華倫変『高速回線は光うさぎの夢を見るか?』 ('02、太田出版)【後編】
(承前)
おやじの話は続いている。
「華倫変のマンガを評して、精液の薄い山本直樹のようだ、と例えることは可能だろうが、山本だってずいぶん薄いんだよ。
ふくしま政美に比べたら・・・」
「ふくしま先生と比較したら、誰だって薄いんじゃないですか?」
「精子の含有量が違う感じがするね。繁殖力が問題だ。
あ、いや違う・・・そんなことはどうでもいいんだ。
ここで話を精虫レベルからもう少し高級な方向に展開させるが、精液の濃さは欲望の濃さだと考えてみてはどうか?」
「あ、なるほど」
「なにをしたらいいのかわからない、生命力の希薄な人間が死んだり、生きたり、オナったりするのが華倫変の世界だ。
たまにセックスも描かれるが、かえって両者の関係の空疎さを強めてしまう。
スカスカの空間と、スカスカの登場人物。朴訥な描線で表現されるそれは、まるでさそうあきらか、近藤ようこか。
(実際、顔の描き方はそんな感じだよね?)
ポーズは直立不動が多用され、アクションどころか表情すら乏しく、簡素な描写に余計な色気はない。
意志薄弱で、生きる目的も持たない主人公は、よく輪姦されたり、暴行されたりするのだが、だいたい、抵抗の意志なくされるがまま。そこから新たなドラマが始まる可能性は既に絶たれているのだ。
感情も意志も希薄だから。石井隆以下の不毛地帯。
これほどの絶望があるだろうか?」
「うーーーん、なんかコッチまでヤな気分になってきましたよ。
ボクも会社じゃ、連日無茶振りする上司に悩まされてますし・・・」
「表題作『光うさぎ』は、あと100日で自殺するとネットで宣言した女の子のホームページの様子を断片的に綴った、実に困った傑作だが、なにが一番困るってエンタメ性皆無ってところ。
“おまいら、氏ね”とか、“逝け”とか。
あー、嫌だ。
書き写しててすら、心底虫唾が走る不毛のやりとりが延々続く。勘弁して欲しい、悪辣な低知能地獄。でも、待て。こりゃ現実そのものじゃないか(爆)」
「・・・(爆)」
「しかもあとがきを読むと、ご丁寧に実在する自殺者のホームページを参照にしたなんて書いてある。
俺は、なんか、もう・・・落ちたね。このへんで確実にダウンした」
「・・・・・・」
「すべてを赦し、解放されるのが死だって認識は別段目新しいもんじゃない。死んだ方がましな人間なんて掃いて捨てるほど居るし、おそらくこの俺もそうだろう。
そう思わせるのはテクニックじゃないんだ。
描いてる奴が、どの程度、その考えに固執してるか。つまり、本気か。
徹頭徹尾、困った人なんだけどね。
作家としては合格であーーーる。」
「強引に江田島平八入れても無駄ですよ。
なんかボクまで調子悪くなってきましたよ・・・」
翳りのない光の洪水がラウンジに溢れている。
生活音がまるでしない、奇妙な静謐。世界中の人間が死に絶えてしまったかのような、不可解な沈黙が辺りを覆いつくしている。
彼方を見つめる視線で、スズキくんが云った。
「・・・でも、ボク、割りとそういうの好きでして。
例えばこの作品集の中じゃ、冒頭の三重人格の女の子の話とかあるじゃないですか。
あれ、なんか救われた感じ、しませんか?」
「あぁ、あぁ、真面目で男装の麗人風の口を利く人格と、超絶淫乱ド変態と、気弱な普通の娘がひとりの中で同居してる話ね。
物語としてしっかりしてるね。珍しくちゃんと語る気があるみたいだ。
若くて才能があると、どうしても描き飛ばしたように見える作品が多いもんだが。
これは、確かにオーソドックス。
しかし、山本直樹と比べると解るが、とにかくト書きが多い作風だね。それも、縦長」
「絵的に見せようとすると、損をする画面構成ですね。こなれてない印象はそのへんから来るのか」
「あれって、普通にいい話だけど、最終的に誰も得をしない。いや、ミレマを抱いて童貞を捨てたんだから、主人公の人生的にはそれでいいのか?」
「そこに疑問が生じる時点で、やはり間違ってますよ。救われた感じがしただけで、結局何も変わっちゃいないんです。
みんな、損したんです。たぶん」
「そう・・・あれも結局、バランスのいい第四の人格を精神科医がつくり出して、彼女は平凡な人生を送れるようになりました、ってオチだしなぁー。
そりゃ 『失われた私』パターンだよなぁ。
てことは、他の三人の女の子を殺したな、ってことだろ?」
「・・・ですねー」
「落ちるよなー・・・」
「・・・落ちますねー・・・」
沈黙がしばらく続いたところで、おやじが突如身を翻した。
「そんな、アナタに朗報!!」
「へ・・・?」
ふところをまさぐり、黒い皮袋に包まれた豆を取り出す。
「一粒飲めば失われた力(リキ)もたちまち回復!!瀕死の重傷もあっという間に元通り!!世にも不思議なドラゴン・パワー!!」
「さすが、カリン様」
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