川島のりかず③『恐ろしい村で顔をとられた少女』 【流血牧場編】('85、ひばり書房)
画面いっぱい、海亀が産卵する映像。
体内の塩分を排出するため、涙を流している。
[ナレーション]
お詫びと訂正。
先日手に入れた資料によれば、『恐ろしい村で顔をとられた少女』 は、'87年ではなく、'85年が目撃された最も古いバージョンのようだ。
だからなんだ、と云われても困るが、ひばり書房には重版という概念が存在しないので、タイトルを変えての出し直しなど日常茶飯事。
背中の通しナンバーも、まるでデタラメなので、好事家の格好の餌食になっているのだ。
[オープニングタイトル]
人生劇場・スズキくん
第二十三話、「アニキ、俺だって男だ!!」
[キャスト]
スズキくん 河原崎長一郎
黒沢刑事 オダギリジョー
彦根沢レイ子 安原麗子(少女隊)
マリリン松坂 淡島千景
小野教諭 本人
村人A つくもはじめ
村人B レイ・マンザレク
安藤社長 常田冨士男
その他 劇団のんぽり 東京演技研究所
ウンベル総司令 ジョー・ストラマー
[シーン8・山道]
狭い道が尾根伝いに延びている。
荷物を背負ったスズキくんと黒沢刑事、来る。
ふたりとも、登山の格好で、そのうえ機器類を無数にぶら下げているので、暑苦しい。
「そろそろ、登り着いてもいいと思うのですが。」
スズキくんが手にした地図を見ながら、云う。
「五合目って、山のどのへんですか。」
呆れた黒沢、口に含んだ水筒の水をびゅッと吐く。
「やれやれ、おめぇは、英語が出来ないだけじゃなく、一般常識もねぇのか。
いいか、こう、山があるよな。」
手で、空中に女体のかたちを描き、指差した。
「臍ぐらいだ。」
「す・・・すると、乳房、あるいはその先端に位置する秘密の蕾までは・・・。」
「まだまだ、遠いな!」
急にうなだれ始めたスズキくんを励ますように、黒沢、肩を叩き、
「もう少し、歩けば右手に沢がある。そこで昼飯といこうじゃないか。
元気を出せよ、なぁに、娑婆の空気を吸えるだけ、まだマシだァな!!」
スズキくん、樹幹越しに太陽を見上げる。
昨夜のウンベル総司令との会話が記憶に蘇る。(ディゾルブ)
[シーン9・宿]
テレビスクリーンに浮かぶ、ウンベル。踊っている。
背景に、人類救済計画の本部。並ぶ端末。深夜にも関わらず、みんな、真剣に仕事している。
「♪タリラリラ~ン、ハビラビラ~ン。ムヘー。ムヘー。
(決めポーズ。)
・・・実はな!
先日アララギ山付近で、ロケを行なっていた学生映画の連中がな、偶然、安藤社長の姿をカメラに収めていたのだ。」
「エッ?!そんな映像があるのですか?」
「ところが、どっこい。
その連中が原因不明の失踪を遂げ、われわれの手元に回収できたのは、最後の、数分間を映したと思しいリールだけ、だ、っ、た、のだ~~~♪」
裏声のソプラノで歌い出した。
「むむむ。どっかで聞いたような話。」
「♪まぁ~、そう云わず~、映像を~見てくれ~~~。ポチッ、とな!」
[粒子の粗いフィルム、インサート]
山間にある農家の庭先。
女優らしき女が、画面向こうから駆けて来て、前景の腕に取りすがる。
振り向く老人のバストショット。
(画面外の声、「あっ!!安藤社長!!」)
端正な容貌の、小柄な老人である。
落ち窪んだ黒目がちの双眸は、深い虚無的な光を湛え、彼方を見つめているようだ。
「おじいちゃん、あたし、結婚するとよ!」
女優は下手な芝居口調で言う。
「大好きな人の、お嫁さんば、なるとばい!」
(再び画面外より声、「方言指導が必要だな。どこの言葉だ、これは?」)
穏やかに微笑む老人。
ゴキッ、と首がのびる。
(「!!」「・・・・・・?!」)
たちまち、四肢が異様な角度にねじくれながら伸びて、急速に姿が変形していく。
スクリーンの隅で、女優が目玉を剥いて立ちすくむのが見える。
カメラマンらしき男が、怒声を吐く。
伸びる手足に、またたくまミシミシと剛毛が生え始め、色もどす黒く変わって、まるで甲殻類の足のような形状だ。
その向こうの胴体は、無数の棘が並び、大きなだんごのように丸まった。
急激な変身のためだろうか、苦痛に満ちたうめき声が、空中に伸びた首からほとばしる。
その顔は、黒目が反転し、顔の両脇に寄って、鼻梁を縦に割ってまっすぐ亀裂が走っている。
新たな口が生まれようとしているのだ。
異様に長い、真っ赤な舌がべろりと飛び出し、唇を拭った。飛び出した白い牙が幾本も生え、じゅうじゅうと泡を噴きこぼしている。
「ギヨェェェェェーーーーーッ!!!」
スズキくんが、異様な吠え声に振り向くと、黒沢刑事が悲鳴を上げて立ちすくんでいた。
[シーン10・沢]
お昼ご飯に、宿で作って貰った弁当をパクつくふたり。
静かな渓流のほとり、カワセミの声がする。川面に映る新緑がどこまでも青々しい。
山の清澄な空気は、あたりを森閑と包んで、平和としかいいようがない眺めだ。
「あれは、いったい、なんだったんでしょうか・・・。」
スズキくんがポツリと呟く。
箸を持った黒沢の手が止まる。
「うん・・・なんか、見ちゃいけねぇもんを見たって感じだな・・・。」
「あそこでフィルムはブッツリ終わってますが。あのあと、あの連中、どうなったんですかね・・・?」
黒沢、煙草に火を点ける。
白い煙を吐いた。
「・・・さぁ、な。
他人の心配より、わが身だぜ。俺たちゃ、あのロケ地を探して山を登ってるんだ。」
「ミイラ取りが、ミイラにならなきゃいいんですが・・・。」
スズキくんは、考え深げに山頂の方向を仰ぎ見た。
雲がかかり、深い緑に覆われた山肌を隠している。
さんさんと太陽が降り注いでいるのに、なぜか暗い感じがした。
(以下次号)
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