ロバート・ワイズ『アンドロメダ・・・』 ('71、ユニバーサル)
ハヤカワ文庫SFの青背から、マイケル・クライトン『アンドロメダ病源体』がこの映画のスチールを表紙に刊行されたとき、そう思った人も多少は居たかも知れない。
現代に生きるわれわれは、『ジュラシック・パーク』を知っているし、うっかり映画『コンゴ』を観てしまい、この作家の本質にあらためて気づかされた者もあろう。
マイケル・クライトンは、空疎な作家だ。
別段、面白い物語が書ける訳でもないし、中核をなす科学的アイディアが受けただけ。
いくらでも面白くできる素材を、あの程度にしか料理できないのだから、作家としての力量などたかが知れている。類型的人物が右往左往する、プロット頼みのストーリー。物語の豊穣さなど望むべくもない。
さて、あなたが以上の一方的な決めつけに賛同してくれることを期待するとして。
ロバート・ワイズの映画版、『アンドロメダ・・・』は131分ほどの長編だ。
映画に妥当なランニングタイムなど求めても仕方ないが、まぁ、私の見たところでは、過不足なく物語を語りきって観客を満足させるのに必要な所要時間は90分ぐらい。
これについては色々な実作者が俎上に載せているが、私が90分という決め付けを初めて聞いたのは、宮崎駿が『ラピュタ』製作開始にあたってのインタビューだったかな。
その後、いろいろ観ていくと、いわゆる「大作」以外の、予算の限られた娯楽映画では結構有用な物差しではないか、と思うようになった。
(例えば、『ニューヨーク1997』は95分である。)
おいおい、大丈夫か、ロバート・ワイズ?
クライトンだから、話はそんなに詰まっていないぞ。長過ぎやしないか?
宇宙から謎の病源体が飛来し、メキシコの町がひとつ壊滅する。生存者は、酩酊した老人と泣き続ける赤ん坊だけ。
政府はプロジェクトチームを編成し、汚染の拡大防止にやっきになる。
人里はなれた地下の秘密基地では、ノーベル賞受賞者を含む科学者たちが感染源の特定と治療法をなんとか探し出そうと遮二無二、研究を続ける。
実は基地には自爆装置が仕組まれ、細菌汚染を感知すると核爆発を起こしてすべてを吹き飛ばす計画だった・・・。
なんて地道な話だ。
深い考えのないレム『天の声』のようだ。そういや、かの『大失敗』に登場するクィンタ星人と、この作品に登場する宇宙生命体は、なんか似てるのだ。H・G・ウェルズ的相似、ということか。
まぁ、それは余談として、
どうです?つまらなそうでしょ?
しかし、結論から申し上げて、やはりワイズは上手いのだ。
必要な箇所に鳴り響く、ギル・メレの不気味な電子音楽を除けば、これは異様に静かな映画だ。
モノクロ時代の『地球が静止する日』で、宇宙人の地球制服を「人類の使うすべてのエネルギー源が停止する瞬間」として映像化してみせた手腕は、ここでも活かされて、「細菌生物による地球侵略」という異常に地味なテーマを、ちゃんとサスペンスとして演出してみせてくれる。
カットの割りかた(遠景でヘリコプターから縄梯子が降りるのを捉え、切り替わると、砂塵の中に立つ白い細菌防護服姿の人物二名を背後から見据えて、死の村を映すあたりが印象的)、スプリットスクリーン多用(たぶん不要なカット割りを避け、物語のテンポを維持するためだ)、手前に人物を大きく配してミーティングや通信連絡など単調になりがちな場面を盛り上げる手法など、心憎いばかり。
例えば、車の移動ショットで、カメラがフォローしピタリと画面中央に停止し、左右のドアから人物が出てくる基本中の基本のようなカットまでが美しい。幾何学的な整合性で、ドンピシャリの位置にはまる。
名手リチャード・クラインのカメラは空気感、スケール感まで写し取り、あぁ、やはり世界の映画はアメリカ映画だよなぁー、と酔わせてくれる。
科学者達の研究が暗礁に乗り上げることがあっても、映画自体の進行が躊躇したりはしないのだ。
細菌作戦基地のカムフラージュが農業試験場だとか、画面を攫うおばちゃん科学者の毒舌とか、細かいギャグもちりばめつつ、ロバート・ワイズは「物語を正しく語る」という行為そのものに異様に固執している(というか、正統に淫している)ように思える。
それは、デビュー作『キャットピープルの呪い』だろうが、『サウンド・オブ・ミュージック』や『ウェストサイドストーリー』だろうが、完全に同様である。
はて、それにしても、同じワイズの監督作品『スタートレック劇場版』はどのような映画だっただろうか。
私は中学のとき、確かにあの夏休みにいとこに連れられてこの映画を観た筈なのだが、記憶がスッポリ欠落しているのだ。なぜだ。
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