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2011年2月20日 (日)

川島のりかず『怨みの猫がこわい!』 ('85、ひばり書房)

 「なんでマンガの記事を書かないんですか?」
 
 マドロスパイプを横ぐわえにした、古本好きの好青年スズキくんは言った。
 
 「とっくにお判りでしょうが・・・あんたにはそれしか選択肢がないんですよ

 「うぅッ・・・」

 頭を抱えた古本屋のおやじは呻いた。
 ベーカー街52番地にあるその店の内部は、深甚と紫の煙が立ち籠め、書架に並ぶ無数の蔵書の表題を読み取ることさえ困難だ。

 「近しい立場の人間として云いますが、あなたの記事はいつも偏っている。根本的に人間として大事な何かを穿き違えているのは、まぁ、当然として、そのうえでさらに取り上げるべき内容の選択にまで重大な欠陥があるようだ。
 あなたが、取り上げてしかるべき作品をまだまだ多数隠し持っていることを、ボクは知っているのですよ」

 「むむ。
 ・・・そいつはいったい、なんのことですかい?お代官様?」


 おやじはポケットの中味を両方とも表に拡げて見せた。
 
 「フン、とぼけるな。そこだ」

 スズキくんの投げた和同開寳がおやじの眉間に突き刺さり、悩み顔がハラリと剥げ落ちた。人間そっくりのマスクの下から現れたのは、『孔子暗黒伝』で祈祷師オモイカネが被っていたのと同じ、木製の、目だけ刳り貫いた呪術面だった。

 「・・・ふむ、ちょっとは出来るようだな、小僧」

 暗黒世界の魔術師としての正体を現した古本屋のおやじは、往生際の悪い捨てゼリフを吐きながら、仮面の下から一冊の古書を取り出した。

 「アアァァァッ!!こッ、これは!!!」

 「あの、川島のりかず先生の代表作として知られる!!」

 「まぼろしの怪奇長編『怨みの猫がこわい!』ではないかッッ!!!」


 ドーーーーーーン!!

 「・・・いや、だから、A先生の物真似はやめろって」

 おやじは次にポッキーを取り出すと、ボリボリ喰い始めた。「既に依存症は始まっているな」
 スズキくんは嬉しそうに手垢にまみれた古本をためつ眇めつしている。

 「この本はボクをこの道に誤らせた想い出深い一冊なんですよ。中学の頃だったかな、偶然古本屋でこの作品を手にしまして、衝撃を受けました。なんだこれは、どういうことだ、っていう、それまで読んできたマンガにない新鮮な驚きがありました」

