ジョー・ダンテ『ピラニア』 ('78、ニューワールド)
ジョー・ダンテにとって、映画を撮るというのは、何か新しい悪ふざけをするということなのだ。
あなたは、映画が何を語る装置だと思っているか。
愛、感動、ロマン?それもいいだろう。
怪奇、戦慄、サスペンス。大いに結構。
エロや笑いだって、立派な映画の構成要素だ。
映画は、なんだって語れるのだ。そう、たちの悪い冗談だって。
ジョー・ダンテが映画史全体に対して、独自の立場を主張できるとしたら、その愛すべき、ひねくれた幼児性においてだろう。
つまりは、映画をひねった悪戯にしてしまうこと。
彼は、そういう種類の天才なのだ。(ゆえに、あまり尊敬されていない。)
『ピラニア』は、あからさまに『ジョーズ』を模した場面から始まる。
テキサス北部、山間に隠された軍の実験施設。
五年前に遺棄されたその場所では、ベトナム戦争で河に撒くため(!)、凶悪な生物兵器が極秘で開発されていたが、結局、活躍の場を与えられないままに終戦を迎え、軍は研究を凍結、設備を閉鎖。すべては闇に葬られた筈だった。
しかし、只一人研究所に残った老科学者は、なんの目的があるのか分からないが、熱帯の淡水魚ピラニアを低温・塩水にも耐える無敵の殺戮機械に改造しようと、今日も今日とて、不毛の実験を続けている。
そこへ柵を壊して、麓の町の若いアベックが迷い込み、おっぱいなどチラ見させてくれた挙句に、「♪暑っついわぁ~」とプールにダイブ。あっさり喰われて骨だけになる。
あぁ、またか。
確かに。お馴染みの導入部だ。
だが、待って貰いたい。この映画が独自性を発揮するのは、この後からだ。
行方不明者の捜索を依頼された興信所の女調査員は、わざとらしくプレイしていたJAWSのTVゲームを途中で止め、ジープを飛ばして山へと向かう。
この女の性格は、アメリカン・コミックキャラそのものだ。
情報収集として、山小屋で暮らすバツイチの髭男の家へ勝手に上がりこみ、厚かましくも無償で協力をとりつけ、他人の酒は飲む、食事はたかる、挙句、「あたし、もう、パンツ脱いじゃった。」
まさに、行き当たりばったりの適当な展開。調査はさしたる理由も無く、翌日に順延される。
翌朝。現在、失業保険で生活する男も、実のところ暇なので、文句ダラダラ垂れながらも女に同行。(女がバックスバニーなら、こいつはダフィーダックだ。)
そして、見るからに怪しいプールに当たりをつけたふたりは、勝手に施設に潜り込み、たいした考えもなく排水バルブを解放してしまう。
「・・・な、なにをするんじゃ?!」
怒って襲い掛かって来た老科学者の頭を鈍器で強打。失神。
かくて、異常な繁殖力を持つという、ピラニアの群れは一般河川に放流されてしまった。
完全な人災である。
しかも、主人公達自身の手による。
ジョー・ダンテのニヤニヤ顔が見えるようだ。
さて、この研究所であるが、さまざまな生物の開発が行なわれていたらしく、標本やら実験体が無数に並んでいる。
中に、明らかにハリーハウゼンへのオマージュとして登場する、子犬ぐらいのサイズの半魚人がいて、ロジャー・コーマンの低予算映画だというのに、わざわざ手間隙かかるモデルアニメのコマ撮りで撮影されている。
人間全般の扱いが基本的に粗末なジョー・ダンテだが、モンスターは非常に大事にする。
こいつだけは愛情たっぷりの細かい演出をつけていて、背後舐めで姿を見せるところから、最後の瞬きして隠れる顔のアップまで、(ハリーハウゼン的に)完璧である。
別の映画かと思うくらい、見事だ。
しかし。
このクリーチャーは物語の本筋にはまったく関係しないのだ。
ただ、出て来ただけ。
ジョー・ダンテ、大爆笑である。
(たぶん、ランディスも笑っている。)
まぁ、万事がこの調子と申し上げてよいのであるが、さすが『アリゲーター』の名脚本家ジョン・セイルズ、ふざけまくるダンテのケツを叩くように、物語は定石通りに進行する。
博士が乗り逃げしようとした、という脈絡的に回収不能な、かなり強引な事故発生により、車が壊れてしまった主人公たち。
博士を伴い、筏で河を下って、町へ危機を知らせに戻ることに。
ピラニアにいる河下り。
一見サスペンスフルな展開だが、相手が、所詮、小魚だからなぁー。
襲ってくると、絶対大惨事になるジョーズに比べて、あからさまに弱いよなぁー。数だけいてもなぁー。小さいし。水から出れないし。
スタッフたちも、当然それには気づいていて、ピラニアをバカにしながら撮ってるんじゃないか。無理もない。
それにしても、なんで、一般家庭に筏なんかあるのだろうか?
