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2010年10月21日 (木)

永井豪『ガクエン退屈男』('70、ぼくらマガジン連載)

きみは、関東の地獄を見たか?

そう、私はまさにきみが地獄地震の後の関東に生きるにふさわしい人間か否かを問うているのだ。
巨大な、深層に潜む人間の獣性を呼び覚ますようなジャックナイフを喉元に押し当てて。
お前の生きる資格を問うているのだ。
わかるか?

『バイオレンス・ジャック』は巨大地震により文明社会が薙ぎ払われ、暴力によって支配される、かつて関東と呼ばれた瓦礫の荒野が舞台だ。生き残った者達は富と権力を求め、血で血を洗うあくなき抗争を繰り広げている。
日本刀、チェーン、メリケンサック、拳銃、マシンガン、地雷、バズーカ砲。戦車に鋼鉄の鎧の騎馬軍団。発狂した自衛隊員の守る莫大な金塊。黄金都市、エル・ドラドと化した池袋。千人組。外道会。関東羅刹組、組長錦織つばさ。素敵すぎるネーミング。

野暮は申すまでもないが、私にとっての『バイオレンス・ジャック』という作品は講談社版で完結している。そう、まさに「黄金都市編」で。
黄金をめぐる三つ巴、四つ巴の激闘の末、総てが瓦解し、早乙女門土の生首を抱いた身堂竜馬が復讐を誓いながら、ビルの谷間の荒海に沈んでいったのちに。
荒野の瓦礫を押しのけ立ち上がる黒い巨人。切断された片腕を咥え、全身の傷口から血を滴らせ、憤怒の形相そのままに砂塵の彼方へと消えていく影。
私は圧倒され、云うべき言葉を持たなかった。
ことの善悪を越え、ただ、ただ圧倒的であること。力が、ただ力がそこには描かれ、読解や解釈を超越した次元へと解放されたのだ。これこそ、物語が「生きた」瞬間である。
伝説が地上に降りてきた瞬間である。
この作品はこれでよいのだ。

だからジャックの正体が実はデビルマンだという(!)常人のイマジネーションを軽く凌駕する、その後の強引すぎる展開(作家のエゴともいう)にはついていっていない。
真のファンではない。
その通りだ。私はあらゆるジャンルに渡ってそう呼ばれる存在になることを忌避してきたし、実のところ連中を憎んでさえいる。
なにごとにつけ、あらゆる信者は断罪されるべき性質のものだ。
それが、あの、荒野に消えていった巨人に私が教わったことだ。

さて、『ガクエン退屈男』はその「黄金都市編」のプリークェルにあたるものだ。従って必読書なのだ。例え、未完でも。
物語の基本構造はこの時点で出来上がっており、既に暴力は暴力を呼び、生首が飛びまくっている。
激動の60年代を経て、さらに過激化した学生運動は都市型テロリズムと化し、70年代には日本全土を席巻し、教育の場である筈の学園も荒廃しきっていた。
そこで、政府が決定したのは教師の武器携帯と殺人の許可である。すなわち、全国の学校はサディスティックな殺人狂シェリフに牛耳られる西部の町となったのだ!
なんてダイナミックな設定なんだ!

しかし、当初は西部劇パロディとして、ギャグをまじえながら描かれていたストーリーも、次第に豪ちゃんの黒い本能の暴走により、笑いとはまったく異質の異次元へと急速にスライドしていく。
主人公、早乙女門土は完全な狂人で人殺しのことしか頭にない。ときどき、本能と勘にまかせてもっともらしい台詞を吐くが、それも殺しのための方便だ。
もうひとりの主人公、身堂竜馬は美女と見まがう美貌の持ち主で、いっけん冷徹に見えてキレると何をするかわからない。
中盤より登場するヒロイン、錦織つばさはあどけない顔をして大男をつまみ殺す怪力の持ち主。着衣での登場率は異常に低く、常にビキニか下半身丸出し。
こいつらが裏切り、攻め込み、強奪し、とにかく殺す、殺す、殺す、殺す。行くところ、すべて死体の山が築かれる。
既に決闘の場に究極の反則技バズーカ砲は登場するし、いくらズタズタにしても決して死なない不死身の怪物も姿を見せている。
たいした筋書きはない。学園の覇権と、一般学生の解放という実にどうでもいいテーマをめぐって延々と殺しあう、それだけの物語だ。
ゆえに美しい。
ここにはまだ少年誌のタブーが幅をきかせていて、あらゆる暴力と拷問が解禁されているのに、セックスだけがない。裏を返せば、湿っぽさが一切持ち込まれないということだ。
テーマのない無目的な殺し合い。
この物語が着地点を見出さないまま終了してしまったのは、当然のことだろう。

そして、そんな見渡す限り不毛の荒野から立ち上がった巨人は、周囲を睥睨し、威圧しるかのように吠え声をあげた。

「・・・おまえは、関東の地獄を見たことがあるか・・・?」

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