 「キヨシローは中学のときヘッセの『車輪の下』にショックを受けたそうだが・・・同じ下敷きになる話とはいえ、インパクトだけなら、明らかにのりかずが圧勝だよな!」

 「だって、この話・・・まったく意味がわからないでしょ?」

 ポン、とおやじが手を打った。
 スルスルと後方にスクリーンが降りてくる。
 室内灯がふいに落ちて、画面が投影され映画が始まった。

 まったくのサイレントらしく、おやじはすかさずチョビ髭を糊で張り付け、弁士よろしく口上を述べる。

 「さぁ、いらっしゃい、いらっしゃい。
 面白い映画のはじまり、はじまりィ・・・!」

  ※    ※    ※    ※    ※


 チェックのワンピースの女の子が、メガネをかけた友達と連れ立って来る。

 「沙里と圭子は仲良し小学生。今日も今日とて小動物を虐待しております」

 画面、ふたりが投げた大きな石の下敷きになり、息絶える黒猫。
 丸顔の、飼い主の男の子が駆けつけてくるが、慌てて逃げ出すふたり。悔しさに唇を噛み締める少年。

 テロップ「数日後---」

 建築中のビルの下を笑いながら通りかかる二名。そこへ、巨大な鉄骨が落ちてきて、圭子は下敷きになり、即死してしまう。

 「メガネは弾け飛んで行方不明。死に顔は無惨そのもの。このへんの身も蓋もない残虐描写は、のりかず先生のオハコであります」

 全身黒いトーガを纏い、見るからに怪し過ぎる占い師が登場。
 怯えきっている沙里ちゃんに、冷酷極まる宣告を下す。

 「現在進行しているのは、お前達がいたずらで惨殺した黒猫のたたりである。
 とり殺されたくなかったら、あの猫を殺した石を探し出せ。
 猫の無念の霊魂は、あの石に憑依しておるぞ。屍骸を手厚く葬っても無駄じゃ。
 二ヶ月間、心底済まなかったと詫びながら、石を磨け。さもなくば、おぬしは原因不明の高熱でお亡くなりになってしまうぞ」
 
 あまりの恐怖に、うなずくしかない沙里。

 「・・・『リング』シリーズの脚本家がここから着想を得たという事実はまったくないが、結論はよく似かよっている。
 
たたりは人間世界の理屈を越えて襲いかかって来る、超自然的災厄(ディザスター)の一種であり、それから逃れる手段もまた常識を越えたものとならざる得ない。
 邪悪な思い込みに対抗するには、こちらも強力な思い込みを。
 信心VS.信心。精神世界のバトロワ状態であります」

 思い込みの力は恐ろしく、さっそくその日から高熱に侵される沙里。こっそり病床を抜け出し、あの石のところへ向かい、キュッキュと磨き始め、呟く。
 
 「おー、猫ちゃん。可愛いちょーにねー。ごめんね。ごめんね」

 占い師の言葉を妄信し、もはや石と猫の区別もついていない沙里。既に立派に危険な状態になっている。

 
  ※    ※    ※    ※    ※

 「ここで着目したいのは、この石のサイズなんです」

 黙っていられなくなったスズキくんが口を挟む。

 「最初、猫に向けて投げつけたときは両端を少女二名で抱えないと持ち上がらない大石として設定されています。加重もかなりありそうです。
 まぁ、成人した猫一匹を完全に下敷きにしてしまうんですから、そりゃかなりでかい石になりますよ。圧死する瞬間の描写に注目すると、猫は首から先以外はすっぽり石の下に隠れちゃってますから。
 この時点では、石はまだ現実の物体として、質量を有している。まぁ、それでも殺戮シーンを細かく見ると、連携プレイとはいえ、5メートル以上は投げてるんで(笑)、こいつらの体力の方がよっぽど怪奇じみているんですが。まぁ、いいじゃないですか。
 ところが、この先ストーリーが進行するにつれ、石の大きさがまちまちになっていく。頭上にかかげられるサイズになったり、大人が抱え上げられる大きさだったり。最終登場シーンなんか、沙里ちゃんより遥かにでかい」

 仮面のおやじが鼻を鳴らした。
 「それ、立派に説明があるじゃないか。 “ここの石はね、伸び縮みするんだ”(笑)」

 「ボクが入れたいのは、単純な描写力不足への突っ込みではなくて。これは明らかに、のりかず、意識してやってると思うんですが、石が実体を失くしていく過程と、沙里ちゃんの精神が崩壊するプロセスがリンクしているに違いないんですよ。
 特に後半は、『不思議の国のアリス』を倍速ダビングして超劣悪な投射機で逆さまに上映したみたいな異常な展開になりますし」

 「うむ。」
 おやじが再び、チョビ髭を取り出した。
 「さきほどまで語ってきたストーリーは、ありゃ全体の4分の一、50ページほどに過ぎない。
 このマンガの大半を占めているのは、死の幻覚に取り憑かれた少女のエンドレス悪夢描写なんだ」

  ※    ※    ※    ※    ※

 原因不明の病いで床に臥せっている筈の娘が、毎日どこかへ出かけて行く。
 異変に気づいた母親は、こっそり後を尾け、「ごめんね、ごめんね。今日はもっと磨いてあげるわね」と譫妄状態で口走る娘の状態を目の当たりにします。

