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2010年4月17日 (土)

浜慎二『闇に光る幼女の目』 ('83、ひばり書房)

 「・・・なんだね、これは?」

 古本屋のおやじは、買ったばかりのアサヒ芸能を机の上に放り投げた。
 季節外れの冷たい風が、硝子引き戸を揺らしている。
 か細い雨が窓を濡らし、今日は客足もさっぱりだ。

 「“スズキくん、自作パソコンを売った金で豪遊!”・・・結構なご身分じゃないか?エエ?」

 「面目次第もございません。」
 
 派手な見出しに、サウナでドンペリを飲む自分の写真を見ながら、古本好きの好青年、スズキくんは素直に頭を掻いた。
 豪遊後、すっかりおけらになったので、簀巻きに裸足のオモライくんスタイルである。

 「自宅で不要になったパソコンの一台を、知人に売った。そこまではいい。なんできみの家に、パソコンばかりが五台もあるのか、常連読者は気になるだろうが、私は詮索しない。
 誰にでも、あやまちはある。
 問題は、パソコンを売ったあとの金の使い道だ。
 まったく、浜慎二先生の著作が何冊押さえられると思ってるんだ?へたすりゃ、全部だぞ。」

 「そんなバカな!そんなに阿漕な値段設定はしてません!それに、浜先生でも、『SF怪奇入門』とか、お高めのやつはありますよ!」

 「それは年代だろ。同時代の人気作家に比べりゃ、安い方だ。」
 おやじは、背後の本棚から一冊の本を抜き出した。
 
 「ああッ!!それは------.。あの、伝説の怪奇作家と呼ばれる、浜慎二の傑作短編集------!!」

 「『闇に光る幼女の目』!!」

 「分割セリフ・・・オマエは、藤子Aか?!」
 おやじは、あきれたように突っ込みつつ、ペラペラ頁を捲る。
 「そこまで驚くほど、レアな物件じゃないよ。
 実際、ひばりの他の作家に比較して、浜先生の人気はいまひとつなんだ。なぜだろう?」

 「ボク、結構好きですよ。完成度高いですし、絵も話もちゃんとしてます。」

 「そりゃ、他の比較対象が、どうにもアレな場合が多すぎるからな!!ゲヘヘヘ~。」

 「ゲヘヘヘ~。」

 二名は、魔道に踏み込んだ人間特有の、嫌な笑い方をした。

 「浜先生は『マンガを描こう』('76)なんて著作もあるくらいで、筋の通った、立派な方ですよ。しかし、寺田ヒロオなんかもそうですが、なぜ教育者タイプで、リーダーシップを発揮するマンガ家さんって、いまいち実作品が地味なんですかね?」

 「本人が立派な人なら、マンガまで立派である必要がないからだろう。
 キミのように、若いうちから人格が破綻してないってことだ。」

 「人をエヴァゲリみたいに言わないで下さい。ボクは、アレ、大嫌いなんです。」

 「正常な人の意見だね。
 ・・・ところで、浜先生の最大の特徴としては、幽霊に全部説明がつく、出現にすべて動機がある、ということなんだが。
 この点については、どう考えるね?元怪奇探偵、現役オケラ人間のスズキくん?」

 「むむ・・・表題作『闇に光る幼女の目』を例にとりましょうか。

 これは暴走族ドクロエンゼルズの若いニィちゃんが、深夜の路上で遭遇した、パンタロンを履いた少女の霊との交遊録です。
 少女の霊を撥ね損ねて、転倒したタケシは、族の集会に欠席してしまいます。
 しかし、あぁ、なんという偶然でしょう!
 その日は神奈川県警の手入れがあり、仲間はボコボコにされて散々な目にあいます。
 撥ねた少女を自宅のアパートに連れ帰り、寝かせていた丁寧過ぎる性格のタケシは、話のついでに仲間に少女を見せようとして、奥の三畳間を開ける。すると、少女の姿は・・・。」

 「・・・白骨死体化していた!!
 もしくは、血まみれゾンビと化して襲ってきた、かな?」

 「そういう派手な展開は一切なくて、蒲団の脇に立って、ポカンと目を見開いていやがるだけでした。」

 「だんだん、浜先生があなどられる理由がわかってきたぞ、負け犬くん。」

 「ククッ・・・ま、コイツ、確かに幽霊には違いないんですが、いかんせん、行動が人間界の常識の範疇を出ないんです。
 その後も、アパートのボヤを事前に察知したり、対立する族二名との、角材での殴り合いに超能力で味方したり、なにかと細かいお世話をする少女。
 こりゃ、下のお世話も・・・と思ったら、さすがにソッチ方面には話がまったく進展しませんでした。」

 「宮×駿なら、確実にもう、ヤッてるね。」

 「タケシには、郷里に同じような年頃の難病の妹がいて、最後、少女の犠牲で妹の目の病気が完治する、という美談風のオチでした。」

 「・・・むむッ・・・つ、つまらん。」

 「ね?ね?・・・そういうことです。
 極端さや破壊力を求めて、ジャンルマンガを漁る読者には、ちょっと、パンチが足りないんですよ。でも、良心的な作家性の持ち主という考え方もできますが。」

 「普通にいい話なんだよね。
 この本に同時収録の『魔首』なんか、兄の復讐の怨念が弟の遺体に乗り移り、宿敵の首をもいで廻る、イイ感じに無茶な前半部なんだが、最後に残った黒幕の社長に手を掛けようとして、社長の娘の可憐さに負けて、復讐をやめて成仏してしまう、というガッカリなオチでした。」

 「読みたいのは、ソコじゃないんだ!ってことだね。結局。
 指圧に行って、間違ったツボを押されまくってる感じ。」

 「しかし、われわれはエクストリームかつブルータルな残虐表現を賞賛する前に、こういうごくごく普通の心霊描写に魂を洗われてみる必要があるのではないでしょうか?
 世界中の作家が、川島のりかずみたいだったら、のりかずの記事はあんなに長くなりませんよ!」

 「ふぅむ、なるほど、バランスの問題か。検討の余地があるかな・・・。」

 「ところで。」
 オケラルックのスズキくんが、ギラリ光る目を剥いた。
 「次は、コッチを議論の俎上に載せましょうか。」

 買ってきた週刊ポスト最新号を、机の上に放り投げた。
 巻頭グラビアのページだ。キャプションにこう、ある。

 「限界ギリギリショット!
 おやじ、衝撃のセミヌード!!」


 スズキくんは机をバシッと叩いた。

 「なぜに??・・・しかも、中途半端に、セミヌード?!海パンじゃん!!」
  

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