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2010年7月17日 (土)

リジー・メルシェ・デクルー『プレス・カラー』 ('79、ZEレコーズ)

 このアルバム、本編は別に面白くはない。

 悪い出来ではないが、特筆すべき秀逸さは持っていない。「『スパイ大作戦』のテーマをカバーしてましたよね?」と訊かれれば、あぁ、そうでしたね、という程度だ。

 私は、アルバムの内容より、ライナーに載っている河添剛の文章の方が面白かった。
 これは特筆すべきことだ。

 「たぶん私は、このアルバムを7000回くらい聴いたと思う。」
 と、河添氏は述べている。
 これだけでもとんでもないが、事態はさらに深刻だ。
 「就寝中に見る夢の中でさえ私は彼女の声を聞きたがっており、その欲望は私における倦怠の永遠の不在を意味している。」
 あぁ、後半、なんだか意味が汲みにくいが、要は「厭きることが決してない」ということだ。
 「『プレス・カラー』は大好きだ、なぜなら大好きなアルバムが『プレス・カラー』だからだ、と述べる愚かしさだけが、私に許されたことのすべてであるかのように感じられていたからである。」
 なんか、もう、凄いことになっているのだ。

 取り憑かれている、と言い切ってもいいのではないか。

 興味深いのは、河添氏をここまで追い込んだ出会いのきっかけが、「ジャケ買い」だったという事実である。
 『プレス・カラー』のジャケットは、モノクロで撮られた刈り上げのフランス人女性のポートレイトだ。小柄で、小生意気そうな横顔を写したシンプルなものである。
 「それを初めて目にした1979年暮れに、私はただちに恋に落ちた。ジャケットのリジーは、私が「ヒヤシンス」というあだ名で呼んでいて、つまらない事情からじきに会うことがなくなる、可愛らしくて、優しくて、ロマンティックな当時のガールフレンドと瓜二つなのだった(そんな気がしたのだ!)。」
 
 非常に興味深い言及である。
 「土曜、空いてる、ヒヤシンス?」
  とか、
 「それで、ヒヤシンス的には、どうなの?そこんとこ?」
 といったアホな会話が繰り広げられていたということか。ご苦労さま。

 それはそれで「アリ」だとして、顔から入って声へのフェチに到る。これって、アレに似てないか、“史上初のボーカロイド”初音ミクに?

 (と思って、検索し、初音の楽曲を聴いてみる。話題になっているのは知っていても、実際に声聴いたことないズボラな人って結構いるんじゃないの?例えば、私だ。)

 ・・・似てないなぁー。
 まぁ、しょせんメカのやることだからなぁー。
 妙にキンキン声なんだな、初音って。
【原註】・・・という、ぬるい感想を書き綴ったところ、DTPミュージックに詳しい知人Yさんよりお叱りを受けた。操作性に優れていて低価格で、人声に近いものをシュミレートできるという点で、これは革新的なソフトである、との見解だ。DX7の備えていた人声のサンプル音源を比較してみれば、確かにえらい進歩を遂げている。なるほど。確かに偏見は良くない。諸君も改めるように。
 
 もっとわかりやすい例えを探すと、私の世代では、松田聖子『パイナップル』か。パフュームでもいいや。知らないけど。
 対象がなんであれ、アイドルポップ的に受容するということ。
 その執着というのは明らかに性的な嗜好を含んでいるのだが、おそらくそれだけではないのだ。ロマンチックな感情のうねりや、暗黒、美しいものや(第三者には)厳しいものが渦巻く混沌領域。
 
 「身体の中から湧き起こる、抑えきれない、反復される愛の表明のこの激発」

 河添氏の文章が、ちょっと面白いと思うのは、明らかに大げさだからだ。
 そして、常に上段から振りかぶる投球姿勢というのは、重要である。
 熱意なくして、なんの文章か?
 だが、ライナーノーツとしては、残念ながら赤点である。 
 
 「たとえば私はまだ、『プレス・カラー』が1979年当時のニューヨークのディスコ、パンク、「ソー・ウェイヴ」状況を要約する貴重なドキュメントあることをまったく口にはしていない(そんな話をしてもつまらないと思うからだが)。」

 そういえば、私も、そうだった。

 

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