松下井知夫『新・バグダッドの盗賊』 ('48、秋田書店)
「エッ、この本、秋田書店なの?」と自ら驚いてしまったのであるが、
『新・バグダッドの盗賊』 、略して新バグは、創業間もない、かの秋田書店が刊行した「半分マンガ・半分絵物語」の、なんとも楽しい娯楽作品なのである。
秋田書店は、当時、児童書を出していた。
50年代半ばに『冒険王』、'68年『プレイコミック』、'69『少年チャンピオン』創刊と続き、マンガ文化隆盛の重要な一角を担うことになる。
さて、この作品、ジャンルは何かというと、洒落た絵柄で描く、近未来バトルマンガだ。
しかし、同じ秋田だからといって、山口貴由みたいなハードなものを想像しないように。いいね、スズキ。
これは、もっとおおらかで、上品な時代の産物だ。
アールデコ調の、のほほんとした夢のあるデザインの未来兵器が、なんというか、バトルというには余りに呑気な化かし合いをする。
いいよなぁー。
単純に憧れてしまう世界だ。
新発明とか、新兵器にごくごくシンプルな夢があって、小学生が空想で考えるような科学が驚くべき威力を発揮する。
例えば、「X線光速機」。
ロケット飛行機のコクピット付近から、触角のように二本、アンテナが伸びていて、そこから進行方向へX線を放射して進む。
なんでって?
そのX線に機体が乗っかって、ありえないほど高速で飛行することが出来るのだ。
無茶だよなぁー。
でも、こうした素晴らしいアイディアに対して、「この人はX線の根本を理解していない」と突っ込むのも、いかがなものかと思うのだ。
誤謬は正さなくてはならない。
しかし、その結果失われるものはなんだろう。
空想の自由さ、楽しさを奪うような科学は、「悪い科学」ではなかったか。かつて、誰もがそれを学んだ筈だ。物語から、マンガから。
われわれの住む二十一世紀は、実は、悪の科学者集団によって支配される暗黒の未来ではない、と言い切れるだろうか。
X線光速機の、自由で美しいフォルムを見ていると、ふと、そうした疑念に捉われてしまうのだ。
さて、『新・バグダッドの盗賊』は、まぁ、タイトルからもお察し頂けるだろうが、
アリババの子孫である、アリババ科学研究所の職員たちと、
四十人の盗賊の子孫で、国際的陰謀をたくらむ秘密結社、「B・G・D団」とが、おたがいの科学力でしのぎを削る物語だ。
(この「B・G・D」が、なんの略なんだか、さっぱり不明、という突っ込みが昭和五十六年当時の某スターログ誌に載っていた。
正解は単純でバグダッドBaghdadだな。わかるじゃん。)
「B・G・D団」は、全員ターバンを捲いた異国風の科学者の集団で、都市を破壊したり、人をかどわかしたりする。
賢明な少女なら、目を輝かせ、
「あッ、わたし、この人たち、知ってる。」
と、大声を出すだろう。
という訳で、この本、現状では復刻は難しいだろうと思われる。
いかに自社の倉庫で在庫を管理し、極力絶版を避けることで有名な秋田書店でも、これはさすがに取り寄せ不可能だろうから、
先に触れた昭和五十六年の復刻を探してご一読頂きたい。
子供向けとあなどるなかれ、
意外や、渋いですよ。
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