ドン男爵『電撃!ロンメル戦車軍団』 ('80、立風ダイナミックブックス)
「最近、マンガの記事が少ないのじゃありませんか?
一応、チェックしてるんですよ、ボクは。」
永遠に二十代の好青年、スズキくんは、片手に砲弾を掴んで装填しながら抗議した。
戦車内部は異常に狭く、わずかな空間も残されていない。暑さとむせ返るオイルの臭気で、吐きそうだ。
古本屋のおやじはペリスコープで宿敵・英国軍を見張っていたが、振り返るとぶっきらぼうな口調で操縦士に針路変更を伝えた。
「右舷、急速転進だ。敵さんが来るゾ。」
ギリギリと耳を劈くギアーの音と共に、数十トンの巨体が傾ぐ。
「砲手、弾込めェー、急げェー!!!」
どやされたスズキくんは、プニョプニョのお腹を掻きながら、75mm戦車砲に装弾を完了する。と、額の汗を拭う間もなく、至近距離に着弾音が響いた。鋼鉄の函内部の密閉空間では残響は殺人的な猛烈さとなる。
「ぶが、る、る、る、る、ん!」
スズキくんの眉毛、唇が猛烈な震動に揺れた。脳の内部も強烈にシェイクされたようで、(「こりゃ、ますます頭が悪くなりますね!」)臓腑から苦い液体がこみ上げて来る。
射撃手は照準鏡を覗き込む暇もなく、衝動的に射出レバーを引いていた。
ずどん。
キャタピラーの激しい回転に車体が半ば傾いだ状態での射撃は、前方を塞いだ爆雲を貫き、消えた。砲身の制退器がゆっくりと戻る。
パラパラ、と敵の機銃の速射が聞える。
古本屋のおやじ、または戦車長は射撃手の頭を張った。
「てめえ、まだ生きてるじゃねぇか、敵は!」
「まぁまぁ。」
スズキくんが割って入った。
「戦場で仲間割れしても、いいことないですよ。
・・・それよか、これはどうですか?」
スズキくんが取り出したのは、往年の古臭いタッチで描かれた機銃を構えるバタ臭い顔の少年と、ワイルドな筆遣いのドイツ軍戦車の絵が表紙の一冊のコミック本だった。
「なに、『電撃!ロンメル戦車軍団』だと?!
ふッ、戦場で戦争コミックを読むぐらい、救いのない状態もねぇよな!!」
「さすが、戦車長!わかってらっしゃる!
ところで、このマンガにはもうひとつ、特筆すべき要素があるのです。
著者名をご覧ください。」
「むッ・・・なに。ドン男爵、だと?!ふ・・・ふざけやがって!!」
「そうなのです。そうなのですが・・・絵を注意深く、検証してみてください。何か気づきませんか?」
「むゥ・・・お話はお決まりだな。
猛将ロンメル将軍がアフリカ戦線を蹂躙する、それに巻き込まれる新兵二名の泥まみれの苦労を描いた作品だ。
戦争映画も戦争マンガも、いつも思うんだが、なんでこう、出てくる奴、出てくる奴、全員、五体満足なのかね?
小銃に指をもがれた奴とか、足を切り離された奴とか、身体欠損描写がもっと登場する筈なんだよ。毎日、近代兵器を操って殺し合いをしてるわけだから。
リアリズムの見地からして、絶対おかしいと思うんだが、どこに抗議したらいいのかね?」
「傷痍軍人協会に問題を持ち込むべきじゃないですか。
現に、ボクは今日手を深く切って、病院送りになりましたよ。
そんな偏った意見より、どうですか、この絵は?
どこかで見覚えありませんか・・・?」
「アアァーーーッ!!これは・・・!!
鬼城寺健!!!」
スズキくんは戦車内部の暗がりで、ニンマリ笑った。
「近年、最大の発見ですよ。土星に輪があった時のガリレオ・ガリレイ級の衝撃でした。
特徴ある、この投げ遣りで荒削りな描線は間違いなく、名作『人魂のさまよう海』や『呪われたテニスクラブ』などでお馴染みの、鬼城寺健先生です。
恐怖マンガと戦記マンガ、ジャンルは違えど版元は同じ、立風書房。この見立て、まず、間違いないでしょうね!」
「怪奇探偵、お手柄じゃないか?!
そうすると、この適当な展開で心がまったくこもっていない戦争マンガも、別の種類の輝きを帯びて見えてくるってもんだ!
お宝ですよ!これは!
オレ、マジ、感動しちゃったよ!どう、これから一杯、飲みに行く?」
「いや、アノ、月末までボク、財布が厳しくて・・・。」
「なに言ってんの、奢りだよ!お・ご・り!!
怪奇バンザイ!!マンガって、いいなぁー!!」
それから、硝煙たなびく戦場を横切って、ふたりの(既に)酔っ払いは駅裏の飲み屋街へと消えていった。
取り残されたおやじの戦車が敵・英国軍の猛攻を受け、五体バラバラに引き裂かれる無惨な最期を遂げたことは云うまでもあるまい。
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コメント
ちょうど今この本を読んでまして感動してました。作者のドン男爵って誰?と思って調べたらこのブログに出会いました。ありがとうございます!
投稿: ゆうたん | 2011年10月 9日 (日) 15時03分
その後の調査によりますと、先生はキャリア20年以上のベテランで、貸本時代は月宮美兎(よしと)と名乗っておられたようです。今年出た『怪奇!貸本マンガ・マニアクス』で、あたしも初めて知りました。
投稿: UB | 2011年10月10日 (月) 09時37分