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2010年8月21日 (土)

6/6 「宮廷のフラッシュダンス」 第一夜

 インド!
 ダンス!
 舞え、狂ったように!


 私は長い間、この記事を書くことを躊躇してきた。
 ダンスのレビューなど手掛けたことがないし、的確な技術評など書けるわけがない。いつもなら勝手に滑り出す筆が(というか、キーボードが)、止まったままで二ヶ月以上が経過した。
 このままではいけない。人間がダメになる。
 そこで、嘘を平気で書くことにする。
 以下に述べる文章は100%完全なデタラメな創作物であり、実在の優れたインド舞踊家である佐藤路子さんとは一切関連しない、超適当な捏造記事であることを断言する。
 一部、真実との奇妙な附合を見せている箇所もあるかも知れないが、それは単なる偶然の一致だ。
 神様がまたしても何かのイタズラをなさったのだ、ということだ。


  第一章、邂逅

 それは、ラジカセのスイッチを押すことで始まった。
 花の都パリの小劇場。
 片隅に陣取り、ハイボールのグラスを傾けていた少壮気鋭の評論家クーベルスタインは心地よい酩酊の底から、おのれの名を呼ぶ声を聞いた気がして顔を振り仰いだ。
 舞台の袖には、珠玉の香炉が焚かれ、色とりどりの色彩を繰り延べる織り布が神秘的な空間を作り出している。
 
 楽人が二名現れ、一礼する。
 
 「佐藤です。」
 血色良く、穏やかな表情の男が言った。
 「カタックダンスは紀元五世紀ごろ、カタカと呼ばれる語り部たちが、村々や寺院を廻って人々に神話や英雄叙事詩を聞かせたのが起源とされております。
 やがて、カタカたちは語りに、踊りやパントマイムの要素を加え、次第に舞踏としての形式が出来上がっていきました。
 十六世紀、ムガール帝国の成立と共に、ヒンドゥー文化とペルシャ文化の融合した一種の文化ルネッサンスが花開いた頃、カタカたちは活躍の舞台を寺院から宮廷へと移し、王侯貴族の庇護を受けながら、一層洗練されたスタイルを編み出していったのです。」
 
 ポン、ポンと拍手を打った。

 「それでは、みっちゃん、どうぞ。」
 優雅な摺り足で舞台奥から進み出た女性は、典雅な微笑を湛え、客席にこうべを垂れた。
 嫣然として優美であることがこのダンスの必須条件なのである。 
 クーベルスタイン自身は生粋のゲイであり、どちらかと云えば東洋の美少年の方がお好みであったが、洗練された所作というのは性差を越えて人のこころを摑むものである。
 
 シャ、リン。

 
 鈴が鳴った。
 背後で、ラジカセがラーガを流している。
 鈴の音はその人工的な音響を寸断するかのように、清冽に鳴り渡った。
 どこで鳴っているのであろうか。
 既に女性の腕は妖しくくねり、空間を捉まえて細工するような、不可思議な動きを見せている。

 彼女は滑るように動いた。
 豪奢な塗金色の文様が幾重にも波打つ、重厚な舞踏用サリーの襞の深奥から、力強く鈴の音が鳴り渡った。
 クーベルスタインは感嘆していた。
 おそらく、女性はベールに仕切られた間隙で、足に結わえた鈴を鳴らしているのだ。
 始終それが鳴り響かないのは、極めて高度なテクニックでの摺り足を実践しているからだ。
 無駄な力が省かれた、抵抗力ゼロの平行移動。
 その動きの大変さを露も感じさせず、婉然として微笑むその精神力にクーベルスタインは深く感じ入っていた。

  翌日の、パリの夕刊紙の片隅に、ちいさな舞踏評記事が掲載された。
  それがすべての始まりだった。


 (以下次号)

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コメント

正直、本当に忘れていました。このレビュー。ありがとうございます。何かだいぶ緊張している感じがものすごく伝わってくる文章なのですが大丈夫かな?いつもの感じのレビューでよろしいのではないですかね

投稿: 佐藤テツヤ | 2010年8月22日 (日) 22時09分

あ、どーも、社長!

初回、格調高くやってみましたー!

このあと、発狂します!

投稿: UB | 2010年8月22日 (日) 22時50分

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