いばら美喜『午前0時の心霊写真』 ('85、立風書房レモンコミックス)[前編]
写真に映ったスズキくんには、首がなかった。
蒼ざめて背後を覗き込んだが、誰もいない。だが、今まさに怪奇現象は彼ひとりの目の前で起こっているのだ。
突然、届いた一通の封書。差出人の名前はない。開封すると出てきたのは、一枚の写真で、そこに映っていたのは長崎平和祈念公園でピースサインをする自分の姿だった。
ただし、首なしの。
満面の笑みを湛えた顔が肩先で宙に浮いている。支えとなるものは何もなかった。
こういう状況は、素直にこわい。
時刻は折りしも深夜を廻ったばかり。
家族もすっかり寝てしまい、家の中は水をうったような静けさだ。
「うーーーむ・・・。」
腕組みしながら、スズキくんは考える。こいつは、何のトリックだ。
もっとも、こういう悪質なイタズラを仕掛けてきそうな人間になら、既に充分過ぎるくらい心当たりがあった。
写真を裏返すと、へたくそな金釘流でマジックの走り書きがある。
“ガハハ、おまえは、クビだッぴょーーーん!!”
「ううむ・・・」
スズキくんが苦りきって重い頭を抱えていると、天井裏でガサゴソ這い回る音がして、業を煮やしたらしい黒い影がスーーーッと滑り降りてきた。
「オラオラどうした、怪奇ハンターさんよ?!さしもの貴様もグウの音も出まい・・・?!」
「・・・あんた、子供か?」
スズキくんは重金属を擦りつけるような声で言った。
「先日我が国未曾有の大災害が発生し、一部は明らかに人災。死傷者数は数知れず、被害はなお拡大し続けている。
余震を告げるエリアメールが連発され、誰もが情報収集に懸命だ。
ふざけた記事を書き散らしていた連中がこぞって募金を呼びかけ、相手を揶揄することこそ生きがいの掲示板住民たちまでが一切冗談を言わなくなってしまった。
おそらく経済、国民生活への深刻な影響は、これからじわじわ被災地域以外にお住まいの諸君の喉元をも締め上げてくるだろうが、いずれにせよ、生きてるだけでみっけもの。誰もが今考えているのはこのことだけだ。」
黒い影は、黙って聞いている。
「それをなんだ、不謹慎極まるぞ?!
現在の自分に出来ることを考えろ。電気もガスも満足に得られない暮らしを想像してみろ。
住む家を津波に押し流され、家族を失くし、そのうえ放射線被爆の危険に晒される人たちが五万といるんだ。のうのうと飯を喰い、安全地帯から対岸の火事を様子見するおのれの傲慢さを少しは恥じたらどうだ・・・?」
ふところから取り出したタバコに火を点け、影は少し笑った。
「そいつは、あんた自身の話に聞えるぜ。
なんだ、ただの一晩帰宅難民になったってだけで、もう宗旨替えか?
あんたもガソリンやら食糧品やらの買占めに走る連中に便乗してみるかい?自分のケツに火がついた馬が現在この国を走っている。
その名は、野次馬っていうんだ。」
再びふところに手を突っ込み、
「それよか、いい心霊写真があるんだけど、買わない?」
※ ※ ※ ※ ※
六月十四日。雨。
「そりゃ降るわよ、梅雨だもの。」
麻衣子は、仲良しの芳恵が来るのをずっと待っている。一年前、転校で離れ離れになるとき、約束したのだ。
「ちょうど一年後の今日、きっと逢いましょう」と。
日時がやけに細かく指定されている時点で、既にして濃厚に呪われた気配がするが、まぁいいじゃないか。気にするな。思春期少女の気まぐれってやつだ。
しかし、なぜ再会するのに一年待たなくてはならないのか。
電話・手紙など連絡の手段は幾らでもあるだろうに、何ゆえ彼女達は一切連絡を取り合おうとしないのか。
怪奇だ。
既に怪奇への扉は黒ぐろと口を開いていたのだ。
明日が土曜日なのをいいことに、夜になってもひとり窓辺で待ち続ける麻衣子。落ちてくる雨だれを見つめ続ける澄んだ瞳。短髪、凛々しい眉。若武者のような毅然とした面持ち。
いばら美喜先生の描く女性像はいつでも美しい。
クラシカルで現実離れした印象を与えるのは、時代劇を多く手掛けた名残だろう。舞台は現代なのに、なんだかこの世じゃないみたい。
それはこの作品が現代劇の仮面を被った時代劇に他ならないから。
ためしに舞台を江戸に設定してごらん。それでも成立するから。
家族はみんなベッドに引き取った真夜中。十一時五十九分。
音もなく、家の鋼鉄製の門扉が開いて、彼女はそこに立っていた。
「芳恵ちゃん・・・!!」
長い黒髪、不自然なフリルのついた白いロングドレス。結い上げた髪をリボンで纏めて背中に垂らし、能面のような不気味な顔には夢見るような笑みが浮かんでいる。
「間に合った・・・。」
どしゃ降りの雨の中、傘もささずに忽然と空中から湧いて出た友人は、細い声で話しかけてきた。
「あたしね、一年前に引っ越してすぐ交通事故にあって、手足も口も動かせない身体になってしまったの。それから、今日までずっと病院にいたんだけど、一年前の約束はずっと忘れたことがなかった・・・。
でも、植物人間になってしまったから、どうしようもなかったの・・・。」
「まァ・・・でも、こうして来てくれたんだから、直ったのね。よかった」
とんでもない勘違い発言をかます麻衣子。
菅首相よりもまだ信頼できない。
「あなたは頭が良くてスポーツ万能で、あたしはバカでドジでノロマ・・・そんなあたしに、あなたは優しくしてくれたわね。ありがとう。」
「いきなり、なにを言い出すのよ。さぁ、中に入って」
「麻衣子ちゃん、あなたのことは忘れないわ。
じゃあ、お元気でね。さようなら!」
クルリ背を向け、雨降る暗闇の中へ走り去る芳恵。
驚いた麻衣子が玄関を出て追いかけたが、友人の姿は往来の何処にも見当たらなかった。
不吉な予感が胸にもたげる麻衣子。
「芳恵ちゃん・・・。」
※ ※ ※ ※ ※
「・・・どうだい?いいだろ?最高のオープニングだと思わないか?」
一気に語り終えた影は能弁に言った。
「そうですね。ボクもいばら先生の描く女性は大好きですし・・・。」
スズキくんはペラペラと単行本の頁を捲りながら応える。
「でも、正直、この後に続く超残酷展開なんかまったく予想できないですよね。
少女読者諸君なんかは友情にからめた“ちょっといい霊ばなし”を期待して読み進む訳でしょ、そうすると待っているのが・・・」
「五体バラバラ、八つ裂きにされる地獄だ!!」
影は胸を張って宣言した。
「覚悟して首を洗っておきたまえ。次回、諸君はこの世の地獄を目撃する!!」
(以下次号)
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