華倫変『高速回線は光うさぎの夢を見るか?』 ('02、太田出版)【前編】
「うーーーん、落ちるなァ・・・」
柔らかい光線に溢れたラウンジで、古本屋のおやじは溜息をついた。
周囲は白一色に染まり、でもそれが清潔で華やいだ感じを演出するというよりは、彼我の境界を曖昧にする不吉な効果をあげている。
「・・・なんですか、その、ダウナーすぎる感想は?
ボクのお勧めの本、ダメですか?」
スズキくんは着込んだフリースを喉首まで押し上げて、心底寒そうにしている。
季節は真冬。こんなに晴れて上天気だというのに、空気は冷たく乾いて、皮膚を刺す。
そこら中に光が満ち溢れ、視界はこの上なく明るいが、暖かみがまるでない。一切の人間の侵入を拒む無菌室の壁がどこまでも続いているように見える。
狂気を誘うかのような、白一色の。
「うむ・・・そう、マンガにはいろんな効能があるじゃないか。温泉みたいにさ。
明るく楽しい気持ちになるものもあれば、ゾッとして嫌悪感を催す表現だってある。
思わず噴き出すギャグやら、激しく股間に働きかけるエロやら、なんだっていい。すべては立派なマンガのもたらす効果だよ。
でも表現は、単に表現だ。それは一種の効能に過ぎない」
スズキくんは軽くうなずく。
「危険なマンガというものが存在するとしたら、それは人間の情緒に影響を与えるものだ。
マンガを読んで、落ちる。
これほど恐ろしい経験はない。読んだだけで落とされてしまうんだよ。これほどの恐怖がありえるだろうか?」
「日野日出志先生が読者を地獄に突き落とすのとは訳が違いますか?」
「あれには明確なカタルシスがあるもの。」
おやじはちょっと笑って、手を振り否定する。
「作品内の論理に従って訪れる、当然の結末だ。それを余さず描き切ろうというのは、創作者としていさぎいい態度し、読者だって当然、拍手喝采だろう」
「それは、ちょっと違うと思うなァー・・・」
「あれは間違いなく優れたエンターティメントだよ。立派なプロ仕事だ。
そうした、機能としてのマンガを語ることは容易いが、精神に作用するマンガはちょいと扱いが微妙になり、結局“好き””嫌い”の論議にどうしても終始してしまう。」
「おっしゃること、なんとなく分かります。
・・・今回は珍しく、論調が真剣ですね。大丈夫ですか?」
「私が古本屋という稼業に限界を感じ、煮詰まっている証拠かも知れないな。だが、まぁ、いい。
書き飛ばすだけが評論ではないんだ。たまにはじっくりやるさ」
「はぁ・・・」
(以下次号)
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コメント
ブログの更新大変かと思いますが、応援しています☆
投稿: 代官山 美容室 | 2011年2月 2日 (水) 22時10分
恐縮です。
毎日更新したいんですが、さすがにそれはちょっと・・・。
投稿: UB | 2011年2月 3日 (木) 23時35分