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2010年4月14日 (水)

朝倉世界一『月は何でも知っているかも』 ('08、エンターブレイン)

 朝倉世界一について言及するなら、まず取り上げるべきは、傑作『アポロ』である。
 『アポロ』をお読みなさい。
 話はそれからだ。

 でも、この長編については、いしかわじゅん先生もかのロングセラー『漫画の時間』で取り上げているから、既にお読みの方も多いと思う。
 (そう、希望する。)
 そういう皆さんのご好意に甘えて、さっさと話を先に進めることにする。

 まず、述べるべきは、その絵だ。 
 朝倉先生の絵のよろしいところは、無用な力みが一切無いところである。
 ぜんぜん偉そうに見えない。
 自然体でペンが走っているので、仕上がりが美しい。
 
 この方面の巨匠に、高野文子という名人がいるが、実はフォルムに対し異様に集中する高野先生に比べると、朝倉先生の絵は自由度が高い。
 自由、気ままというのは、実は、脱力度が高いということだ。
 
 適度に気が抜ける。

 そこに朝倉先生独自の魅力があるように思う。
 あれは江口寿史編集の『COMIC CUE』だったか、朝倉先生が赤塚の『天才バカボン』のカバーをカラー4ページくらいで発表していて、アレは面白かった。
 お馴染みのキャラクターをまんま描いてるだけなのに、もう、線に対する考え方が大人と子供ぐらい違う。
 私は単純な優劣を比較したい訳じゃなくて、そういうものなのだ。
 見慣れたものを独自に描ける、というのは、立派な才能なのである。
 しかも、朝倉の使った造形は、原作のまんまだ。おやじはハチマキ締めてるし、バカボンの頬っぺにはうずまき模様がある。
 展開されるネタも、いくぶんシンプル化されているとはいえ、原作を踏襲している。
 なのに、これは歴然と別モノなのだ。
 差異はどこに生まれたか。色鉛筆か、クーピーペンシルらしき温かいカラーもさることながら、その線自体にあるとしか思えない。

 適度に緩い。
 求心的に、閉じることがない。
 不安定さを恐れていない。
 その態度が、心地よさを生む。

 初期の掌編集『幸福の毛』に、「青空をスコップですくって、ぷるんとゼリー状に切り取り、持ち帰る少年」のエピソードがあったが、まぁ、そんな感じの気持ちよさだ。
 朝倉先生の線の魅力を活かすには、制約の多い4コマより、短くてもストーリーマンガ的なものの方が適していると思うのだが、そう考えない編集者もいるようで、『山田タコ丸くん』『フランケンこわい城』など、巻数の3冊程度あるものは皆、4コマ連載だったりする。

 だから、『タコ丸くん』三巻目の頃、双葉社が企画した「朝倉世界一フェア」で店頭に並んだ『アポロ』を見て、驚愕したのは、今となっては懐かしい記憶になってしまった。
 (その後、再編集で話を足して復刊されたバージョンでは新たなカバーがついていたが、機会があればオリジナル版のカバー絵をよく見て頂きたい。細かなところまで、風通しのいい町並みが描かれ、たいへん洒落た出来栄えである。)
 『アポロ』は、最終話、突如ゴダール『勝手にしやがれ』の引用が出てきたり、なんとなしに『鉄腕アトム』を連想させたりで、深読みしようと思えばいろいろ出来るのに、誰も大声で語らない、とんでもない終わり方をするのであるが、
 ま、面倒な話は、今日のところはいいや。またの機会にしよう。

 『月は何でも知っているかも』は、お馴染み浜村編集長のエンターブレインから出た作品集で、比較的ページに余裕のある短編が四本入っている。
 どれもすごく気持ちいい仕上がりですが、鑑賞ポイントとして、ドクロやガイコツとか、おどろおどろしいものを描かせると、朝倉先生の線が持つ魅力は際立つようだ。
 ひばり書房読者は、「こんな化け猫モノもあったのか。」と感心すると思うので、「ニャンダフル」をお勧め。(しかし、最低のタイトルだな・・・。)
 屍兄弟とか、人面瘡とか、短いくせにネタ豊富。内容は、まんま貸本なんですが。ぜんぜん違う。
 そういや、「地獄のサラミちゃん」も閻魔大王の娘が主人公というコテコテの設定だったわな。
 バイクの描きかたがすごくキモチいい「ターナーさん ありがとう」は、「ぷらっと宇宙に行ければいいのに」の台詞が泣かせる。月面に温泉があって、おみやげを買って帰るあたり、最高です。

 ま、理屈はいいや。読んでくれよ。頼むよ。
 周りに誰も読んだヤツがいないんだよ。
 なぜか。

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