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2010年4月24日 (土)

トビー・フーパー『スペースインベーダー』 ('86、キャノン・フイルム)

 嘘のようだが、私の生涯ベストテン級の傑作がこの『スペースインベーダー』だ。

 大いに問題があることは、解っている。

 一本の映画として、物凄くいびつだ。整合性やカタルシスに欠ける。
 だいたい、ウェルズの時代ならともかく、1986年に「異星人が地球を侵略する」なんて映画を誰が真剣に撮ろうと思うか。
 ティム・バートンの『マーズ・アタック!』は異常事態をブラックなギャグとして描いた。
 カーペンターの『遊星からの物体X』は、よりシリアス、かつ皮肉な男のドラマだ。
 アベル・フェラーラは『ボディ・スナッチャー(盗まれた町)』のリメイクを、思春期少女の性的不安の隠喩として完成させた。
 トビー・フーパーがとった手法は、それらに似て、異なる。

 映画を、少年の見る悪夢そのものにしてしまう、という恐るべき選択だった。

 例えば、怪奇映画の古典、カール・テオ=ドライヤーの『吸血鬼』('31)をご覧になっただろうか。
 不自然な光源で描かれる、悪夢そのものの映像。印象的で不吉なカットが連続し、吸血鬼に噛まれた人間の見る幻覚のような、一見脈絡など無さげで、でも不思議と繋がっていく美しい映画だ。
 なにが凄いって、誰が吸血鬼なんだかよく解らない。
 われわれがいかにクリストファー・リーに毒されているかがよく分かる。マントに牙を剥き出しにした男なんて登場しないのだ。勿論、怪人ノスフェラトゥも、ベラ・ルゴシも。

 主人公の青年が訪れたある村に、吸血鬼が跳梁する。彼がさして活躍せず、うろうろしているうちにお屋敷の令嬢がその毒牙にかからんとする。
 まぁ話の展開からして、ラスト、粉屋で粉まみれになって、哀れな最後を遂げるおやじが吸血鬼その人(もしくはその下僕)なんだろうが、そんなの実はどうでもいい。
 この映画は、臨死体験そのものである。
 馬車に乗せられた棺の中で、通り過ぎる森を、その向こうの空を見上げている死んだ男。(このカットは見事過ぎて、もう狂い死にしそうだ。)
 あれが、あなたであり、私だ。
 
 トビー・フーパーがホラーの古典に敬意を払う、実に見上げた男だというのは有名だろう

 少年が真夜中、雷鳴の音に目を覚ますと、裏庭の丘陵にUFOが着陸するところだった。
 光と音の魔術。強烈な原色の光芒を舷側からいくつも放ち、全体の形状すらつかみ切れない巨大な宇宙船。
 人類の火星探査計画を阻止するため、火星人が地球に降り立ったのだ。
 次々と、首に奇怪な装置を埋め込まれ、ロボトミー化されていく人間達。まっさきにやられるのが、少年の両親であり、続いて先生、生徒、警官たち。
 自分以外の人間が、みんな異星人である。
 少年期に抱く、典型的な妄想だ。フーパーはおそらく十代で、この主題に遭遇し、毒された人間なのだと思う。
 (備考・『スペースインベーダー』は名美術監督ウィリアム・キャメロン・メンジースの監督作品『惑星アドベンチャー・スペースモンスター襲来!』('53)のリメイク。計算してみたら、'43年生まれのフーパーは、このとき十歳!)
 実はオリジナル版こそ、強力な色彩感覚で、悪夢そのものの映像を繰り広げる異色作なのだが、フーパーが撮ったリメイクは、「悪夢感、さらに倍!」という、巨泉のクイズダービー方式だった。

 カエルを食糧にする意地悪教師、ルイーズ・フレッチャー(名演!)や、保健室の先生がカレン・ブラックであるという狂った女優のキャスティング。
 そういや、追われて逃げ込んだ学校の地下室での、歳の差カップル状態というか、ショタ恋愛婚描写は、あれが鼻の穴がでかくて、目鼻口のパーツが顔の中央に寄っているカレン・ブラックだからこそ、成立するのだと思い知れ。
 これが整形の一発もきめているような、昨今のハリウッド女優だったら、さっぱり印象に薄いものになっていた筈だ。
 それから、主人公の唯一の(同年代の)ガールフレンド、ヘザーの底意地の悪そうな顔つきもポイントかな。登場した途端にエイリアンの手先だし。そうとう歪んだ構造になっているのだ、フーパーの思春期描写というのは。
 (でも、ねぇ、そういうもんでしょう?実際?)
 これは、『悪魔のいけにえ2』に於ける、「レザーフェイス、童貞ならではのレイプ未遂」描写に直結する、フーパー世界の重要な構成要素だ。

 どんどん侵略者の手先が増えていく前半から、遂に軍隊が出動し、ど派手な攻防が展開する後半への流れは、ダン・オバノン(故人)のおはこの意地悪さである。
 (『バタリアン』しかり、『ゾンゲリア』しかり・・・。)
 異星人はひたすらグロテスクで、話し合いの余地は一切なし。素晴らしい。
 牙の生えた巨大な口だけで、胴体は羽根のとれたカマドウマみたいな火星の下僕モンスターはスタン・ウィンストン(故人)の見事な仕事。物凄く臭そうだ。
 脳が異常に発達したギョウチュウみたいな火星人リーダーの、極めて下品な造形もナイス。ニュルッ、と肛門から吐き出されるコイツの姿には、思わずこっちがゲロしそうだ。
 これは、見事に計算された性的隠喩である。少年期の悪夢という観点にまったくブレはないのだ。

 コンセプトの徹底において、この映画は実に素晴らしい結束力を見せてくれる。
 私が一番好きなのは、坑道内を回転しながら飛んでくる、外周に包丁を並べた火星の殺人マシンなのであるが、これを動かしているのが、『スターウォーズ』一作目でお馴染み、ジョン・ダイクストラ(通称、大工さん)。
 このシーンの素晴らしさは、思わず脱糞モノだ。大工さん、本当に有難う。
 このメカは、本当に子供が考えつきそうな、優れたトラウマ製造装置だ。「ボクの考えた怪人・怪獣」とか、そういう雑誌の投稿コーナーあるじゃない?あそこに本当に載ってそうな、そういう変なリアル感。
 凶悪かつ邪悪な機械である、という以外、何に使う目的で設計されたものなのか、まったく解らない。
 これこそ、悪夢そのものの中でのみ有効に機能する機械。
 フーパーのうまいところは、これをツルツル、ピカピカのターミネイターとかロボコップみたいな金属ボディにせず、独特のヌメッとした生体を思わせる質感で纏めたところだろう。
 こいつが、赤や黄色の照明に照らされた坑道を、ビュンビュンいいながら回転して接近してくる描写は、黒沢清のいう“死の機械”そのものだ。
 火星人基地の相当へんなデザイン(意味ない巨大スロープ、到るところに穴ぼこ)も含め、この作品の美術は、オリジナル版を踏襲したうえで、さらにグロテスクに肥大化させ、悪夢感を増幅している。
 まさに、「さらに、倍!」だ。倍率ドン。

 だから、悪夢の、最たるものでこの映画は華麗に締めくくられる。
 
 すなわち、悪夢から目覚めたつもりがまだ続いていた、という古典的なオチ。
 お後がよろしいようで。

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