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2011年2月 4日 (金)

華倫変『高速回線は光うさぎの夢を見るか?』 ('02、太田出版)【後編】

(承前)
 おやじの話は続いている。

「華倫変のマンガを評して、精液の薄い山本直樹のようだ、と例えることは可能だろうが、山本だってずいぶん薄いんだよ。
 ふくしま政美に比べたら・・・」

 「ふくしま先生と比較したら、誰だって薄いんじゃないですか?」

 「精子の含有量が違う感じがするね。繁殖力が問題だ。
 あ、いや違う・・・そんなことはどうでもいいんだ。
 ここで話を精虫レベルからもう少し高級な方向に展開させるが、精液の濃さは欲望の濃さだと考えてみてはどうか?」

 「あ、なるほど」

 「なにをしたらいいのかわからない、生命力の希薄な人間が死んだり、生きたり、オナったりするのが華倫変の世界だ。
 たまにセックスも描かれるが、かえって両者の関係の空疎さを強めてしまう。
 スカスカの空間と、スカスカの登場人物。朴訥な描線で表現されるそれは、まるでさそうあきらか、近藤ようこか。
 (実際、顔の描き方はそんな感じだよね?)
 ポーズは直立不動が多用され、アクションどころか表情すら乏しく、簡素な描写に余計な色気はない。
 意志薄弱で、生きる目的も持たない主人公は、よく輪姦されたり、暴行されたりするのだが、だいたい、抵抗の意志なくされるがまま。そこから新たなドラマが始まる可能性は既に絶たれているのだ。
 感情も意志も希薄だから。石井隆以下の不毛地帯。
 これほどの絶望があるだろうか?
 
 「うーーーん、なんかコッチまでヤな気分になってきましたよ。
 ボクも会社じゃ、連日無茶振りする上司に悩まされてますし・・・」

 「表題作『光うさぎ』は、あと100日で自殺するとネットで宣言した女の子のホームページの様子を断片的に綴った、実に困った傑作だが、なにが一番困るってエンタメ性皆無ってところ。
 “おまいら、氏ね”とか、“逝け”とか。
 あー、嫌だ。
 書き写しててすら、心底虫唾が走る不毛のやりとりが延々続く。勘弁して欲しい、悪辣な低知能地獄。でも、待て。こりゃ現実そのものじゃないか(爆)」

 「・・・(爆)」

 「しかもあとがきを読むと、ご丁寧に実在する自殺者のホームページを参照にしたなんて書いてある。
 俺は、なんか、もう・・・落ちたね。このへんで確実にダウンした」

 「・・・・・・」

 「すべてを赦し、解放されるのが死だって認識は別段目新しいもんじゃない。死んだ方がましな人間なんて掃いて捨てるほど居るし、おそらくこの俺もそうだろう。
 そう思わせるのはテクニックじゃないんだ。
 描いてる奴が、どの程度、その考えに固執してるか。つまり、本気か。
 徹頭徹尾、困った人なんだけどね。
 作家としては合格であーーーる。」

 「強引に江田島平八入れても無駄ですよ。
 なんかボクまで調子悪くなってきましたよ・・・」

 翳りのない光の洪水がラウンジに溢れている。
 生活音がまるでしない、奇妙な静謐。世界中の人間が死に絶えてしまったかのような、不可解な沈黙が辺りを覆いつくしている。
 
 彼方を見つめる視線で、スズキくんが云った。

 「・・・でも、ボク、割りとそういうの好きでして。
 例えばこの作品集の中じゃ、冒頭の三重人格の女の子の話とかあるじゃないですか。
 あれ、なんか救われた感じ、しませんか?」

 「あぁ、あぁ、真面目で男装の麗人風の口を利く人格と、超絶淫乱ド変態と、気弱な普通の娘がひとりの中で同居してる話ね。
 物語としてしっかりしてるね。珍しくちゃんと語る気があるみたいだ。
 若くて才能があると、どうしても描き飛ばしたように見える作品が多いもんだが。
 これは、確かにオーソドックス。
 しかし、山本直樹と比べると解るが、とにかくト書きが多い作風だね。それも、縦長」

 「絵的に見せようとすると、損をする画面構成ですね。こなれてない印象はそのへんから来るのか」

 「あれって、普通にいい話だけど、最終的に誰も得をしない。いや、ミレマを抱いて童貞を捨てたんだから、主人公の人生的にはそれでいいのか?」

 「そこに疑問が生じる時点で、やはり間違ってますよ。救われた感じがしただけで、結局何も変わっちゃいないんです。
 みんな、損したんです。たぶん」

 「そう・・・あれも結局、バランスのいい第四の人格を精神科医がつくり出して、彼女は平凡な人生を送れるようになりました、ってオチだしなぁー。
 そりゃ 『失われた私』パターンだよなぁ。
 てことは、他の三人の女の子を殺したな、ってことだろ?」

 「・・・ですねー」

 「落ちるよなー・・・」

 「・・・落ちますねー・・・」


 沈黙がしばらく続いたところで、おやじが突如身を翻した。

 「そんな、アナタに朗報!!」

 「へ・・・?」

 ふところをまさぐり、黒い皮袋に包まれた豆を取り出す。

 「一粒飲めば失われた力(リキ)もたちまち回復!!瀕死の重傷もあっという間に元通り!!世にも不思議なドラゴン・パワー!!」

 「さすが、カリン様」
 

 
 

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