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2011年4月 5日 (火)

加藤山羊『女囚霊』 ('10、小学館)

 これはホラー漫画ではない。

 一見そうとしか受け取れない装丁だし、私が手に取ったのもホラーだと思ったからなのだが、実のところ違った。
 Jホラーの有名タイトル『女優霊』をもじったこの題名。童画の様なタッチで描かれた、稚拙な片腕の長いザンバラ髪の女。複数の目を持つ怪物。
 でも、考えてみたまえ。幽霊や怪奇現象を発端に用いているからといって、『バスカヴィル家の犬』やディクスン・カーの作品は、ホラーではないだろう?
 これは一種のスリラーであり、超自然現象は登場しない。


あらすじ】

 東北地方の女刑務所。所内に伝わる胡散臭い伝説というのがあって、禁断の第四懲罰房に入った者は、死ぬ。死なずに生き残った者は片腕の伸びた異様な容姿となり、同房の者を次々審判にかけ始める。結果、全員死ぬ。以上。
 面倒な設定だが、丁寧にアウトラインは引かれており、予定通り主人公の周囲で死の連鎖が勃発し始める。首を吊る者。フォークで他人を刺す者。混乱の中かつて投獄され死亡した新興宗教教祖が一連の不審死の背後にいることを突き止めた主人公だったが、計画殺人の最後のターゲットは自分だと気づかされ、決死の逃亡を謀る。間に合うのか。

解説】

 本当に怖いものを描くには、どうしたらいいのだろうか。決定的なひとコマ。読者の心象に回復不可能なダメージを与えるような画像を抽出することはできないか。
 ここで、諸君はあれは怖かったという自分の記憶を探ってみて欲しい。何が出てくるか。

 山岸涼子の「汐の声」。
 諸星大二郎の「不安の立像」。
 「ススムちゃん、大ショック!」。『デビルマン』における美樹ちゃんの生首。
 楳図先生のへびおばさん。


 あぁ、わかった。
 マンガの与える最大限の恐怖表現は詰まるところ、決定的なひとコマに尽きるのではないのか。
 見てはいけないもの。誰もが眼を背けるあの瞬間。
 それを敢えて目撃しようというのだから、呪われて当然。恐怖マンガを愛する者は、奇特な篤志家としか云いようがない。
 表現を変えるなら、無謀なばかものであろう。

 しかるに、スリラーとは何か。私の勝手な定義によれば、それは「いちいち腑に落ちる物語」だ。

 殺人者が罠を張って待ち受けていた。はぁ、なるほど。
 犯人は幼少時に両親から過剰な虐待に合い、サディスティックな性向をエスカレートさせたのだ。はぁ、なるほど。
 剃刀殺人鬼の正体は、ボブ、女装したきみだろ。はぁ、なるほど。

 犯罪者がどんなに恐ろしい存在でも、理屈で説明がつく。恐るべき陥穽、錯綜するミステリーも、謎はきちんと解明され、白日の下に曝け出される。そこに快感とスリルがあり、サスペンスが醸造される。
 読者をちゃんと怖がらせること。
 それこそがスリラーの本来の目的であり、技術の優劣が決せられるポイントだ。したがってそこに神秘は登場しない。人知を越えた存在に解決を委ねることは、物語の焦点を曖昧にする行為と同義だ。そういうのは、万事におおげさなクトゥルー神話に影響を受けた人にやらせておくがよい。

 スリラーとホラーの境界線。
 容易く越えられそうで、実は峻厳として区分が存在するその一線にあって、事態を曖昧なままに投げかける、実に扱いに困るケースが存在する。

 以上の定義を前提に区分けするなら、『悪魔のいけにえ』はホラーかスリラーか?
 『女囚霊』が影響を受けたに違いない黒沢清の『CURE』は?(殺人方法が同じである。惜しむらくは『女囚霊』では余りに簡単に催眠がかかり過ぎだが。)

 これらの作品では、犯罪者が、犯罪が、ほとんど神秘現象と化す。(神秘現象そのものではない。)
 より解り易い例は、ジョン・カーペンターの『ハロウィン』の最後、マイケル・マイヤーズの遺体が消え失せている瞬間だろう。
 あれは、カーペンター先生が「こいつがホラーだ!」と絶叫している顔が想像できて痛快なのであるが、「なら、もう少しなんとかしろよ・・・」という意見も勿論あるだろうし、はぐらかされた気分になる人もいるだろう。
 殺人鬼の不可解な出現と消失。最終的に理詰めには持ち込まず、ホラーで落とす。
 反則だ。
 あきらかに反則であるが、この手法は多くの模倣者を産んだ。
 かくてホラーとスリラーの境界は曖昧となり、怖いもの見たさの観客は殺人鬼だろうと、殺人鬼の霊魂だろうと、お構いなしにキャーキャー絶叫しまくる恐怖のディズニーランド状態となり、現在に到っているのである。

 「もっと泣かせろ」「もっと笑わせろ」と同列に、「もっと怖がらせろ」があるとしたら、私はちょっと嫌だな。

 地道に物語を組み立てる努力をしている『女囚霊』の作者達も、そう思っているのではないかと推測される。

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