聞かれた髭男が、適当に答える。
「娘がハックルベリーフィンに憧れてね。」
・・・絶対、ウソ。(ダンテ、またも笑う。)
↓
河を下ってちょっと行くと、まず、髭男の知り合いの呑気なおやじが釣りの最中に喰われて、愛犬がキャンキャン鳴いている。
(もちろん、ダンテの愛情に満ちた視点は、おやじより犬の方に傾けられている。)
ここでは、スタッフのフラストレーション爆発で、ピラニアが水中から飛び出し、おやじの顔面に齧りつくという、無茶な襲撃シーンが見られる。
おやじの実に無念そうな死に顔。
白目剥いてて、血を垂らして、凄い変な顔で、これ絶対、面白がって撮ってるだろ。ダンテ。不謹慎だ。
片足が見事に白骨化しているのも、マンガ的なギャグ表現だな。絶対。
↓
次に、地元の父親が、息子とボート釣りに来て、襲われる場面に遭遇。
パパはあっさり絶命、転覆したボートにしがみつく息子に危機迫る。この状況、どう捌くかと思ったら、考え無し!
いきなり水中に飛び込み、泳ぎ出す博士!無策すぎる。
博士、喰われながらも、見事子供は助け出し、鮮血にまみれて死亡する。当然の結末に呆然とする主人公達(と、観客全員。)
そこへ、筏を直接に攻撃してくるピラニアの群れ!博士の死体から流れる血潮が、奴らをおびき寄せているのだ!大馬鹿者だ!
でも、死体を捨ててもまだ襲ってきます!
丸太を繋ぐロープを切り裂かれ、筏は崩壊。かろうじて、岸に逃れる主人公一行であったが。
↓
不審尋問され、州警察により逮捕。収監されてしまう。
(ダンテ、爆笑。)
そこを逃れる実にバカげた策略(トイレの貯水器の蓋を武器にする)も含め、演出はノリノリだ。
保安官が見ているTVに『大怪獣出現』('57)のカタツムリ怪獣が映っている点も、見るからに大したことのない治安組織の実態を浮き彫りにする高等ジョーク。(単なるオタクネタだが。)
警察なんて、バカの集団だ。
この描き方はランディスの『ブルース・ブラザース』にも共通する特徴などと思っていたら、奪ったパトカーが、爆走して空中ジャンプをキメる場面が!
やるな、ダンテ。
↓
続いて、髭男の一人娘が参加している、サマーキャンプで大惨事。呑気に泳いで、はしゃいでやがるから当然だ、と云わんばかりの勢い。
容赦なく、小学生の子供たちがピラニアの餌食になっていく!
若年者に対する配慮は、一切なし!
その姿勢の潔さたるや、ピラニアよりも危険!だが、実はおもてがえって親切極まる演出なのではないか、昨今は。
↓
ここで、ダンテが単なる意地の悪いひねくれ者ない証拠、アメリカの良心の象徴ともいうべき、西部劇の演出が来る。
娘を救けた主人公は、単身、さらに下流の町へと向かう。
よせばいいのに、新レジャーセンターのオープンだとかで、町中の人間が河岸でジャブジャブやってやがるのだ。危機を知らせに行かねば。
もはや、警察権力などあてには出来ない。
俺が行かねば、誰がやる。
「・・・気をつけて。」
先刻までの尻軽娘も、アーラ不思議、クレメンタインに見えるじゃないの。
パパ、パパと取りすがる少女を払い除け、男は荒野に馬を走らせるのでありました。
瞬間、ジョン・フォードになるのだから、驚いた。
これぞ、徹底して根性のひねくれた者だけが到達できる、アメリカ精神の真髄なのかも知れない。
(なお、ジョー・ダンテの最高傑作は、間違いなく、底意地の悪さが映画本編を破壊しまくり、最早物語すら形骸を留めない『グレムリン2・新種誕生』なのであるが、こちらはまた、別の機会に。
この映画は、愛しのフィービーちゃんが出ているので、それ抜きに語れないのだよ。悪しからず。)
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