世界先進国経済首脳会議。
彼らは三角形の黒いテーブルにおのおの陣取り、世界経済の命運を決しようとしている。
重鎮達の外観は諸君の好みにお任せしよう。そう、例えば---でっぷりと太って汗だくの男、猪首。あるいは極端に痩せこけ、眼鏡で、しかも黒眼鏡で狂気じみた笑いを浮かべる者。中には双眸から鷹のように鋭い眼光を放ち、周囲を睥睨し続ける者もある。まったく何様か。
ご本人は勿論、随員たち含め臨席するメンバーは残らずスーツにタイを着用していて、さすがに一国を代表する切れ者たち、仕立ての良い糊の効いたワイシャツはパリパリに乾き、指を当てたら本当に切れそうだ。
作者がここで特に注意を喚起しておきたいのは、現在この集団の中に地球外から来た未知の存在が複数混ざり込んでおり、常に介入のチャンスを窺っていることである。
実のところ、あらゆる重要会議には彼らが密かに参加しており、すべての会議が常に紛糾し碌な結果を生まないのは、このためである。
「いいかね。」机を叩く音。
「すべての種類の映画の評価は、女優の乳首の露出にかかっているんだ。この事実をまず認めて貰いたい。」
堂々とした態度で、米国通商代表が云った。脇で秘書官がテレコを廻し発言を公式のものとして記録している。
「どんなくだらない映画でも、女優の決心ひとつで救うことが可能だ。実際いろいろなタイプの映画が、そうそう、特に“芸術”と呼ばれる退屈なジャンルの映画が、献身的な女優の貢献により見るに値するレベルに引き上げられてきた、驚嘆すべき歴史がある。これはもう奇跡の域、神の御業だ。まさに恩寵、無価値のクズ山からの神聖なるサルベージ行為と申し上げていい。」
「それは、例えばVシネ・・・とか?」
地球上では経済的動物として広く知られる日本人が尋ねた。彼の発言は通訳されることなく、世界的な慣例に従い無視された。
禿げ頭のドイツ代表が汗を拭き拭き、モノクルを外し片手を挙げた。
「それは、つまりポルーノこそ最上のものである、という極論に結び付かないーか、アメリカ人?アルタミーラの洞窟に穴居人が壁画を描いた昔より、われわーれは、いかーに、ポルーノから遠ざかるかをひとつーの命題としーて、文明を木築沙絵子ではなーかったーのかね?」
「・・・だからって、木築沙絵子はねぇんじゃねーの?」
日本人が再び小声で言った。彼はまた無視された。
「左様。」
英国の経済大臣が、秘書の耳たぶを噛みながら首肯する。
「人類は愚かだ。クソのようなものだ。ゆえに国家元首は衆愚を束ねる羊飼いとして、集団を適切な方向に導くべき使命を負っているのだ。」
「やめてください。大臣。」秘書が下を向きながら言った。彼は若い男性だった。
大臣の指先はテーブルの下で、彼の柔らかく敏感な部分、やがて直ぐにソフトな印象はなくなる場所をまさぐっていた。
アフリカの小国からやって来た青年が手を挙げた。
「議論の方向性が今ひとつわかりませんが、ポルノは退屈ではないですか?何度も観てると、確実に飽きますよ。私は日に三度オナニーしますが、そのうち二回はエロ本です。」
銀縁の眼鏡がキラリと光った。
オランダ通商代表が存外まともな発言をした。「われわれは、ここにポルノの定義を話し合いにきているのではないでしょう。
問題は、相米慎二だ。」
「その通りです。」
貴族的な物腰でベルギー代表が発言した。
「『翔んだカップル』。『セーラー服と機関銃』。『台風クラブ』。相米には間違いなく日本を代表する巨匠となりうる才能があった。これら初期作品は、どう考えてもへんな映画として分類されるべきものだが、若く眩しい才能の迸りを感じさせる、幾つかの印象的なショットを含んでいた。誰もが彼に期待した。バブル期の日本にはまだ動かせる資金があった。そうして、時間を掛け、キャスティング、ロケーションなど入念な下準備のもとに満を持して撮り上げられたのが、大作『光る女』だ。」
