なかのゆみ『あっ!私の顔がとけていく』 ('86、ひばり書房)
[あらすじ]
森 冬子は向かいの豪邸に住む中村夏子が羨ましくて仕方がない。
金持ち、美人で明るくて、社交的な性格で、イケてる彼氏とバンバンはめまくっているからだ。
しかし、女同士によくある薄い友情の絆から、本当に思っていることなど到底口に出せず、天体望遠鏡で隣家をストーキングして、悔し涙に暮れる毎日であった。
そんな冬子の心の闇を察知した怪しい占いババアが、銀座でショッピング中に話しかけてくる。
「そのイライラした気持ちを私が晴らしてあげましょう」
唐突に、みっつの願い事をかなえてやる、と古典的な戯れ言を抜かすババア。
「マジ?」と驚く冬子が入り込んだババアの居室は、漆黒の大宇宙空間が広がっていた!
やばい!
この人は、本物のやばい人だ!
あせって、適当な思いつきをバラベラ喋りまくる冬子。
「ええと・・・その1、夏子の家が超がつくほど貧乏になりますように・・・!」
律儀にコクヨのノートに鉛筆でメモをとるババア。
「その2・・・そうね、私に超能力がついて、夏子にさんざん嫌がらせが出来るようになりたいわ」
「オッケー」
ババアはスマイルしながら指で輪っかをつくった。「・・・それから?」
「えーーと、えーーと・・・」
どうせ碌な考えも浮かばない冬子のこと、思わず本音がぽろりと出た。
「夏子の彼氏の谷原章介くん。彼を私にちょうだい」
パタン、とノートを閉じるババア。
「いいわよ、すべて即日支払いでかなえましょう。そのかわり・・・」
ゴクリ、つばを飲む冬子。
「三年後、あなたのものを半分もらうわよ」
??なんじゃ、ソラ??
??もしや、たましいとか??
そんな疑問が湧けばこそ、瞬間天地が逆転し、グルグル渦を巻いて廻り出す宇宙空間。
ギェーーーッ、と魂消る絶叫を残し、次の瞬間、冬子は自宅のベッドに転がっていた。
「あたし・・・超能力がついた・・・?」
彼女は銀座のババアのコンパートメントから、自分の家のベッドまで瞬間移動したのだ。
それどころか、他人の意志はあやつり放題、地面を陥没させて人間を飲み込むなどお手のもの。
そんな歴史も揺るがす、驚天動地の能力を手に入れた冬子が考えることは、ただひとつ。
「これで、さんざん、夏子に嫌がらせをしてやる・・・!」
で、まぁ、夏子の父親が経営するホテルが炎上し死者四十名が出るとか、恋人の顔面がT字型に陥没する幻覚に襲われるとか、いろいろありまして、冬子の常識を軽く凌駕した悪ふざけの嵐に翻弄され、次第に精神に変調をきたした夏子は、練馬の精神病院に入ってしまう。
ここの描写が秀逸で、ちゃんと取材した、もしくは本当に収容されていた経験のある人でないと出せないリアリティが滲み出ている。
冬子が様子を見に行き、いざ病棟のドアを開けたときの嫌な感じとか、面会室で差し入れのケーキを取り出すと、おかしなおばさんが乱入してきて、笑顔で会話しながら勝手に食ってしまう展開とか。
「調布はいいところです。雨が降らないから。
あそこは本当にいいところです。雨が降らないんです。」
唖然とする冬子。
このパートをもっと続けてくれると、ダブルつげ先生(義春&忠男)のテイストに近い傑作が仕上がっていた気がするのだが、なかの先生はさりげなく話をひばりに戻す。
夏子の収容状況に一通り満足した冬子は、自己アピール活動に専念し、陸上競技会に出ては高校新記録を樹立、新体操をやってはコマネチ、油絵を描いてはゴッホ今泉と持て囃される。
そしてなぜかなんの前振りもなく作詞・作曲を開始、レコードは全国でミリオンを飛ばすメガヒットに。
TV、グラビアにもいけしやぁしやぁと登場し、全国民にその不自然なショートカットの魅力を披露する冬子。
わが世の春を謳歌し、本邸を改築、別荘まで購入し恋人谷原とハメ狂う毎日の冬子の耳にふと飛び込んできたのは、憎っくき夏子退院のニュースであった。
「キーーーッ!!夏子め、この別荘に招待し、いびり抜いてやる!!」
なぜ、そんなに固執するのか理解できないが、夏子の新恋人、精神科の桑野医師(通称クワまん)にまたも横恋慕し、超能力で横取りしようとするがまったく効果なし。
焦る冬子に、あの宇宙からの占いババアの非情な声が響く。
「おまえさんは谷原章介と恋人同士になりたいと望んだではないか。
ほかの男とは、まったくどうにもならないんじゃよ・・・!」
(谷原くんはロボットみたいで、アレされても愛されてるという実感がないし、なんとなくむなしいわ)
勝手なことをほざく冬子。
その後も、海で泳ぐ夏子の身体に蛇を大量に巻きつかせてみるとか、食べてるシチューに鼠の頭部を投入してみるとか、独自路線の嫌がらせ大会を繰り広げる冬子ではあったが、なにがあってもクワまんとの真剣交際の浄化作用によりプラス方向へ思考をチェンジさせてしまう夏子にはどうあがいてもかなわない。
思い余って、ムカデに刺されて顔面を腫らして、ミイラみたいな包帯だらけにし、しまいにその下の皮膚を腐らせて溶かしてみたりするが、献身と自己犠牲に駆られ、ふたりの絆は深まるばかり。
(やっぱり、愛ね。愛がない生活なんて、充実感がないわ)
そんな無駄なことを考えながら、歩いていた冬子にガードレールをオーバーランした酔っ払い運転のトラックが突っ込み、正中線に沿ってきれいに身体の半分をもぎ取られてあっけなく死んでしまった。
あれから三年経ったのだ。
[解説]
100%どうでもいい傑作。
異様に地味すぎるなかの先生の画力は、読者を投げ遣りな気分にさせ、キャラクターにまったく感情移入させない完璧なものだ。
全身に蛇を絡みつかせたところで水着の肩紐が切れるなど、こそばゆいエロさをも包括し、ヴィンテージひばりとしてはある種、理想的な仕上がり。
古い甕に汲んだ、新しいワインを飲もうじゃないか?
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