滝沢解/森村たつお『スーパー巨人』②('78、秋田書店)
ある午後。偶然手にした一冊。
新書サイズで、古書価格\315ナリ。
そもそも、このマンガが一体何のジャンルに当て嵌まるのか。表紙や出版社などから必死に推測してみたが、さっぱり解らない。
店頭の書籍はきれいにビニールカバーが掛かり、内容はまったく窺い知れない。
第二巻の表紙は、サンバイザーを被った学ランの少年が拳を握りしめている絵だ。前ボタン全開で、真っ赤な長袖シャツ(部活で選手が着用しているような)が覗いている。
背後で怯えるヒロインは黒髪をなびかせ、これまた白線の入った真っ赤なジャージを上下に着ている。結構、可愛い。
(本編を読むと、これは実はスキーウェアだと分かるのだが、この時点で区分はあいまいである。)
少年チャンピオンコミックス。
ジャンルは「冒険コミックス」。
私の予想の本命は、「こりゃパニックブームに遅れて便乗したサバイバル物か?」であった。
その時点で、脳裏には、不慮の事故により富士樹海に墜落したジャンボ機の残骸と、懸命に生き抜く少年少女の勇気と知恵のドラマが描かれていた。
しかし・・・。
「・・・“スーパー巨人”って、一体なんだろ?」
私の浅墓な予想は、この重要なキーワードに解を与えることができなかった。
かつて宇津井健の主演した和製スーパーマン映画、『スーパージャイアンツ』というのがあったが、まさか関係あるまい。(そういや、あれも一人のくせしてジャイアンツって、複数形だった。)
これが「痛快野球マンガ」とでも銘打たれていれば、全然理解は簡単なのだが、そうは問屋が卸さない。
『リトル巨人くん』との関連については、さっさと忘れた方が賢明そうである。
結局、私はその本を購入して内容を確かめてみるしかなかった。
滝沢解は、ベテランの劇画原作者として結構有名な人で、ふくしま政美『女犯坊』、赤塚不二夫『狂犬トロツキー』やら川崎三枝子と組んだ諸作などで知られる。
どの作品も頭のねじが千切れ飛びそうな、観念肥大気味の大変困った作風の方だ。
作画の森村先生は、このシリーズが(運悪く)初の単行本だそうで、実に真面目そうな、実直一本槍のマンガ青年、といった好印象の方。その後の運命が案ぜられる。
(と思って、軽くサーチしてみると、仏教系コミックスの著作が多数ヒットしてきた。職業マンガ家というのはたいへんなのだ。)
さて『スーパー巨人』第二巻、第一ページから、主人公と少女は危機的状況に陥っているのだが、
その場所が、まずありきたりでない。
遠くにピラミッドが聳える謎の空間。
地平まで埋め尽くす、無数のトーテムポール。
細い三日月の明かりだけを頼りに、全速でチャリンコを漕ぐ主人公、本多工作。後部座席にはヒロイン、ユリッペを座らせ二人乗り。ちょっと羨ましいシチュエーション。
だが、その姿に強力な違和感を感じる。なんだ、これは?
補助輪だ。
どうみても中学以上の本多の自転車には、超ビギナーの証、補助輪が二個、装着されているのだ。かっこわるすぎ。
「見ろ、ユリッペ。」
本多は諭すように云う。「この何千本と立ち並ぶ、トーテムポール一本一本になぁ、数十万石以上のトランジスター機能を持つ、マイコンの生命ともいうべきLSI。」
「つまり、大規模集積回路がギッチリ組み込まれているんだーー!!」
・・・あぁ、なるほど。マイコンね。・・・え?!
「そして、おれたちには聞えないアセンブラ語(コンピュータの言葉)で連絡を取り合っているんだーーー!!!」
大変なことになっている。
どうやら神経性譫妄の疑いがあるようだ。アセンブラー、完全に外国語扱いだし。
本多は、補助輪つき自転車の後部荷台を開けて、愛用のマイコン、ダンを取り出す。(マイコンに名前をつけている。それどころか、熱く呼びかけたりもする。)
「頼んだぜ、ダン!スーパー巨人を倒すんだ!」
こいつは早すぎた『トロン』('82)だ。だが、質感は異なる。
あちらがソフトウェア内部の仮想空間バトルなら、このマンガはゴリゴリのハードウェア指向、巨大マザーボード上の肉弾戦なのだ。
なんて男らしいんだ。
初期のマイコンマンガはおそらく、すがやみつる『ゲームセンターあらし』が生み出した表現形式と同時代の関係を持っていて、あちらも順当にソフト上でのバトルというホビーマンガの変形として成立していったのに対し、『スーパー巨人』が選択したのは、現実世界を侵蝕するコンピュータという名の闇の勢力との具体的戦闘だったのだ。
ユダヤ陰謀説に近い無謀さだが、善悪が非常に明確だ。
主人公・本多は、家で組み立てたマイコンキットを支配しようとしようと企む謎の力の存在を知る。
その存在は“スーパー巨人”と呼ばれ、正体は一切不明。
あらゆる電気絡みのパワーを乗っ取り操る敵は、金属ゴキブリを繰り出して本多の家族に重症を負わせ、新幹線を事故らせるは、謎の力場を発生させスキージャンプの世界記録を塗り変えるは、やりたい放題。
なかでも最高の作戦は、この二巻に収録されている、後楽園球場にメガトン爆弾を内蔵した自転車を放置し、東京都知事に要求を突きつける、というものだろう。
自転車は、勝手に撤去しようとすると、光線を発射し、誰も近づけない。
その要求の内容は、「いますぐ後楽園球場を取り壊し、巨大コンピュータセンターを建造しろ!」という理不尽極まるもの。
非常に面白く読めるのは、仮想世界のバトルに終始するようになったサイバーパンク以降のコンピュータマンガとは異なる、別方向への進化の可能性がここに織り込まれているからだ。
例えば、桜田吾作『釣りバカ大将』のようなテイストのPCコミック。
LSIを手づかみで投げ合うような、原初的野蛮性。
この本の中には、電源供給をスーパー巨人側の施設から得ようとすると、悪の電流にマイコンが乗っ取られる描写があるのだが、少しでも電気知識のある人間には絶対に描けない、度を越した科学的デタラメさが本当にショッキングだ。
ネトゲ廃人という、現実にコンピュータに人格、生活を歪められた人間が存在している現代の情況を鑑みるなら、理屈はともかく、このマンガの過剰なコンピュータ嫌悪が有効な警告として機能する可能性は考えられないだろうか。
ちなみに、この巻ではまだ、敵の正体は不明のままであり、特定の団体なのか、個人なのか一切が不明のままだ。
気になって検索してみたら、「衛星軌道上に遺棄された人工衛星の集積体が意識を持った存在」という、平凡極まる結論が出て連載は終わったようである。
そんなんじゃダメだ。
敵は、ずっと遠くにいるんだから。
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