いきなり、真っ白い画面。
S.E.、波の音が遠くで聞える。
[ナレーション]
夢は、失われた記憶の集積である。そこには時間の概念もなければ、空間の制約もない。
識閾下にぽっかり開いた巨大な暗渠は、通底構造をなし、人類全体の集合的無意識に繋がっている、と考える学者もいる。
恐ろしい怪物も。
空飛ぶ円盤も。
すべてはその広大な未知の暗黒大陸からやって来るのだ、という。
スズキくんは、今、その境界線を鮮やかに越えようとしていた!
[タイトルバック]
怪奇ハンター 第三話、 第四回 「到着」
[出演]
那須の与一(スズキくん)
剣道博士(ウンベル総司令)
くいものがかり(黒沢刑事)
魔人V(安藤社長・・・?)
[シーン11・吊り橋]
「こ・・・これは・・・?」
先頭を歩いていたスズキくんは、鼻白んで立ち止まった。
狭く、流れの速い谷川を渡る吊り橋の手前に、異様なシンボルが吊るされていた。
「獣の骨みたいだな・・・。」
背後から覗き込んだ黒沢刑事が云う。
頭上に張り出した木の枝から荒縄が伸びて、幾本かの骨を結び付けた細工物を吊り下げている。
ぶっ違いに組み合わさった大腿骨、脾骨の間に無数の鳥の羽根が差し込まれ、最上段には太い角を翳した牛の頭蓋骨が載っている。
「魔除け、の一種だろう。
『墓場鬼太郎』の扉絵にもあるし、映画『悪魔のいけにえ』の冒頭に映ってるのも、それだ。
まったく、迷信深い連中のすることにはある種の共通項があるようだな・・・。」
スズキくんが、慎重に吟味しながら意見を加える。
「そう単純でしょうか・・・?
この護符の吊るされた方向をよく見てください。ええ、牛の空っぽの眼窩の向いている方角です。」
谷川を挟んで、向こう岸にキラリと輝くものが見える。
「なるほど。あっちにも、同じような奴が吊り下げられてるぜ。」
双眼鏡を手に、黒沢が唸った。
「ええ。・・・ボクは、これ、結界の一種ではないかと思うのです。」
「結界・・・?!」
「もともとは山伏などの修験道からきた用語ですが、似た概念は世界各地に伝わっている。血や糞便、毛髪など呪的象徴となるような人体の一部を、等間隔で特定のエリアを囲むように配置する。人形などのトーテムが代用品となる場合もある。
その意味合いは様々です。外敵の侵入を防ぐ目的だって勿論あるし、
内部の何者かを封じ込めて外界へ出られなくする、封印の意味だってある。」
「・・・?!」
黒沢が息を呑む。
「誰が何の為に仕掛けたのか解りませんが、規模は相当デカそうだ。この山頂一帯をぐるりと取り囲んでいるとしても、ボクは驚きませんよ。」
「しかし、誰が・・・一体何の為に・・・?」
「それはなんとも云えないところですが、われわれに限らず、他人に立ち入って欲しくない領域だってことなんでしょうね。
こうして接近して来てるのも、実のところ、既に監視されているんじゃないかと思うのです。
それを証拠に、ホラ。」
スズキくんは両手をかざし、四方を窺った。
異様な沈黙が辺りを重苦しく閉ざしている。聞えるのは、早瀬の濁流ばかりだ。
「鳥や、獣や、動く物の気配がなくなった。
なのに、誰かにジッと見られているような気がしませんか?」
「おいおい、よせよ。冗談じゃねぇや。」
ツカツカと歩み出た黒沢、銃声一発、護符は粉々に吹き飛んだ。
蒼ざめて口もきけないスズキくんの肩に手をやり、気安い口調で云った。
「行こうぜ。
山頂までは、もうちょっとだ。暗くなる前に着きたい。」
[シーン12・吊り橋の上]
おっかなびっくり、渡るふたり。
橋は風もないのに大揺れし、振り落とされそうになる。軋む荒縄。
「あッ!!危ない!!」
腐った板を踏み抜いた黒沢、ズボッと上体が沈む。
「くそッ!!警視庁をなめるな!!」
憤怒の表情で這い上がろうとする黒沢だが、なかなか上手くいかない。
ハッ、と何事か合点のいったスズキくん、袂から袱紗包みを取り出すと、中味を辺り一面に振りかけ、モゴモゴと口の中で唱え始める。
ジュバッ!!と閃光が走り、振りまいた細かい粒が燃え出した。火の粉が黒沢の顔にかかる。
「うわっチチチチ!!」
もがきながらも、黒沢は呪縛が解けて、全身が軽くなるのを感じた。
スズキくんの手を借りて、体勢を立て直す。
まるで顔色の変わったふたりは、わき目も振らず、吊り橋を渡り終えた。
「ふゥ・・・・・・。」
[シーン13・橋の向こう岸、野原]
朽ちかけた樹木の幹に凭れ、黒沢は荒い息を吐いた。
スズキくんも憔悴した様子で、地面にへたり込んでいる。
「・・・お前が撒いたもの、ありゃ一体なんだ?」
スズキくん、ニヤリと笑って顔を上げた。
「あぁ、あれですか、清めの塩ですよ。こないだの商人宿で、少し分けて貰ったんです。
山岳に分け入る猟師や行者が肌身離さず携行してるのを思い出したんです。山中に邪悪な気の溜まった場所がある。そういうところでは、磁石も狂うし、人体まで悪影響を受けて調子がおかしくなる。」
「確かに・・・おかしいよな。・・・全身が重たくなって、目の前がフッと暗くなったような・・・。」
「そういうときに使うんです。
あなたは既に魔除けの封印を打ち壊してしまったし、祟られても不思議はない。」
黒沢は、ポリポリと頭を掻いた。
「東京じゃ、そんな話、聞いても笑い飛ばしてただろうが、こんな山奥じゃ妙に真実味を帯びて聞えるぜ。
お前さん、霊感とか強いのか?」
「いいえ、まったく。全然。」
スズキくんは平然と云う。
「ただ、このアララギ山の、山頂一帯を異様なエネルギーが包んでいる気配は感じます。それを結界内部の霊的磁場と捉える人もいるでしょうが、いずれにせよ、何らかの未知のパワーが働いているとみて間違いない。これだけ濃厚に立ち篭めていれば、因果律や蓋然性にすら影響を与えるでしょうし、なんらかの異変が起こっても不思議は・・・。」
バサササササッ!!!
突如、背後の藪を引き裂いて黒い影が宙空に飛び上がった。
「ど、わわーッ!!」
「むむッ!!」
空へと飛び去って行く姿を見据えて、スズキくんが唸る。
「山鳩・・・かな・・・?」
「どうでしょうか。
鳥の仲間に、あんな細長い尾があるものか、ボクは決めかねているのですが。」
「あッ。」
不安げに周囲を見渡していた黒沢が、別の何かに気づいて草むらに駆け寄った。
追いかけてきたスズキくんが背後から覗き込む。
それは、明らかに血と思しきドス黒い液体が付着した、数本のフィルムケースだった!
「どうやら・・・。」
スズキくんが重々しく宣言した。
「目的の場所に到着したようですよ、黒沢さん。」
(以下次号)
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