「だが、彼は失敗したアルよ。」
中国代表が髭をしごきながら、冷徹に断じた。
「真の革命精神を理解しなかったのが原因とされるネ。」
「毛語録の引用はもういいよ!ハラショー、モスクワ!」
ロシア人が持ち込まれた湯船の中で、ウオッカをがぶ飲みしながら大声で吠え立てた。巨大な熊そっくりの容貌が真っ赤に染まり、血液の循環に重大な支障をきたしていることは火を見るより明らかだった。
「必然性のないストーリー。意味なくフェリーニ的な意匠を散りばめた、空疎に華美なガジェット。そのくせ、新宿西口バス放火事件を劇中に取り入れてみせる、時事への目配せ。なにがいいたいんだか、さっぱりわからねぇ難解を装っただけの小賢しい象徴主義。あぁ、退屈だ、へい、ご退屈様!」
盛大に屁をこいた。
「女優を連れて来い!乳首を見せろ!ウィー!!ガブッ!!」
彼はいきおいで会議のテーブルを齧ってしまった。
アメリカ代表があまりの乱暴狼藉に目の端を吊り上げて怒鳴った。
「黙れ、北海の熊め!
秋吉満ちるの乳房は、確かにいいかたちだよ!!誰か、そこに不満のある者は・・・?!」
場内を静寂が覆いつくした。
カラカラと車椅子を手で押して進み出たのは、片腕が義手の老人だった。
「おぉ!これは、これは、Ⅹ博士!」
「眉毛の濃い女は、体毛の濃さを連想させる。これ、すなわち、アソコの毛の多さを連想させる、ということだね。」
博士は、印象的なしわがれ声で核兵器以上の破壊力を持つ内容の発言をした。
「80年代の日本女優はみな、盛大な眉毛を誇っていたものだ。なにもそんなに、というくらい、濃くて太い眉毛をキリリと引いて、それがバブル期の日本を鼓舞する重要な戦略兵器となっていたのだ。いわば、セックス業界のスターウォーズ構想といえる。」
「おぉ!ボディコン!」
「ボディコン!」
「タイト!」
「タイト!」
会場に紛れ込んだ数人の異星人が、我が意を得たりとシャウトした。彼らは全員、異星人である証拠に黒いサングラスにソフト帽、ビジネスコートを着用し、片言の言葉で喋る。街で見かけたら注意した方がいい。
博士は黒手袋を被せた義手を高く頭上にかかげ、軽く衆声を制止した。
「しかるに!
昨今の堕落はどうだ!茶髪、茶髪でギャル系だと?!ふざけんな!!バカめが!!そんなAⅤで本当に抜けるのか、お前?!どうなんだ!!」
興奮した博士は車椅子から身を乗り出し、アフリカから来た青年の胸倉を掴んだ。
「おい、お前?!
さっき、オナニーは一日三回と抜かしていたお前に訊く!!
どんな女優が好みだ?世界首脳の面前で発表してみろ!!いわば、世界の中心で愛を叫んでみろ!!」
青年は困ったように、うなだれた。
「いや、あの・・・。名前はあんまり・・・。」
「ホレ、みろ!!ホーーーレ、見なさい!!僕の世界の中心は、きみだ!!」
あまりの急激なテンションの上昇に、博士は鼻から血を垂らし始めた。
「いまや、女優とは名前ではないのだ!!否!!そうではない、唯一、それが残っているのが“芸能人降臨”シリーズだってんだろ?!
だが、ここには致命的な陥穽があるのだ。」
博士は大きく息を吸い込んだ。
「そんな芸能人、誰も知らへんのんじゃーーーーーーーッ!!!」
声を限りに絶叫したⅩ博士は、そのまま背後に倒れ込んで失神した。
「やっぱり、ポールノ談義ではないか?」
「誰かまともに映画に見識のある奴はおらんのか。」
会議は途轍もなく混乱し、異星人たちはにんまり笑った。
地球征服の日は近い。
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