クリス・ボイス『キャッチ・ワールド』 ('75、ハヤカワSF文庫)
クリス・ポイスの!『キャッチ・ワールド』!
完璧だ。素晴らしい。
どこがいいのかと云えば、この小説、まともな場面がひとつもない。そこが私の高評価のポイントだ。
キングみたいな、日常性をリアルに描いて恐怖を醸しだすような作家はくそくらえ。
(ついでに言っとくが、キングを手本にするような作家は全員碌なものではない。)
もっとも『キャッチ・ワールド』は恒星間航行をテーマにした宇宙小説の構造を持っているので、われわれの見慣れた日常のガジェット類は殆ど登場して来ない。
この見慣れなさ。異様さ。不自然。
これぞ、SFといういじけた、みみっちいジャンル特有の産物だ。
序盤は地球上で展開する、ちょっとした暗闘劇。
しかし、よりにもよってこれが近未来の日本が舞台だ。
法華経集団に支配される超宗教国家。なんだそりゃ。
僧侶もいれば、神主もいる。鳥居も切腹もあるぞ。「色眼鏡のラプソディー」どころの騒ぎではない。真面目な人が読んだら、国辱ものの描写が連発する。日本に住んでる日本人には到底理解不能。
でも、めちゃめちゃ面白い。
物語の基本構造はごくごくシンプルで、『宇宙戦艦ヤマト』みたいなもんだ。
2055年、地球外からの絨毯爆撃により世界各地の主要都市は壊滅、人類は存亡の危機に陥る。一部精鋭のカミカゼアタックにより、辛うじて敵を撃破したものの、相手はなんらかの信号をアルタイル星系へ向け送信し、息絶えた。
数年後に増援が来るのは必至、生き残った者たちは全力を挙げて報復宇宙艦隊を建造して先手を打つ作戦に出た。
さて、間に合うか・・・?
・・・という、波乱万丈スペースオペラ風のあらすじは実はどうでもよく、この小説の真価はあまりに酷い人間性(ヒューマニティ)の取り扱い方にある。
先にネタを割ってしまうが、六隻の報復宇宙戦艦はそれぞれ、<機械知性>と呼ばれる高度にプログラムされた人工知能を搭載しており、彼らこそが報復の真の立役者である。
人間搭乗員はそれに付随する予備機能に過ぎない。
しかも、乗組員を決めるにあたって、精神障害を誘発するとある因子が重要なファクターとなっているので、人間搭乗員は全員、キチガイ予備軍揃い。外在的に操作された薬物投与や条件付けがなければ、みんな白痴だっただろう。
艦長からして、アルタイル討伐の念に憑かれた完璧な偏執狂で、遠征の最高責任者・地球執政官の演説を開始直後パチリと切ってしまうあたり、もう最高。とても他人とは思えない。
そんな品位最低の連中だからして、宇宙船の操縦や進路決定の権限など与えられている筈もなく、ならば機械側が完璧かといえば、SFの常として人工知能ほど発狂しやすい存在はないのだからして、初っ端なの宇宙艦隊大集合の場面から、いきなり味方にレーザーを乱射などの珍騒動が頻発し、貴重な宇宙艦がどんどん失われていく。
そして生き残った連中の間では権力闘争、騙しあいが続き、人命はどんどん粗末にされ、英雄的行動と史上最大の愚行との境目が完全になくなってしまう。
もはや地球に生還できる望みなどゼロに等しいことがようやく全員に認識された頃、敵の先発隊と遭遇、完璧とされていた<機械知性>がバカ揃いだったことが実証され、無謀な人間力を発揮できた二隻がからくも生き延びる。
やがて明らかになる、恐るべき遠征計画の真相。
人間乗組員は全員肉体を切除。神経系だけを保存し、<機械知性>の一部として吸収・統合されてしまう。
早い話、人間を誰一人生かして帰すつもりなどなかったのだ、最初から。地獄へまっしぐらの片道行。
そしてこの小説の偉いところは、その程度の安易な結論で終わる筈もなく、宇宙空間での悪魔祓い儀式、『2001年宇宙の旅』よりも『2010年』に近い異星生命体との遭遇、黒魔術による時空操作と変身へと、意表を突いて矢継ぎ早に次々と展開していく。
そして、最終局面。
未知の惑星に全裸で出現したブッシュマンが驚異の動植物群をかき分けて、単身敵の本拠を叩きに行くノリノリの描写には、思わず頁を捲る手が止まらないこと請け合い。
ベイリーなんて、悪意において甘いですよ。
さぁ、読んで。読んで。
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コメント
「キャッチワールド」いいですよね。
とても解りやすい書評だと思いました。
投稿: sakura | 2013年10月14日 (月) 11時32分