 メガネにパンチをあててるという、落しどころが一切不明の父親は、「ええぃ、気持ち悪い。正気に戻れ!」とばかり、川原に大事な石を捨ててしまう。
 川原には似たような石がごろごろ。
 焦りまくり、どんどん尋常じゃなくなる沙里。

 「・・・これでもない。・・・これでもない。あぁ、これも違うわ。
 どうすればいいの?
 あの石が見つからないと、あたしはもう生きていられない。どうすればいいの?」

 思考がループ状態で、典型的なおかしい人になっていく。

 と、そこへ現れる、シルクハットと夜会服にステッキ傘を突いた猫の紳士。

  ※    ※    ※    ※    ※

 「この人知ってますよ。ますむらひろしの『アタゴオル物語』でしょ?」

 スズキくんが五月蝿く口を挟む。今回は口数が多いようだ。

 「違います。」
 おやじは冷徹な口調で言い放つ。

 「じゃ、同じますむらがデザインを手掛けた『銀河鉄道の夜』?」

 おやじは激しく首を振る。

 「時間軸が逆行するけど、そういや『耳をすませば』ってのもありましたね?」
 
 「今言ったものは、全部違う。外見に騙されてはいかん。
 こいつは人の心を暖かくしたり、ほのぼのさせたりする機能は一切持ち合わせていない。
 非人間的な冷酷さを持つ怪物。
 すなわち、現実社会の大人そのものなんだ」


  ※    ※    ※    ※    ※

 猫の紳士に導かれ、精神世界へ石を探しに旅立つ沙里。
 そこはファンタジーが本質的に持つチクロにも似た甘さなど皆無の、根本的に思いやりを欠いたグラインドコア世界

 猫の振り回すステッキは、沙里の精神をさらなる混乱へと誘い、それを誘発するかのように猫の首から上まで反対方向へグルグル回転している。
 割れるように頭が痛み出し、苦痛にさいなまれる沙里ちゃん。

 「あーーーれーーーー・・・・」

 身体を宙空に投げ飛ばされ、気がつくと果てしない暗黒の荒野に続く、道いっぽん。
 空中に浮かび、斜めになっている一軒家。
 
 道端には石を担いで、棒立ちになっている鼻の長いおっさん。ロシア風の毛皮帽。

 「わたしは空から降ってくる石を拾う係りなんだ」

 「そ、その石、見せてください!・・・違うわ・・・」

 しょぼくれて歩き出す沙里ちゃんの前方に現れる、腐ったチーズとパンで出来た異常な町。無数の穴ぼこ。暗黒の空中には、ワイシャツ、冷蔵庫、置き時計、ボールペンが静止したまま落ちてこない。

 この町の住人は、白雪姫の小人を目の粗い網で漉して邪悪な要素だけ煮詰めたような連中で、全員がひとりづつ石を抱えております。

 「ねぇ、この町の人はみんな石を持っているの?」

 「そうだよ。持っていないと生きられない者ばかりさ!」

 律儀に一個一個の石を点検して廻る沙里ちゃん。
 すべて違うので落胆していると、鼠にしか見えない男が余計な助け舟を出します。

 「猫の国になら、探している石があるかも知れないよ」

 「・・・猫の国・・・?」

 嗚呼、猫の国!!
 よりにもよって、猫の国!!

 単身、猫の国に乗り込まなくてはいけないなんて!!
 どれだけ不幸な運命が沙里ちゃんを待ち受けていることでありましょうか?!

  ※    ※    ※    ※    ※
 
 「まぁ、最終的には自分の探していた石に押し潰されて奈落の底へ、無限に墜落していくんだけどね」

 一気に語り終えたチョビ髭おやじは、荒い息を吐いた。「これぐらいで充分だろ」

 「エ・・・?!そこで話を切りますか?
 これだけ細かく語っておいて、ちゃんと真のエンディングまでいかないんですか?」

 呪術面のおやじは、その下で薄い唇をニヤリと歪めた。

 「ファンにはお馴染みの、川島オチが待っているよ。それ以上の情報が欲しいなら・・・」

 グイ、と本を突き出した。

 「読め。」

 

 

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