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2010年5月18日 (火)

日野日出志『地獄の子守唄』 ①('83、ひばり書房)

 (と、ある回想記より転載。) 

    1.

 その古本屋は、路地の片隅に捨てられたように蹲っていた。
 ある冬の日、あてどなく町を逍遥していた私は、仕組まれた運命のように、その店を見つけ、重いガラス戸を開いたのだ。

 遠くで、踏み切りの遮断機が気ぜわしげに鳴っていた。

 「いらっしゃい。」
 店主は読んでいる本から顔も上げずに、挨拶した。
 黴臭い書棚が壁を埋め尽くし、狭い店内は入り組んで、外見よりも奥行きが在りそうだった。
 床には、店主の不精か、仕入れたばかりらしい書物が仕分けもされないまま積み上げてある。
 どうせ安物のゾッキ本ばかりだろうが、捨ててもおけぬ。期待もせずに手を伸ばすと、野原正光『闇に光る青い手』が現れた。

 私は、小さく「アッ。」と云ったのだと思う。
 瞬間、店主が訝しげにこちらを見たからだ。慌てて奥付を確かめると、昭和五十六年二月。初版本だ。状態も悪くない。最後のページには鉛筆で、「¥100」と走り書きされていた。
 
 郷土史の研究者だった姉が、山奥の村で消息を絶つ。
 主人公・千恵は姉の行方を求めて叔父の教授や研究所員たちと共に、大樹海の懐に抱かれた謎の村、玄幽境へと旅立った。
 平家の隠し金を狙う者、千恵に好意を寄せる者。こいつら、本当に研究者か、というくらい俗っぽい調査隊は、原始林の群生を越え、霧のなか木橋を渡り、怪しい祈祷師の老婆に支配される、現代とは思えない村へ到着する。
 村には、正体不明の霊獣、我修羅さまの伝説があり、村人は百二十を越す異常な長命を誇っている。彼らは外界と交信することを厭い、決して村から出てはならぬ、という戒律を忠実に守って暮らしている。
 さもなくば、霊獣が襲い掛かり、喰い殺されてしまうというのだ・・・。

 私は既にこの本を読んでいたが、なにせ値段が値段だ。これは、押さえておくべきではないのか。
 それにしても、この店。
 
 (・・・できる。)
 
 地味で陰気な佇まいをして、これはもしや、とんでもない店ではないのか。
 心臓が早鐘のように鳴り出した。

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