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2010年6月12日 (土)

マイク・ミニョーラ/ダンカン・フェグレド『ヘルボーイ/百鬼夜行』 ('10、ダークホース)

 まず当て馬を出す。

 ジェラルド・ウェイとガブリエル・バーの『アンブレラ・アカデミー』だ。今年の四月に日本版が刊行されたばかり。
 まぁ、こいつに関してはいろいろと悪口は考え付く。マイ・ケミカル・ロマンスというバンドの陳腐さ。「纏まりの悪い“ウォッチメン”」という突っ込み。
 まぁ、プロット面の不備はさておいても、ガブリエル・バーの絵はどうなのか。これもマイク・ミニョーラの全面的な援用により成立しているのだが、これはどうだ。

 私が、ミニョーラ・スタイルを他人が描いたのを初めて見たのは、『ヘルボーイ』の「小箱いっぱいの邪悪」下巻、巻末に収められたロブスター・ジョンソンの短編だった。原作はもちろん、ミニョーラ本人で、この頃にはダークホース編集部で既にクローン増殖計画がGOになっていたのだとしか思えない。
 ロブスター・ジョンソンはザリガニの腕がトレードマークの私立探偵で、ドック・サヴェッジみたいなパルプヒーローへのオマージュキャラだ。ご丁寧にも、さらにこの短編では'58年のイギリス映画『顔のない悪魔』(傑作!)に惜しみないリスペクトを捧げており、つまりは脊髄を尻尾のように振り回し、触角と化した視神経をくねらせ、剥き出しの脳髄そのものが人間を襲って来るという、完璧に狂った人の妄想以外の何物でもない内容である。
 さらに原型の映画では、こいつらが人間を襲う理由がまた、他人の脳を奪うためだという、もう、なんだかまったくわからない凄まじい方向へ暴走しているのであるが、まぁ、そんなことはいい。絶対、唖然とすること請け合いだから、買って観てくれ。『顔のない悪魔』。傑作だ。
 さて、ロブスター・ジョンソンの短編を読んだ私の印象は、「ずいぶん、地味なミニョーラ」だった。ストーリー以外にもデザインや設定で、全面的にミニョーラ本人がバックアップしているので違和感はまったくないものの、それ故か、おとなしい。
 編集部でも同様の意見があったのだろう。ミニョーラの画風はあくまでミニョーラ個人に属するもので、他人が真似ても成功しない。そんな結論になった筈だ。この時点までは。
 
 ガブリエル・バーの『アンブレラ・アカデミー』は、プロットのたいしたこと無さは別にして、褒めてもいい箇所がある。
 ブルース・ティムの『バットマン・アドベンチャー』辺りが嚆矢となって近年ますます勢いを増した、「オールドタイムのカートゥーン」的表現の混ぜかただ。(フライシャー兄弟のアニメ版『スーパーマン』なんか思い出して。)これも本家の援用だが、うまく嵌まって楽しい雰囲気になっている。
 特筆すべきはデイブ・スチュアートのカラーリングで、この人、実は本家『ヘルボーイ』のカラーをずっと手掛けているのだが、毎回冴えた、いい仕事してるよなぁー。本を持ってる人は、カラー部分の微妙なグラデーションの掛け方、ズラシで奥行きを表現するテクニックなどを観察してみて欲しい。ペンシラーの仕事を際立たせ、補完する意味で理想的な仕事をしているから。色彩設計だけじゃなく、カラートーンの切断面(本当はデスクトップ上だろう)ひとつひとつが、憎い配列を成していて、そこはちょいと見ものですぜ。旦那。

 さぁて、長々引っ張ってもアレだ、『ヘルボーイ/百鬼夜行』なのであるが、
 ミニョーラも熱けりゃ、ダンカンさんも前作以上の熱気で押し捲るパワープレイ。
 率直に申し上げて、たいへん見応えのある、素晴らしい出来映えとなっております。
 だいたい、コレ、『ヘルボーイ』史上で一番分厚い単行本だよね?CHAPTER 8まであるのは初めてだろ。しかも、全編すげぇ熱量。勿論手抜きなし。

 これがなにを意味するかというと、(ニール・アダムスは嫌悪するだろうが)ミニョーラ・タッチは今や業界のスタンダードのひとつとして定着した証しかと。
 「いまさらパクリ呼ばわりされることもないだろ、だって本家ミニョーラが近年あんな感じ、映画仕事ばっかで碌に絵も描いていない状態なんだし
 第一、今やつが自分で描いても、かつてのような新鮮なインパクトを与えられるテンションになんかないんだし。
だから、その地盤を受け継いで、表現の地平をさらに推し進めて何が悪い?」

 (註・米国において映画産業の地位は、なぜかコミックより上。映画は総ての芸術の上に君臨する、総合芸術として認知される。だからミニョーラが「映画が・・・」と云っても、誰も咎め立てしない。
 マンガ家が本業より映画にうつつを抜かすなんて、他所の国から見たらかなり不思議な光景であるが、それだけハリウッドの規模はでかい、ってことだろ。
 端的に云えば、出世したんだよ、ヤツは。)
 
 という訳で、躊躇すべき理由はもうないのだ。業界的に。

 そこで、サイレント調の1ぺージ目から、ダンカンさんはグイグイ飛ばして、巨人軍団との肉弾戦、大悪魔アスタロトの再登場、クィーン・マブ(山岸涼子『妖精王』だ!)配下のノーム達の大量襲撃とヴィジュアル的な見せ場を矢継ぎ早に繰り出して楽しませてくれる。
 ミニョーラも、考える時間だけは充分あったのだろう、過去の尻切れトンボだった伏線を残らず回収しようというのか、無謀な辻褄合わせ攻撃を連発!
 オシリス・クラブの爺さん達の再登場も嬉しいが、名作短編『屍』の発端に出てくる取替え子の成長した姿をヒロインとして起用!おいおい!完結に時間かかってるのを逆手に取った、いわばお遊びだが、こうしてみるとアラ不思議、短編がメインだった時期のヘルボーイで、年代・場所が巻頭に貼り付けられていたのも、なんだか、最初からすべて遠大な構想の一部だったように見えるじゃないの!
 うまいこと、やったなぁー。
 なるほどなぁー。

 あと、強引過ぎるアーサー王伝説との擦り合せも面白いよなぁー。なんか、英国人に大変失礼な感じで。楽しめました。

 ということで、
 マンガというフィールドにおいては、必要な熱量を有した者が必ず勝利する。
 勝負というのは、常にそういうものなのだ。
 次回、『ヘルボーイ/ストーム』での完結篇に期待致したい。
 頼むから、スパッ!と終わってみせろ。

 最近のファンタジージャンルが堕落した最大の原因は、そこをないがしろにした結果なんだよ。

 

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