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2011年3月 3日 (木)

諸星大二郎「硬貨を入れてから、ボタンを押してください」('70、ジャイブ゙『ナンセンスギャグマンガ集・珍の巻』収録)

 「・・・あのー、デビュー作“ジュン子・恐喝”のレビューを書いたあと、採り上げるのがこの作品というのは、明らかに間違っているかと・・・」

 風邪薬でラリリながら、鼻声のスズキくんが申し立てる。
 季節は、かなり適当に、春間近。
 休日の好天気に騙されて、愛用のフリースを脱ぎ捨てた直後に、北極から吹き寄せるブリザードに直撃され、最早へろへろの状態になっている。

 「いいんだよ。俺は、明らかに間違っている男だ。」

 
古本屋のおやじが開き直って、見得を切った。こちらは常に腹を空かして、飢えた野良犬のような形相になっている。
 
 「警告しておく。書いてる記事も間違いだらけだ。信用するな。」

 「最近社内での評判もそんな感じですよね。いつ、お辞めになるんですか?」

 「後任には、きみを推薦しておくよ。彼らとうまくやりたまえ!」

 スズキくん、首をすくめて、

 「くわばら、くわばら。そいつはまっぴら、御免でござりやす。」

 「江戸か?」

 おやじは景気づけに読んでいた『黒沢清、21世紀の映画を語る』の表紙をバンと叩くと、立ち上がった。
 古本屋『運減堂』の埃っぽい店内に、午後の燭光が斜めに差し込んでいる。

 おやじは、壁に吊るされた黒板の前に立ち、書かれた行事予定(「町内会清掃」)を大げさな身振りで掻き消すと、チョークを握った。

 「いいか。
 今回採り上げるのは、日本マンガ界唯一無二の巨匠、国宝級マンガ家・諸星大二郎先生が若気の至りで描き飛ばして、かの手塚治虫が主催する同人誌『COM』で佳作をせしめたという、伝説のプレデビュー作“硬貨を入れてから、ボタンを押してください”だ!!
 小難しいことが書いてあるので有名な青土社刊行の雑誌ユリイカが、2009年に発掘掲載しているから、早い子はもう始めているな!」

 「エッ?!そ、それは・・・」

 「俺は無能なクソったれだから、今回初めて読んだんだがな!
 ちなみに、このアメコミ好きには最近お馴染みのジャイブという版元は、なかなか痒いところに手が届く本をつくってくれたな。
 諸星ファンしか喜ばんかも知れん落穂拾い的内容だが、勇気ある試みだ。
 体裁だけ当時のままにして、値段は現代的にバカ高い、コレクター殺しの某社より余程良心的である。
 たかがマンガ本が偉そうにしてはいかん。」

 「その点は同感です。だいたい、ボクのふところは常にツンドラ氷河ですし・・・」
 
 「一冊¥690!なんかおまけっぽい軽い装丁もナイス!マンガ本はこうでなくっちゃ!」

 「そういえば、このブログで記事になる本で、現在も新刊書として店頭に在庫がある本も珍しい・・・」
 
 「うッ・・・うるせぇ!!いくぞ!イクエ・・・モリ!!」

 「ギャッフン!」

 おやじ、ようやくチョ-クで大きく「硬貨」「ボタン」と大書きした。

 「では作品の内容紹介に移るぞ!

 舞台は人類が細菌戦争で滅んだ未来だ。町も電気も健在だが、なぜか人がまったくいないんだ。
 自動化された機械だけが、孤独に働き続けている。
 どうやら人類の大半は生物都市に吸収合併されてしまったらしいな!最近はどんな企業もなにかというと吸収合併だからな!
 俺は、あの未来図がすぐそこまで来ている気がして、空恐ろしくなるよ」

 「あんただけです、あんただけ」

 「そんな町に、ヒゲに帽子の浮浪者がやって来るんだ。ナップサックをかかえて、な!
 この袋の中味については、名作短編“袋の中”を参照にするように。絞め殺した母親の死体を生贄として犯す名場面があるから、その筋の人は必読だ!いわば、リアル・パ×パコママ!」

 「うひゃぁー!」

 「この男が腹を空かして、食糧を探すが、すべて自動化された町ではなにもかもが自動販売機で供給されているんだ。
 うどん、カレーライス、なんとビフテキまである」

 おやじは黒板に「ビフテキ」と書いた。

 「俺の好物だ!」
 ドン、と黒板を叩き、呆れるスズキくんを尻目に続ける。
 
 「ちなみに前述した食べ物はすべて、缶入りのカンズメなんだがね。
 このあとの展開は既にお察しだろうが、さまざまな哀れを誘う事情により、浮浪者は自販機から食事をゲットすることが出来ない。お札ばかりで小銭がない、とか。
 諸星先生お得意のカフカ的状況という奴だな!
 こういう平凡な人が状況に翻弄され、とにかく酷い目に逢う路線は、その後の作品でも繰り返し追求されるモチーフである。

 具体的には、都民のために人柱にされる人、いつまでたっても就職した会社の本社に足を踏み入れることができない人、荒れ果てた惑星に花を植える不毛な業務を一生続けさせられる人・・・などなど。
 
とにかく、「大きな組織など碌なものではない、それも大きければ大きいほど・・・」という諸星先生の哲学が、否、哲学を越えた血の叫びが感じられる実例ばかり。

 視点を変えると、流砂に囲まれた街から出られない若者の話や、アンドロイド狩りで不毛な青春をスパークする傑作“地獄の戦士”や、発表から年輪を重ねれば重ねるほど、その攻撃対象への的確な目配りが浮き彫りになっていく超名作“子供の王国”やら、なんだ、ほとんどすべての作品に当て嵌まる巨大テーマではないか!
 かの大河連載『西遊妖猿伝』だって、状況の不幸に追い立てられ、やむにやまれず天竺を目指す男たちのドラマであるしな・・・。そういや、稗田先生だって・・・」

 「ふーむ。学会を追放され異端の道を歩む男。やはり、妖怪ハンターはそうでなくっちゃいけません・・・。

 しかし、マスター、どんだけ読んでるんですか・・・?」
 スズキくんが呆れて呟いた。

 おやじ、軽くうなずくと、纏めに入った。

 「だが、待て。少年。
 この幻のデビュー作にな、もっと近い作品があったんだよ。」

 「へ?」

 「砂漠に不時着した旅客機に、生き残ったさまざまな国籍の男女。食糧を求めて、砂漠を放浪するうちに、遂に見つけた救いの神は、砂丘に埋もれた超巨大な鯖の水煮のカンズメだった・・・!」

 チョークを横に寝かせると、赤、黄色のカラーチョ-クも交えて黒板に大書きした。

 「こりゃ、傑作短編“鯖イバル”そのものじゃないか?!」

 「うーーーむ、確かに。
 巨大缶切りが見つからず、みんな全滅するんですよね、その話・・・。
 でも、こんな細かい発見、熱心な諸星読者以外、誰が喜ぶんだろう・・・?」

 「どうよ、調子は?!最近?!」
 呆れるスズキくんをよそに、得意満面のおやじが尋ねた。

 「はァ・・・とりあえず、ボクも一冊買ってきます・・・・・・。」

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