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2010年7月25日 (日)

さがみゆき『蛇女のたたり』 ('80?、ひばり書房)

 例によって、愛の物語だ。

 さが先生のマンガは、どれも例外なく愛についての物語であるのだが、とりわけ美しく纏まっているもののひとつがこれだろう。
 蛇と人間との異種族間恋愛。
 昨晩私は、特殊メイクの結構良くできた蜘蛛メイクの女(最近のハリウッド的なラテックスの被り物を着用した、首から下は普通に全裸の白人女性)がデブのチンコを頬張る動画を見た。
 しかし、さが先生の描く愛の世界は、そういう下世話なヴィジュアルとは無縁だ。

 作中、クライマックスで謎の坊主の法力に追い詰められた蛇女は、正体をあらわしそうになり、地面に崩れ落ち、泣きながら懇願する。

 「おねがいです、和尚さま・・・」
 「わたしの姿をこの人に見せないで!!」


 おのれの醜い姿を見せて、嫌われたくないのだ。
 そんな無茶苦茶な。
 手前勝手にも程がある。

 この作品は、確かに根本的に大きな矛盾を抱えた、壊れたどうしようもない代物だが、欠点を飛び越えて巨大な感動を読者に齎してくれる。
 
 村の青年、新吉はある雨の日、傷ついた子蛇を拾い、手当てをしてやる。
 子蛇は人間の少女に姿を変え、新吉と愛し合うが、育ての親である継母の意向に逆らえず、村一番の金持ちの跡取り息子、次郎の元へ嫁ぐことになる。
 そこへ次郎を狙っていた悪女、あけみが姦計を廻らせ、花嫁衣裳の袖にこっそり蛇を仕込む。
 前近代的にも程があるこの村では、蛇は不吉のしるしとされており、蛇を発見された少女は散々罵倒され、叩き出される。金持ちになる夢を無惨に砕かれた継母も、親子の縁切りを宣言し、彼女は行き場を失い、沼に身を投げて死ぬ。

 奇妙な齟齬が発生しているのは、書き出しの時点でさが先生が深く設定を練り込んでいない為である。
 推測するに、新吉が子蛇を拾うドラマが一番最後に加えられたものだ。
 そのエピソードが語られるのは、物語がいきなり二十年後に飛躍する後半部になってから、しかも既に故人になっている新吉に代わって、台詞で説明するのは蛇女自身である。
 「正体が本物の蛇なのなら、蛇呼ばわりされても当然ではないのか?」
 誰もが思う疑問を他所に、蛇女は少年時代の新吉そっくりに成長した、新吉の息子に言い寄る。

 「あなたが許してくだされば、私たちは・・・。」
 「私たち二人だけの世界にゆけます。」
 「どんなに、その日を待っていたことか・・・。」


 そこへ、先に述べた和尚による法力攻撃が加えられ、崩れ落ちる蛇女。
 楳図かずおであれば、あるいは古賀新一であれば、つまりは男性作家であれば、ここで時空を越えたストーカー心理の化け物となった蛇女の顔を、ウロコ剥き出しの飛び切り醜い顔に描いて、精神の歪みを表象するショックシーンを演出してくれる筈だが、さが先生の姿勢は真逆を行く。
 
 取り出されるのは、新吉の遺骨を包んだ箱だ。

 「父の遺言なんです。」
 「遺骨を、あの沼に沈めてくれ、って・・・。」

 
 ありえざる復縁。愛の勝利。
 和尚もちょっと引いている。
 さが先生は全面的に蛇女のサイドに歩み寄り、物語は奇妙なラヴストーリーとして成就する。
 愛する者の遺骨と共に、沼へと消えて行く蛇女。
 
 「この世で許されぬことなら、きっとどこかの国にあると思うのです。」
 「ふたりだけで暮らしていける国が・・・・」

 新吉の息子が述解する。
 自分の母親の立場は完全に置いてけぼりであるが。そんな存在の薄い女など忘れちまえ。
 さが先生は全力で自己の主張を作品に塗り込め、幕を引く。
 かくして出来上がった作品は、恐怖マンガとしてはサッパリ怖くないのだが、不思議と感動できる、爽やかな名作となった。
 物語を締めくくるのは、童謡「月の沙漠」にインスパイアされたらしき、三日月の下で馬に揺られる和装の花嫁と、手づなを取る青年のシルエットだ。
 コマの周りに咲く、シンプルなお花畑。
 そう、愛はいつでもあの日のお花畑なのだよ。そして、モノローグ。

 「この広い宇宙のどこかに、
 許されぬ愛を持ったふたりが生きていける、
 そんな世界が、どこかにあってもいいのではないだろうか・・・。
 どこかに・・・・・・。」


 さが先生の言葉遣いはいつでも美しい。
 それは、後年手掛けるエロ漫画でも同じことなので、ぜひ確認してみて頂きたい。 

 

 「うわぁぁぁーーーッ、

 こりゃ、まるで言葉の宝石箱や!」
 (彦麻呂)

  

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