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2011年1月15日 (土)

笠原倫『移動交番175(イナゴ)②』 ('82、双葉社100てんランドコミックス)

 この世には、知られていない事実がたくさんあり、学ばねばならぬことが数多く存在する。
 
たとえ、それが「知ってどうする?」ということであろうと。
 
われわれは真実を知らなくてはならない。

 たとえば、このマンガだ。

 ジャンルコミックという概念はご存知だろう。
 特定の読者層に向けて発信される、かたよった編集方針のマンガ群。あらゆる年齢層に、分散しますます細分化する趣味趣向の持ち主達に向けて。あるいは特定の社会的ニッチに帰属する人々へ。俺から宮本へ。
 そのジャンルが偏向しているほどに、内容は特殊化し扱う対象は狭くなる。
 マンガ家は、一般的な技量よりも専門性、特殊知識を高く買われるようになり、つまりは傘下に集う同好の士と等しく趣味の饗宴を果たすことになるのだ。

 専門誌。一般読者の目にすることのない聖域。
 埒外からの闖入者であるわれわれは、そこに思わぬ秘境を見出すことだろう。
 そして、呟くに違いない。
 「あぁ・・・知らなきゃよかった。」

 ここにひとつのジャンルが存在する。
 ジャリ向け。
 少子化の嘆かれる昨今、勢いも失せたが、かつては近代マンガジャンルにおけるひとつの重要な肥溜めであった。
 うんこ。
 しっこ。
 ハゲ。

 4歳のガキでも理解可能なバカタームを媒介とし、単純な正義とくだらない悪とが熾烈なシーソーゲームに興じる世界。
 しかし、なんとゴージャスかつスカスカで、魅惑に満ちた空間であったことか!
 例えば『風の谷のナントカ』(マンガ版の方)にこんな台詞がある。
 
 「世界を善と悪とに分けて考えていたら、なにもわからないわ!」

 ・・・うるせぇ。

 もっともらしい正論を聞かされると、冷静に判断するより先に条件反射でこぶしを固く握ってしまう、生まれついてのデスペラード(幼児性の抜けない魂、永井豪主義者ともいう)だけに地域限定で情報発信された、いわば雑民党のマニュフェストの如き、一般大衆にはまったく無用な、ゴミ以下の輝ける存在がこれだ。

 さて、このマンガの内容紹介に入るが、まず知っておくべき重要な情報をひとつ。
 交番は、移動しない。
 表題にある「移動交番」とはあくまで、ただのトラックに過ぎない。
 ま、全長25メートル、コンテナ内に巨大マジックハンドを装備し、ヤクザのミサイル攻撃にも平気、シャーシ部を伸ばして空中に浮かび上がることまで可能な、特殊すぎる車輌を指して“ただのトラック”と呼べるか否か、正直微妙だが。
 実際、劇中での呼び名は「パトラック」。「パトカー」と「トラック」を合体させて「パトラック」。
(車体はちゃんと黒と白に塗り分けられ、おまけの如く、サイレンと赤い回転灯も付属しております。)
 なんて子供だましなんだ。まったく、こうした発想にはゾクゾクする戦慄を禁じえない。
 「パト」と「レイバー」を足して「パトレイバー」なんて、甘い、甘い。
 そんなのは所詮、中高生の小ずるい知恵に過ぎない。
 へたれに洗練された世の中だからこそ、直球勝負というのはやはり重要でなのある。

 警視庁所属のパトラック175(イナゴ)チームは、重大事件や緊急警備に対応するために設置された特殊部隊だ。
 スーパーカーの警護や、農協による侵略(!)に絶大なる威力を発揮する。

 リーダーは、ださいツナギに巨大リーゼントを背負って、スネークの如き黒いアイパッチをかました伊達男。
 運転手は、オカマ。お化粧ニューロマンチック系。
 紅一点、ポニーテイルのセクシーちゃん。常にミニスカから白パンツ全開。
 あと、鉤十字のメットを着用したイッてるスポーツバカと、頭の薄い小デブのおっさんにしか見えない小学生。
 (読者の小学生にコイツに感情移入しろ、とはかなり挑戦的な態度だ。)
 
 常識的な社会の規範からはみ出したアナーキーな連中を搭載し、ガキにも理解可能な単純なストーリーは、こうだ。

・東京モーターショーから、トヨタと日産が共同開発した夢のスーパーカーが盗まれた!
    ↓
・イナゴ部隊出動!
    ↓
・敵はヘリコプターを繰り出し、応戦!
    ↓
・マジックハンドで見事に撃破!よかったね!


 どうだ?
 過不足ない面白さだろう?
 弱点を述べるなら、いまきみが想像した内容、それ以上では決してないってことだが。
 
・極東刑務所から、装甲つきロールスロイスで、モーホーのギャングのボスが逃げた!
    ↓
・イナゴ部隊出動!しかし、メンバーのデブ小学生の容体が悪い!
    ↓
・敵は高速を走りながら、キャノン砲で攻撃!デブ小学生、腹に氷嚢を載せ、唸る!
    ↓
・道路壁と車体とで、ロールスをサンドイッチにして撃破!デブの腹いたは、食いすぎ!一同ギャッフン!

 
 ま、このロールスロイスの燃料が(映画『恐怖の報酬』でお馴染み)ニトログリセリンであるとか、細かい突っ込みどころはあるのだが、それはともかく、そろそろ明らかになってきただろう。
 この作品の魅力は、決して筋立てにあるのではない。
 純粋なギャクアクションである、ということだ。
 往年の香港映画のように無意味な会話とだじゃれが垂れ流され、セガールの映画の如く、無意味なアクションが連鎖し、最後まで撃ち合い潰し合いが続く。読んで為するところは微塵もない、と笑顔で断言しよう。

 なに、作画レベル?
 はっきり申し上げるが、ここにあるのは『マカロニほうれん荘』や『すすめ!パイレーツ』のような時代を劃した有名ヒット作の、お子様向け焼き直し版である。
 したがって本家同様、作画クオリティーは決して褒められたものではない。
 山上たつひこから初期の江口、鴨川つばめに連なる、皆様お馴染みのあの絵柄が、いささか脱線気味に、ワイルド感増量に繰り広げられているとお伝えすれば充分だろう。
 しかし、コンテナーに格納され、とどめを刺すのに必須な巨大マジックハンドのデザインは大友朗『日の丸くん』そのものであって、センスはずいぶんいにしえだが。
 (笠原先生は新田たつおのアシスタント出身、と聞くとなにか納得がいく。)

・農協が都会に攻めて来た!
     ↓
・イナゴ部隊、出動!
     ↓
・農協は、税金の無駄使いの道路開発を中止させるため、都会を田んぼにする気だ!改造田植え機の威力は凄まじく、コンクリートがあっという間に、苗床に!
     ↓
・苦戦するイナゴ部隊だったが、なんと、事件の首謀者はイナゴドライバーの実の父親!事態はうやむやになるのであった!


 あー、マンガだ。こりゃ、まさしくマンガだ。
 
 要は、万事それでいいのではないか、と単細胞の私は思うのだ。 

    

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