、また俺のところに出るんだ。違うだろ。」
 半泣きで子供のような理屈を言い立てる役所広司。さすが日本を代表する名優である。
 「出るんなら、お前さんを殺した奴のところへ行け!」

 瞬きもせず、巨大な瞳で役所を凝視する幽霊。
 どうやら、かむりを振っている。

 「エ・・・なに、違う?違うのか?
 あいつはお前を殺した犯人じゃないって・・・?
 
 お前、あの女じゃないというのか!!」


 うなずく幽霊、両手をジェスチャーで動かす。

 「なに、それは置いといて・・・なんだ、次は。難しいな。わかんね。わかんねぇよ!」

 あまりの役所の飲み込みの悪さに、イラッときた幽霊、思わず喋ってしまう。
 
 「私は・・・孤独だった。
 誰もが私を見ようとしなかった。
 
 私を探して。
 探してくださいぃイイイイイイイイ!!」

 
 両手を頬に当て、絶叫する幽霊。ドアを開けて、戸外へ出て行く。
 耳を塞いで追いかけた役所の目の前で、マンション9階の手摺を越え、飛び降りてしまう。
 こりゃさすがの心霊現象もひとたまりもあるまい、と覗き込んだら、ふわりと空中に浮かび上がった女は、ひらひらと飛行しながらビル街の上空に吸い込まれるように消えていった。
 ピースサインをしながら。

 役所広司、誰もが思っていたことを口にする。

 「・・・なんだ、そりゃ・・・?」 


[解説]

  不自然極まりない作品。せめて役所の記憶力がもう少しましだったら、と切に願わざるを得ない。 
 しかし、女の逆恨みで世界が滅亡とか(本当)、相変わらずやることをやってて楽しい。
 クライマックスでの、盥おけの使い方のうまさは、伊藤潤二の名作「うめく排水管」に酷似してグーなので、
 「ホラー映画は怖いから、見ません!」
 とか、女子大生みたいにふざけたことを抜かしているスズキくんも必見だ。

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2011年4月 5日 (火)

加藤山羊『女囚霊』 ('10、小学館)

 これはホラー漫画ではない。

 一見そうとしか受け取れない装丁だし、私が手に取ったのもホラーだと思ったからなのだが、実のところ違った。
 Jホラーの有名タイトル『女優霊』をもじったこの題名。童画の様なタッチで描かれた、稚拙な片腕の長いザンバラ髪の女。複数の目を持つ怪物。
 でも、考えてみたまえ。幽霊や怪奇現象を発端に用いているからといって、『バスカヴィル家の犬』やディクスン・カーの作品は、ホラーではないだろう?
 これは一種のスリラーであり、超自然現象は登場しない。


あらすじ】

 東北地方の女刑務所。所内に伝わる胡散臭い伝説というのがあって、禁断の第四懲罰房に入った者は、死ぬ。死なずに生き残った者は片腕の伸びた異様な容姿となり、同房の者を次々審判にかけ始める。結果、全員死ぬ。以上。
 面倒な設定だが、丁寧にアウトラインは引かれており、予定通り主人公の周囲で死の連鎖が勃発し始める。首を吊る者。フォークで他人を刺す者。混乱の中かつて投獄され死亡した新興宗教教祖が一連の不審死の背後にいることを突き止めた主人公だったが、計画殺人の最後のターゲットは自分だと気づかされ、決死の逃亡を謀る。間に合うのか。

解説】

 本当に怖いものを描くには、どうしたらいいのだろうか。決定的なひとコマ。読者の心象に回復不可能なダメージを与えるような画像を抽出することはできないか。
 ここで、諸君はあれは怖かったという自分の記憶を探ってみて欲しい。何が出てくるか。

 山岸涼子の「汐の声」。
 諸星大二郎の「不安の立像」。
 「ススムちゃん、大ショック!」。『デビルマン』における美樹ちゃんの生首。
 楳図先生のへびおばさん。


 あぁ、わかった。
 マンガの与える最大限の恐怖表現は詰まるところ、決定的なひとコマに尽きるのではないのか。
 見てはいけないもの。誰もが眼を背けるあの瞬間。
 それを敢えて目撃しようというのだから、呪われて当然。恐怖マンガを愛する者は、奇特な篤志家としか云いようがない。
 表現を変えるなら、無謀なばかものであろう。

 しかるに、スリラーとは何か。私の勝手な定義によれば、それは「いちいち腑に落ちる物語」だ。

 殺人者が罠を張って待ち受けていた。はぁ、なるほど。
 犯人は幼少時に両親から過剰な虐待に合い、サディスティックな性向をエスカレートさせたのだ。はぁ、なるほど。
 剃刀殺人鬼の正体は、ボブ、女装したきみだろ。はぁ、なるほど。

 犯罪者がどんなに恐ろしい存在でも、理屈で説明がつく。恐るべき陥穽、錯綜するミステリーも、謎はきちんと解明され、白日の下に曝け出される。そこに快感とスリルがあり、サスペンスが醸造される。
 読者をちゃんと怖がらせること。
 それこそがスリラーの本来の目的であり、技術の優劣が決せられるポイントだ。したがってそこに神秘は登場しない。人知を越えた存在に解決を委ねることは、物語の焦点を曖昧にする行為と同義だ。そういうのは、万事におおげさなクトゥルー神話に影響を受けた人にやらせておくがよい。

 スリラーとホラーの境界線。
 容易く越えられそうで、実は峻厳として区分が存在するその一線にあって、事態を曖昧なままに投げかける、実に扱いに困るケースが存在する。

 以上の定義を前提に区分けするなら、『悪魔のいけにえ』はホラーかスリラーか?
 『女囚霊』が影響を受けたに違いない黒沢清の『CURE』は?(殺人方法が同じである。惜しむらくは『女囚霊』では余りに簡単に催眠がかかり過ぎだが。)

 これらの作品では、犯罪者が、犯罪が、ほとんど神秘現象と化す。(神秘現象そのものではない。)
 より解り易い例は、ジョン・カーペンターの『ハロウィン』の最後、マイケル・マイヤーズの遺体が消え失せている瞬間だろう。
 あれは、カーペンター先生が「こいつがホラーだ!」と絶叫している顔が想像できて痛快なのであるが、「なら、もう少しなんとかしろよ・・・」という意見も勿論あるだろうし、はぐらかされた気分になる人もいるだろう。
 殺人鬼の不可解な出現と消失。最終的に理詰めには持ち込まず、ホラーで落とす。
 反則だ。
 あきらかに反則であるが、この手法は多くの模倣者を産んだ。
 かくてホラーとスリラーの境界は曖昧となり、怖いもの見たさの観客は殺人鬼だろうと、殺人鬼の霊魂だろうと、お構いなしにキャーキャー絶叫しまくる恐怖のディズニーランド状態となり、現在に到っているのである。

 「もっと泣かせろ」「もっと笑わせろ」と同列に、「もっと怖がらせろ」があるとしたら、私はちょっと嫌だな。

 地道に物語を組み立てる努力をしている『女囚霊』の作者達も、そう思っているのではないかと推測される。

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