川崎ゆきお『猟奇王大全・大阪は燃えているか』 ('96、チャンネルゼロ)
赤い部屋に集う、怪しい面々は適当に飲み食いしている。
「しかし、あれですな、巨乳に段差のある女っているじゃないですか。あれはどうなんでしょう?」
牛乳瓶の底のようなメガネの男が云う。
適当に脱色した茶色い髪が額にかかり、うるさげだが意に介していない。
「あぁ、片桐摩美とか。舞坂ゆいもその傾向はありますね。」
応えたのは、忍者の衣裳に身を包んだ、痩せぎすの男だ。
それなりに年配であることは、例えるAV女優の古さから知れる。
「乳房全体が長いと、途中が盆のくぼのように、くびれるようです。重力と脂肪が作り出すマジックでしょう。」
そこへ上座に座る老人が苛立たしげに口を挟む。
頭頂部が見事に禿げ上がり、落ち武者のような風貌だ。しかも、年輪からして大将首間違い無しだ。
「ぼくは、そういうの、ダメなんだ。欧米か、ってね(笑)。
やっぱり、女性はふっくらと丸みを帯びていないと。やっぱり、母子相姦じゃないと!」
「あんたのお母さんなら、九十いくつだ。」
ガヤガヤと座が乱れたところで、目つきの鋭い野良犬を思わせる風貌の男が一喝した。
髑髏をぶっ違いさせた、黒い皮のキャップを被っている。
「あんたたち、いい加減にしなさーい!(三枝のポーズ)
ほぉら、四の五の言ってるうちに、師匠が来ちゃったじゃねぇのーーーッ!!」
部屋を包む、赤い垂れ幕を押しのけ、にこやかな笑みを湛えた人物が入ってきた。
「ハイ、みなさん、どうもーーーッ。」
全員、席から起立し、一斉に拍手した。
食べかけの手羽先を慌てて取り置いて、むせ返る者もいる。
「本日は、お招きいただいて、ありがとね。」
師匠は温厚な笑みを溢れさせ、着席した。見事なメタボ体型だが、どことなくダージリンティーの香りがする。米の飯だけではこうならない、異国的な豊満さだ。
「・・・師匠、お飲み物は?」
先ほどまで黙っていたスーパーの袋を覆面代わりに被った男が注文を聞いた。異様に地味だが、幹事役のようだ。
「そうね。焼酎を貰おうか。黒霧島のロックね。」
師匠はかなりの呑んべえらしく、相好を崩している。
ひとまずは、しめやかに乾杯が執り行われた。座が和んだところで、眼光鋭く、師匠自らが話題の口火を切った。
「それで?
私をわざわざ呼んだ理由は・・・?」
「はッ!!ご配慮、恐縮至極であります!
ご存知の通り、帝都に潜む、怪人猟奇の徒の集まりである、われわれ変人会でありますが。」
スーパー袋の男が云った。
「結成当初は野望に燃え、全国制覇だ世界が相手だ等々、スケールのでかい戯言をほざいていたのでありますが、近年に於ける資金力不足、計画の頓挫、メンバーの離反など諍いごとが後を絶たず、
現在、スペクター、ショッカーに続く大型国際謀略組織としての存亡も危うい状況に追い込まれております。
ここはひとつ、偉大な指導者である師匠のお力をお貸しいただき、今一度、組織の建て直しを図るべきとき。さもなくば、窮地泥にまみれんか、と・・・。」
ふん、ふん、ふんと物分り良く聞いていた師匠が、穏やかに云った。
「で・・・?私に、どうしろというのかな・・・?」
袋男、いきなりガバと平伏した。
「いまいちど、組織の頂点に返り咲きいただき、ご指導願いたいのです。
思えば師匠が陣頭に立たれ、指揮を執っていた頃の変人会には、夢があった!尽きせぬロマンの香りがあった!
心を燃えさせる非日常の連続こそ、堕落した管理社会のくびきに繋がれた猟奇の徒を解放するなによりの手段かと、拙者、愚考するのです。」
背後の怪人たちに、顎をしゃくり、
「皆も同じ気持ちでおります。
・・・これ、例のモノをこちらに。」
メガネの男と、帽子の男がうやうやしく赤い布を被せた台座を運び入れてきた。
パッ、と布を捲ると、金色に輝く巨大な杖が出現した。
互いに尻尾を呑み合う、見事な蛇の浮かし彫りが、うねうねと刻まれている。
「変人会、大錫杖!!
怪人二十面相が拵え、孤島の鬼が鍛えし逸品!!
ひとたび、その杖を振れば帝都に血腥い風が吹き、風紀紊乱、公序良俗を完膚なきまでに破壊するも思うがまま!!
