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2010年6月 7日 (月)

押切蓮介『ドヒー!おばけが僕をペンペン殴る!』 ('06、太田出版)

 (深夜の電話ボックス、受話器を握り締めているのは、ご存知、古本屋のおやじである。)

 「(呼び出し音、連続。)
 ・・・遅ぇなァ、何やってんだ。あのバカ。
 まさか、こんな早い時間からもう寝に入ってるんじゃないだろうな・・・?」
 
 (ガチャ。)

 『・・・・・・もひ、もひ~。』

 「あぁ、もしもし、スズキくんだね?私だ、悪魔だよ。』

 『・・・・・・何云ってるんですか、悪質な冗談はやめてください!』

 「切るな!重要な用件がある。」

 『・・・とかいって、こないだも結局、どうでもいいバカ話だったじゃないですか。
 あんた、思いついたことは、全部喋らないと気が済まない性格でしょうが・・・?!
 まったく、いま何時だと思ってるんですか!!』


 「いや、サムライ・ブルーがね・・・。」

 『・・・くせー・・・うそくせー。』

 「おッ、その返しは、漫★画太郎『珍遊記』だね?
 わかった、きみがそこまで云うなら、深夜だがしょうがない、マンガの話をしようじゃないか。」

 『・・・アンタ、ほんと長生きしますよ・・・。
 ・・・で、何ですか?』

 
「それでこそ、好青年を飛び越えて、今やイケメンにまで昇りつめたスズキくんだ。
 実はな、きみの貸してくれた押切蓮介の短編集を読み終えたのだ。」

 『・・・そんな話題か、やはり!!
 それって、『ドヒーッ!オバケが僕をペンペン殴る!』ってタイトルの奴ですね?』

 「うむ。説明台詞をありがとう。
 古いものはデビュー当時の1997年頃のものから、2006年頃の最新作までバラエティーに富んだ怪奇作品集であーる。」

 『・・・あんた、深夜に、無理な明るさ、つくってんじゃねーよ・・・。』 

 「殺意を持つ前に、俺の話を聞け。
 ヤンマガの増刊でデビューした人らしいから、ヤンマガ掲載の作品は、なんというかヤンマガテイストに溢れていて、俺はそれが面白かった。
 具体的に云うと、『恐怖!!人喰いマンション』なんかだ。」

 『あー、あー、確かにヤンマガのカラーが濃厚なギャグですね。
 古谷実も入ってるけど、一番近いのは、初期の望月峯太郎かな・・・?
 でも、このへん、ボクの評価は、低いですね。』

 「ほほぅ。何故に?」

 『ありゃ、いくらなんでも、下手くそ過ぎです。素人かと思いましたよ。』

 「そういや、キミは、どんなマンガにも完成度を要求するギャングまがいの男だったな!」

 『ボクの評価では、この本の中では「かげろうの日々」がダントツですね。古典的なクラスメートの、いじめ・虐殺・仕返しの三段落ちを手堅く纏めて見せてくれます。
 演出技術も進化していて、見せ場をつくるカット割りも達者です。
 なにより、ちゃんと話を語ろうとしている姿勢に、作家としての進歩を見ることができます。
 八方破れに逃げて自滅するより、遥かに勇気と根性の要る方向性を選択したものと評価できるじゃありませんか。
 これは、怪奇作家として納得のいく正統派の作品ですよ。』

 (おやじ、受話器片手に、イライラと電話ボックス内を歩き廻っている。)

 「・・・ふふん・・・。

 きみは、物語性を最重要視する読み手だからな!
 その見解、確かに間違ってはいないが、しかし・・・・・・つ、つまらん!!」

 『じゃ、あんたがマンガに求めてるのは・・・何なんだよ!?』

 「狂気とイマジネーション。」

 
『・・・?!』

 「極論すれば、一発でも残る何かがあればいい。
 異常なキャラでも、ヘンな造形でも、ありえない台詞でもなんでもいいんだ。これまでに読んだこともないものが一個でも登場すれば、俺は拍手喝采するんだよ!
 そういう意味で、安定とか、拡大生産とか、作家の技術的向上とか、二次的要素は重要じゃないとは云わないが、俺の中の第一位じゃないの!
 そういう意味で、『人喰いマンション』を押す。
 ビルから飛び降り自殺した男が、ロンドンバスに跳ねられ、西部開拓時代の蒸気機関車に激突し、高圧電線に引っかかって、首、胴体、手足がボンボン吹き飛んで爆発、連鎖して巨大な送電鉄塔二本が大爆発して崩れ落ちる、という無茶さ加減が好みだ。
 たとえそれが、ヤンマガの編集に唆された結果だとしても!」

 『・・・わかりましたよ。夜中に怒鳴らないでください。
 もう、いい加減、眠らせて欲しいんですが・・・。』

 「なに、貴様、逃げるのか、スズキ?俺がこんなに燃えてるというのに!!」

 『・・・本当、勘弁してください・・・。
 では、おやすみなさい。
 ・・・あ、云い忘れましたが、電話のないあんたが掛けてきたってことは、近所の公園の電話ボックス使ってますよね・・・?
 そこ、出ますから。・・・じゃッ。』

 「アッ・・・!!待て、コラ、卑怯者ーーーッ!!」

 (一方的に電話を切られたおやじ、悔しくて唇を噛み締めていると。)

 
 (とん、とん、表からガラスを叩く音がした。)

 (異様な臭気が強く匂い、闇に輝く真っ赤な目玉が、おやじを捉え。)

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