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2011年2月27日 (日)

熊谷蘭冶『嘆きの天使①』 ('08、ホラーM)[後編]

(承前)
 
 「それにしても、このマンガの2巻は存在しとるのかね?」
 おやじは頼んだアルコールを舐めながら訊く。「ホラーMはご存知の通り、廃刊になってしまったしね。」

 ビビ子は分厚いメモ帳を捲る。

 「えーと、Webマガジンとして一応継続はしてるみたいなんですけど、熊谷先生の名前はそこにありませんね。単行本は現在Amazonでもお取り扱いしてません、って」

 「とことん腐った世の中だな。」

 「とことん腐った世の中ですわね・・・。」


 二名は同時に嘆息する。
 夕暮れ時の喫茶「ル・モンジャ」の店内は急速に込み合い始め、サラリーマン、有閑マダム、行き場を失くした学生が3秒おきの間隔で出たり入ったりのリズム運動を繰り返している。地下鉄がホームに入ってくるときにも似た轟音が周囲を構わず鳴り響いているようだ。
 
 「それじゃ、諸君が少しでも興味を持ってくれるように、この傑作の紹介に与ろうかな。
 熊谷先生の歪みきった、いわばジミヘンのギターの狂ったディストーションノイズのような美意識については先に触れたから、次はストーリーの説明だね。
 ビビ子くん、メモ読み上げて。」

 「はい。」
 ビビ子は目深に被ったベレー帽を直す。
 「舞台はヒットラー政権が樹立される直前のドイツです。ということは1933年より前ですわね。
 主人公ジークリンデは、奔放な母親の元を離れ修道院の経営する女子寄宿学校に身を寄せる、絵画とエッチの好きな女の子です。同級生のヘレーネとは、口移しにチョコを与え合うほどの濃厚なレズビアン関係にあります。
 女学校だから、ここは当然、レズですね。」

 「うむ。当然だね。」

 「そんなジークリンデには憧れの修道女がいて、彼女を聖女のように熱烈に思慕しております。勝手に彼女の肖像をスケッチしたり、片想いはつのるばかり。
 修道院だから尼僧。尼僧だから、当然、レズですね。」

 「うん。そうなるしかないね。」 

 「そんなある日、修道院で下働きをする知恵遅れの寺男(美男)が聖女を強制レイプ。無茶な偶然で現場に居合わせたジークリンデは逆上し、園芸用の裁ち切りバサミで下郎を殺害します。
 現場を発見したメガネのサディスティックな修道院長は、死体隠匿を申しつけ、身を穢された聖女を地下の牢獄に幽閉。ジークリンデに彼女の世話を命じます。」

 「ジーン・ウルフの『拷問者の影』冒頭に似た展開。いいよね。
 あぁ、そうそう、重要な情報をひとつ。
 熊谷先生のわがままな画風は、神田森莉先生のデタラメな少女マンガタッチに多大な影響を蒙っているようだ。だからとことん耽美的でありながら、気持ち悪くならない。90年代以降の抜けのいい軽やかさを獲得している。」

 「血みどろですけどね。
 真心込めて御世話するジークリンデ。しかし彼女の精神は衝撃であちらの世界に弾き飛ばされ、もはや無惨な抜け殻も同じ。
 しかも、聖女は既に胎内に子種を宿していた!おそるべし、知恵遅れの命中率!
 産褥の苦痛で彼女はあえなく死亡、両性具有の赤子を産み落とす。生涯の恋を妨げられたジークリンデは絶望に狂乱し、暗澹たる日々を送ることに。
 そんなある夜、女学校内に潜む援交グループに麻薬を嗅がされて校外へ連れ出され、金持ちのハゲの性の生贄にされかかるも、もって生まれた機転ととんちで窮地を脱する彼女に、激しく惹かれるヴィルヘルム・ホルライザー伯爵!」

 「・・・誰、それ?」
 
 「若い美形です(笑)。いま、このブログで初めて美形って言葉が登場しましたね。
 まー、こいつが彼女に絵画の才能も含め完全に魅了され、あれやこれや。伯爵に懸想する隠れホモの青年なんかも登場して、くんずほぐれつ。
 その間にいじめっ娘は手足バラバラ、人間トルソになるわ、踏まれて喜ぶマゾは出るわ。
 かくして、舞台はベルリンへ。ってのが第一巻のあらすじなんですけどね。」

 「にぎやかしい。
 満艦全飾とはこのことか。こりゃ素直な感想なんだが、主要登場人物には全員独自のエロシーンが用意されている趣向に驚いた。
 特にメガネババアの修道院長。」

 「出る人みぃーんな、やりまくりなんですよね。
 ・・・あら、やだ、私ったら下品な表現。はしたない。」
 
 「本当は下賎な女のくせに。」

 瞬間パンチが顔面に炸裂し、おやじは確かにアンドロメダ銀河が数億年かけて崩壊していく過程を垣間見た。

 「・・・じゃッ、あたし、これで。
 この時間なら最終の組版に間に合いそうだわ。先生、次回からは締め切り厳守でお願いしますよ。
 それじゃッ!」

 慌しくお会計を済ませ、脱兎の如く、濃茶のスイングドアを押し開けて夕暮れの喧騒の中へ飛び出して行くビビ子を絨毯の上から眺めながら、おやじはうわ言のように呟いた。

 「・・・ええかー・・・。ええのんかー・・・。」

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