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2010年7月 6日 (火)

古谷あきら『おやじバンザイ』 ('75、ひばり書房)

 「ん?なんですか、コレは?」

 二十代の好青年スズキくんは、一冊の古本を摘み上げた。
 血走った目でパソコン画面を覗いているおやじは、顔も上げず、「うぅむ、それか・・・。」 と、生返事だ。

 実際、それはあるまじき明るさを持った表紙だった。
 「ひばりのギャグ・コミック」と印字され、赤塚的な手描き文字で『おやじバンザイ』とタイトルが入っている。
 描かれているのは、赤鼻・無数の鼻毛に丸メガネで、すだれ頭に毛の一本生えたおやじのジャンプする姿だった。
 舞台は晴れた日の、家庭の縁側。
 空はもう全開に日本晴れで、庭の木々は鮮やかな緑に染まっている。
 スーツにかばんの通勤スタイルで、華麗に空中に舞い上がったおやじの股下を、大福盗んだ小僧が、はたきを持った姉に追われて全速力で駆け抜ける。

 王道の家族ギャグ。
 ・・・だが、この妙な違和感はなに?


 『サザエさん』の波平に、あるいはドリフのコントでの加藤茶に酷似した、トラディショナルな日本のおやじ。
 これはもう、記号的な表現といっていい、間違いなく足の臭そうなおやじだが・・・・・・。
 
 「あぁ・・・わかった!
 このおやじ、なんか妙にスタイル良すぎなんだ!
 でかいギャグ顔のくせに手足がへんに長いし、よく見りゃ顔にシワないし!」


 古本屋のおやじが口を挟む。

 「あぁ、その本ね。あまり、たいした内容じゃないが、まぁ、いいや。
 たまには、傾向の違うマンガの話もしないとバランス悪いだろう。

 ・・・ときにスズキくん、きみ、上田としこ、知っとるかネ?」

 「どっかの党の議員さんですかァー?」

 ポケーッと、アホづらで抜かすスズキくんの頬を、おやじは連続パンチを決めるポパイのように、ビンビン殴りつけた。
 スズキくんの顔がコントラバスの弦のように揺れ、ぶるぶる震え、ふいにもとに戻った。
 
 「おー、痛てぇ・・・!!
 見た目はマンガでも、痛みは本物とは、これ、いかに?!

 ・・・いきなり、ひどいじゃないですか。そんなに重要な人物なんですか?」

 「ウィ!シル・ヴ・プレ!」
 おやじは、胸に手を当て見得を切る。
 「上田先生は1917年生まれのハルピン育ち、惜しくも2008年お亡くなりになられたが、
 日本が生んだ女流マンガ家で、トップクラスに絵がうまいお方であーーーる。」

 「へぇ。それは、また。
 ちっとも知りませんでした。」

 「あれは90年代、アース出版局が旧いマンガの復刻をやってた頃だな。一峰大二『ナショナルキッド』なんかをゲラゲラ笑いながら読んでた私は、このとき上田先生の代表作『フイチンさん』に触れて、もう、驚愕しましたよ。
 パッと見て、書き込みの多い(=情報量の多い)絵ではないんだが、尋常でなく洗練されていて、ペンの流れが美しいんだ。
 コマの構成力も凄い。

 あきらかに凡百と一線を劃す、レベルの高さだった。」
 
 「そういや、虫プロコミックスからも何冊か出てましたね。」

 「特に60年代は多作で、いっぱい描いてるみたいだからね。ま、それは別の機会に取りあげることにして、今回は古谷あきら先生だ。
 つまり、この絵は、上田としこのエピゴーネンっぽいんだよ。」

 ちょっと読んで、スズキくんが顔を上げる。

 「うーーーん・・・こりゃ、また、微妙な出来だ。
 正直、ぬるいですね。」
 

 おやじ、うんうんと頷く。

 「田舎から、親戚の青年が上京してきます。お土産に、実家の農家で飼育しているにわとりの産みたてタマゴを持ってきた。
 こりゃいい、ってんでおやじ以下家族一同は、うでたまごにして、かぶりつきます。」

 「茹でる、と書いて“うでる”と読ませる。絶滅した日本語だね。」

 「ところが、ガキィン!!そいつは固い瀬戸物の抱かせタマゴだったんで、おやじ以下家族一同、歯を痛める、という顛末。
 あの、これ、どこが面白いんですか?」

 「養鶏場の出身以外の人には、抱かせたまごの存在自体が珍しいだろう。こいつは卵を産ませて取りあげたあと、メンドリにあてがうフェイクエッグでしょ。」

 「あの、これ、うんちくマンガじゃなくて、ギャグマンガなんですが・・・・・・。」

 「そ、そうだったのかッ!!ガビィィーーーン!!」

 
「わざとらしいですよ。
 この頃の読者って、本当にこれで大爆笑していたんですか?」
 
 「その答えは、たぶん付きで、Noだろ。
 ギャグマンガの技術革新は、もうこの時代、本格化している筈だ。例えば、山上たつひこ『がきデカ』の連載開始は'74年だな。」
 
 「大笑いしたい子は、そっちを読んでますね。」

 「だから、これはアレだよ。植田まさしとかさ、長谷川町子とか、そういうファミリー系の路線に連なる一作なんだよ。
 発表された当時から、既に古めかしいマンガだったんじゃないか。」

 「お笑いマンガの暗黒潮流ですね。」

 「なんか、マンガの歴史っていうと、流行もんばかりがクローズアップされる傾向があるけど、こういう地味でご家庭に密着したマンガは、なんか、戦争前から実はズーッと存在し続けてるんだよ。
 誰も大きく取りあげたりしないけどね。
 デフォルメも独特だし、笑いの質も特殊だし、こりゃ相当歪んだ世界じゃないかね?」
 
 「・・・もう少し、掘り下げてみます?」

 「うん、そういや、ひばりコミックスでは同傾向で、巨匠滝田ゆうの『カックン親父』というのが出ているんだよ。
   
 どう、カックンしてみる・・・?」

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