地に伏せる猟奇の徒を呼び起こし、ロマンの月の下を狂い咲きに走らせる。怪人、悪鬼の必需品!百気圧防水!いまなら、素敵なネックレスも同時にプレゼント!
どうか、どうか、いま一度、杖をお取りくだされ!師匠ーーーッ!!」
師匠はにこやかに聞いていたが、ひとこと、
「・・・うーーーん、困るなぁー。」
「はッ?!」
「二十代の世間を知らない若造ならともかく、こちらも家庭や子供という振り分け荷物を担いだ身だよ。
到底、そんな無謀な真似はできません。
だいたい、先日、某大学より非常勤講師のお話を頂戴したばかりでもあるし。」
「し・・・師匠・・・。」
「まぁ、つべこべ抜かすより、この本をお読みください。」
机上に放られたのは、文庫サイズよりやや版型の大きい一冊のマンガ本だった。
「むッ、 『猟奇王大全』・・・『大阪は燃えているか』・・・?!
これは、さぞや血みどろ、かつ異常犯罪、反社会的な内容の・・・・・・・?!」
血気に逸る忍者が、呟く。
しかし、笑って否定する手振りをした師匠は、
「これは、現代社会に猟奇やロマンが本当に存在しうるか否か、真剣に考察した貴重な文献ですよ。
川崎ゆきおはかの『ガロ』出身の雄であり、余りに独自性に満ちた描線で知られる、優れたマンガ家です。この絵に似た人は見たことがありません。
日常に即した哲学的思索と、極めてベタなネタのサンドイッチ。決して業界の主流にはなれない暗い宿命の仇花です。
『猟奇王』は、彼の代表的シリーズ物で、マンガ有り戯曲有り、出版社までコロコロ変えて七十年代から脈々と描き綴られてきている大河ロマンです。話はちっとも前に進みませんが(笑)。
大阪市外の軍需工場跡に隠れ潜む黒マスク、黒スーツの怪人猟奇王は、手下の忍者と共に、猟奇に走る、走れないで押し問答を繰り返します。
基本設定は、それだけ。ほんと、それだけ(笑)。
旧家の秘宝やナチスの残党、探偵、少年探偵、警視庁の仲代警部や、怪人鉄の爪、ヘビ婆ァにロイド眼鏡の殺人鬼、怪傑紅ガラス、東京猟奇軍団や、日本海軍が瀬戸内海の島に隠した第二連合艦隊の謎、二十面相の孫娘やらうらぶれ夜風・・・。
面白げな事件があるたび、あるいは日常に追われおのれの存在に確信が持てなくなったとき、猟奇王は月夜に躍り出て、ロマンに向かってひた走ります。
退屈な日常に辟易している町中の人間も、これを捕えんと真夜中に街路へ飛び出して心ひとつにして走り出します。
しかし、走って、どうなるのか・・・・・・?
その先に、なにがあるというのか・・・・・・?
そもそも、猟奇に走る、とはどういう意味なのでしょうか?
どうです、そこのところ、突き詰めて考えてみたことがおありですか、みなさん?
言葉の意味を誰でも解るように、はっきり答えることが出来ますか?
ハイ、そこのきみ。」
指差された落ち武者が、しどろもどろに答える。
「そりゃ・・・当然、社会のモラルに反するような・・・き、近親相姦とか・・・。」
「いい加減、そっから離れろ!!」
全員が声を揃えて叫んだ。
「・・・あー、ではきみ、どう思いますか、メガネ男くん?」
「エエ・・・凄く残酷な殺人とか、死体の無茶な損壊。人肉食事件だとか、拷問、死姦。幼児誘拐とか、無差別大量殺人のような犯罪。・・・」
「だいぶマシな答えになりましたが、それは正解ではありません。
先日、殺した母親の生首を持って警察に出頭してきた二十代の青年の事件がありましたが、まだご記憶でしょうか?
では、質問です。
あれが、真の猟奇犯罪といえるでしょうか?
よしんばそうだと認めたとしても、そこにロマンの香りはありますでしょうか?
そう、かつて猟奇とは、単なる陰惨な現実を塗り変えてしまう、超越的なロマンではなかったでしょうか?」
一同、シーンと押し黙った。
「行為としての残虐だけでは、猟奇とは呼ばないのです。
これが川崎ゆきお先生の発見です。」
沈黙を破って、たまりかねたように、袋男が口を開いた。
「・・・それで、師匠、今後われわれはどうすればよろしいのでしょうか・・・?」
ぐびり、と焼酎を飲み干した師匠はにやり、笑った。
重い錫杖を軽々と持ち上げ、仁王立ちでポーズをキメる。
「お逝きなさい。」
全員、一斉に拍手喝采した。
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