マイク・ミニョーラ/ダンカン・フェグレド『ヘルボーイ:闇が呼ぶ』 ('07、ダークホース)
「ミニョーラ以外が絵を描くなんて・・・。」
と、ケチな料簡で、店頭で手にするもパスしていたヘルボーイ最新刊だが、意外や面白かった!
私は、ダンカンさんにお詫びしたい気持ちでいっぱいだ。
ごめんなさい。
ただし、私が薦めてもここから読み出さないように!
これは、続き物マンガの「新章、開始!」の一冊である。
諸星先生の『西遊妖猿伝』で、いきなり「西域篇」から読み出すようなもんだ。話はとっくに佳境を過ぎて、仕切りなおしの再スタートなのである。
それでも、気合いの入った絵は堪能できると思うが、話がサッパリ解らない筈だ。面倒だが、このへん、ちょっと説明を加えておくのが、仏心というものだろう。
私は、ヘルボーイに関してはちょっと詳しいから、安心して附いてきたまえ。
(最初にミニョーラの絵を見たのは、おしぐちたかしが「マンガの森通信」なるコラムをやっていた『ホットミルク』誌だと思う。小さなワンカットだけで巧さが伝わるのが、ミニョーラの凄いところだ。
さっそく洋書を捜して読んでいたら、日本版が出始めた。以来の愛読者である。)
映画にもなったし、今更ヘルボーイが何者か、諸君もとうにご存知だろう、自らの意志で額の角を毟り取った地獄の悪魔だ。
第二次大戦中、ナチスとラスプーチン(!)が主導した悪魔召喚の実験の結果、生まれたとも云われるし、それより以前の魔女と悪魔の婚姻に起源を持つとも考えられている。
(このへん、曖昧にしておくのがお約束というもので。)
オカルト学会の世界的権威、トレバー・ブルッテンホルム博士に育てられたヘルボーイは伸びてきた角をカットし、人間として生きる選択をする。
皮膚は、全身真っ赤だが。
ま、酔っ払ったでかいおやじということで。
しかし、まともな就職は出来なかったので、アメリカの超常現象捜査局という、半魚人やら超能力者やらホムンクルスやら片目の黒人やらが勤務する、見るからに胡散臭い役所に働いている。
いろいろ請け負う、市役所の土木課みたいなところです。
世界各地で魔女を退治し、ゴブリンを塔から投げ飛ばし、吸血鬼と格闘するうちに、徐々に明らかになるヘルボーイ誕生の秘密。なんで、生まれた時から右手に巨大なグローブが嵌まっているのか。
実は、その腕は世界に破滅をもたらす扉を開ける鍵であり、ヘルボーイの正体は、例の聖書に出てくる、黙示録の獣だというのだ・・・。
ここまでが、単行本でいうと四巻目ぐらいまでかな。
以上明確にネタばれ記述だが、いまさら問題ないでしょ。これが出たのが、何年前の話だと思ってるんだ?
それに、ヘルボーイの面白さは、基本的にミニョーラの絵の凄さだから、安心してネ。熱海に来てネ。
さて、実はこの辺りから盛り上がったストーリーは、突如低迷を始める。
以前やったネタの焼き直しが増えてくる。ミニョーラはもともと作画出身で、決して褒められたストーリーテラーではないし、画風もどんどん省略が多用され限界まで煮詰まっていくし。
正直申しまして、『滅びの右手』以降の、『妖蛆召喚』、『人外魔境』、『プラハの吸血鬼』の三冊はなくていい。
それでも、独自の、無駄がない、いい絵だとは思うが、くるものが無い。
『魔神覚醒』での、まだリアルタッチを残した細密描写も、『縛られた棺』での神がかったノリノリの省略表現も、もはや一過性の奇跡か、と思わせるものがある。魔術を成立させていた、重要な要素が欠落していくのがわかる。
(たぶん、それは画家の内部にある熱量のようなものだ。あ、いしかわじゅん的表現をしてしまったな。失礼。)
おまけに、この間、映画の製作やアニメ版、無数のスピンオフが生まれ、ミニョーラはひとりでじっくり机に座って絵を描く時間をどんどん奪われていく。
もともと、ミニョーラのごく個人的な世界として、原作・作画もひとりで担当し(知らんだろうが、下書きとペン入れまで分業のアメコミ業界では、このスタイルはかなり異端である。)、始まったヘルボーイのシリーズであったが、
ま、売れてくると、いろいろありますヨ!!
