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2010年6月23日 (水)

序文、Jポップ墓堀り宣言

 先日HMV渋谷店の閉鎖を聞いたときに、思ったのは「あぁ、来るべき時代が到来したのだな。」という感慨であった。
 ネット販売の急成長、携帯ダウンロードやiPodなどの普及に伴う視聴形態の変化などによる大型ショップの構造的不況はここ数年来囁かれていて、今更なにを慌てるという気も正直するのだけれど、渋谷系などと持て囃され、一時代を劃したものが終焉を迎えるというのは、なかなかに感慨深いものがある。

 翻って辺りを眺めれば、投げ売り同然に捌かれていく中古CDの群れ。
 一枚あたりの単価は、十年ものなら500円を切り、在庫過剰なものなら100円セールで放出される。
 日本のレコード業界が閉鎖的かつ不当に高い単価設定によって暴利を貪ってきた歴史は、レコードと共に歩んだ世代なら皆さんご存知の事実であるのだが、これにも終わりはあったのだ。
 松任谷由美の作り出すクソが二百万枚以上のセールスを記録する時代は、二度と来ない。
 このことは起こっている事態の喜ばしい側面であるが、しかし、それは同時に、そんな腐臭を放つ大ヒットの余禄のお陰で、とんだ頓珍漢や、社会適応能力に著しく欠けたお間抜けさんたちがアルバムを出し、全国的なプロモーションを展開できたという、奇跡的に幸運な時代の幕引きであることも忘れてはならない。

 友よ。
 愛しき人びとよ。
 私はつねづね、Jポップの動向を気にし、情報収集には心がけてきた。が、実際にちゃんと聴いたのは微々たるもの。
 音楽仲間に会うたびに、「なにか面白いの、ない?」と聞きまくり、そのくせまともに購入もせずに、相も変わらず洋楽ロック主体の生活を送ってきた者である。

 私はここにその人生を懺悔し、Jポップ墓堀り行為を宣言するものである。

 かつて出たばかりの頃、話題になって、でも聞きそびれていたもの、積極的に聞くのを避けたもの、うっかり取りこぼしてそのまま放置して十年以上が経過してしまったものなど、原則、賞味期限切れならなんでも聴いてみよう、と思う。
 終わってしまったものは、すべて歴史だ。
 歴史とは、評価されることによって、初めて過去のものとなるのだ。

 (以下次号)

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