白川まり奈『血どくろマザーの怪』 ('87、日)
「てめェら、花だ、花見だと浮かれやがって、馬鹿の集団か?!
親切なあたしが教育のために、大風吹かせて、花びら一枚残さず吹き飛ばしてやったから、有り難く思いな!!」
・・・と、血どくろマザーは言った。
骸骨に薄く皮膚が貼り付いて、ミイラ化している。肋骨の突き出た胸に赤子を抱き、空洞化した眼窩には、何のまじないか、子安貝が二個嵌め込まれ、あたかも瞳孔を糸で縫い合わせたかのようだ。その、閉じた目から幾筋もの夥しい血が滴り落ちている。
「うわぁーーー、こりゃ、噂以上の極悪さでございます。」
怪奇探偵のスズキくんは、奇妙な衣裳に身を包んで、呟いた。
藁でこさえた頭巾に目だけを出し、呪的文様のある貫頭衣、貝殻の首飾りに手鏡をぶら下げ、腰のあたりを荒縄できつく結んである。
最近、渋谷で流行の縄文人ルックだ。
「こんな分らず屋に、何を云っても無駄だぞ、スズキくん。数千年前にお亡くなりになってるんだからな!!」
古本屋のおやじは、まるで巨大な、てるてる坊主だ。
白い布を頭からすっぽり被り、全身隠れてよく見えない。
二人は、今、巨大な鍾乳洞の只中で、怪奇なミイラと対峙していた。
暗闇に浮かび上がる鍾乳石は濡れて奇妙な燐光を放っている。大きな聖堂を思わせる空間は、冷気と微かに黴臭い匂いが漂い、つららのように垂れた石のベールが神秘的な背景を作り出している。
「今回はまったく、場末のコスプレパブもいいとこだな。」
おやじは自嘲気味に吐き捨てる。
「さぁ、観念してもらおうか、マザー。おとなしく、海辺涼子先生を返しやがれ!!」
「ケーッ、ヒッヒッヒッ!イヤだね!
あの女は、もうこっちのもんだ。第二の血どくろマザーになってもらうよ。」
スズキくんが、説明口調で口を挟む。
「なんの話だか、さっぱり解らない皆さん、こんばんは。
今夜、取りあげるお話は、『血どくろマザーの怪』。
吸血三部作(『吸血伝』『続・吸血伝』『吸血大予言』)で衝撃デビューし、『鬼姫おろち』『侵略円盤キノコンガ』など、貸本時代から幾多の傑作を描き続けてきた天才・白川まり奈先生の、実質的なラスト作です。
1987年、かの、ひばり書房から毒を吐くようにリリース!
それにしても、素晴らしい語感じゃないですか、血どくろマザーとは?イマジネーションにグワーッときます!!」
「うるさいね、この青二才めが!」
血どくろマザー本人が言う。「伊達や酔狂でやってんじゃないんだよ、この状態は!」
てるてる坊主のおやじが頷く。「確かに。」
「そう、この物語は、確かに簡単に要約できるもんじゃないんだ。絵柄は、世評の通りスカスカだが、内容は相変わらずの濃い密度を保っている。
並みのマンガ家なら、単行本三四冊は積み上げるだろう、膨大なアイディア量だ。まさに、ネタ枯れ知らず。
まり奈先生、この後は趣味の妖怪研究に熱を上げ、『妖怪天国』という文筆方面の著作もリリースされているが、マンガはこれきりとはもったいない。」
「平成十二年、お亡くなりになりましたからね。・・・残念です。」
「キーーーッ、キッ、キッ。いい気味、いい気味。ザマァないやね。」
「黙れ、この腐れ人外魔境が!!」
普段温厚な、好青年スズキくんに一喝されると、さすがのクソババァも少しは応えたらしい。
小声で、ぼやいた。「・・・あたしゃ、もともと人外魔境だよ。」
「ボクにも云わせてください!」
今回はやけに情熱的な、縄文人スタイルのスズキくんが口を挟む。
「まり奈先生が稀有な才能の持ち主だったのは、間違いないと思うんです。
ストロングスタイルの怪奇マンガが描ける、相当な筆力の作家です。古書、伝承関連なんかにも造詣が深く、まかり間違えば第二の諸星大二郎くらいにはなれていたかも知れません。
でも、違った。
画力が足りなかった?うけるキャラづくりの才に恵まれなかった?
いいえ、どれも真相からは、かけ離れています。かなり個性的で、独特ではありますが、まり奈先生の作風は意外と幅広いキャパシティを有しています。
そして、アイディアも豊富です。
今回の『血どくろマザー』は、まり奈版『漂流教室』であり、縄文にもいた『マッドメン』なのです。」
「きみがそこまで云うなら、しょうがない。」
古本屋のおやじ、改め巨大てるてる坊主は身を乗り出して、両手を構えた。
警戒する血どくろマザーが、背後にじわりとにじり寄る。
「このわしがストーリー紹介を勤めさせて貰うよ。
海辺涼子は、美貌の女教師。
ある夜、海岸で身投げしようとする親子を救うが、それは世にも恐ろしい血どくろマザーとそのベイビーちゃんだった。
赤子は、レザーフェイスみたいな人皮のマスクをつけていたが、その下は醜いドクロ面!
マザーは切っ先の鋭い石包丁を取り出し、涼子の額に筋を入れ、こう云った。」
振られたマザー、思わず芝居がかった声を出す。
「あ~んたの~、顔が~欲しい~!!」
「振り切って逃げ出す涼子、崖から転落し海中へ。
病院で意識を取り戻すと、怪物は消えていた。婚約者の古田青年に案じられながら、夏休みの体験学習が行なわれる孤島へ。
縄文時代の遺跡が発掘されたこの島では、ご丁寧にも、縄文の暮らしを再現するキャンプが挙行されようとしていたのだ。
参加する子供達は、軒並み妖怪の名前・・・絶対に、なにか起きる!暗い予感に打ち震える涼子であったが、あにはからんや、大的中!
記念写真に、写る端から消えて行く、肉眼では見えない奇怪な生物!
崖が崩れて、突然姿を現した謎の鍾乳洞!
その奥で、乳飲み子を抱いてミイラ化していた正体不明の遺体!
そして、原始の状態に退行し、呪的パワーを身につけ始める子供たち・・・。
その頃、古田青年は勤務先の大学で、博士の嫌な感じの話を一方的に聞かされる。縄文時代の人間は、幼い子供の頭蓋骨を砕いて、脳を食っていたというのだ・・・。」
「そんな!!絶対ない!ない!!」
大げさな手振りで否定する血どくろマザー。
「“少なくとも、縄文人が人肉を食っていたのは間違いない。”」
祈祷書を読むように、片手にひばりの本を広げながら、近づくスズキくん。
「だ・か・ら!
事実無根の言いがかりはやめてけれ・・・!」
「けれ、だと?」
飛び掛るスズキくん。メタボ気味でも、意外と素早い。
「貴様の正体がわかったぞ!!三遊亭金馬?!」
乱暴に剥がされた仮面の下から現れた、その顔は。
愛想よさげな、おばあちゃんメイクの男芸人の顔だった。
「ば・・・ばってん荒川?!」
・・・闇が一層濃さを増したようだ。
鍾乳洞のどこかで、不快な軋みが聞え、洞窟が崩壊する予兆が辺りを包み込んでいく。
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