ウンベルSF解剖室①『光の王』 ('67、米)
(真っ白い壁に囲まれた部屋。医療機器が並んでいる。)
「・・・メス。」
「はい。
・・・って、なんですか、このシチュエーションは?!」
スズキくんは部屋を見渡した。
手術室のようだが、看護婦などの姿は見えない。
代わりにホルマリン溶液の入ったビンが、大量に並んでいる。
「気に入ったかね?」
本日のウンベルは、医者の格好をしている。
「医療ネタは以前もあったが、アレは悪かった。今回は騙し討ちしたりしないから、安心したまえ。」
スズキくん、当惑しながら、
「ちょっと、どうなってるんですか?
だいたい、あんた、最近ろくすっぽ活字なんか読んでない筈じゃ・・・オワワッ!!」
手術台の上に載っていたモノが、ふいに動いたのだ。
「・・・あぁ、それ、オバンバ。よろしくね。」
「これがですか・・・。」
スズキくんが気味悪げに見やると、全身ミイラ化した老婆が、まだ残っている歯を剥き出しにして、キーキー耳障りな叫び声を上げた。
皮膚は薄気味悪い緑いろだ。黄色のざんばら髪がほつれて肩まで垂れている。
腰の辺りで胴体が千切れ、上半身だけ残る無惨な姿。
それでも身体を固定しているベルトを、なんとか引き千切ろうと暴れ回る。
「なにせ、ホラ、このタイプのゾンビは斬っても叩いても焼いても死なないだろ。
わしなんか、捕獲するとき、指噛み切られちゃって、もう大変!ほら。」
ウンベル、右手の人差し指が無くなっている。
「本日は、腹いせにコイツを解剖してやろうと思うんだ。手伝ってくれんか。
あとで、飴あげるから。」
「飴ですか?・・・ま、いいですけど、事前に通告させて下さい。
オチで葛城ユキの『バタリアン』とか云うのは、禁止ですよ!」
(歌う。)「♪バタリア~ン~~♪」
「言うとるやないかい!!思い切り、言うとるやないかい!!」
オーバーアクションで、メガネをずらし過剰に突っ込むスズキくん。
ウンベル、オバンバ、ちょっと当惑気味に眺めて、評定。
(小声で)
「・・・なんかキャラ変わった。横山やっさんかと思ったぞ。」
「でも、ちょっと積極的でいいかも。あたし、支持派。」
スズキくん、無言で鉗子を取りあげ、オバンバの胸部に開いた大穴に、無造作に突っ込む。
「オゲゲェェェーーーッ!!!」
あがる悲鳴を無視して、グィグィ手術創を拡張しながら、
「それでは、コイツの胃の内容物を取り出し、分析する。
解剖の手順は、これで間違ってないですね?!」
迫力に押され、慌てて頷くウンベルに顎をしゃくると、銀の受け皿が差し出された。
鑷子を操り、スズキくんが素早く獲物を摘出する。
「これは・・・!」
「ロジャー・ゼラズニィ『光の王』ですね。」
ハヤカワ書房の海外SFノベルズ版、黄色いカバーに野中昇のイラストが渋い。
思わず、腕組みをして唸るウンベルに、スズキくんが呟く。
「なんでこんなものが・・・。」
「これは、私が小学生の頃、最初に買ったハードカバー本なんだよ。定価千二百円。こういうのが新刊本で出ていたんだから、いい時代だったよなぁー。」
「ウーーーム、今回は懐かしネタで来ましたか。
ちなみに、どんなお話なんですか?」
「地球を遠く離れた植民惑星。移住した人類は、インド神話をそのまま模したカースト社会を築き上げていた!
早い話、権力者達は全員、インドの神々のコスプレをしてるの!
シヴァとか、アグニとか本当に存在する訳だ。アグニなんか、火炎を吐く二輪馬車に乗り天空を駆け回り、月の表面を焦がしたりする!
惑星の先住民族なんか、羅刹呼ばわりね。しかも、民衆を救済しようとする主人公は、ブッダ。涅槃から帰還したという無茶な設定。なぜか、キリスト入ってます。
これが単なるファンタジーじゃなくて、無理やりでも科学的、というかSF的説明が付いているのが、強引でも楽しくてなぁー。」
「・・・あの、ひとつ質問していいですか?
その惑星の人々なんですが、なんで、インド神話の神々を演じる必要があるんですか?」
「・・・ない。
そんな面倒をやる必然性は、まったくないんだよ!そこがいいじゃない?」
「みうらじゅんですか。お話だけなら、現代のファンタジー、R.P.G.系にざらに在りそうな感じですが・・・。」
「あんなのは、ダメ!!ダメ!!」
ウンベル、大げさな身振りで全力で否定する。
「奴らには、苦労ってもんが解ってない。
他人の築き上げた、おいしい土俵の上で手前勝手に相撲を取ろうって連中は、全員人間の屑ですよ。朝×龍ですよ!」
「うわー。」
「ゼラズニィってのはね、カッコだけの作家ですよ。はっきり云いますけど、内容はたいしたことないんだよ。
デビュー作の『我が名はコンラッド』が、核戦争後の地球がギリシャ神話を再現したみたいな世界になってる、ってアイディアで当たったもんで、その二番煎じでインド神話を利用しました、だってヒッピーだし、ってことなんですよ。
その性も無さに、愛着を持とうよ!」
(注釈)前記「ヒッピー」なる記述は誤り、作品の発表された1967年はいわゆるサマー・オブ・ラブの真っ只中である。ここは、職業作家として一本立ちしようとしていた修士号も持ってるインテリが、「インドで一発」を狙った(そして見事成功を納めた)、若者エクスプロイテーションの一環とみて間違いない。
「むー。力説されても。ボクは海外、弱いですから・・・。
・・・しかし、なんで唐突にこんな古いネタを引っ張り出してきたんですか?」
「この本が近所の古本屋の軒先に、定価百五円(税込)で吊るされてたの!
アーサー・C・クラークの『地球帝国』も、百円だったぞ!
日本は一体どうなってるんだ?!」
「さァ、ボクの口からなんとも云えませんが。
元永井豪コレクターの立場からしますと、地獄地震以降の関東平野に似てきているかな、と・・・。」
オバンバが悲痛な声で、泣き喚いた。
話の展開上、無視される格好になったのが無念のようだ。
確かに、内臓までさらけ出した姿で放置されるのだから、死んでも死に切れないだろう。
「それじゃ、執刀を続けます。」
(スズキくんは、再び、不慣れなメスを握った。額から汗が滴る。)
(つづく。)
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