辛い話だ。身につまされる。
・・・という経緯により、すっかり読む気が減退していた私は、「ミニョーラ以外の男が、本編の絵を担当する」と聞いて、この最新作、手を出し損ねていたのだが、
古本屋で覗くと、ちょっと前の『妖蛆召喚』なんか八千円もする!
もともと在庫が異様に細いアメコミ日本版であるが、こりゃうっかり読みたいと気まぐれを起こすと、エライ目に遭うゾ!と危機感に駆られ、まだ定価よりちょい安い状態の最新刊に思わず手が伸びてしまったワケだ。
(あ、定価だと三千円ちょいなのね。実際財布に優しくないが、それは諸君がアメコミなどまったく読んでくれないお陰である。
ありがとう!)
で、ダンカンさんのタッチであるが、自分本来の描線と、ミニョーラの典型的スタイルを擦り合せ、試行錯誤の途中という感じ。
うまくいっている箇所もあるし、荒く感じる部分もある。
(例えば、ミニョーラなら、フォルムに対し必ず線が閉じている箇所が開いていたりする。)
これは仕方ない、ミニョーラの技法の完成度は、無数の模倣者を世界中に同時発生させ、恥ずかしながら私自身もその末席に連なるひとりだったりしたくらいだから。
(過去形にご注目頂きたい、ミニョーラが世界覇者だった時代は既に終わっている。一時期のメビウスみたいなもんだ。)
そんなことより、確かに本家ミニョーラよりも、ガジェットも場面構成も多少ガチャガチャしたダンカンさんの絵だが、ここにはかつてヘルボーイの物語が含んでいた明白な熱量が復活している。その事実に、拍手喝采だ。
アメコミファンはおっさんが多い(独自調査、9割)ので、軽佻浮薄なノリで踊り出すバカはそうそういないのであるが、ここは祭りのひとつも必要だろう。
(でなくて、なんでファンをやってるんだ?)
保証しよう、ダンカンさんの熱さは本物である。
安心して読んでいただきたい。
物語は、『妖蛆召喚』後、市役所を退職したヘルボーイがフリーターとなり、アフリカを遍歴し、生誕の地イギリスへと舞い戻ったところから始まる。
お懐かしいキャラ、イゴール・ブロムヘッドや鋼鉄の処女が化けた女神ヘカテが再登場し、魔女の大宴会(サバトと云え!)から、不死身のロシア人コシチェイとの肉弾戦に到るまで、原作担当のミニョーラ先生の、
「こういうの描きたいんだが、俺には実際時間がないんだ。クソッ!!」
という、溜まりに溜まった怨念が遂に大爆発し、そりゃもう、話が進む、進む。びっくりだ。
あれよ、あれよという間に、世界終末の戦い、ラグナロクが開始されてしまった。こりゃ、ミニョーラ先生、本気で完結させる気になったな。
長年引っ張ってきた妖精王のおっさんが通り魔に刺されて死亡する無茶な展開に、私はそれを確信し満足した。
まったく、この数年間はなんだったのよ、というボヤキは野暮だ。やめとこう。
(もう、ここまでさんざん発言してしまってる気がするが。)
最後に、ヘルボーイが中学のとき、校内のツッパリグループにかました名言を引用して締めくくろう。
「自分は、ァーーーーーーーッ!!
地獄の出身ではありますがァーーーッ!!
ひとつ、ヨロシク!!!」
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