まちだ昌之『血ぬられた罠』 【風立ちて、D】('88、ひばり書房)
「この話、適当に考えているでしょう?」
と、Dが云った。
「それは否定しない。」ヒューストンの回答は、明確だった。
「だが、いきおいで適当に書きなぐるというのも、ひとつの立派な執筆態度である。」
彼らは現在、真っ白い空間にいた。
より正確に描写するなら、無菌・無臭の宇宙船内の一室に、円形の卓が置かれ、その上にポッド状の通信機器が設置されている。相手の姿は直接は見えないが、信号を受けて反応する立体映像の波形が表示されており、地球からの通信を知らせている。
宇宙ヘルメットに全裸のDは、さきほどからこの波形パターンに向かって話しかけている。
「状況は、こうだ。」
ヒューストンからの声はいつになく冷静だった。
「きみの宇宙船は前回の記事において、未知の次元断層に突入した。正体はわからないが、正常な宇宙空間を捻じ曲げる強力な性質のものだ。複数の次元、時間軸に渡って大規模な地殻変動が起こったと考えて貰ってもいい。きみの宇宙船はその渦中に巻き込まれ、制御を失い、現実とは違う異次元空間に放り出された。きみが現在居るのは、一見似通っているかも知れないが、実は構造自体からして根本的に違う別の宇宙だ。パラレルワールド、併行世界と言ってもいい。
こうした世界が存在することは、きみも何かで読んだ記憶があるだろう?」
「あぁ、『ドラえもん』で読んだよ。」
Dはのろのろと答える。
「いや、『みきおとミキオ』だったかな?・・・あれは、でも未来の話か。」
「ともかく、その世界は現実ではないんだ。
きみの嫁が鬼嫁だったり、異星人だったりするなど、現実にありえない話だ。」
ヒューストンは、たたみかけるように続けた。
「そこに留まっていては危険だ。どんな危害がきみに及ぶか、わからない。われわれは脱出方法を検討した。世界最高の頭脳を集めて集中討議を重ねた。大統領に電話した。神仏にすがって、見事、断られた。」
「ダメじゃん!」
「そこで悟ったのだ!人知を越えた未知の空間からの脱出には、人知を越えた未知のパワーが必要なことを!」
「オカルトに戻ってますけど・・・。」
「D、きみはそこに一冊の古書を持っているな。」
「これか・・・。」
Dはかたわらの書物を取りあげた。
顔半分が焼け爛れた女が睨む背景に、劇画チックな男女が抱き合い、怯えている。「HIBARI HIT COMICS 怪談シリーズ」の通しタイトルと、泥臭い赤の書体で「血ぬられた罠」の表題、著者名はまちだ昌之とある。
「それが脱出の鍵だ。その本の解説をしなさい。さすれば、再び次元の口がパックリ開いて、きみは正常な宇宙に帰還できるであろう!」
Dは、呆れ果てて呟いた。
「ど・・・どういう根拠だ?」
「世界最高頭脳を集めても、超高性能コンピュータで解析しても結論が出なかったので、私が適当に考えた。意外と当たっているのではないか?」
「ヒューストン、お前のギャンブル運は・・・。」
「急げ!時空間のほころびが致命的になる前に!船外スクリーンを見ろ!」
そこには、無数の惑星を喰い尽し、あまたの文明を崩壊させ、邪悪の種子を振りまきながら大宇宙に浸食を続ける、巨大な鬼嫁の姿があった!
恒星よりもでかい嫁というのは想像しづらいだろうが、ちょっと頭に描いてみてごらん。最悪だろ?
「さぁ、Dよ!急げ、時間がない。あの嫁はあと数分でお前の居る空間に到達するぞ!」
(つづく)
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